第1187話「環境保全任務」

 原生生物を山のように載せた立派な荷車が〈キヨウ〉の町へと入っている。機獣使いたちの指示に従順に従い、長蛇の列を作る大型機獣たちは、どれも従順で力強い。


『いやぁ、ほんまに助かりました』


 次々と搬入されてくる原生生物を受け入れながら、キヨウが嬉しそうな声を上げる。

 彼女から請け負った任務をざっくりとこなし、ひと段落ついたのだ。合計25回ほどの“猛獣侵攻スタンピードが発生し、俺一人では解体も間に合わないほどの原生生物がレティたちによって討伐された。

 急遽キヨウが臨時任務を発令し、町にいた機獣使いたちに協力を要請しなければこれらも無為に消滅してしまうところだった。


「こちらこそ助かったよ。なんだかんだで結構儲かったしな」


 〈キヨウ〉周辺のフィールドが適正なレベル帯となる任務は、塩漬けとはいえレティ達にかかればお茶の子さいさいだ。彼女達がロードローラーのようにフィールドを駆け巡ってくれたおかげで大量の任務をこなすことができて、結果的に予想よりもはるかに良い稼ぎが得られた。

 キヨウは長い間残っていた任務が解消されて嬉しい、俺たちは少ない労力で金が稼げて嬉しい。一挙両得とはこのことだろう。

 町は町で、大量の原生生物素材、それも希少なレアエネミー素材が市場に供給されたことで活気付いているようだ。


『レッジさんたちのおかげで、経済も活発に動き出してます。この勢いをどこまで続けられるかは、あての実力次第やね』


 腕が鳴る、とキヨウは袖を捲って息巻く。動き出した経済は、ぐるぐると回り続ける。独楽の勢いをうまく制御することができれば、この活況も長く続くことだろう。


「もとからそんなに不況だったわけじゃないんだろ? 俺たちが来た時もそんなに変わらないように見えたが」


 俺たちがウェイドの要請を受けてキヨウの下を訪れた時も、この町は不況に喘いでいるという雰囲気ではなかった。キヨウが好きでこの町を拠点に据えているというトップ層のプレイヤーも多いだろうし、何よりここは三術系スキルの聖地のような扱いを受けている。

 それでも、管理者としては満足いっていなかったのか、キヨウはしっかりと首を横に振る。


『たしかに経済自体は十分に好況やったんです。でも、みんな自分のことに精一杯で、任務を受けてくれはる人は少なかったんです』


 人が住み、訪れるだけでは意味がないのだとキヨウは語る。彼女達が出している任務は、どれも都市運営などの観点から必要とされるものばかりなのだ。

 たとえば、俺たちは今回連続で何度も猛獣侵攻を発生させた。裏を返せば、俺たち数人で何度も猛獣侵攻を引き起こせるほど、フィールドが不安定だったということだ。

 調査開拓員の活動によって環境負荷が高まり、一定の閾値を超えると猛獣侵攻が発生する。

 猛獣侵攻はただのボーナスタイムと思われがちだが、実際にはそうではない。調査開拓によって不安定化したフィールドの生態系や環境を一気に安定させる働きもある。〈角馬の丘陵〉は25回も安定化させないといけないほどに、不安定だったというわけだ。


『経済だけで言えば、サカオのところはぎょうさん稼いではるしね』


 キヨウの言葉に俺もはっとする。

 ウェイドが支援してほしいと言っていたのはキヨウだけでなく、サカオもそうだ。〈サカオ〉にはかの有名な遊戯区間が存在し、日々巨額のビットが揺れ動いている。胴元であるサカオに入ってくる金も膨大なものになっているはずだ。

 しかし、シード04-スサノオという都市を運営するには、金だけでは足りないのだ。


「そういうこと、他の調査開拓員にも説明したらいいんじゃないのか?」

『一応、周知しようと頑張ってるんやけど……』


 キヨウが握手券の一つでも付ければ、熱心なファンがこぞって草むしりでもなんでもやるだろうに。そんなことを言うと、キヨウは顔を真っ赤にして勢いよく首を振った。


『あても恥ずかしいんです! ひらひらしたやつ着るのは〈万夜の宴〉の時くらいで堪忍してください』

「そうか? キヨウのドレス姿も可愛かったけどなぁ」


 〈万夜の宴〉の開催中、ステージで歌って踊るのに積極的な管理者も多いが、ウェイドやスサノオのように恥ずかしがる者もいる。キヨウはどちらかといえば後者に入るようだ。

 普段は淑やかな雰囲気の大和撫子といった彼女が可愛らしいフリルのあしらわれた衣装で踊るのはなかなか可愛らしくて人気なのだが。彼女は顔どころか耳まで赤くしてぶんぶんんと首をふる。


