第1224話「助っ人は突然に」

 塔全体に広がる揺れは次第に大きくなっていく。次々とガラス管が砕け、あちこちで激しい音が鳴り響く。ハンマーで勢いよくボタンを押したレティは、顔を青くして狼狽えていた。


「あ、あれ? レティ、何かやっちゃいました?」

「よく分からないが、あまりいい展開じゃなさそうだ。みんな、どこか避難できそうな所を探すぞ!」


 涙目のレティの手を掴み、走り出す。システムアナウンスは速やかに避難しろと言っていた。ということは、どこかに避難先が用意されているはずだ。

 だが、そんな俺たちの前に立ち塞がるものが現れた。


カラカラカラカラッ!


「うおわっ!? なんだ!?」


 次々と砕けるガラス管の中から濃緑色の液体が撒き散らされ、それと共に骨だけの獣が飛び出してくる。四本の足と短い尻尾、そして鋭い牙。虚な眼窩がこちらを見上げ、骨同士を打ちつけたような乾いた音を発する。


「こいつら、この状態で動くのか!?」

「幽霊がいる時点で考えても仕方ないでしょう。てりゃあああっ!」


 思わず目を丸くする俺の真横から飛び出したレティが、勢いよく鎚を振り下ろす。

 バキンッと大きな音がして、骸骨犬は粉々に砕けて吹き飛んだ。


「やったぁっ! 幽霊はともかく、骸骨なら物理攻撃が効くようですね!」


 幽霊は苦手なレティだが、骸骨には物理攻撃が通ると知って歓声を上げる。ハンマーで殴れるなら彼女の敵ではないというわけだ。

 だが、ぴょんぴょんと飛び跳ねるレティの目の前で、散乱した骨片がカタカタと動き出す。


「油断するな、レティ。こういうのは大体の場合――」


 俺が言い切るよりも早く、骨片はひとりでに集合する。そして、瞬く間に元の骨格を取り戻した。

 再び四本の足で立ち上がり、カラカラと嘲笑うような音を発する骸骨犬に、レティは再び涙目になる。


「こ、こんなの卑怯ですよ! チートです!」

「落ち着け、レティ。今はこいつらに構ってる暇はない!」


 揺れは更に大きくなっている。次々とガラス管から飛び出してくる骸骨犬をいちいち相手していたら、こいつら諸共瓦礫に潰される可能性すらあった。


「レッジ!」


 周囲の探索をしていたカエデたちも、揺れを受けて戻ってきた。全員が揃っているのを確認してから、改めて避難所になりそうな場所を探す。


「きゃあっ!?」


 だが、そうこうしている間にも、天井の一部が崩落した。巨大な白い瓦礫が落ちてきて、あわや下敷きになるところだった。慌てて真下にいたラクトとフゥを抱えて救出する。


「レッジ、テントを建てられない?」

「厳しいな。場所が狭すぎる」


 エイミーに問われるが、状況は芳しくない。テントを展開するにはある程度の土地と時間が必要だが、第三階層には無数のガラス管が並んでいるためテントを建てるスペースがない。時間も、十人以上を収容するサイズのテントを建てるだけの余裕はなさそうだ。


「すまん、ここは一度死に戻るしかないかもしれん」

『うわっ!? な、何を諦めてるんですか!』


 万事休す。覚悟を決めて、せめてウェイドを守ろうと彼女の体を引き寄せた、その時だった。


「――『禁忌領域』“甲殻の窟”」


 凛と響く女の声。その瞬間、俺たちを薄紫の半球が包み込んだ。

 それは周囲から殺到する骸骨犬の侵入を阻み、またボロボロと落ちてくる瓦礫も退けていた。轟音すらも遠のき、ただ揺れだけが続く。

 そんな中、ガラス管の影から修道服を着た金髪の女性が悠然と歩み寄ってきた。手に銀のトンファーを携え、コツコツと硬い靴音を響かせながら。彼女は青い瞳をこちらに向けて、紅をゆるく曲げていた。


