第991話「魅惑の褒賞品」

 第二次〈大規模開拓侵攻;万夜の宴〉が華々しく開催した。初日一発目は〈スサノオ〉の大広場で行われたオープニングステージだ。〈ダマスカス組合〉によって組み上げられた大きなステージにT-1以下管理者たちが勢揃いして、集まった調査開拓員たちに感謝と激励のメッセージを送る。

 彼女たちが踊り歌えば、色とりどりのケミカルライトを振り回して応援する。管理者総選挙とも呼ばれるこのイベントは、軽快な滑り出しと言って良いだろう。


「そら、イザナギも見えてるか?」

『見えてる。みんな楽しそう』


 俺はと言えば、今回は子守りのような仕事を与えられていた。ステージを取り囲む客席の後方に立ち、イザナギを肩車しているのだ。

 彼女も今回のイベントでは“術式的隔離封印杭探索作戦”で重要参考人として参加しているのだが、他の管理者たちがそれぞれの業務に専念するため、期間中は俺が保護することとなっていた。とはいえ、今までも彼女の世話はずっと俺に任されていたこともあり、それほど変わったことではない。


「レッジさん、このあとはどうするんですか?」


 隣でセレモニーの予定表を見ていたレティがこちらへ振り返る。イザナギの世話を任されたのはあくまで俺だけなので、レティたちは自由に動いてもらっていいと言っているのだが、ありがたいことに彼女たちも俺に合わせてくれるようだった。


「ステージが終わったら、各小作戦担当から指示が出るだろ。それを聞かないことには、ここにいるプレイヤーも動かないだろうしなぁ」


 一部の熱心な管理者ファンは既に木を伐採したり蟹を狩ったりと動き出しているが、まだどの管理者の下で仕事をこなすか決めかねているプレイヤーも多い。彼らを少しでも多く引き込むため、この後それぞれの管理者たちが入れ替わりでアピールをしていくのだ。

 実は、各管理者ごとに特別任務を達成すると作戦成果ポイントとは別にそれぞれに異なる褒賞品を一日一回限定で貰えるらしいのだ。これによって、継続的に票を獲得しようという思惑なのだろう。要はログインボーナスみたいなものだ。

 俺は基本的にT-1やウェイドたち“術式的隔離封印杭探索作戦”の担当管理者の指示に従うことになるが、そちらも聞いておこうと思っていた。


「最初のアピールは指揮官三人か。大丈夫なのかなぁ」


 心配そうにステージを見るのはラクトである。彼女は身長が足りなくて人垣に視界を阻まれてしまうため、エイミーの胸の前に抱き上げられていた。昔は恥ずかしいからとやむを得ない事情がない限りは自力でなんとかやっていたのだが、今ではすっかり慣れた様子だ。


「まあ三人ともああ見えてちゃんと指揮官だからな。大丈夫だろ」


 ステージの華々しい音楽が終わり、管理者たちがはけていく。そして、残った三人の指揮官たちに向かって、マイクが渡された。音量の調整が行われ、早速T-1が話し始める。


『コホン! 皆、よく集まってくれたのじゃ!』

「うええええええいっ!」

「T-1ちゃん、こっち向いてー!」


 第一声を受けて、観客が湧き上がる。熱心なT-1ファンの声に彼女もにこりと笑って手を振り応じる。ファンサービスを受けたプレイヤーは感極まって強制ログアウトを受けていた。


『それでは、これより指揮官から各小作戦に関する説明を行うのじゃ。まだ参加する小作戦を決めかねておるものは、これを参考にしてくれると嬉しいのじゃ』


 T-1の言葉に、客席側も聞く体勢に入る。交換できる報酬なども管理者によって違うため、どの小作戦に参加するかは大事な選択である。


『えー、まずは妾が担当する“術式的隔離封印杭探索作戦”じゃが……』


 T-1がステージ上にある大画面スクリーンに“術式的隔離封印杭探索作戦”の概要を表示させる。


『こちらに参加すると、福利厚生でおいなりさんが食べ放題になるのじゃ!』


 パンパカパーン! と華やかなファンファーレと共に告げられる。しかし、当然のことながら客席の反応は鈍かった。T-1にとっては予想外の出来事だったようで、彼女は戸惑いを隠せない。