『もうっ!』

「はっはっは」


 ウェイドだと容赦のない蹴りの一つでも飛んでくるところだが、キヨウは頬を膨らせてそっぽを向くくらいだ。管理者も最初は似たような性格だったが、ずいぶんと変わってきた。


「見てくださいよ、またレッジさんが誑かしてますよ」

「ほっといたらすぐこれなんだから。……ほ、方言キャラならわたしもおるけど?」

「うわっ、レティたちも戻ってきたのか」


 後ろで何やら囁く声がして振り返ると、白けた顔のレティたちが物陰から覗いている。原生生物の搬入をしていたはずだが、いつの間にか戻ってきていたらしい。


「町の皆さんが積極的に手伝ってくれたので、予定より早く終わったんですよ」

「誰かさんが女の子にデレデレしとる間に、わたしら頑張ってたんやで」

「す、すまん?」


 別にデレデレしてたわけじゃないんだが……。


「というか、ラクトの方言ってなんか新鮮だな」

「うぐっ。やっぱりやめる!」


 キヨウの西っぽい言葉遣いに対抗したのか、ラクトが方言で話している。せっかく似合っていたのに、彼女は恥ずかしそうにして元の口調に戻ってしまった。


「自爆するくらいなら止めればよかったのに」

「それとこれとは別問題だよ」


 呆れるエイミーにラクトは唇を尖らせる。女の子はよく分からん。


「レッジさん、レティも方言使ったほうがいいですか?」

「よく知らないが、今のままのレティでいてくれ」


 興味津々と言った様子で耳を立てるレティを軽くあしらうと、彼女は不満げに眉を寄せた。彼女についてあんまり詳しいことも知らないが、素の口調が丁寧なのに慣れない方言を使われても違和感しか抱かない。


「ちなみにエイミーは鈍ってるのか?」

「ふふふ」


 興味本位で尋ねると、彼女は目を糸のように細めて笑う。聞いてはいけないことだったのだろうか……。


「はええ……。つ、疲れた」


 そんな取り止めもない話をしていると、シフォンたちも遅れて戻ってくる。〈白鹿庵〉が全員揃ったところで、キヨウは改めて皆に丁寧に感謝を告げた。


『ありがとうございました。おかげで助かりました』

「いいんですよ。レティたちは別に最前線を目指しているわけでもないですし」


 やりたい時にやりたい事を楽しむ、それが〈白鹿庵〉の全員に共通するモットーだ。

 レティの言葉にトーカたちも頷き、キヨウもふっと口の端を緩める。


『それじゃあ、サカオちゃんのとこも手伝ってくれると嬉しいです。あの子も結構困ってるみたいやから』

「任せてください! レティたちがどんな難問もパパッと解決してあげますよ」


 どん、と力強く胸を叩くレティ。そんな安請け合いしていいのだろうかと一抹の不安が胸を過ぎる。とはいえ、ここまで来てサカオは手伝わないという話もない。


「一応、参考までに聞いときたい。サカオの所じゃ何をすればいいんだ?」


 念の為に尋ねると、キヨウはちらりと斜め上に目を向ける。


『せやねぇ。本人はBBBのコース整備が大変やって言ってるんやけど……』


 何か含みのある物言いだ。レティたちも違和感を覚えたのか、自然とキヨウの方へと身を寄せる。

 キヨウにとってサカオは、妹のようなものだ。地上前衛拠点スサノオの管理者は今のところ四人だけで、シード04のサカオが末妹にあたる。普段の様子を見るとそれぞれにそこまで姉妹的な上下関係はないように思えるが、この時ばかりはサカオが妹のことを案じる姉のように見えた。


『統計情報を見た感じやと、あの子なんか隠してそうな気がするんよ』

「隠蔽?」

『そこまで悪いことやったらT-1たちが何か言いはると思うんやけどね。まだサカオちゃんの自己裁量の範囲内に収まってるから、何も言われてないんやないかな』


 サカオが何かを隠していると、キヨウは推測する。そこに明確な判断材料があるわけではないらしい。どちらかというと、姉ゆえの直感に近いもので察しているのだろう。


『本人はあんまり大ごとにしたくないんやろけど、レッジさんたちもちょっと気にかけてくれると嬉しいです』

「なるほど……。分かった、何か気付けたら協力できるようにする」

『お願いします』


 キヨウは深々と頭を下げる。俺はそれを手で制して、次の町へと足を向けた。


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Tips

◇環境負荷

 調査開拓員の活動によってフィールドに蓄積される、生態系や自然環境への影響をさまざまな観点から総合的に算出した係数。環境負荷がフィールドの負荷受容度を超えた場合に、原生生物が暴走状態となって甚大な影響を及ぼす“猛獣侵攻スタンピード”が発生する。

 “猛獣侵攻”の発生によって環境負荷は一時的に減少するが、負荷受容度が低下している場合はその後もわずかな負荷上昇によって“猛獣侵攻”が再発する可能性が高くなる。


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