第1470話「視察と中華の昼」
調査開拓員企画〈龍王の酔宴〉の開催が目前に迫るなか、舞台も完成を迎えつつあった。〈ダマスカス組合〉のクロウリたちや〈プロメテウス工業〉のタンガン=スキーたちの協力の賜物だ。
順調にスケジュールが進められていく最中で、俺はウェイドと共にT-1たち指揮官の視察を受けていた。
『ふむふむ。ひとまず事前の計画書通りには進んでおるようじゃな』
「おかげさまで。〈ワダツミ〉と〈ウェイド〉からの輸送網整備を支援してもらえたおかげで、物資の搬入がスムーズになって助かったよ」
管理者たちには都市から現地までの太い舗装路を引いてもらい、大型機獣なんかが歩きやすいように整備してもらった。更には都市のリソースからエネルギーも融通してもらい、エネルギーグリッドから大規模なバックアップも受けていた。
おかげでクロウリたちも初めて使うような大規模な土木工事機械があちこちで動き、更には土木工事用NPCなども数十機投入され、ヴァーリテインの巣周辺は急速に開拓が進んでいた。
〈龍王の酔宴〉を考案した当初にはここまで大事にするつもりはなかったのだが、T-1たちに諸々の許可を取ろうと打診した際、あれよあれよと言う間にここまで規模が膨らんでしまっていた。
『すばらしい。これこそが愛ですね。皆さんの博愛が、この道路となり、塔となり、舞台となったのです』
T-1と共に現場を見渡すT-3。感涙する彼女はいつも通りだ。
本来、管理者は都市の範囲内に関する事柄にのみ責任を持つ。指揮官であっても基本的には都市外のフィールドを積極的に開拓しようという意志を見せることは珍しい。それなのに、なぜか俺がイベントを持ち込んだ時、妙にスムーズに道路の敷設許可や構造物の建築許可が下りた。
「なあ、T-1。俺がやろうとしてることはそっちの筋書き通りなのか?」
『ぬふふ。どうじゃろうなぁ』
まるで俺が動き出すのを待ち構えていたかのような対応が、妙に引っかかる。しかし指揮官に尋ねてみても妖しい笑みではぐらかされるだけだ。
『調査開拓団が原生生物に与える影響は、まだ未知数の領域が多い。今回の調査開拓員企画は、その解明に繋がると考えている』
「そうか? ――まあ、その辺のデータ取りは任せるけどな」
T-2は淡々と、あくまで俺が間違ったことをしているわけではないと保証してくれる。現時点では、それで十分ということだろうか。
『それよりも、もっと情報量を増やすべき。あそこに飾りをおいた方がいいと推奨する』
「飾り? それなら後でデザイナーがやってくれるはずだが」
『たとえば、こういう絵画形式の情報とか――』
『ぬわーーーっ!? お主しれっとなにやっとんじゃ!』
無表情のままおもむろにT-2が何かを取り出そうとして、血相を変えたT-1に抑えられる。ちらりと見えたそれは真っ黒で虹色の五月蝿くて明るいただの豊かな柔らかいトゲトゲとしたたたたたた。
『レッジ! しっかりしなさい!』
「はっ!? お、俺は今何を……」
後頭部の衝撃で我に返る。見ればウェイドが大きなハリセンを持って立っていた。
『視覚情報に大量の断片データを載せた画像を持ち込んでおったのじゃ。まったく、油断も隙もないのじゃ』
T-2の上に馬乗りになったまま、T-1が汗を拭う。指揮官二人の陰にいて目立たないだけで、T-2もまあまあぶっ飛んでいる。他へ目を向ければ、T-3が作業中の調査開拓員たちにハート型の風船を配っていた。
『皆さん、愛を持って頑張ってくださいね♡ これは私からの愛ですよ』
『お主も作業の邪魔をするでないわ!』
すぐさまT-1がT-3の首根っこを掴み、引きずる。こうしてみるとT-1が一番常識人っぽく見えるのだから不思議なものだ。
「ウェイド、指揮官と一緒にいたら疲れないか?」
『あなたもようやく私の気持ちが分かってきたみたいですね』
少し労おうと手を伸ばすと、ウェイドは乱雑にそれを払う。やっぱり管理者というのはなかなか忙しいようだ。
大型機獣が牽く荷車が次々とやってきて、資材が下ろされていく。現場で働いてくれている調査開拓員だけでもかなりの数だ。彼らに対する報酬と勤怠管理も、ウェイドとワダツミがやってくれている。
『む? 何やらいい匂いがするの』
