第897話「高機動走行機術」
レティたちと共に未踏破区域を進み、遺物を拾ったドームまで戻ってきた。未踏破区域のどこかにグレムリンリーダーがいるかもしれないという話だが、何であれここにある無数の穴を調べる他にやることはない。
『それでどうするのよ。また高精度撮影するの?』
カメラを構えたカミルが尋ねてくる。
「いや、写真は一枚あればいいからな。カミルは適当に風景でも撮っててくれ」
高精度撮影で撮った写真は何枚もいらないし、そもそもデータがデカすぎて何枚も持つことができない。写真鑑定の結果もすでに出ているから、もう出番はないはずだ。
「やっぱりここはレティの勘に任せてくださいよ!」
レティはレティで自分の出番だと勇んでいる。早速穴の前に立って品定めしている彼女には悪いが、今回はまた違う方法で穴を選ぼうと思っている。
「じゃ、シフォン」
「はえええっ!?」
隣に立つシフォンの肩に手を置くと、彼女は頓狂な声をあげて驚いた。まさか自分に声がかかるとは思わなかったらしい。
「レッジさん!? やっぱりシフォンの幸運力ですか!」
「違う違う。シフォンに地脈を見てもらったら、何か分かるかもしれないと思ってな」
「なるほど、そういうことでしたか……」
耳をピンと屹立させるレティに弁明する。シフォンは三術スキルのうちの一つ〈占術〉を伸ばしているし、その中でも特にフィールド全体へ効果を及ぼす風水の分野に特化している。そんな彼女ならば、龍脈はもちろん地脈やそれ以外の流れについても明瞭に見えるだろうと考えたのだ。
「そういうわけだから、シフォン先生お願いします」
「先生って……。は、ハズレ引いても怒らないでね?」
シフォンを前に押し出すと、彼女は何やら予防線を張りながらテクニックを使う。彼女の目が妖しい紫がかった光を帯びて、白い尻尾がゆらりと立ち上がる。彼女はゆっくりと前方を見渡し、ドームの壁にずらりと並ぶ無数の穴を丁寧に覗いていく。そうして視線を巡らせている途中で、白い狐耳がピクンと跳ねた。
「何か見つけたか?」
咄嗟に駆け寄り、彼女に尋ねる。レティたちも武器を構えて不測の事態に備えていた。
「ひ、ひとつだけ。地脈の流れが太い穴があったよ」
少し怯えた顔でシフォンは穴を指差す。俺の目には他のものと全く同じにしか見えないが、彼女には明確に違って見えるようだ。
「あんまり良い感じがしないよ。避けて行ったほうがいいと思うけど……」
シフォンの優しい忠告を、うちの戦闘民族たちが聞くはずもない。レティとトーカは今にも飛び出しそうだし、それを止めているラクトもこちらのゴーサインが出るのを待っているだけだ。そんな3人の様子を見て、シフォンも察したらしい。彼女は悟り切った顔で頷く。
「じゃ、出発だ!」
「おー!」
俺が号令をかけると、ラクトが元気よく拳を突き上げる。レティとトーカはそんな返事をする暇もなく飛び込んでいた。
「とりあえずあの2人を追いかけるぞ!」
「りょ、了解!」
「わたしの足じゃ追いつけないし、抱っこしてよ」
こちらに両手を伸ばしてきたラクトを小脇に抱える。
『アタシは別にいいって言ってるでしょ! 離しなさいよー!』
ついでにカミルも抱え、シフォンと共に走り出す。ミカゲは既に姉たちを追いかけて穴の中に入っている。
全く集団行動に向いてないメンバーに呆れつつ、俺も全速力で彼らの背中を追いかけた。
「まったく、2人ともバーサーカーみたいだね」
「本当だよ。ラクトからも何とか言ってくれ」
レティたちは既に姿が見えなくなっている。いつも通りといえばいつも通りだが、厄介な猪突猛進ぶりだ。小脇に抱えたラクトがもぞもぞと動き、どうしようもないとでも言うように肩を竦める。
「はええ……。待って、待ってよぉ」
「シフォンも急いでくれ。はぐれると面倒だぞ」
「はえええ」
シフォンもライカンスロープに機体を変えたことで基礎的な身体能力が向上したはずだが、BBを脚力に曲振りしている俺よりは僅かに遅い。レティやトーカのようにテクニックを用いた高速移動もできないため、はぁはぁと息を荒げながら追いかけてきている。
「シフォンも走り込みした方がいいかもな」