「ラピスラズリ!」


 見知った顔に思わず叫ぶ。

 彼女は三術連合に所属する呪術師、“溺愛”のラピスラズリ。俺たちを守るように展開された半球は、彼女の真骨頂とも言える呪術と罠の融合、禁忌領域だ。


「まったく、急に騒がしくなったと思ったら。お久しぶりですわね、レッジさん」


 揺れが激しくなるなか、涼しい顔でラピスラズリは優雅に会釈する。

 彼女の周囲に他のプレイヤーの姿は見えない。つまり、彼女はひとりでここまでやって来たと言うことか。


「すまん、緊急停止ボタンがあったから押したんだ。これでNULLが止まると思ったんだが……」

「なかなか大変なことになっていますね。積もる話もありますが、まずは現状を脱するところから始めましょう」


 そう言って、ラピスラズリは体を横に向ける。彼女の視線の先には、次々と禁忌領域の境界に殺到する骸骨犬の群れがあった。その圧力は凄まじいものがあるようで、ドームの表面に亀裂が走る。


「エイミー、防御の準備を。今回は光もちゃんとガードできるはずだ」

「任せてちょうだい」

「いよいよ出番ですのね!」


 硬質な音を奏でて球が砕ける。それと同時にエイミーと光が盾を構え、怒濤の勢いで駆けてくる骸骨犬の群れに身構えた。

 しかし――。


「はぁああああああああっ!」


 盾を軽やかに飛び越えて、前線に躍り出すのはラピスラズリ。彼女は深く切れ込みの入った修道服の裾をはためかせ、真っ白な足を前に出す。両手に握りしめた銀のトンファーが鋭く翻り、そして――。


「『烈風旋回脚』ッ!」


 剛風を伴う鋭い蹴撃。それは大量の骸骨犬を巻き込み、まとめて吹き飛ばす。脆く砕けちった骨片を踏み砕きながら、彼女は目にも止まらぬ速さで骸骨犬の群れへと飛び込む。


「ええっ!?」


 トンファーが頭蓋骨を砕き、膝があばら骨を折る。四肢を巧みに活かした熾烈な攻撃が、次々と休みなく攻め立てる。

 意外な戦いぶりを見せるラピスラズリに思わず加勢も忘れて唖然としてしまう。俺の記憶にあるラピスラズリは、禁忌領域を主軸に据えた後方支援職だ。だが、今の彼女はバリバリの前衛攻撃職として敵を猛烈な勢いで砕いている。


「……ラピスラズリの本職は、あっち。集団戦の時は、戦うのが面倒だから、後ろに下がってるだけ」


 三術連合の繋がりで彼女とも親しいミカゲが、そっと補足してくれる。

 ラピスラズリは三術系スキルが実装される以前は、むしろエイミーに似た近接攻撃職寄りのスキルビルドをしていたらしい。主軸となっているのはトンファーを扱うための〈杖術〉スキルで、隙間を埋めるための足技として〈体術〉スキルも取り入れている。故に、彼女の真骨頂は敵を圧倒する連撃にあるようだ。


「はっ。れ、レティたちも行きますよ!」


 意外すぎるラピスラズリの戦闘スタイルに呆気に取られていたレティたちも我に返って動き出す。彼女たちの突撃能力によって、一面を埋め尽くしていた骸骨犬に一穴を穿つことができた。


「それで、どこに行くんだ?」


 思わぬ助っ人が来てくれたのはありがたいが、状況はあまり変わっていない。ラピスラズリは犬の頭蓋骨を蹴り飛ばしながら、周囲を見渡して即座に決断した。


「とにかく進みましょう。四階に向かった方が情報を集められます」

「分かった、そうしよう」


 揺れはまだ続くが、俺たちは前進を選ぶ。前に進めば進むだけ、後からやってくる調査開拓員たちに情報を渡すことができる。

 俺たちは次々と集まってくる骸骨犬と天井から落ちてくる瓦礫に追われるようにしながら、螺旋階段を駆け登った。


━━━━━

Tips

◇禁忌領域“甲殻の窟”

 固く閉ざされた殻の如く、内のものを守る領域を生み出す術式。その守りの堅さは贄とする供物に宿る呪いの強さに比例する。


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