「あそこに野外食堂があるんだよ。わざわざ食事するために町に戻るのも面倒だろ?」
すんすんと鼻を動かすT-1。俺は彼女を工事現場近くの野外食堂に案内した。
「いらっしゃーい! 今なら中華ランチセットがおすすめだよ! ラーメンチャーハン餃子がセットでボリュームたっぷりだよー!」
タイミングよく、今日の当番は〈紅楓楼〉のフゥらしい。虎柄の猫娘がチャイナ服の上からエプロンをつけて、大きな鉄鍋を振っている。パラパラのチャーハンが波のようにひるがえり、黄金の香ばしい匂いがあたりに広がっていた。
労働で体を酷使した調査開拓員たちの胃袋に、それは直接突き刺さる。作業を終えた男たちが亡者のような足取りでそこへ群がっていた。
俺がテントを張ってテーブルなどを用意した野外食堂では、協賛バンドの支援もあって格安でいろいろな食事が楽しめる。フゥが作った中華ランチセットは数種類のラーメンと数種類のチャーハンから自由に選べて、量もそれぞれが1.5人前はありそうなボリュームと、彼らからの人気も高い。
「あれ、レッジさんじゃん。管理者さんも?」
「ちょっと視察でな」
こちらの存在に気が付いたフゥがずらりと並べた中華鍋を相手取りながら声をかけてくる。歴戦の料理人らしい手際の良さにウェイドたちも思わず感心しているようだった。
「せっかくだし、皆さんご飯食べていきます? 作りますよ!」
「いいのか? 忙しいなら別に……」
「問題ないよ! これくらい楽勝だからね」
ぐっと力こぶを作って見せるフゥ。頼もしい料理人に、せっかくだから甘えることにした。
『お稲荷さんはあるのかの?』
「へ? いや、ウチは中華なんだけど……」
『そうか、お稲荷さんはないのか……』
しかし開口一番、ある意味予想できた注文をぶん投げるT-1に、あまり馴染みのなかったフゥは困惑する。
『情報量が一番多いメニューを』
「へぇっ? じょ、情報量……?」
『私にはたくさんの愛を、愛をお願いします』
「あ、あい?」
続くT-2とT-3もそれぞれ好き勝手に注文を始める。普通こう言う時はランチセットの中から選ぶものじゃないのか。
困惑するフゥが助けを求めるように俺やウェイドの方に視線を向けてくる。しかし、T-1たちを引き剥がそうとすると、彼女はぐっと拳を握りこむ。
「いや、分かった。任せて!」
「大丈夫なのか?」
「お客さんの食べたいものを作ってこその料理人だからね。ちょっと待ってて!」
フゥは張り切って鍋を火にかける。食材を次々と投入し、〈料理〉スキルを使って加工していく。そんな様子を指揮官たちは目を輝かせて見守っていた。
ガチャガチャ、シャカシャカ、カンカンカンカンッ! と小気味よい音が響く。そして、
「お待ちどうさま!」
『おおーっ!』
T-1たちの前に料理が供される。
「中華チャーハンお稲荷さん定食、ミニ満漢全席定食、ラブラブ中華まんセットだよ!」
テーブルに運ばれて来たのはバラエティ豊かな料理たち。T-1にはチャーハンを詰めた稲荷寿司が、T-2には様々な中華料理が収まった無数の小鉢が、T-3には薄桃色のハート型中華まんが届けられた。
「すごいな、フゥは」
「ふふん。料理人ですから!」
三者三様の特製ランチは彼女たちのお気に召したようで、早速箸の勢いが止まらない。
『こほん。その、調査開拓員フゥ、私は――』
「ウェイドさんにはちまきと胡麻団子と桃まん用意してるよ」
『んふっ。ありがとうございます』
ウェイドは注文するまでもなくフゥが料理を持ってくる。昼飯というよりもおやつだが。この様子を見るに、今回が初めてというわけではないのだろう。
「すまんな、フゥ。これからもよろしく頼むよ」
「もちろん! レッジさんも何か食べてく?」
「そうだな」
せっかくなので、俺もここで昼食を摂ることにする。午後からはまた、T-1たちを各所に案内しなければならないからな。
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Tips
◇ラブラブ中華まん
ハート型にした特別な中華まん。シェフの愛情がたっぷり入った特別な一品。味は普通の中華まん。
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