第1322話「悩む管理者」
イザナミ計画惑星調査開拓団は〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層へと到達し、いよいよ〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉も大詰めとなった。第五階層の地上街には前線基地が構築され、第六階層進出に向けた準備が着々と進められている。
『あぅ。リソースの消耗が大きくて、生産が追いついてない。もうちょっと、抑えてほしい』
『そう言われましてもねぇ。こちらも必要な計画を選定して実行していますので……』
『少なくとも、ナキサワメの緊急事態宣言は解除してもいいんじゃねェか?』
そんななか、前線基地に建てられた作戦本部には、珍しく管理者たちが一堂に会していた。インターネットを介した通信で直接情報をやりとりできるのに、わざわざ管理者機体を使ってこんなところまでやってきたのは、緊急特殊開拓指令の長期化によってリソース収支が逼迫しているためだ。現在最も資源を消費している前線基地に、わざわざ査察にやってきたのだ。
大局としては、スサノオを中心にアマツマラ、ホムスビ、ワダツミが消費抑制派、ナキサワメ、エミシが現状維持派。ウェイドやキヨウ、サカオ、ミズハノメは中立といったところか。
やはり資源生産を都市運営の柱としている所は過剰な消費に危機感を抱いている。
『エミシからも鉄資源は潤沢に採れるっスよね。だったら、価格抑制政策を進めてもらいたいッス』
『ですが、惑星掘削法はコストも大きくて、利潤を考えるとそこまで効率的とも言えません。それに、ホムスビ産の鉄資源は精錬加工が終わっていて、扱いやすいようですし』
金属系のリソースは、特にこのイベント中に価格が乱高下した。おかげでアマツマラもホムスビも価格の安定化に苦労している。
『あぅ。あんまり劣化銅を取られると、保守管理が成り立たない……』
更に困り顔で意見を出すのは、管理者の中心とも言えるスサノオだ。一見すると彼女が管轄する地上前衛拠点シード01-スサノオは資源生産にあまり関係のない所とも思えるが、案外そうでもない。
〈スサノオ〉の地下には人工的に掘り進められた地下坑道があり、そこからはほどほどに品質の低い金属が採れる。基本的にはFPOを始めたばかりの初心者調査開拓員の序盤の〈採掘〉スキルのレベル上げなどを目的としたものなのだが、全体を見ればその産出量も無視できないものとなっている。
劣化銅と呼ばれる最下級金属系素材も、ありふれているだけあって、都市建築物から武器防具まであらゆる製品に使用される基本的なアイテムなのだ。
『劣化銅をわざわざ集める調査開拓員も少ないですからね……』
スサノオの率直な意見に、エミシも腕を組む。惑星を丸ごと破壊して瓦礫を掻き集めるダイナミックな採掘法もかなり洗練されてきているが、狙われるのは高度上質精錬鉄鋼に加工できる上質な鉄鉱石が主となる。劣化銅は採算が取れないという理由で、放置されるのがもっぱらのことだった。
「レッジさん、カミルがコーヒー淹れてくれましたよ」
「おお、ありがとう」
管理者たちがテーブルを囲んで議論しているのをぼんやりと聞いていると、コーヒーカップを持ったレティがやって来た。淹れたてのホットコーヒーを受け取り、渇いた喉に流し込む。
「どうです? まとまりそうですか?」
「どうだかねぇ。どっちの意見もよく分かるだけに、難しい気がするよ」
管理者たちが前線基地の査察を終え、今後のリソース管理について話し合いを始めたのが数時間前。それからノンストップで堂々巡りだ。おかげで、彼女たちの護衛任務を引き受けてしまった俺は時給が発生するだけの退屈な時間を過ごしている。
「問題なのは、塔の中でのリソース消費が著しいことなんですよね」
「あとは、それに伴う価格の上昇だな。レティもハンマーの修理費結構したんじゃないか?」
尋ねてみると、やはり思い当たる節はあったらしい。レティは微妙な顔をする。
リソースはあらゆる場面で消費する。というか、消費する物資を総括してリソースと呼んでいるのだ。武器を使えば、その修理のためにもリソースを消費するものだが、前線基地の仮設工房で武器の耐久を回復させようとすると、塔の外で直すよりも三倍ほど値段が高くなってしまう。
「リソースの消費と、それによる見返りのバランスが取れてないんだ。鉄インゴット三つで作ったツルハシで四個以上の鉄が取れれば儲かるが、今はそうじゃないだろ」
「第六階層に向かうため、消費ばっかりですもんねぇ」
結局、根本の問題はそこにある。
〈エウルブギュギュアの献花台〉は投資対象としてあまり魅力的ではないのだ。一応、ゴブリンや幽霊犬、骨といったエネミーは出てくるし、惑星掘削法である程度の資源を生み出すことにも成功している。とはいえ、その程度ではまだまだ消費に供給が追い付いていない。
未だに〈エミシ〉は拡大を続けているし、宇宙船も大小様々なものが次々と濫造されている。そして、八回に及ぶ大規模攻勢が起こり、今もなお前線基地の建設が進められている。
スサノオたちから見れば、この塔は食うだけ食って何も返さないブラックホールの怪物のように見えることだろう。