「はえっ!? わ、わたし別に太ってないよ!」
「いや、リアルではなくて。テクニック移動が使いこなせるようになったら、脚部にBBを振らなくても結構な速さで走れるようになるからな」
「そ、そういうことかぁ。でも、わたし戦闘系スキルはあんまり鍛えてないんだよね」
あからさまにほっとした様子で胸を撫で下ろし、シフォンが言う。
「ほら、基本はアーツ製武器を振り回してるだけだからさ」
「なるほど。しかし、それなら火属性アーツでブースターなんてできないのか?」
興味本位で聞いてみると、シフォンが立ち止まる。彼女は何やらきょとんとした顔で考え込み、突然ぱっと表情を明るくした。
「なるほど! それいいかも!」
シフォンはぽんと手を叩くと、素早くウィンドウを展開する。レティたちを追いかけたいんだが……。
「ようし、試作品完成したよ!」
「早いな!?」
しかし、ものの数秒でシフォンはブースターアーツの試作品を完成させる。普段、別荘のリビングでアーツの構築に頭を悩ませているラクトも驚愕を隠せないでいる。シフォンはふにゃりと笑って後頭部を掻き、早さの理由を話した。
「えへへ。わたしは短いアーツチップしか持ってないからね。組もうと思えばすぐに組めるんだよ」
「なるほど。そのへんはスタイルの違いだねぇ」
アーツはチップを好きに組み合わせることで様々な効果を持たせることができる。ラクトのような王道的なスタイルの機術師であれば、基本的に詠唱が長くて威力が強力なアーツを多用する。しかし、機術を瞬発的な武器生成という一風変わった運用で使っているシフォンは、普段から長々と詠唱することがない。アーツの即興構築は彼女のスタイルに合致しているようだった。
「そういうわけだから、おじちゃん!」
「なんだ?」
シフォンが不敵な笑みを浮かべて、俺の腰に手を回してくる。がっちりとしがみついた状態で、彼女は短い詠唱をした。
「『蹴り出す爆炎』ッ!」
2秒にも満たない詠唱。しかし、その瞬間背中に強い衝撃が伝わる。シフォンの足元が激しい炎をあげて地面を抉っていた。彼女はその反動を受けて前方へと飛び出し、彼女に抱きつかれている俺もまた一緒に飛ぶ。
「うわああああっ!?」
『きゃあああっ!!』
当然、俺が抱えているラクトとカミルも道連れだ。シフォンの盛大な爆炎は4人まとめて吹き飛ばしても余りある勢いで、更にシフォンは超短詠唱の利点をより活かす。
「『蹴り出す爆炎』! 『蹴り出す爆炎』!」
瞬間的な爆発しか起こさないシンプルなアーツであるため、連発が効く。消費LPも少なく、彼女のLP回復速度に十分間に合っていた。彼女は小規模アーツの特性を利用して、細かく爆炎を噴き出す。それが細やかな軌道修正を可能にし、曲がりくねった細い穴道でもスムーズに進むことができていた。
「あはははっ! 慣れると楽しいね!」
「そりゃよかった!」
白い髪を風になびかせながらシフォンが叫ぶ。もともとセンスは悪くない彼女は、早々にコツを掴んで巧みに軌道を動かしていた。俺も彼女に身を任せることを覚え、その爽快感を楽しむ余裕が出てきた。
そうこうしていると、穴の向こうに開けた空間が現れる。そこにはレティたちも揃っており、爆炎の轟く音を聞いて振り向いた。
「わわっ!? レッジさん何やってるんですか!」
「シフォンが一皮剥けたんだ。よし、シフォン、止まってくれ」
俺は彼女たちに手を振り、背後のシフォンに合図を出す。
しかし、返答がない。
「シフォン……?」
怪訝に思って振り返ると、青い顔をしたシフォンと目が合った。
「まさか……」
「ごめん、おじちゃん。ブレーキ考えてなかったや」
「おま——!」
その瞬間、俺はシフォン諸共団子になって、慌てふためくレティたちをボウリングのピンのように弾き飛ばした。
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Tips
◇『蹴り出す爆炎』
〈攻性機術〉レベル30の術式。
足元に強い爆発を起こす。
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