第1320話「天空街の一人影」

 エルフの王女オフィーリアと、彼女の姉でカオスエルフのレアティーズ。二人と調査開拓団の間で協力協定が結ばれ、〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉は次の段階へと移行した。

 具体的に言うならば、〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層の天井からぶら下がる逆さまの街――通称“天空街”への進入が、新たな目標である。だが、そのためには準備するべきことも多く、またこれまでの大規模攻勢でこちらも多くのリソースを失った。それらを充填するのに、しばらくの期間が必要となる。


「オーライ、オーライ。そのまま降ろしてくれ。ゆっくりな」

「了解! 一気にいくぜ!」

「うわーーーーっ!? ゆっくりって言っただろ!」


 第五階層地上街では、生産系バンドの職人たちが集結し、拠点整備に邁進していた。塔の外からかき集められた物資がエミシ経由で運ばれて、白い廃墟街に新たな町を作られていく。

 地下街もかなり整備が進んでいるが、まだ完全に掃討されたわけではない。というより、完全制圧は難しいだろうというのがアストラたち攻略組の意見だ。というのも、レアティーズが逃げ込んでいた黒い泉。あそこからは際限なくゴブリンが湧き出してくる。テントや戦場建築物なんかで蓋をしようにも、しばらくすると強引にそれを吹き飛ばすような強力な個体が現れてしまう。そのため、出てきたものを都度駆除していくのが楽だという話に落ち着いた。


「ゴブリン製の武器だよー。軽量頑丈、ちっと威力は弱いが、調査開拓員も殴れる特別製だ! ちゃんと錆取りもしてるから、すぐに実戦で使えるぞ!」

「そこのお姉さん、ゴブリン退治に行くならドワーフ製の武器はいかがかね」


 地上街の仮設市場では、すでにゴブリンからドロップした物も含めて、他種族製武器がいくつも売られている。ドワーフやコボルド、グレムリン、人魚たちも出張してきて、積極的に調査開拓団の活動に協力してくれているのだ。


「やあ、そこのお嬢さん。テントはいらんかね? 今ならドローンもあるぞ」

「……何やってるんですか、レッジさん」


 通りをぷらぷらと歩いていたレティに話しかけると、彼女は呆れ顔で振り向いた。側にはいつものようにLettyもおり、二人で散策中のようだ。

 俺はといえば、エプロンを身につけて露店の前に立ち、健気に客の呼び込みをしているところである。


『機体ぶっ壊して、テントぶっ壊して、クチナシぶっ壊して。色々あって借金漬けで首が回らなくなったのよ』

「ちょっ、カミル!」


 裏から荷物を抱えて現れたカミルが、無慈悲に理由を暴露する。俺と同じエプロンを身につけた彼女は、俺と違ってよく似合っている。


「あら、レティとLettyじゃない。元気そうね」


 レティたちの目つきが険しくなるなか、カミルの後ろから店主のネヴァも現れた。


「私はユアをここまで連れて来れないから、接客してくれる人がいてくれると助かるわ。お給料もいらないものね」

「頑張って働かせていただきます……」


 にっこりと笑うネヴァに言われては、何も言い返せない。実際、カミルの言う通り、塔に入ってしばらくの活動で色々と散財しすぎた。特にネヴァには色々と無理を聞いてもらったこともあって、店番を断ることもできなかったのだ。


「ほんとレッジって後先考えないよね。刹那的すぎるんじゃない?」

「申開きもございません」


 Lettyの鋭い言葉に粛々と頷く。俺も今回はちょっと無茶しすぎたと思っているのだ。だからこうして、天空街への道筋が固まるまでの間、ネヴァの稼業の手伝いをさせてもらっている。


「仕方ないですねぇ。レティも何か買いましょうか?」

「いいのか? といっても、レティが必要そうなものはあんまりないと思うんだが」


 レティ様が慈悲深き御心で、店先に並べた商品棚へと近づいてくる。


「これは?」

「テントだな。“影雲”だ」


 流石はレティさん、お目が高い。彼女が指さしたのは、大規模攻勢の際にも活躍した緊急退避用並行次元干渉テント“影雲”だった。格納状態だと手のひらに収まる程度の小さな黒い三角錐だが、そこにはネヴァの技術の粋が注ぎ込まれている。


「ちなみにおいくらですか」

「本体が77Mビットで、専用エネルギーパックが別売りの50Mビット。エネルギーパック二つを付けたスターターセットが150Mビットだ」

「はぁああっ!?」


 素直に値段を教えると、レティが目を丸くして飛び上がる。


「やっべ。あー、えっと、たしか77Kビットくらいだったはず――」

「そんなわけないでしょ。これにレア素材をどれだけ注ぎ込んでると思ってるの」


 慌てて誤魔化そうとしても、すぐ隣に店主がいるので意味がない。レティは怖い顔をしてずいずいと俺に迫ってきた。


「随分とお買い得ですねェ、まったく。そんなだからお金が貯まらないんですよ」

「でも、レティもこれのおかげで助かったじゃないか」

「その点には感謝してますよ。ええ」


 うぐぐ。たしかに“影雲”は高額なアイテムだが、そのぶん強いんだ。使用してその効果を実感できたなら、それはもう散財ではないだろう。


「ちなみに、レティのハンマーはいくらしたんだよ」

「ハンマーって、“綺羅星・一式”のことですか?」


 苦し紛れに、レティが最近手に入れた新しいハンマーについて追及する。あれだってかなり強力な武器だ。相当なお値段がすることだろう。きっと数百Mビットは降らないはず――。


