第888話「未踏破区域」
オモイカネによって示された未踏破区域は、レティの打撃で砕かれた壁の向こうに広がっている暗闇だった。既知の記録保管庫は構造こそ迷路のようになっているが、設備部の主導で光源が配置されているが、未踏破区域は完全な黒である。そもそも、ドワーフたちは暗闇も見通す目があるためそれで問題がなく、光源は俺たち調査開拓員のためだけに用意されるものなのだ。
「久しぶりにレッジさんのランタンが役に立ちますね」
「ネヴァと共同開発した自立浮遊追尾式ランタンだ。なかなかいいだろう」
未踏破区域に侵入するにあたって、俺は兼ねてから出番を窺っていた新兵器を投入した。ネヴァと共に開発した小型ドローンで、浮遊する銀色の卵のような外見をしている。斥力発生方式の静音性に優れた浮遊能力を持ち、俺を追従するようにプログラムしてある。〈野営〉スキルと〈操縦〉スキルの二つがなければ扱えないが、戦闘中でも両手が開くのはかなりのアドバンテージだ。
「大丈夫? 爆発したりしない?」
「しないよ。なんでそんな発想になるんだ」
「だって、レッジとネヴァの共同開発品なんでしょ?」
訝しげに見てくるラクトに唇を尖らせる。何故か、巷では俺とネヴァの共同開発品に対して不本意なイメージが一人歩きしているようだが、大抵の品はとても便利で使いやすい画期的なアイテムであるという自負がある。実際、ネヴァの工房ではこのドローンランタンも結構売れているらしい。
「ま、視界が確保できるならいいですよ。それよりも奥に進みましょう」
レティに急かされ、歩みを進める。未踏破区域はドワーフたちがオモイカネ——当時はコシュア=エグデルウォンだったが——が眠っている間に構造壁を破壊して拡張したエリアだ。かなり高度な技術の塊である構造壁を作ることはできなかったのか、本来の記録保管庫内とは違って素の岩盤が露わになっている。
「これならレティじゃなくても壊せそうですね」
「あんまり壊すなよ。落盤なんて起きたら生き埋めだ」
「でも、〈採掘〉スキルで鉱石が取れそうなポイントはちょいちょいあるね」
ランタンの青白い光がゴツゴツとした壁面を照らす。ドワーフたちが入念に調査しながら掘り進めたらしい穴は、所々に鉄筋による補強も入っている。ともあれ、構造壁で上下左右が包まれているわけではないから、下手をすると崩れてくる恐れはある。
また、ラクトの言うように採掘ポイントらしい亀裂や結晶もいくつか散見された。これは鉱夫と呼ばれるような採掘専門のプレイヤーたちにとっては朗報だろう。今まで〈オモイカネ記録保管庫〉には採集ポイントが無いというのが一般の認識だった。
「地図はそのうち専門家が作るだろうが、一応写真だけは撮っとこうか」
『任せなさい』
そういった特筆すべき点については、カミルがすかさず画像として記録する。彼女の写真があれば、探索の後でゆっくり精査することもできるし、ありがたい。カミルはフィールドでも優秀なアシスタントとして活躍してくれていた。
「けど、こんなところに〈破壊〉スキルに関する情報なんて落ちてるの?」
未踏破区域は今の所狭い一本穴だ。何かアイテムが落ちている様子もなく、ラクトが首を傾げる。
「やっぱり壁をぶっ壊した方がいいんですよ。そこに秘密のストレージがあったりして……」
「それは最後の手段だな。とりあえず、穴の奥まで探索してからだ」
ウキウキとハンマーを構えるレティを制して、前に促す。隙あらば壁を壊そうとするのはやめてほしい。
「冗談はさておき、未踏破区域は元々ドワーフたちの居住区だったみたいですね。彼らは想定されていない住人なので、当然住む場所なんて足りないので」
「なるほどな。っと、そこから急に広くなるな」
レティの解説を受けながら、洞窟を進む。そうすると、急に開けた空間が現れる。50メートル四方はありそうなドーム状の空間で、ドローンの光を強めても端のほうが薄暗い。
「ここは……」
「広場みたいな感じかね」
ドームの壁面にはずらりと小さな穴が開いている。どうやら、その一つ一つがドワーフの住居だったらしい。
「これ、全部調べないといけないの?」
「だろうなぁ」
ラクトがげんなりと肩を落とす。穴の数は優に100を超えているし、全てをしらみ潰しに探すと、かなり時間が掛かりそうだ。
