第1323話「大物産展」

 オフィーリアとレアティーズの二人は、前線基地に建てられた屋敷に住んでいる。とはいえ、彼女たちも調査開拓団からの要請に応じて忙しい日々を送っているからか、屋敷に戻ることは稀なようだった。

 今日も調査系バンド〈イザナミ考古学会〉のメンバーと共に地上街へ繰り出し、エルフの遺跡の発掘作業を手伝っていた。前線基地に戻ってきた二人を捕まえて、中央指揮所の会議室に案内できたのは、夕刻のことだった。


『それで、あーしらに見せたいモノってなんなノ?』

「その扉の先にある。気に入ってもらえると嬉しいんだが」


 姉と色違いの、紺色のジャージを着たレアティーズを会議室へと誘う。オフィーリアもいつもと同じ小豆色のジャージ姿で、二人のそんな姿もさすがに見慣れてきた。

 期待半分、不安半分といった面持ちの二人がドアを開けると、テーブルいっぱいに積み上げられた各都市のお土産と、自信満々の表情の管理者たちが出迎える。そんな光景にエルフの姉妹はぽかんと呆けてしまった。


『あの、これは……?』

「二人の慰労、という建前の試食会だ。調査開拓団の各地の名産をぜひ食べてもらいたいと思ってな」

『なんだぁ……』


 俺が事情を説明すると、レアティーズがかっくりと肩を落とす。何か別のことを予想していて、それが外れてしまったのだろうか。


『我々調査開拓団とエルフ族との、友好の印という意味もあります。ぜひ、ご自由にどうぞ』


 管理者を代表してウェイドが前に出る。彼女に促されるまま会議室へと入った二人は、テーブルを埋め尽くす食品の数々の目を奪われていた。

 洋菓子や和菓子に留まらず、酒の肴になりそうなものから、炊き込みご飯の素などのちょっとした手間を要するものまで。食品だけに限っても、ずいぶんと種類が豊富だ。これら全て、管理者たちが治める都市で実際に売られているお土産である。

 そもそも、誰かが示し合わせたわけでもないのに、これだけのお土産を揃って持参する管理者も管理者だ。


『でもなぁ……』

『ええと……』


 管理者たちは、二人がどの商品に手を伸ばすのか興味津々である。しかし、二人は困ったように互いの顔を見て、何やら言い淀む。


「どうかしたのか? 野菜しか食べられないとか?」

『野菜? いえ、そういうことはないのですが』


 エルフといえばベジタリアン。そんなイメージもあったので尋ねてみると、そういうことはないらしい。となると、どうして手を伸ばさないのだろうか。


『さすがにこの量を二人はちょっときついっしょ』

「それは……そうだな」


 レアティーズに言われてはっとする。隣にスイーツをパクパク食べているレティがいるせいで感覚が麻痺していたが、普通人はこの量を食べられない。物理的に無理だ。エルフは八尺瓊勾玉という強力な消化器官を持っているわけでもないだろうしな。


「もぐもぐ。……な、なんですか?」

「いや、なんでもない。レティはどれが美味しかった?」

「そうですねぇ。シュークリームも良かったですし、甘いものが続いた後のカレー煎餅もなかなか捨て難いですし……」


 悩ましげな表情で唸るレティ。彼女は胃袋の容量では特に困っていないようだ。


『それに、こんなにたくさんのモノを私たちで独占するというのも申し訳ないですし』

『どうせなら、ぱーっと使っちゃえばいいんじゃないの?』


 二人では到底食べきれない量の食品を前にして、二人はそんなことを言う。

 その時、スサノオが何か妙案を思いついたようで、ぴょこんと飛び跳ねた。


『あぅ。いいこと、思いついた。――ここで、大物産展を開く、とか』

「大物産展?」


 スサノオの言葉に管理者たちが揃って首を傾げる。俺も同じだ。


『あぅ。ここには、エルフ以外にも、ドワーフとかコボルドとかグレムリンとか人魚とか。たくさんの種族が集まってる。みんなにも調査開拓団のお土産を知ってもらうの』

『スサノオ……。そんなことをしている暇はありませんよ。ただでさえリソース収支が逼迫しているというのに』


 ニコニコと笑顔で語るスサノオに、ウェイドがエクレア片手に水を差す。しかし、さすがは管理者の長女というべきか、スサノオは動じない。


『リソース逼迫の原因は、鉄と木材と機械類の需要過多が原因。物産展を開けば、一時的に他の商品の取引が増えて、市場の歪みも解消される。その間に、資源量産体制を整えることができれば、リソース収支も落ち着く』