『あ、レッジだけ良いもの飲んでますね』
「おお。ウェイドもいるか?」
そんなことを話していると、ウェイドがこちらへやって来た。どうやら会議が行き詰まってしまって、一旦休憩ということになったらしい。巨大で優秀な中枢演算装置を持つ管理者が十人も集まって答えが出ないとは。
「管理者の皆さん用にポットで持って来てますよ」
『おお! ありがとうございます!』
どうやらウチのできるメイドさんは管理者の心労も見越していたらしい。レティがインベントリから取り出した大きなポットに、ウェイドたちが歓声を上げる。
『それでは、私もとっておきの品を出しましょうか。――こちらは新しくできたパティスリーの新作シュークリームです』
会議室にコーヒーの良い匂いが立ちこめる。ウェイドが意気揚々と取り出したのは、ゴージャスなデコレーションの施された、人の顔ほどもある巨大なシュークリームだった。
『あぅ。ウェイドの砂糖消費量も後で話し合おう、ね』
『なぁっ!? 砂糖は必須リソースですよ。これ以上は削れません!』
『それじゃあ、ウチからも! 岩石チョコレートが流行ってるんすよ』
ゆらりと立ち上がったスサノオにウェイドが詰められるなか、ホムスビが取り出したのは石のようにしか見えないチョコレート。なんでも、これがトレンドになっているらしく、いかに石のように見せられるか、というコンテストまで開かれているらしい。
『甘いモンばっかりじゃ退屈だろ。カレー煎餅もあるぞ』
『あてもお団子とおかき、持って来ましたよ』
更に他の管理者たちも続々と、自分の街で売られているお土産を取り出してテーブルに並べていく。あっという間に会議室は物産展もかくやという賑やかな様相となった。
『ビューティフル! やっぱり、直接会う機会は稀ですから、みんなお土産という名の自慢をしたくなりますよね』
煎餅、饅頭、団子、チョコレート。ずらりと並んだお土産を見て、ワダツミがぱちぱちと手を叩く。普段は通信でやり取りしているだけに、機会があるとこうなるのも想像に難くない。
『ほら、レッジも食べていいですよ。私がスイーツをあげるなんて、貴重な機会なんですから』
「本当になぁ」
ウェイドからデカいシュークリームを受け取る。見るだけで胸焼けしそうな砂糖の量だ。中にたっぷりチョコとカスタードと生クリームが詰まっているのに、更に表面にチョコがかかり、砂糖でコーティングされ、その上にアラザンが散らされ、砂糖菓子の人形まで乗っている。
『レッジ、ウチのカレー煎餅も食べろ!』
『お抹茶もありますよ』
『あー、うー、海鮮丼とか食べます?』
「ナキサワメは張り合わなくて良いからな」
ウェイドのお土産に手をつけると、他の管理者からも続々と品が寄せられる。とはいえ、流石にこの量を一度に食べるのも難しい。
「レティも食べていいですか?」
『もちろん。ぜひご賞味ください』
「わーい! それじゃあ、いただきます!」
隣でレティが勢いよく食べ始めているが、まあ彼女は例外だ。
『……で、どうですか』
「なにがだ?」
少し齧ったところからとめどなく三色のクリームが溢れ出すシュークリームに苦戦していると、ウェイドがそそ、とこちらへ近づいてきた。彼女の青い瞳がじっとりと俺を見てきて、何を問うているのか分からず困惑する。
『シュークリームですよ。やはりスイーツといえば〈ウェイド〉ですからね!』
「ああ、うん。美味いよ」
『心が困ってませんね』
「無限にクリームが流れてきてそれどころじゃないんだよ!」
まじでどういう仕組みになってるんだ、このシュークリームは。もう見た目の体積を遥かに超えてる気がするんだが。
ともあれ、管理者たちはやはり自分の街の商品に自信を持っているらしい。おそらく、シュークリームを食べ終えたら次は別のものが運ばれてくるのだろう。
「はぁ、せっかくだしオフィーリアたちにも食べてもらうか?」
『なるほど? それは良いかもしれませんね』
クリームの海に窒息しそうになりながら苦し紛れにアイディアを出す。するとそれが案外良いところを突いたようで、ウェイドたち管理者は真剣な顔で考え始めた。
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Tips
◇ウルトラスーパーデラックストリプルクリームギガチョコマックスエクストリームデスナイアガラシュークリーム・ザ・ウルトラ
シード02-スサノオにある洋菓子店〈クリームは液体なので0カロリー〉が販売する数量限定の特別なシュークリーム。サイズやゴージャスなビジュアルもさることながら、その真髄は独自に改良した時空間格納圧縮製法を用いて詰め込まれた大量のクリーム。基本の生クリーム、濃厚なチョコレートクリーム、なめらかなカスタードクリームの三種類が、それぞれ3kg以上詰められている。
クリームに溺れたい。そんな全てのスイーツ愛好家の夢を体現する至高のシュークリーム。
“三種類のクリームがお互いを相殺するので総カロリーはゼロになるんです”――店主
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