『あ、あれ? おかしいのう? おいなりさんが食べ放題なのじゃぞ?』


 どうしてこんなに反応が薄いのだ、と彼女は狼狽する。一部のT-1ファンが拍手喝采しているのと、モデル-ヨーコのプレイヤーが「助かるー」と耳をぴこぴこ揺らしている程度だ。


『全く、ダメですね。T-1は皆さんの欲しいものを何も分かっていません』


 やれやれと前に出てきてマイクを奪ったのはT-3である。彼女は口もとに優しい笑みを浮かべて、前髪から覗く片目で客席を見渡した。


『我が“地底部開拓侵攻作戦”に参加された皆さんには、私から溢れんばかりの愛を差し上げましょう。愛によって励まし、愛によって応援しましょう』

「うおおおおっ!」

「やっぱT-3ママしか勝たん!!」

「ママーーーー!」


 万雷の拍手を浴びて、T-3が優然と微笑む。如実に異なる会場の反応にT-1が悔しそうに唇を噛んでいる。T-3は更にそんな彼女に追い討ちを掛けるように言葉を続ける。


『“地底部開拓侵攻作戦”に参加された方には、毎日一つおしゃぶりをお渡しします!』

「……?」

「ママ……?」

「えっ」


 T-3の口から飛び出した言葉に、会場がお通夜のように静まり返る。T-1とT-2が悲痛な表情で額に手を当て項垂れていた。T-3だけがステージ上で、ニコニコと笑っている。


『更に! “地底部開拓侵攻作戦”で累計1,000ポイントを稼げばもれなくブロンズおしゃぶりを、10,000ポイントでシルバーおしゃぶり、100,000ポイントでゴールドおしゃぶり、1,000,000ポイントでプラチナおしゃぶりを進呈します!』

「お、おう……」

「おしゃ……おしゃぶりかぁ」

「よっしゃぁ!」


 会場の困惑がこちらまで伝わってくる。何を考えてT-3はおしゃぶり配布なんて思いついたんだ。しかもこれ、毎日一つ貰えるとは。

 混迷の広がる会場をそっちのけで、T-1がマイクを奪い返す。


『それなら、“術式的隔離封印杭探索作戦”では1,000ポイントでブロンズおいなりさんを進呈するのじゃ! もちろん桁上がりでシルバーおいなりさん、ゴールドおいなりさん、プラチナおいなりさんも出すのじゃ!』

「そういうことじゃない」

「ゴールドおいなりさんはまずくないか!?」

「ちょっと誰かあの指揮官ども止めないとダメだ!」


 勢いに任せて喋っているT-1に会場が慌て出す。指揮官、本当に調査開拓団を率いる最高知能なんだよな……?


『二人とも、全くなっていません』


 そこへ、最後の砦が動き出す。

 今まで沈黙を保っていた“三体”の知識担当T-2である。彼女はT-1からマイクを奪うと、冷静沈着に話し始める。


『“第二開拓領域開拓侵攻作戦”は各小作戦の中で最も戦力を必要とする危険な作戦。よって、そこに参加する調査開拓員にはより手厚い褒賞インセンティブを用意することが必要。よって――』


 理路整然としたT-2の言葉に、今度こそ会場の期待が高まる。


「やったれT-2ちゃん!」

「ビットって電子マネーだし情報量の塊だよな!」

「俺はT-2ちゃんのこと信じてるぞ!」


 熱気が渦巻く中、T-2が自信たっぷりに口を開く。


『“第二開拓領域開拓侵攻作戦”の参加者には、毎日1TBのバイナリデータを支給します』


 背後のスクリーンに、細かな数字の羅列が表示される。

 ずらずらと高速で流れていく意味不明なデータに、調査開拓員たちが総じてポカンと口を開いていた。


『これらはすべて日々〈タカマガハラ〉で処理される膨大なデータを処理した際に発生するキャッシュデータです。解読した場合にも何ら意味のあることは出てきませんが、その情報量の密度を楽しんでいただけることでしょう』

「えっ。……えっ?」

『更にこちらも、1,000ポイントから累計が桁上がりしていくごとに、1PB、1EB、1ZB、1YBと増えていきます。1YBのキャッシュデータに身を投げるともはや自身の構築データが溶けていきそうなほどの快感となります。ぜひ実際にお楽しみください!』

