第1563話「起死回生の砂糖」

『わ、わ、私の町が……ッ!』


 崩壊した隔離壁。流れ出す水。瀟酒な洋風の街並みが美しい〈ウェイド〉の通りが水没していた。あまりにも衝撃的な光景に、ウェイドが足元から崩れ落ちる。


「でもウェイドさん、エンジェルの動きが止まりましたよ」

『言ってる場合ですか! そんなもんどうでもいいんですよ! 私の町がどんだけの損害を食らったと思ってるんですか!』


 慰める気持ちもあってアストラが声を掛けるも、ウェイドはほとんど錯乱状態だ。ミートの凄まじい一撃によって頭を強打して倒れたエンジェルにも注意を向けていない。


「団長! エンジェルを拘束しましょう。水の中に漬けておけば拘束具も通用するでしょうし」

『そんなことよりもミートです! ミートを呼んできなさい!』


 騎士団の一人が進言するも、ウェイドはその言葉を蹴り飛ばして強硬に主張する。何がなんでも損害を償わせてやろうという強い意志が彼女を動かしていた。だが、


「ちょっと待ってください! ミートの様子が……」


 ウェイドを抱えていたレティがいち早くそれに気がつく。

 轟々と音を立てて外へと流れ出す水のなか、横たわるエンジェルのすぐそばにミートが立っていた。追撃を加えることもせず、エンジェルを静観しているように見えた彼女の体が、ふらりと揺れる。


「ミート!」


 レティが叫ぶ。だが、隔離壁の上からはあまりに遠すぎた。手を伸ばすも届くはずはなく、ミートがぽちゃりと水面に倒れた。そのまま起き上がってくる気配のない彼女に、ウェイドも遅れて目を見開く。


『救護NPC! 早くミートを回収しなさい!』


 彼女の指示を受け、水浸しになっていた救護NPC――戦場での破損した警備NPCや調査開拓員の回収を担う四足歩行の犬型NPCが走り出す。一目散にエンジェルを飛び越え、ミートの元へ。水の中から、白い服を咥えて少女を背中に載せる。

 即座にバイタルの測定が行われ、その結果がウェイドにも共有される。そして、ウェイドは驚き、困惑の表情を浮かべた。


『生体活動が著しく低下しています。体温も下がって……。これはいったい……』


 変異マシラであるミートは強靭な生命力を持っている。エンジェルと激闘を繰り広げていたとはいえ、あの程度で倒れるほど軟弱なはずはなかった。だが、そんなウェイドたちの思いとは裏腹に、現実としてミートは意識を失い、昏倒していた。

 ウェイドは一瞬、迷う。この現状でどう動くべきか。町の被害を抑えるべく、止水措置を取るべきか。もしくはエンジェルの拘束を進めるべきか。自身が管理者として行うべきことはなにか。


『――全調査開拓員に通達します。これより、多方面に向けた状況対処作戦を実施します。各々の能力、適性に合わせ、適切な行動を取ってください』


 答えはその全てであった。


『調査開拓員アストラはエンジェルの確保を。調査開拓員ミオは水流の制御を。その他にも多くの仕事があります。T-1、T-2もバックアップを』

『仕方ないのう』

『任せなさい。情報の制御は私の得意分野です』


 必要とあらば指揮官さえ使う。上下関係に厳格な、本来のシステムとしての彼女では考えられない発想だ。しかしT-1たちもそれをすんなりと受け入れ、動き出す。

 ずっと待機を強いられていた調査開拓員たちが、水を得た魚のように走り始める。

 そんな中、ウェイドの招集に応じた支援機術師たちがミートの容体を診る。


「確かに衰弱してるけど……」

「私たちの回復系アーツは効果がほとんどないみたい」

「テイマー連れてきました!」


 支援機術による回復は、調査開拓用機械人形というアンドロイドへの使用が前提とされている。術式の集合体であるミートには、効力を発揮しない。

 さらには原生生物の治療を専門とする調教師テイマーまで呼び寄せられたが、彼らでさえ変異マシラを治療する手立ては持ち合わせていなかった。


『そんなどうしたら……』

『う、うぅ……』


 ウェイドの見ている目の前で、ミートは急激に衰弱していく。そのて手足が細くなり、頭のキノコも萎れ始める。

 彼女が風前の灯であることは、誰の目にも明らかだった。

 ――その時。


『ウェイド、聞こえるか? ウェイド!』

『はっ!?』


 ウェイドの脳裏に声が響く。

 驚き周囲を見渡す彼女だが、その姿はない。当然である。声の主は未だ囚われたままなのだから。


『ウェイド、砂糖だ。とりあえず栄養を突っ込め!』

『な、何を言って……。分かりました。さいわい、砂糖ならいくらでもありますからね!』


 困惑したウェイドだが、即座に判断を下す。

 彼女の指示で警備NPCたちが動き出し、すぐにコンテナを引っ張り運んできた。その中に入っていたのは、大量の砂糖菓子。――中断したコンペのなかで作られたものを、ウェイドが保管し、偶然とはいえ水害の影響を免れていたものだった。


『ミート! これ、食べられますか?』


 ウェイドはコンテナの中から砂糖菓子を掴む。

 行動食として開発された、ひとつ50,000Kcalの莫大な熱量を宿す食品だ。ネオピュアホワイトの凄まじい甘さは、一欠片で死人すら蘇らせる。そんな劇薬と紙一重の食品を、ウェイドはミートの口に捩じ込んだ。


『ん、んんっ』


 それは偶然だった。

 ウェイドが手を伸ばした先にあったのは、必殺!暴れ芋ようかんだった。ネオピュアホワイトを主原料に、荒野人参、千年ニンニク、“赤脚のカリヤ”の黒干しなど、滋養強壮に非常に強力な効果を発揮する素材を混ぜ込んで作り上げた、素晴らしく活力の漲る羊羹だ。更にそれは、情報さえ公開されない何かも材料として用いられている。

 羊羹そのものが動き出すほどの凄まじい活力の塊だ。

 それが、ミートの口の中へとねじ込まれ、強引に嚥下された。

 そして――。


『う、うぅ……。うわあああああっ!?』


 羊羹のエネルギーが全身へと染み渡った瞬間、ミートは目を大きく見開いて叫び声を上げながら飛び上がった。


「ミート!」

『良かった、目が覚めましたね!』


 ミートの復活にウェイドたちが喜びの声を上げる。


『ああ、でもこっちも注意した方がいいぞ。エンジェルもちょっと、エネルギーを使いすぎてる』

『えっ?』


 水をさすように響く声。その言葉にウェイドが怪訝な顔をした、その時だった。


「ダメです団長! 抑えきれない!」

「くっ、全員退避しろ!」

「うわああああああっ!?」


 悲鳴。轟音。

 そして、砂糖菓子を満載したコンテナが宙を舞う。

 唖然としてウェイドが見上げるなか、エンジェルが大量の砂糖に食らいついていた。


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Tips

◇『ペットケア』

 〈調教〉スキルレベル20のテクニック。愛情をもって看病することで、手懐けた原生生物の傷の治りを早くする。

 “愛情は全てに勝る良薬である。”


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