第1513話「砂糖砂糖砂糖」

『ふぅむ。砂糖の生産効率が目標値に達していないようですが、これはどういうことですかねぇ? エミシ?』

『あ、あはは……。それはちょっと、色々現場の事情というものもありまして』


 地上前衛拠点シード01EX-スサノオ。〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層に広がる宇宙空間に建設された、特異な宇宙都市。その中央制御塔にて管理者による尋問が行われていた。インタビュアーはウェイド。第三次砂糖増産計画の発起人である。

 彼女は現場の監督責任者であるエミシと対面し、彼女から送られてきたデータを閲覧する。そこに書かれている数値をざっと要約すれば、第三次砂糖増産計画の中で設定された設備の増強が遅れている、ということになる。


『現場の事情、ですか。ふむふむ』


 愛想笑いと揉み手で訴えるエミシに対して、ウェイドは鷹揚に頷く。

 管理者の本分とは何か。そう聞かれた場合、多くの者は計画と実行と答える。巨大な都市のリソース循環や経済システム、調査開拓員の出入りなどを一手に担う管理者は、事前に無数の計画を立案し、実行している。

 そして当然、計画がその通りに進むことは皆無と言っていい。計画時には顕在化していなかった要因や、そもそも制御不可能な調査開拓員の暴走などによって、絶えず修正が求められる。

 故に管理者とは――。


『現場の事情を勘案した上で、計画通りに進められるようにするのが管理者なんじゃないですか? ええ?』


 前のめりに身を乗り出して、エミシににじり寄るウェイド。いつになくプレッシャーを与えてくる彼女に、エミシは内心で泣きそうになっていた。


『……そもそもウェイドだって計画ズタズタになってるじゃないですか』

『なんかいいましたか?』

『なんでもないです!』


 ウェイドはとある調査開拓員の影響で、他の管理者と比べて計画の修正比率が非常に大きい。その点に思わず言及した瞬間、ウェイドは急転直下で機嫌を悪くする。エミシは慌てて首を振り、砂糖農場の設備改修を急ぐと宣言するのだった。


『そもそも、ダイソン球ファームの限界もそろそろ見えてきたところなんですよ。よほど大きな技術革命ブレイクスルーでもない限り、いくら設備改修を進めても近いうちに頭打ちになりますよ』


 エミシのそんな指摘は、ウェイドとて理解しているはずだった。それでもなお、彼女は砂糖自体の品種改良なども合わせ、ありとあらゆる手段を使って砂糖を作れと厳命している。

 管理者としては新米であるエミシは、なぜ彼女がそこまで切羽詰まっているのか推し量り兼ねていた。


『リソースが足りないのであれば、他の商品作物の生産も考えては? 〈ホムスビ〉や〈アマツマラ〉の採掘設備の更新は、むしろ予算が減らされているじゃないですか』


 各都市の記録を見直して、不可解な点もある。ウェイドが強引に砂糖の生産を押し進める一方で、鉄鉱石や貴金属といったより直接的に関わるリソースの供給量は横ばいなのだ。

 砂糖もリソースには違いないが、あくまでカロリーベースの話だ。建設や道具製造にも使われる金属と比べ、どちらの方が重要かと問われれば考えるまでもない。


『鉄よりも砂糖ですよ。金属で腹が膨れますか』


 それなのに、ウェイドは砂糖に強く固執している。いっそ偏執といっても良いかもしれない。

 より不可解なのは、彼女が打ち立てた第三次砂糖増産計画は間違いなくT-1たち指揮官の承認を受けているという点だ。管理者よりも更に高いところから俯瞰的に調査開拓団の行動を見ている指揮官の思惑が、エミシには理解できない。


『もしかして、ただウェイドが甘いものを食べたいから、という話ではないんですか?』

『はい?』


 おずおずと勇気を出して尋ねるエミシ。彼女の問いに、ウェイドはぱちくりと目を瞬かせた。


━━━━━


 海洋資源採集拠点シード03-ワダツミ。〈ナキサワメ〉の名でも知られるこの水上都市には、水面下に広がる大規模な研究施設が存在した。

 〈ナキサワメ水中水族館〉――そこには広大な海の原生生物が収容され、その生態の研究が熱心に行われている。


「きゅ、急に水族館だなんて。どうしちゃったのさ」

「おお、ラクト。よく来てくれたな」


 エレベーターの前で待っていると、珍しく私服姿のラクトが現れる。今日はとある要件のため、どうしても彼女の力が必要となりここへ誘ったのだ。


「レティとかは呼ばなくていいの?」

「レティはアンのフィールド解放に付き合ってるしな。それに、今日はラクトが必要だったんだ」

「わ、わたしが!? へ、へぇー……」


 何やら大袈裟な反応だ。

 ともあれ、俺は彼女と共に歩き出す。


「き、綺麗だね!」

「うん? ああ。水槽内の掃除も清掃NPCがしっかりやってるらしいからな」

「いや、魚が……」

「そっちだったか。そうだなぁ」


 そんな話をしつつ、向かう先は水族館の奥。複層構造になっている水中水族館は、奥へ進むほど厳重な扉によって区切られていく。その物々しい雰囲気を見るうちに、ラクトの表情がどんどん曇っていく。


「ねえ、レッジ。もしかして今日わたしを呼んだのって……」

「そういえば本題を言ってなかったな」


 限られた者のみが通過できる扉を超えて、危険区域へ。ガラスの水槽などという生やさしいものはなく、厚さ100mm超えの装甲によって構築された頑丈な収容庫が連なる。その向こうからは絶えず、荒々しい声が漏れ聞こえていた。


「ここにはまだ研究の進んでない原生生物がいるだろ。その調査と解析を頼みたいんだ」


 ラクトは〈ウェイド〉の植物研究所でもその頭脳を遺憾無く発揮してくれた。水中水族館はあれの海棲原生生物版ということで、様々なパズルなんかを解くことで研究を進めることができる。

 俺一人では少々膨大に過ぎるから、ラクトの助けを借りたのだ。


「はぁーーーーー……」


 用件を聞いたラクトは、深く長いため息を吐き出す。じろりと俺を睨み、「そういえばコイツはバカだった」とでも言いたげな目を向ける。そして、ゆっくりと保管庫の方へと歩み寄った。


「どうせそんなことだろうと思ったよ。ちょっとでも期待した私がバカだった」

「えっと、ラクトさん? なんか怒ってらっしゃる?」

「別にーーー?」


 バシバシと保管庫のコンソールを叩く手つきが荒い。

 これは、やっぱり何か機嫌を損ねたのでは。


「これが終わったらなんか埋め合わせするからさ。よろしく頼むよ」

「…………約束だよ」

「おう。何でも言ってくれ」


 ぽんと胸を叩いて保証する。男に二言はない。

 そうするとラクトはふっと笑って、研究を始めるのだった。


━━━━━

Tips

◇危険水性生物保管研究区域

 〈ナキサワメ水中水族館〉の深層にある、ひときわ危険度の高い原生生物を収容する区域。危険性が高く、繊細な操作を要求するため、特別セキュリティクリアランス-W03-3以上の所持がなければ進入も認められない。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る