「ですが、その前に……」
レティがハンマーを構えて前に出る。彼女が臨戦体制を整えるのと同時に、暗い穴の奥からズルズルと何かが這いずるような音がする。それも一つや二つではない、無数の音が重なり合い、ドームの中で反響する。
「群体は面倒なんですが!」
「うぇええ。気持ちわる!」
二人が悲鳴をあげる。
かつてドワーフたちが住んでいた穴の中から現れたのは、全長1メートルほどの黒く湿った大蛞蝓だった。ぬらぬらと光を反射する体表は粘液に包まれているようで、彼らの歩いた後が銀色の線となって残る。食べ物も水も少ないだろうに、どうしてこれほどの数が生きているのか。彼らは久々の食事に歓喜するように、頭部から飛び出した2本の触角を揺らす。白くぼんやりと光る目のような器官はすでにその機能を失っているようだった。代わりに嗅覚でも発達しているのだろう。
「レッジさん、一気にいけます?」
「その前にラクトで粗方片付けて欲しいんだが」
幸いにして黒蛞蝓たちの動きは緩慢だ。
〈風牙流〉は対群性能の高い流派だが、まずはラクトの機術で一掃してもらった方が効率はいいだろう。そう考えてラクトの肩を叩くと、彼女はあからさまに口をへの字に曲げていた。
「うへぇ……。まあ、直接触るわけじゃ無いからいいけどさぁ」
そう言いながら、ラクトは機術を組んでいく。その動きに気がついたのか、黒蛞蝓たちが顔を上げて、丸い口を大きく開く。その滑らかなフォルムに似つかわしくない鋭い牙が無数に現れ、唾液に濡れている。こぼれ落ちた唾液が地面に触れると、白い水蒸気が立ち上がった。
「げぇ、強酸持ち?」
「厄介だな。できるかぎり浴びないようにしないと」
腐食液などを持つ原生生物はたまにいる。彼らを相手すると、武器や防具の耐久値がゴリゴリ削れていくのが厄介だ。だからこそ、なおさらラクトのような機術師の攻撃が最適だった。
「じゃ、ラクト先生。よろしく頼むよ」
「先生!? ——むふん、任せたまえ」
ぽんとラクトの肩を叩く。彼女は驚いた様子だが、ノリノリで応じてくれる。
彼女なりの先生のイメージなのか、口髭を撫でるような動きをして、大仰に詠唱を始める。
「『
氷の槍が降り注ぐ。それは的確に黒蛞蝓たちだけを狙い、その頭を貫いていく。見た目通り貫通属性に弱いようで、熟れた果実のように破裂していく。その際に飛び散った体液も、地面に広がり白い水蒸気をあげているから、そういう性質を持っているのだろう。
「流石ラクト先生ですねぇ」
「ふふん。褒めても何にも出ないよ」
「その調子で残りもお願いしますよ」
「……えっ?」
ラクトの広域殲滅術式で黒蛞蝓たちは全滅したが、それが全てではない。壁面の穴からはその後も次々と黒蛞蝓が現れる。
「うええええっ!?」
ラクトが悲鳴を上げながらアーツを再び組み上げるが、そもそもLPの消費が重たく追いつかない。
「さあ、俺たちも出番だな」
「仕方ないですねぇ」
ラクトが落ちれば、俺たちだけでは対処しきれない。ラクトを守るため、俺とレティも武器を構える。次から次へと現れる黒蛞蝓を、近づいてきたものから手当たり次第に攻撃していく。
「てやああああっ!」
レティが威勢よくハンマーを振る。黒い蛞蝓を的確に捉え、吹き飛ばすが、彼女は怪訝な顔をする。
「どうした?」
「あまり手応えがなくて……。ぐえっ」
レティが潰れたカエルのような声を出す。彼女は、先ほど吹き飛ばしたばかりの黒蛞蝓の頭上を見ていた。
「すみません、レッジさん。今回の相手はちょっとレティと相性が良くなさそうです」
彼女は悔しそうに言う。
黒蛞蝓の頭上に表示されたHPバーは、レティの高い攻撃力から繰り出される鋭い打撃を受けてなお、数ミリ程度しか削れていなかった。
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Tips
◇ケイブアシッドスラッグ
光のない洞窟の暗闇に適応したアシッドスラッグ。細い穴の中で生きられるよう体が小型化し、外皮の弾力性が増した。体液は強い酸性で、硬い岩盤も溶かすことができる。
落盤などに耐えるため進化してきており、打撃属性に対して高い耐性を持つ。
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