第1415話「白鎧の大蜥蜴」
現在のところ調査開拓団の力は〈エウルブギュギュアの献花台〉へと集中している。モジュールシステムの解放もあり、〈オトヒメ〉や〈エミシ〉が開拓の最前線となっていることは間違いない。
とはいえ、塔が出現したのは第三開拓領域〈イヨノフタナ海域〉第二域〈塩蜥蜴の干潟〉だ。この広大なフィールドの攻略も、華々しい塔の影で着々と進められていた。
「実は塩蜥蜴はもう討伐されてるんですよ」
久しぶりに塔の外、干潟に降り立った俺はレティからそんなことを聞く。
他のフィールドの命名規則に則って、〈塩蜥蜴の干潟〉にも“塩蜥蜴”と呼ばれるボスエネミーが存在する。それは塔の出現からの騒ぎで若干影が薄くなっていたとはいえ、攻略組が見逃すはずもなく、すでに討伐が行われていたらしい。
「“白鎧のユカユカ”という名前の大蜥蜴です。部位破壊しないとなかなか攻撃が通らなくて大変なんですが、優秀な薬剤師さんが塩結晶融解剤を開発してくれて、割合楽に倒せるようになりました」
レティもボス討伐済みのようで、戦った時のことを楽しげに語る。
第三開拓領域最前線のボスというだけあって、レティでも一筋縄ではいかない強敵だったようだが、在野のプレイヤーの活躍で攻略の糸口が見つかった。こうした協業が成り立つのはオンラインゲームの利点だろう。
今日も“白鎧のユカユカ”を討伐する気でいるようで、レティは腰のポーチからアンプルを取り出した。
「〈調剤〉スキルで回復薬以外が作れるのは知ってるが、実際見ると不思議な感じがするな」
「レティたちは回復アンプルくらいしか使いませんからねぇ」
〈調剤〉スキルを用いて作られるのは薬剤全般。服用する薬だけでなく、敵に使う毒なんかも専門領域だ。俺が栽培で作っている植物毒も、調剤師がよく買ってくれている。
〈紅楓楼〉の投擲師であるモミジなんかは毒瓶を投げて戦うこともあるのだろうが、俺たちとはあまり縁のないアイテム類だった。
しかし“白鎧のユカユカ”を倒すには、この塩結晶融解剤がほぼ必須だと言う。
「レティのハンマーでも砕けないくらい硬いのか」
「悔しいですがそうですね。まあ、実際に戦ってみると分かりやすいと思います」
そんな話をしているうちに、俺たちは干潟の奥に広がる塩湖へと辿り着いた。薄く水の張った湖の底に白い塩が沈澱し、青空を移す巨大な鏡となっている。その幻想的な光景は、思わずカメラを出してシャッターを切ってしまうほどだ。
「ここが巣か」
「はい。10メートルくらい入っていったら、真ん中のあたりから出てきますよ」
レティがハンマーを取り出しながら言う。俺も槍を手にして、付いてきていた白月の頭を撫でる。レティが自己バフを纏い、ステータスを強化させる。俺は買ったばかりの肉巻きおにぎりを食べてLP最大量を上げておく。
今回は俺が“白鎧のユカユカ”を倒して、源石を手に入れるのが目標だ。同じパーティだからレティに全て任せても問題ないといえばないのだが、流石に気が引ける。
『殺風景なところねぇ。本当にボスがいるの?』
戦闘準備を進めていると、レティの長い赤髪をかき分けて小さなカニが姿を現す。すっかり彼女の肩が定位置になってしまったユニである。なんやかんやで初めて塔の外に出てきた彼女はさっきからキョロキョロと周囲を見渡していた。
「ちゃんと出てきますよ。ユニさんも戦います?」
『か弱い私に酷いこと求めないで』
「こう言う時だけ都合がいいんですから……」
ぷいっと顔を背けるユニにレティは苦笑する。ネヴァ謹製の機体だから、戦えるだけの能力も搭載されているはずだが、本人にやる気がないなら仕方ない。
最近分かってきたことだが、ユニは積極的に反抗の意志を見せているものの、案外怠惰だ。ちょこちょこ各地の断片データを回収して統括制御システムとしてのデータは増やしているようだが、それを活用している様子が見えない。
おかげでレティも最近は、可愛げのある友達くらいに思っているようだった。
「レッジさん、準備はできましたか?」
