第1214話「打ち砕く力」

『もうすぐ、8km圏内に入るよ』

「いよいよだな」


 いくつもの光輪を飛び越えて、俺たちは上空を突き進む。環境負荷がものすごい勢いで高まり、洋上では原生生物たちが活性化しているようだ。それに対処してくれているプレイヤーたちのためにも、なんとか成果を立てなければならない。

 前方に高く聳える白い塔が見えてくる。それと同時に、俺たちはついに危険な領域へと突入した。


「全員、衝撃に備えろ!」


 クチナシが、塔に近づく。

 その瞬間、塔が光を放ち、それは無数に分裂しながら勢いよく俺たちの方へと迫ってきた。数千の目標を同時に捕捉し、正確無比な狙撃を行う強力な近接射撃。だが、あれが光輪ほどの理不尽さではないことはすでに知っている。


「エイミー、よろしく頼む」

「任せてちょうだい! 鏡威流、一の面、『射し鏡』ッ!」


 船首に立ったエイミーが巨大な鏡を展開する。

 正確無比な狙撃ということは、彼我の最短距離を通る直線の弾道を描くということだ。つまり、それはエイミーにとっては最も受け止めやすい攻撃に他ならない。

 彼女が傾きを微調整した鏡の表面に、白い光線が垂直に飛び込む。そして、銀の表面に光が弾け、そのままの勢いで跳ね返った。


「よし、いいぞ!」


 エイミーの『射し鏡』は、真正面から受けた攻撃を全て跳ね除ける。反射された光線はそのまま塔に戻り、その壁面で爆発を巻き起こした。

 当然のように塔は無傷なのが悔しいが、狙撃を耐えることができている。


「はっはっは! いいぞ、順調だ!」


 次々と到達する光線を、エイミーは細やかに鏡の角度を変えながら受け止める。前回とは違い、自分が走らなくてもクチナシが猛烈な勢いで距離を詰めているため、彼女は鏡の向きに全神経を注ぐことができているのも大きかった。


「見てください、尖兵たちが!」


 船縁から身を乗り出して、レティが叫ぶ。

 眼下に広がる干潟には次々と白い人型の敵性存在――“白神獣の尖兵”が現れている。しかし、彼らは飛行能力を持たず、上空8,000mを飛翔しているこちらには手出しができない。

 あれほど苦労した相手がただ指を咥えて見ていることしかできないのを知って、レティたちも喜色満面の笑みだ。


『ところでレッジ』


 全てが順調に進む中、ウェイドがこちらへ話しかけてくる。


「なんだ? お菓子なら倉庫にあると――」

『違いますよ! これ、どうやって着地するんですか?』


 ぷんぷんと頬を膨らませながら、彼女は疑問を投げかける。そういえば説明していなかったか、と思い直し、俺は徐々に近づいてくる塔を見た。


「せっかくだから、正面から行こうと思ってるんだ」

『はい?』


 首を傾げるウェイド。

 ちょうどその頃、レティが動き出した。彼女はエイミーと場所を代わり、クチナシの船首に立つ。猛烈な勢いで風を受けながらも不動で直立しているのは、前衛の体幹ゆえだろう。

 レティはおもむろにハンマーを取り出す。彼女が普段から愛用している特大ハンマーだ。それを握り、次々と自己バフをかけていく。


「『猛攻の構え』『修羅の型』『破壊の衝動』『破壊の真髄』『大崩壊の兆し』『シン・デストロイヤー』『壊し屋の誇り』『大いなる獣王の宣誓』『ジャイアントキリング』『ダブルタッチ』『隼の構え』『一点特攻』『死を穿つ鉄槌』『パワーチャージ』『パワーチャージリザルト』『スーパーパワーチャージ』『ウルトラパワーチャージ』『ハイパーパワーチャージ』『エクストラパワーチャージ』『蠢く力』『湧き上がる暴力の焦燥』『黒き右手』『破壊神の加護』『コアブースト』『リミッターリリース』――」


 〈戦闘技能〉や〈杖術〉をはじめとしたスキルによるテクニック。更にいくつものアイテムを用いることによるブースト。加えて、フゥが作った大量の料理による食品バフ。そして、クチナシを構成する俺のテントによる支援。

