第1534話「飢えたる海へ」
『というわけで、ひとまず目標とされていたカロリーを含有する砂糖品種の安定的な栽培の目処が立ちました』
テーブルに両手を突き、満面の笑みを浮かべたウェイドは単刀直入に言い放った。
ここは〈エミシ〉の中央制御区域にある制御塔。塔と言いつつも元々は俺が建てた屋敷テントを流用しているため、洋風の立派な邸宅だ。その一室に呼ばれた俺は、そこでウェイドから新たな砂糖のお披露目を受けていた。
「これがその砂糖か」
『ええ。品種名は“ネオ・ピュアホワイト”です』
今やすっかり単位として定着してしまった糖度強化を施した砂糖の、更なる改良版ということだろう。これまでピュアホワイトよりも甘い砂糖はいくつも作られてきたが、いよいよ正統な後継として認められたということだ。
「それじゃあ、ようやく次のフィールドに行けるのか」
そもそも砂糖の生産に注力していたのは、ウェイドの私利私欲によるものではない。T-1によって明かされたのは、〈塩蜥蜴の干潟〉の向こうへ向かうために大量のカロリーが必要だという事実だ。その課題をクリアするため、ウェイドたちは今まで尽力してきた。
そんな努力の結実したものこそが、この“ネオ・ピュアホワイト”なのだろうが――。
『いえ、まだこれでも足りません』
ウェイドは首を左右に振る。
ネオ・ピュアホワイトはPW換算でおよそ2,500という大台に乗っている。それでもまだ足りないのか、と軽く慄く俺を見て、彼女は言葉を付け加えた。
『カロリーそのものは問題ありません。ただ、不思議なことにこの砂糖は多くの調査開拓員の口には合わないようで』
「そりゃそうだろ」
思わず真面目なツッコミが炸裂してしまう。
ピュアホワイトより1,000倍甘い薄桜糖よりも、さらに1.5倍の甘さを誇るのだ。一粒食べただけでも気絶するほどの衝撃であることは想像に難くない。一番恐ろしいのは、そんな甘味の権化じみた砂糖を、ウェイドはポチャポチャと紅茶のカップに落としている光景だが。
『いくらカロリーが上がったとはいえ、みなさんのお口に合わないというのは本末転倒ですからね。砂糖はあくまで原材料ですから、これを元にして携行食を作らねばなりません』
「携行食ねぇ……」
バカ甘い砂糖をいくら調理したところで、バカ甘い何かにしかならないと思うが。
「そもそも、なんでカロリーが必要なんだ? エネルギーならリアクターが優秀な性能で揃ってるだろ」
この機会に気になっていたことを突っ込んでみる。〈塩蜥蜴の干潟〉の向こうへ向かうために大量のカロリーが必要という条件が分かったのはいいが、なぜカロリーが必要なのか詳しい説明がないのだ。
俺たち調査開拓員は、調査開拓用機械人形――つまりアンドロイドだ。食事は摂るが究極的には八尺瓊勾玉によってエネルギーに変換される。極論、エネルギーを直接注入しても活動できるし、アンプルとはそういったものだ。
ウェイドたち管理者がそれを知らないはずもない。となれば、何か理由があるのだろう。
『……これはすでに、〈大鷲の騎士団〉を含めたいくつかのバンドによる調査で分かったことですが』
そう前置きをして、彼女は干潟の先に待ち受けるものについて語る。
『〈塩蜥蜴の干潟〉の向こうには、広大な海が広がっています。これは知ってますね?』
「ああ。レティと見に行ったことがある」
〈怪魚の海溝〉という海洋を抜けて、僅かな陸地を享受したのち、また果てしない海だ。だからこそ、俺はてっきりその海を越える間に食い繋ぐ必要があるのかとも考えた。
しかしそれも妙な話ではある。調査開拓用機械人形であればエネルギーの外部貯蔵も容易だろうし、いざとなればワダツミのシードを投下すればいい。
『海洋資源採集拠点ワダツミの建設は不可能ですよ』
俺の思考を察して、ウェイドは先手を打つ。管理者がそれを検討しないはずもない。その上で、なんらかの理由によってできないと結論付けた。その理由とは。
『干潟の向こうに広がるのは、死の海です。霊脈の反応もいっさいなく、現在のところ原生生物の存在も確認されていません』
毅然として、彼女は分かっていることを話す。
それは予想していたよりもはるかに過酷な環境だった。
『水深の限界も不明で、奥に陸地があるかも不明瞭です。ですが、その真相を明らかにすることこそが調査開拓団の本懐であることに違いはありませんし、これらは障害足りえません。真に厄介なことは……お腹が減ることです』
至極真面目な表情で、ウェイドははっきりとそう言い放った。
次なる海に待ち構える最大の障壁は空腹であると。
「それは、文字通りの意味でか?」
『ええ。〈塩蜥蜴の干潟〉から離れるほど、絶え難い空腹が襲ってきます。ダメージを受けているわけでも、LPが減少しているわけでもありませんので、現状対症療法しか取れません』
「それが食事ってことか。しかし、ハイカロリーにする理由はあるのか?」
『進めば進むほど飢餓感が強くなることが示唆されています。飢餓が限界を迎えれば、調査開拓員は不明な現象によって活動を停止してしまいますし、摂取カロリーが低ければ、活動限界を迎えるまでの時間も短くなります』
進めば進むほど、腹が減る海。なんとも不思議なものだ。
まだ本格的な攻略は進んでいないはずだが、ずいぶんとよく調べられている。おそらく、ナキサワメあたりから特別任務を受けた調査開拓員がいるのだろう。先述の騎士団なんかも、その一派といったところか。
『空腹の海を越えるため、カロリーを摂らねばなりません。しかし、現在の情報から計算すると、莫大なカロリーが必要なのです』
だから彼女たちは携行食を作っていた。よりカロリーの高いものを。だが、原材料を工夫するだけでは限界を迎えてしまった。というのが今の状況なのだろう。
『ですので、近々コンテストを開催したいと考えています』
「コンテストねぇ」
ウェイドは少し口元を緩め、緊迫していた空気を弛緩させる。
『その名も“新たなる水平線へ! 爆食い気絶の血糖値スパイクスイーツコンテスト”です!』
いきなり知能レベルが下がって風邪をひきそうだが、言っている本人は目を輝かせている。
つまるところ、激甘の砂糖を使った料理を作れという話だ。在野のパティシエたちに助けを求めようという、シンプルな発想である。
「ま、計画自体はいいさ。それで俺は何をすればいいんだ?」
わざわざこんな所まで呼び出したのだ。ただその話を聞かせたかったわけでもあるまい。実際、ウェイドはひとつ頷き、こちらに対する要求を明かした。
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※薄桜糖が1,000PWだったので、ちょっと修正します。
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Tips
◇シンプルローズティー
ほのかな薔薇の香りと優しい味わいを楽しむことのできるフレーバードティー。調合師がこだわり抜いた繊細な味わいを楽しんでいただくため、まずはそのままでお召し上がりください。
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