「ああ。大丈夫だ」
振り返ったレティに頷き返し、槍を握る。
俺たちは揃って歩き出し、塩湖の中央へと向かう。そして――。
「来ますよ!」
ゴゴゴゴゴ、と大地が揺れる。水面に細波が広がり、映されていた青空が歪む。
腰を低くして揺れに耐える俺たちは、湖の中央が大きく隆起するのを目の当たりにした。
「あれが“白鎧のユカユカ”か!」
飛沫と塩の結晶が吹き上がり、巨体が飛び出す。滑らかな細長い体に純白の結晶を纏った大蜥蜴だ。赤い瞳が俺たちを睨みつけ、尻尾をぶんと振る。
「避けてください!」
「いきなり容赦がないな!」
尻尾に付いていた塩結晶が剥がれ、鋭い鏃となって飛んでくる。余韻も何もないいきなりの攻撃。先手必勝とばかりに容赦なく降り注ぐ塩結晶を槍で弾きながら回避する。
『ひゃああっ!? なんなのよ、凶暴すぎるでしょ!』
「ユニさんは黙っててください!」
レティの髪に爪でしがみつきながらユニが悲鳴をあげる。だが、レティもそれに応じる余裕はないようだ。
ユカユカは全身を分厚い結晶で包み、まさしく鎧のように着こなしている。美しい白の鎧は神々しく、聖騎士のような威風さえ感じられた。
「『トリプルステップ』ッ! ――『ハードクラッシュ』ッ!」
飛沫を突き抜けるように塩湖を駆ける赤い影。レティは3歩で距離を詰め、敵に肉薄する。手にするのは久々の黒鉄の特大ハンマー。〈刻破〉を使うつもりはないようだ。一息に叩き込まれたのは渾身の一撃。硬い鱗も破壊する、彼女のプレイスタイルを体現した妙技。
だが、塩結晶の鎧は直撃を受けてなお砕けない。
「ちぃっ。やっぱり硬いですね!」
「レティのハンマーで砕けないとなると、俺の槍は絶望的だな」
最前線のボスエネミーというのは伊達ではない。
理想的な形で叩き込まれたレティのハンマーを阻む硬度は凄まじい。俺も追いかけて槍を繰り出すが、当然のように悲しい音を立てて弾かれた。
「一応――『デストロイスタンプ』ッ! ――砕けないわけじゃないんですがね!」
レティの絶え間ない破壊の連撃。部位破壊特攻に重点を置いたテクニックの連打によって、分厚い塩の鎧に亀裂が走る。
それに歓声を上げようとしたその時、ユカユカがくるりと身を翻し、塩湖に頭を突っ込んだ。
「何っ!?」
「この浅瀬にも関わらず、塩の中まで潜っちゃうんですよ」
行動を予測していたレティが、油断なく周囲を見渡しながら言う。
俺たちが問題なく歩けるほどの浅瀬、しかも下は硬い塩の層だ。にも関わらずユカユカは強引にその中へと沈み込んだ。足の裏に振動が伝わる。徐々に大きくなるそれは、脅威が戻ってきていることを示していた。
「真下だ!」
「運が悪いですね!」
二人ほぼ同時に身を投げ出す。
直後、塩の層が割れ、ユカユカが勢いよく飛び出してきた。
「なるほど、そういうことか……」
「これが厄介なんですよ」
陽光を受けて輝く白銀の騎士を見て、俺もレティが言っていたことを理解する。
その鎧に傷はない。レティが熾烈な打撃で亀裂を入れたが、それも消えている。
苦労して塩の鎧を破壊しても、塩湖に潜ってしまえば水泡に帰すということだ。無限に万全の守りを維持する大蜥蜴は、強敵と言わざるを得ない。
「だからこそ、これが輝くんです」
勝ち誇るユカユカに向けて、レティがそれを投げる。〈投擲〉スキルは持っていない彼女だが、精密な狙いは必要ない。相手に当たり、内容物が付着すればいい。
塩結晶融解剤。――それが蜥蜴の鎧を溶かす。
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Tips
◇白鎧のユカユカ
〈塩蜥蜴の干潟〉の広大な塩湖をテリトリーとする大型のグレインリザード。地中の鉱物などを体表に纏う習性があり、塩湖の上質な純粋塩を鎧のように纏う。その守りは硬く、また塩湖が枯れるまで尽きることはない。
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