第1379話「手向けの花を」
ウェイドの機体を借りて現れた、塔の管理者オトヒメ。彼女の意のままに塔の設備が動き出し、シフォンが引き起こしたカルマ値の爆発は瞬く間に鎮圧された。残ったのは大きな疑問だけである。
『あー、こほん。こちらは調査開拓団指揮官のT-1じゃ。お主は第零期先行調査開拓団員上級調査開拓員エウルブ=ギュギュアで合っておるかの?』
その少女は依然として空中に浮遊している。背後に審判の巫女オラクルを侍らせ、その手にレッジの機体を抱いていた。
調査開拓員たちが戸惑いながら見上げるなか、T-1が誰何する。青い瞳が彼女を見下ろし、口元に小さく笑みを浮かべた。
『イカにもカニにも、我様がエウルブ=ギュギュアで間違いないよ♪ でも今はオトヒメって呼んでチョーダイね⭐︎』
いつもクールなウェイドの口から飛び出す軽すぎる言葉に、T-1たちはやりにくさを感じる。だが、このまま対話を断ち切るわけにもいかず、彼女は拳を握りながら言葉を返した。
『では、オトヒメよ。色々と聞きたいことがあるのじゃが……。妾らは第零期先行調査開拓団が壊滅した理由を知らぬ。それを調査することも、この塔を登ってきた理由のひとつじゃ。お主はここで、何をしておった?』
『……ふぅん』
原因不明の理由によって壊滅した第零期先行調査開拓団。開拓司令船アマテラスは彼らを地上に降ろした後に時空間跳躍によって現代までスキップしてきたため、壊滅の理由が明らかになっていない。
T-1の伝えた調査開拓団の現状に、オトヒメは目を細める。
『小さくて可愛らしい姿になったと思ったら、オツムまで可愛くなっちゃったカナ?』
『な、何をぉ!?』
『――術式汚染の流行と黒神獣の勃興。〈
何でもないようにオトヒメは口にする。彼女が〈タカマガハラ〉のデータベースに自由にアクセスできるのは、もはや周知の事実だった。
膨大な情報を探り、彼女の眉がぴくりと動く。
『へぇ。イザナギが復活してるんダネ』
黒龍イザナギ。第零期先行調査開拓団を襲った汚染術式の根源。それは今、ただのイザナギとして管理下に置かれ、拘束されながらも取引の上で一定の協力体制が敷かれている。
黒龍イザナギは九つに分割され、第零期の統括管理者たちを依代として各地の封印杭に封じられた。現在、封印杭は零、壱、弐の三つが解放されている。つまりイザナギは黒龍イザナギとしての力の、三分の一を取り戻していることになる。
『ま、知らないとはいえ第一期調査開拓団も同じ道を辿るんだネ♪』
『同じ道……?』
カラカラと他人事のように笑うオトヒメを、指揮官たちは怪訝な顔で見る。彼女たちに向かって、オトヒメは視線を鋭くして睨みつけた。
『第零期先行調査開拓団が壊滅し、〈
総司令現地代理イザナミの死。その原因に同じく総司令現地代理であるイザナギが関わっている。その事実を改めて、当事者たる第零期先行調査開拓団員から告げられた。T-1たちも硬直し、唖然とする。
『……やはり、そうなのか』
『ええ。そして、この研究所ではイザナミの死後にプロジェクト〈天憐〉が始まったの』
プロジェクト〈天憐〉。それが意味することが何なのか、T-1たちは身構える。
オトヒメは抱えていたレッジの体を掲げる。
『統括管理システムは、感情の渦でエネルギーを生み出して異界への門を開こうとした。とはいえ、それには大きな犠牲が必要になる。夥しいほどの血が流れるし、何よりコストがかかりすぎる。だから我様、考えました⭐︎』
『お主、いったい何をするつもりじゃ!』
血の気の多い調査開拓員たちがオトヒメへ攻撃を仕掛ける。しかし、ことごとくがオラクルの雷撃によって阻まれた。
『縁があれば、それを手繰り寄せることができる。魔法と呼ばれる奇跡論体系の根幹を成す、概念的存在形成の72次元的空間への展開。辺境推移過程の距離概算はコップラー=オルト・リンデのパラドックス的解決方法を適用することで解決できる♪』
「マジで何言ってんだあの子!」
「ウェイドちゃんが壊れちゃったよ!」
立て板に水を流すように澱みなく、しかし訳のわからない言葉を羅列するオトヒメ。彼女の手から、レッジの体が離れる。青い光の魔法陣に載せられて、空中へと浮き上がった。
『早い話が、生贄の奉納。憐れみ、惜しむ、惜別の献花。我らの服喪が彼女を呼び覚ます力となり、捧げられし花を通じて今世、現世、此岸へと呼び寄せる⭐︎』
『ま、マズいのじゃ! お主ら、全力で奴を阻止するのじゃ!』
血の気の引いたT-1の号令。調査開拓員たちが一斉に攻撃を始める。
だが雷鳴が轟き、閃光が迸る。オラクルの力はこれまでのものとは一変し、試練ではなく拒絶に使われた。
魔法陣の回転が加速する。レッジの機体に光が入り込む。
『僥倖だった。まさか、白龍イザナミと縁を繋ぐ調査開拓員が居たなんて』
オトヒメが心底嬉しそうに歯を見せる。
第六階層に封じられていた彼女の元へ現れたのは、依代として最高の条件が整った上級調査開拓員の機体と、彼女との縁を結んだ調査開拓員。これだけのものが揃っていれば、エルフとゴブリンを争わせる必要などない。
『さあ、捧げよう。献花台に憐れみの花を。手向けの花を。悲哀に暮れる者から、再び生まれ直すべき彼女へ!』
オトヒメの感情値が極限まで高まる。地上街の至る所からピラーが突き出し、鈴の音が重なり合う。空間中のカルマ値が極限まで減少し、負へと転じる。現実を構成する骨子が強度を失い、時空間そのものが脆弱なものとなる。
『いでよ、白龍。我らがイザナミ。黒き魔に侵され、献身によって我らを救いたもうた聖者。その躯体をここに――』
レッジの体――八尺瓊勾玉が割れる。縦横に亀裂が進み、機体を四分割する。溢れ出したのは機械のパーツでも、青い血でもなかった。光が迸り、白が周囲を埋め尽くす。
彼を依代に、何かが生まれる。
T-1たちが手を伸ばし、阻止しようとする。だが、儀式は止まらない。献花は成される。天憐の奏上が、ここに行われる。
『ぬぁ――!?』
レッジの割れた胸の奥から、ツノが飛び出した。純白に輝く巨大なツノの先端だ。それが、穴を押し広げようとする。
オトヒメが恍惚とした表情でそれを見守る。調査開拓員たちも目を奪われていた。
新たな神々しい存在が現れる。それはもはや止めることなどできなかった。
鈴が鳴る。鳴り響く。
神聖で厳かな光が広がり、地上街を白く白く染め上げる。
――その時だった。
『キュィ――ッ!』
小さな鳴き声が飛び込んできた。
━━━━━
Tips
◇献花台
死者を弔い、惜別の念を刻む。もう戻らないことを知るために。彼を思い、記憶に残し、永遠のものとするために。
天を憐れみ、別離を奏でる。その音色が届くまで。
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