第773話「開催の告知」

 その日、いつものようにログインすると目を開くよりも早く大きな声が耳に飛び込んできた。


「レッジさん! 大変ですよ、大変!」

「なんだ藪から棒に。みんな揃ってるし、何かあったのか?」


 目の前に立ったレティが耳を忙しなく動かしている。別荘のリビングにはラクトたちも揃っており、誰も彼もが浮き足立っている。何かがあったのは確からしい。


「なんでそんなに平気なんですか!」

「たぶん公式のアナウンスとか見てないんでしょ」


 ラクトの言葉に首を傾げる。レティが愕然として俺を見る。申し訳ないが、今日は公式のホームページなどをチェックせずにログインしてきた。

 今すぐ見て下さい! とレティに急かされ、ブラウザウィンドウを開く。そこから公式ホームページのニュースにアクセスすると、一番上の欄に目を引くタイトルが記されていた。


「第五回〈特殊開拓指令;古術の繙読〉?」

「そうです! 久々の大規模イベントですよ!」


 レティが鼻息を荒くして俺の手を掴む。

 言われてみれば確かに特殊開拓指令レベルの大規模イベントは久々だ。準特殊開拓指令や特殊作戦などは時々実施されていたが。

 ニュースの詳細を読み進めながら、はたと気がつく。昨日やって来たT-3が言っていたのはこのことなのだろう。T-1が占有していたリソースが浮き、特殊開拓指令を実施できる余裕ができたというわけだ。


「……稲荷寿司にどれだけのリソース注いでたんだよ」

「レッジさん?」


 改めてT-1の暴走っぷりに呆れてしまう。三体の中で“勇進”を司るだけあって、一度決めたことには脇目も振らず突っ込んでいってしまうのだろう。

 怪訝な顔をするレティをはぐらかしながら、更にニュースを読み進める。そこには〈特殊開拓指令;古術の繙読〉の詳しい内容が書かれていた。


「へぇ、新しい機体タイプが実装されるのか」

「そう! そうなんですよ!」


 イベント自体の内容は、フィールド各地に残る遺跡を探索するというものだ。流れとしては〈特殊開拓指令;白神獣の巡礼〉に近い。遺跡の発見や攻略、遺物の解析などを行うことで特別なポイントを手に入れることができ、それを様々な報酬と引き換えるというのが大まかな動きだ。

 そして、その報酬の中で目玉とされているのが、新しい機体である。


「調査開拓用機械人形の増設モジュールシステムね。今のところ予告されてるのは“モデル-オニ”“モデル-ヨーコ”の二種類で、詳細もほとんど分かってないけど」


 エイミーの言葉にふむふむと頷く。

 今まではヒューマノイド、フェアリー、ゴーレム、そしてライカンスロープのモデル-ハウンド、モデル-リンクス、モデル-ラビットの計七種類が機体の全てだった。そこへ今回のイベントで最低でも二種類の新たな機体が追加されるらしい。

 増設モジュールというのは基となる機体に加えるパーツのことで、これによって別の機体へと改造される。新規追加モデルの詳細はまだ分かっていないが、タイプ-ライカンスロープの各モデルのように、増設できる機体のタイプは決まっていると公式に書かれていた。


「待望の狐ということで、ライカンスロープ界隈が賑わってるんですよ」

「へぇ。……狐ってそんなに人気なのか?」

「度々要望が送られてたみたいですねぇ」


 “モデル-ヨーコ”に関しては、恐らく妖狐、つまり動物系なのでタイプ-ライカンスロープの増設モジュールであろう、と推測が立っているらしい。狐型の機体は強く要望されており、待ちわびていたプレイヤーたちもいるとのことだ。


「オニは恐らく悪鬼とか餓鬼の鬼でしょうし、妖狐と合わせてどちらも妖怪。というわけで今回の増設モジュールを総称して“アヤカシモデル”なんて言われてますよ」

「へぇ。もうそこまで話が進んでるんだな」

「レッジさんがなかなか来ないから、みんなで掲示板とか見てたんですよ」


 どうやら俺がログインする前から、レティたちは新イベントの告知を見て推察や調査を巡らせていたらしい。待たせてしまって申し訳ないが、毎週の定期メンテナンスのタイミングで、こっちも各種検査があるから、なかなかログインできないのだ。