 それら全て――膨大な数のバフを受けて、彼女は幾重にもエフェクトを重ねる。赤黒く揺らめく焔を身にまとい、内側に絶大な破壊力が渦巻いている。今の彼女の攻撃力は、間違いなく世界最高峰に到達しているだろう。

 破壊というただ一つの目標を追求し続けた、彼女の集大成がそこにある。


『まさか……!』


 船首で悠然と立つレティを見て、ウェイドが何かを察した。だが、すでに全て動き出している。

 クチナシの制御によって、船が傾く。上空8,000mからの急降下だ。

 猛烈な勢いを更に加速させて、船は塔を目指す。減速などしない。アクセルをベタ踏みしたように、より加速していく。“昊喰らう紅蓮の翼花”が力のかぎり炎を吐き出す。その推進力を一身に引き受けて、更に早く、鋭く。


『や、やめなさい! そんなことしたらどうなるか分かってるんですか!』

「大丈夫だよ。レティならきっとやってくれる」


 ウェイドが顔を青褪めさせて俺の腕をぐいぐいと引っ張る。

 だが、走り出したものはもう止まらない。

 ぐんぐんと近づいてくる塔を睨みながら、レティが最後の仕上げをする。


「――『時空間波状歪曲式破壊技法』」


 全てを破壊する最強のテクニック。

 それ故に強すぎる反動が、彼女の身を蝕む。

 幾重にも重ねたバフの影響もあり、レティのLPは瞬間的に数千単位で消えていく。それを何とか回復しているのは、テントの効果とフゥの回復テクニック、そして湯水のように投げつけられる最高級のLP回復アンプルだ。

 周囲の空間を強く歪ませながら、レティは最後の型へと体を移行させる。


「咬砕流、八の技――」


 彼女が目覚めた、〈咬砕流〉八番目のテクニック。

 攻撃力の全てを破壊属性へと変換し、全てを瞬間的に一点へと注ぎ込む凶悪な技。

 そして、その力は、素早く打ち込むほどに破壊力を増す。


「――『撲チ鳴ラス心臓』ッッッ!!!」


 クチナシが塔と衝突する。それと同時に、レティが黒鉄の鎚を振り下ろした。

 凶悪な破壊力を孕んだ一撃が、明確に塔の腹を捉える。


『きゃあああっ!?』


 その衝撃は大気へ広がり、塔の周囲へ群がっていた尖兵を木端の如く吹き飛ばす。それだけに留まらず、衝撃波は干潟を捲り、海水を退ける。

 上陸間近だった潜水艦が次々と吹き飛び、原生生物たちは余波だけで消失した。

 クレーターは深く穿たれ、瞬間的な圧力を受けて蒸発した海水が濃霧を作り出す。

 その影響は、宇宙から見下ろしていたツクヨミもしっかりと記録していた。

 敵の心臓を貫く一撃。長い時間を掛けて溜め込んだ渾身の一打が、塔を貫く。


「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうらあああああああああっ!」


 それだけでは、終わらない。

 総重量13万トンの船が、レティの作り出した亀裂にのしかかる。堅固な白亜の塔に、その想像を絶する重量の全てが打ち込まれるのだ。

 レティは鎚を更に奥深くへと捻じ込み、傷口を広げる。彼女の声が天を衝き、轟音が鼓膜を震わせる。


「開け――ぇええええええええっ!」


 “昊喰らう紅蓮の翼花”を更に追加する。特濃栄養液を全て出し切る勢いで、制限を全て取り払って全力を出す。

 塔に走った亀裂が、更に広がる。

 そして。


「ったあああああっ!?」


 岩が砕ける音と共に、塔が折れる。

 その中から、どろどろとした濃密な黒い粘液が勢いよく溢れ出した。


━━━━━

Tips

◇八の技『撲チ鳴ラス心臓』_

 咬砕流、八の技。勢いよく鎚を繰り出し、その衝撃の全てを破壊力に転嫁して万物を打ち砕く。攻撃速度に応じて破壊力が上昇する。

“その音を聴かせて。あなたが生きている確かな証を。私だけが知る、力強い命の音を”


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