『むぅ。そううまくいきますかねぇ』


 腕を組み、難色を示すウェイド。

 確かにスサノオの予測は若干楽観的すぎるきらいがある。


『大物産展、私は賛成ですよ』


 そこで手を挙げたのは、ウェイドの妹分とも言えるエミシだった。彼女も彼女で経済的に、物産展の開催は大きなメリットがあるようだった。


『正直、〈エミシ〉はビットが枯渇気味なんですよ』


 資材、リソースを購入し続けているエミシ側は、資金の流出が問題となっていた。そこで、スサノオの発案した物産展は渡りに船と言う。


『〈エミシ〉は土地だけならいくらでもありますからね。適当な星を耕せば、すぐにメガプラントが作れます。小麦や野菜、砂糖の量産は任せてください』

『砂糖……』

『多少危険な植物も、いざとなれば畑ごと放棄できますからね。作物の栽培実験もウェルカムですよ』

『なるほど。これは今後の調査開拓団の活動にも大きく寄与する重大なメリットでしょう。大物産展の開催に向けて、エミシには砂糖の大量生産をお任せしましょう』


 エミシの口車にまんまと乗ってしまったウェイドは、あっという間に意思を翻す。そのあまりにも鮮やかな手のひらの返しっぷりに、キヨウやサカオたちも呆れ顔だ。


『エミシが資金枯渇してるってことは、あたしらは金余りってことだからなァ。大物産展のスポンサーになってもいいぜ』


 更にはアマツマラが資金面での支援を表明する。金がないところは金を稼ぎ、金があるところは金を出す。健全な経済循環を促すための土台として、大物産展は有効に活用されそうだ。


『……正直、今回の特殊開拓指令は進行が速過ぎるように思います。そのせいで、色々なところに無理が生じているのでしょう』


 砂糖の大量獲得に目が眩んだとは思えないほど、冷静な意見を呈するウェイド。彼女の言葉に、他の管理者たちも頷く。

 まあ、元々は塔に侵入するための正式な手順もすっ飛ばしたし、第五階層に至る手順も、抜け穴じみた方法で来てしまった。


「……あれ、もしかして俺のせいか?」

『今頃ですか』


 これまでのイベントを省みて少し不安になると、ウェイドが半目になってこちらを見てきた。

 そんな、俺はただイベントが早く進めばいいと思っていただけなのに。どうやら管理者や指揮官、ひいては運営の予想を上回ってしまったのが今回の原因らしい。


「そういえば、まだイベント始まって一週間経ってませんもんね」


 スイーツを一通り楽しんで、キヨウ土産の緑茶で一服しているレティがいう。特殊開拓指令は大規模イベントだから、数週間かけてじっくり進めていくのが通例だ。それを一週間足らずで(おそらく)ラスボス目前というところまで迫ってしまった。

 メタ的に見れば、「お前らもうちょっとゆっくりしていけ」という運営の意志が働いたのかもしれない。


「それじゃ、やるか。惑星イザナギ大物産展」


 管理者たちが一斉に頷く。

 ここで少し一休み。そんなわけで、俺たちはイベントの最中にイベント発生という奇妙な状況へと突入することとなったのだった。


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Tips

◇リラックス・ブレンド・グリーンティ

 シード03-スサノオ近郊の茶畑で栽培された茶葉を用いた特別な緑茶。数種類をブレンドすることで、奥深い香りと味わいを実現させた。手もみ乾燥にこだわっており、茶葉のひとつひとつが艶をもち美しい。

 じっくりと抽出した上品な美味しさを、ティーバッグでお手軽に。

▶︎ほっと一息

 ホットで飲用した場合、わずかに寒冷耐性が上がる。静止時、瞑想時のLP回復速度が上昇する。アーツの威力が一定時間わずかに上昇する。


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