「それで、第五回のイベントはいつ始まるんだ?」

「今日の正午からみたいです」


 畳の上で正座していたトーカが即答する。毎度の事ながら、このゲームのイベントはどれもこれも突発的だ。


「条件が整い次第始まる感じなんでしょうね。第一回の暁紅の侵攻の時からそんな感じでしたし」

「それもそうか。……となると、早く準備をしないといけないな」


 時刻を確認すると、イベントの開始まであまり猶予はない。久しぶりのイベントも目一杯楽しみたいし、あまりゆっくりしていられない。


『ぬわああああんっ!』

「うわっ!?」


 その時、奥のキッチンから黒い影が飛び込んでくる。めそめそと泣きながら俺の腰に鼻先を埋めるのはT-1である。


『待ちなさいよ!』


 後から箒を持って追いかけてきたのはカミルである。彼女は目を吊り上げて怒り心頭といった様子だ。


『ほぎゃっ!』

「まあまあ、落ち着けって」


 悲鳴を上げるT-1を背後に促し、カミルの前に立つ。

 彼女が後輩いびりをするような性格ではないと知っているが、一応事情は聞いておくべきだろう。


「何があったんだ?」

『T-1がキッチンでコソコソと稲荷寿司作ろうとしてたのよ。今日のぶんは朝に全部食べちゃったくせに』

「ええ……」


 ちらりとT-1の様子を窺うと、彼女も否定はしていない。そもそも、口元と手のひらに米粒がたくさんくっついていた。


「T-3は一日三回、合計30個までならいいって言ったんだよな?」

『それを朝に全部食べちゃったのよ。止めとけっていったのに』


 カミルは腰に手を当てて睨む。T-1はすっかり萎縮してしまって、俺の背後で身を縮めていた。

 恐らく1日30個では到底足りず、買うことも貰うこともできなかったため、管理者権限の完全手動操作フルマニュアルオペレーションで作ろうとしたのだろう。結果はあまり芳しくなかったようだが……。


「あのー、レッジさん? これはいったい、どういう?」


 俺を中心にカミルとT-1が攻防を繰り広げていると、レティたちが戸惑いの目を向けてきた。彼女たちは昨日T-3がやって来たことも知らないことに、今更気がつく。


「実は、T-1に稲荷制限令がでてな」

「ええっ!?」


 俺はT-1が特殊作戦“五穀豊穣”とやらを画策し、調査開拓団のリソースを浪費していたことをかいつまんで話す。その結果として彼女の稲荷寿司摂取量にも制限が課されたことも。

 それを聞いたレティたちは、どう言えばいいのか分からないといった顔でT-1を見た。


『うぅ、レッジ、助けて欲しいのじゃ。おいなりさんが、おいなりさんが不足しているのじゃ』

『一日分はもう食べ終わったでしょ! もうお米一粒たりとも食べさせないわよ!』


 T-1が必死に助けを求めてくるが、俺にはどうすることもできない。T-3の指揮官権限で彼女への稲荷寿司供給を止められてしまったのだ。


「急に勢いよく止めると却って反動がキツいし、最初は少しずつ減らしていく方がいいんじゃないか?」

「そんなアルコール依存症みたいな……」


 俺がカミルに提案してみると、レティたちがなんとも言えない顔をする。カミルは俺の提案を毅然として突っぱねた。


『元々メイドロイドは何も食べなくてもいいのよ。稲荷寿司なんて完全な娯楽なんだから、本来不要なの』

「しかしだなぁ……」

『アンタは甘すぎるのよ! そういうのはT-1の為にもならないわよ』

「むぅ、そ、そうか……」


 カミルにそう言われては、弱るしかない。俺は謝罪しながらT-1の肩を掴み、カミルの前に差し出した。


『主様!?』

『さあ、行くわよ』

『ほわああああっ!?』


 ずるずると引き摺られていくT-1を見送り、レティたちの方へ向き直る。彼女たちも複雑な胸中だろう。そもそも理解が追いついていないのかもしれないが。


「……今回のイベントが突然発表されたのって」

「T-1が使ってたリソースが差し押さえられたからだろうな」


 ラクトが絶句する。まあ、その反応も分かる。領域拡張プロトコルでも重要な位置を占める特殊開拓指令が、稲荷寿司によって堰き止められていたのだから。


「とりあえず、出掛ける準備しよっか」


 そんなエイミーの言葉を受けて、俺たちは気を取り直して動き始めた。


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Tips

◇〈特殊開拓指令;古術の繙読〉

 調査開拓員各位の尽力により、既存の調査開拓領域に置いて更なる調査開拓活動を行う基盤が整えられた。このことを受け、かねてから計画されていた〈特殊開拓指令;古術の繙読〉の始動を宣言する。

 調査開拓員各位は既存の調査開拓領域内に埋没する未詳文明遺構を調査し、未知の技術体系、未知の原生生物、未知の物品に関する様々な情報を収集せよ。

 また、本特殊開拓指令を通じて、新たな調査開拓用機械人形用増設モジュールの開発が予定されている。本特殊開拓指令で目覚ましい活躍を見せた調査開拓員には、優先して新規増設モジュールが支給される。そのことを留意した上で、調査開拓活動へより一層の尽力を期待する。

 ――開拓司令船アマテラス中枢演算装置〈タカマガハラ〉統括主幹人工知能“三体”指揮官T-3


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