「ええ……」


 はぁはぁと息を荒くするT-2。ドン引きの観衆。


『取り込んだら気が狂うデータなぞ何の役に立つのじゃ! やはり食べて美味しい見て美しいおいなりさんをじゃな――』

『愛なき報酬では皆様もついてこないでしょう。やはり溢れんばかりの愛、愛を示すのです。さあ、おしゃぶりを――』

『データです。密度です。圧倒的な情報量の波に身を任せるのです』


 三人の指揮官たちは互いにマイクを取り合いながら捲し立てる。誰一人として、自分の用意した報酬が最も求心力があると信じて疑わない。そしてタチの悪いことに、彼女たちが調査開拓団の最高指揮権を持っているため、舞台裏に控えるウェイドたちも三人を止める術を持たない。


『おいなりさん!』『おしゃぶり!』『データ!』


 もみくちゃになり、押し合い圧し合いしながら叫ぶ指揮官たち。彼女たちを包み隠すように、急遽追加された垂れ幕が降りてくる。


『えー、皆様。あれら以外にも各管理者ごとに多くの褒賞を用意しております。例えば、私ウェイドの任務を引き受けてくださった方には、ささやかですがチョコレート菓子をお渡しします』

『わ、わたしはこの〈万夜の宴〉限定のスペシャルなホムスビ弁当を毎日ひとつ支給するっす!』


 慌てて飛び出してきたウェイドとホムスビが、新しいマイクを握って叫ぶ。彼女たちのまともな支給品に、調査開拓員たちも安堵の表情だ。

 ウェイドたちを追いかけて出てきた他の管理者も次々と自身の用意した褒賞品を紹介していく。


「レティはどれか気になったのあるか?」

「そうですねぇ。アマツマラさんの高度上質精錬特殊合金なんかは気になりますね。まだPC生産が成功していないものですから、欠片でもあれば研究が進んでより強いハンマーが作れそうですし」

「私もレティさんと同意見です!」


 アマツマラからは未知の金属がわずかな欠片だが配られるらしい。鍛治師系のプレイヤーはもちろん、レティのような金属系武装を使う戦闘職にとっても魅力的なアイテムのようだ。Letty、トーカ、ミカゲ、それにエイミーもそちらに興味を示している。


「シフォンはどうだ?」

「はえっ? わ、わたしはその……おいなりさんがちょっと興味あるなって」


 恥ずかしそうに耳を揺らすシフォン。彼女もモデル-ヨーコなので、稲荷寿司が気になるらしい。


「ラクトは?」

「そうだねぇ。あんまり機術師としてクリティカルなアイテムはないんだけど」


 彼女はそう言いながら悩ましげにリストを見る。


「強いて言うならオモイカネの謎の断片とかかな?」


 オモイカネ、コノハナサクヤの零期団組からは、それぞれ“謎の断片”“謎の種子”といういかにもミステリアスなアイテムが出された。確かに“謎の種子”はちょっと育ててみたい気持ちがある。

 他にもキヨウからは特別な生花が、サカオからは独自配合のスパイスが。変わったところではミズハノメが彼女との握手会抽選券などを配るようだった。

 指揮官三人とは違って各管理者の配布アイテムはどれも魅力的なようで、客席からは悩ましげな声が上がっている。


『各小作戦、および管理者任務の変更はいつでも可能ですが、累計獲得作戦成果ポイントは各担当者ごとに別途カウントされますので、お気をつけください』


 最後にウェイドが注意点を伝える。累計ポイントが1,000を超え、以降桁が上がるごとに特別な褒賞品が貰えるとなれば、一人の管理者の元で依頼をこなすのがもっとも効率がいい。

 それだけに、何人も推しがいるプレイヤーは余計に頭を悩ませてしまうようだった。


「さて、初日はどこが一番人気になるかね」


 各褒賞品の情報が出揃うまでは偏りも出てくるだろう。俺はいよいよ始まる〈万夜の宴〉の展開に胸を躍らせた。


━━━━━

Tips

◇Kickstart!

 音楽系バンド〈プリズム✳︎プラズマ〉によって、第二次〈大規模開拓侵攻;万夜の宴〉オープニングステージのために作られたオープニングソング。十五人の指揮官、管理者たちが華やかかつ軽やかに踊る、軽快なミュージック。


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