「宇宙船のチャーター代、ネヴァさんに頼んだ拘束具代。合わせて12Mビットくらいですかねぇ」

「だいたいそのくらいでしょう。ほとんど自作みたいなものだしね」

「えええ……」


 しかし、レティの口から飛び出したのは衝撃の金額。彼女ほどの実力者なら数Mビットなど数日で稼げるから、ほとんど無料みたいなものだ。


「嘘だろ、どんな魔法を使ったんだよ」

「そのへんに浮かんでた星が主材料ですので。無料ですよ」

「卑怯だろ!」


 第四階層に浮かんでいる星は、確かに資源の塊だ。とはいえ、それを回収するにはかなりのコストがかかるため、〈ダマスカス組合〉のような大手じゃないとなかなかコストにリターンが見合わない。それを、星ごと回収すればコストゼロとは。たしかにそうかも知れないが、ほとんどズルみたいなものだろ。


「ところで……」


 レティが不意に視線を横にずらす。その先、ずらりと並んだ露店の陰に、フードを目深に被った二人が隠れていた。いや、隠れているといっても、ある意味バレバレなのだが。


「オフィーリアさんとレアティーズさんは、こんなところで何してるんですか?」


 レティが二人の名前を呼ぶと、変装したエルフ二人はあからさまに肩を跳ね上げる。二人がフードをあげると、気まずそうな顔が現れた。

 今回の最重要人物とも言うべき二人が、こんな街中で護衛もつけずに何をしているのか。俺も気になる。


『こんにちは。レッジさん』

『ち、ちーっス』


 すすす、と近づいてくるオフィーリアたち。あっさりと変装が看破されたからか、二人とも頬を赤くしている。フードから特徴的な細長い耳が飛び出していた、とは指摘しづらい。


「今日はエミシたちと会議してるんじゃなかったのか?」


 本来二人は、地上街の中央に作られた大きな拠点にいるはずだった。そこでエミシを通じて調査開拓団の管理者や指揮官連中と情報交換を行い、今後の活動の打ち合わせをする。そんな予定であるはずだ。

 その場にはアストラたち攻略組が同席しているはずで、拠点の周囲を警備する任務も出されていた。


『会議はつつがなく終わりました。エミシさんやT-1さん、それとイザナギさんとも色々とお話ができましたし』

『緊張がマジはんぱなかったよ。あーしはああいうの無理だわ』


 満足そうに微笑みオフィーリアとは対照的に、レアティーズは疲れた顔だ。こういう事務的なやり取りは、妹の方が適性があるらしい。


「レアティーズは、まだ衝動も残ってるんだろ? あんまり無理せず、休んでてもいいんじゃないのか?」

『うっ。……ッス』

『お姉様……』


 レアティーズもかなり症状は緩和したとはいえ、まだその内に衝動を抑えている。だからこういうやり取りも負担になるはずだ。とフォローを入れてみると、彼女はまたフードをぎゅっと被り直してしまった。そんな彼女を、オフィーリアが仕方なさそうな顔で見ている。


「はぁ――。レッジさんは相変わらずですね」

「え? 俺、何かまずいこと言ったか?」

「べっつにー? 何でもないですよ」


 絶対なにかあるような言い方だったが、レティはそれ以上何も答えてくれなかった。不安な気持ちの俺だけを残して、女性陣は勝手に話を進めていく。


「それで、お二人はどうしてこんなところまで?」

『一度、みなさんにお礼を言いたかったんです。レティさんや、レッジさんだけでなく、皆さんに』


 オフィーリアはそう言って、賑わいを見せる仮設市場を見渡す。各地から集まった調査開拓員や他種族の人々が、和気藹々と言葉を交わしている。荒涼とした廃墟が広がる殺風景からは、ずいぶんと変わって見える。

 彼女たちは往時の街並みもよく知っているのだろう。その上で、あの廃墟を見て、そして、新たに発展を始めるこの街を改めて眺めている。その胸中を俺ごときが推し量るのもおこがましい。


「これからですよ。これからもっと発展します」


 自信たっぷりにレティが断言する。俺も、ネヴァもそれを否定しない。その言葉を聞いて、オフィーリアも花のように笑みを広げた。


『そうですね。楽しみにしています』


 この街の更なる発展。そのためにはやはり天空街へと。そして第六階層へと到達しなければならない。

 俺は彼女たちの会話を聞きながら、何気なく空を見上げた。青空の代わりに、白い建物がぶら下がる逆さまの街。重力も逆転した天空の街。


「……」


 その建物の陰から、こちらを女性。オフィーリアやレアティーズとよく似た雰囲気の、エルフの女性。

 遠からず、彼女と会うことになるのだろう。


「ひとりぼっちは寂しいもんな」

『レッジ?』


 思わず言葉をこぼす。近くにいたレアティーズが、きょとんと首を傾げてこちらを見ていた。


「いや、なんでもない。それよりレアティーズ。このテントすごくおすすめなんだが――」

「レッジさん!」


 俺がレアティーズにテントを売り込もうとしてレティに睨まれている間に、天空街の人影はどこかに消えてしまった。


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Tips

◇ネヴァ工房のエプロン

 生産品販売〈ネヴァ工房〉の店員に貸与される制服。黒を基調とした落ち着いた雰囲気のエプロンで、シンプルながらも細部までこだわられている。

 業務の関係上、レベル9耐爆性能をはじめ、極めて強力な防御性能を誇る。


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