第1512話「砂糖の増産」
「第三次砂糖増産計画?」
アンを迎え、彼女と共に釣りに興じた数日後。あれだけレティを現実に引き戻そうとしていた彼女は何故かくるりと意見を翻し、晴れて〈白鹿庵〉に所属することとなった。
心変わりの理由を聞いても、『お嬢様を敵前逃亡させるわけにはいきませんので』と良く分からない返答があるのみ。ともあれ、仲間が増えるのはいいことだろう。
ちなみに、アンと同時にヨモギも〈白鹿庵〉に加入した。総勢十人と一匹と、このバンドも気が付けばずいぶんな大所帯になったと感慨深く思う。相変わらず男女比が偏りすぎて俺とミカゲの肩身が狭いのが目下の悩みだ。
ともあれ、〈白鹿庵〉も新体制となったことで、これまで以上に活動も活発化するだろうと思った矢先のことだ。ウェイドが第三次砂糖増産計画を発令した。
「そもそも、第一次と第二次があったんだ?」
「俺が砂糖生産特命係に任命された時だな。〈龍王の酔宴〉で〈クシナダ〉が導入されたとはいえ、いまだに開拓団全体のリソース収支はカツカツらしい。そこで、砂糖の量産体制を改めて拡大させることで、全体的なリソース供給量を補強しようという話だそうだ」
「リソース供給量ねぇ」
話を聞いていたラクトは胡乱な顔をする。彼女の言いたいことも分からないわけではない。ウェイドも普段は優秀な管理者として日々の業務に打ち込んでいるのだが、こと砂糖が関わるとその能力というか、知性が著しく下がる。
今回の増産計画だって、別に砂糖でなくともいいはずなのだ。
「で、それにレッジも参加するの?」
「まあそういうことになるな。というか、アストラたちにも声は掛かってるみたいで、結構な大規模事業になりそうなんだ」
いまだに〈塩蜥蜴の干潟〉の先は開放されておらず、アストラたちも正直に言えば暇を持て余している。せっかくのトッププレイヤーを遊ばせておくわけにもいかないと、ウェイドは有名どころにはとりあえず声をかけている。
「砂糖ねぇ。まあ、摂り過ぎないぶんにはいいんだけど……。最近の砂糖はちょっと甘過ぎない?」
「ウェイドの大号令で品種改良が進んでるからなぁ。最近はイチゴ味とかグレープ味のフレーバー砂糖もあるらしいぞ」
「それはもう人工甘味料の領域でしょ……」
ウェイドが無際限に資本を投下するため、砂糖の品種改良技術は目覚ましい発展を遂げている。FPOの初期に流通していた砂糖と今の砂糖を比べれば、とても同じ系統の物質とは思えないほどに変化しているのだ。
エイミー的には複雑な心境のようだが、ウェイドが砂糖に関連するプロジェクトは強く推進するので、自然な結果である。
「レッジはまたダイソン球の開発?」
「あれはもうほとんど完成してるんだよなぁ。それに、もうそろそろ星がないというか」
砂糖の一大産地となっているのは無限の宇宙が広がる〈エウルブギュギュアの献花台〉第六階層だ。シード01EX-スサノオことエミシが現場の指揮を執り、異空間に浮かぶ恒星を次々とダイソン球に改造している。おかげで最近は〈エミシ〉からは星空も見えない。
とはいえ、無限に場所はあるとはいえいくつでも農場を作れるというわけではない。宇宙空間の移動には宇宙船を使うわけだが、そこにもかなりのコストがかかる。輸送コストと生産能力を比較して、収支がプラスになる地理的な限界が顕在化し始めたのだ。
現状、宇宙に浮かんでいる砂糖生産用のダイソン球ファームは90個ほど。それ以上増やそうとすると、砂糖の利益でも輸送コストをペイできなくなる。そのため、現在は既存の90基を改修する方向でプランが練られている。
「とにかく、俺は砂糖増産のために何ができるか考えるのが仕事らしい。ウェイドの目標は現在の生産量の1.02倍だとさ」
「2%って聞くと壮大すぎるよね」
「いったいどれだけ甘いものが好きなのよ……」
ウェイドから聞かされた増産目標を伝えると、さしものラクトたちも慄いた。リソース収支を改善するなら、もっと多角的に作物を育てた方がいいと思うんだけどなぁ。
「ただいま戻りましたー。って、ラクトたちもログインしてたんですね」
「おかえり、レティ。アンも一緒だったんだね」
どうしたものかとぼやいていると、別荘にレティたちが戻ってくる。ハンマーを担いだレティの側には、釣り竿とクーラーボックスを携えたアンがいる。
「とりあえず第二域を回ってきましたよ。アンがどんどん成長してて、レティも初心者の頃を思い出しましたよ」
「土地ごとに魚も変わって、なかなか興味深かったです。魚拓を集めるのもいいかもしれませんね」
アンがクーラーボックスを開けば、各地の種々様々な魚が収められている。
彼女は色々と検討を重ねた結果、釣り竿を手に取ることにしたようだ。むしろ戦闘はあまり性に合わないということで、フィールド通行権開放のためレティと共に各地を回っている。いわゆるキャリーと言えなくもないが、そもそも非戦闘職を別の町まで連れて行くというツアーは頻繁に開催されているので、非合法というわけではない。
「アンはすっかり釣りにハマりましたねぇ。レッジさん様々ですよ」
「そ、そういうわけでは……。あまり海やレジャーには縁がなかったので物珍しいだけです」
俺が企画した釣りが発端だと思うのだが、アンは頑なにそれを認めない。レティが促してもぷいっとそっぽを向いてしまう。
「釣りするなら〈解体〉スキルもあると便利だぞ。〈野営〉があればのんびり安全も確保できるしな。〈槍術〉なんかも護衛程度にとっておいた方がいいんじゃないか?」
「あなたの模倣をするつもりはありませんよ。……まあ、〈解体〉と〈野営〉は実際便利ですが」
今の所、アンは〈釣り〉スキルを主軸にビルドを組んでいる。まだまだ完成までの道のりは長いが、地道にやっていくことだろう。釣り人というのもそれなりに人気のあるプレイスタイルではあるので、wikiにもおすすめの釣り人構成が載っていたりする。そういったものを参考に、自分で色々試してみるのも一つの経験だ。
「うーん。釣りねぇ」
「どうかしたんですか?」
アンが釣った魚をキッチンの冷蔵庫へしまいに行くところを見送って、ふと考える。
「砂糖の養殖……」
ぼそりと呟くと、レティたちが目を眇めて俺を見てきた。
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Tips
◇リーンフィッシュ
〈牧牛の山麓〉の湖に生息する小型の魚。体が非常に薄く、真上から見てもその姿を捉えにくい。皮ごと焼くとパリパリになって美味しい。
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