第724話「お土産片手に」
『警告。第1階層第3チャンバーにて異常が発生しました』
『第1階層第2、3、4チャンバーを遮断します』
白い建物に鳴り響く警告のアラーム。即座に分厚い隔壁が三つの小区画を遮断する。
「逃げろ! 逃げろ!」
「爆発するぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってあと少しで研究ポイントが――」
「そんなん言ってる場合か! 逃げ遅れたら全部パーだぞ!」
該当エリアにいた調査開拓員たちは騒然となる。作業中の仲間の肩を引っ張り、ゆっくりと下がっていく隔壁の隙間から安全地帯へ滑り込む。
「た、助けてくれぇ!」
「ちょっとだけ開けてくれよ!」
「無理だよ! さっさと動かなかったお前が悪い!」
そして、逃げ遅れた者は悲愴な顔で隔壁を叩く。しかしその程度の力で凹むほど、それは軟弱なものではなかった。
彼らの背後からは火炎が迫る。それから逃れる退路はたった今閉ざされた。
『隔壁完全閉鎖、第一から第三ロックの施錠確認』
『内部の沈静を行います』
「ぐあああああっ!?」
「おぴゅっ!?」
完全に外界から切り離されたチャンバー内で酸素が一瞬で取り除かれる。不燃ガスが室内に充満し、火炎が即座に消え去る。
だが、同時に取り残された調査開拓員たちの有機的人工知能も崩壊し、彼らの意識はそこで途絶えた。
『消火が完了しました』
『続いて内部の清掃を行います』
動きを止め床に倒れた機械人形と、チャンバー内に進入してきた植物の残骸を、壁から飛び出したマシンアームが無造作に片付けていく。
清掃と消毒、滅菌、及び破壊された設備の修復が滑らかな動きで進められ、ものの数分で第2、3、4チャンバーは真新しい傷一つない姿へと復帰した。
『第1階層第2、3、4チャンバーの安全が確認されました』
『第2、4チャンバーの遮断隔壁の第一から第三ロックを解除します』
『調査開拓員の進入が許可されました』
『調査開拓員各位は研究を続行してください』
「お、開いた開いた」
「また一から実験かぁ……」
「最初の方は研究ポイントも溜まりやすいし、稼ぎ時だぞ」
「まあ、失敗したらまたゼロからなんですけどね」
ゆっくりと開く隔壁を見て、側で待機していた調査開拓員たちがぞろぞろと入っていく。そうしてまた、彼らは危険な原始原生生物の性質を究明するための作業に戻っていくのだ。
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
植物園ってどんな感じなの?
◇ななしの調査隊員
たまに死ぬけど結構美味いよ
◇ななしの調査隊員
たまに(当社比)
◇ななしの調査隊員
まあ第一階層の第五チャンバーくらいまでは楽だよ。おっさんのブログとか読んでればある程度危険性とかも予想できるし。
◇ななしの調査隊員
戦闘職だから全然知らないんだが、植物園って何が稼げるんだ?
◇ななしの調査隊員
基本的には研究ポイントってのを稼ぐ。
wiki見るかおっさんのブログ見るほうが早いけど、まあ植物相手に実験して、実験が完了したらポイントが貰えて、そのポイントを色々アイテムと交換できるって感じ。
◇ななしの調査隊員
実験って言っても最初の方のは簡単だよ。
アーム動かして遠隔操作で鉢を移動させるとか、パズル解く感じ。
◇ななしの調査隊員
なお失敗するとまわりのプレイヤー巻き込んで死ぬ模様
◇ななしの調査隊員
隔壁閉じる前に逃げ切れば大丈夫だから。実験途中でも周囲に気を張っとけばなんとかなる。
◇ななしの調査隊員
研究ポイントは何に交換できるんですか?
◇ななしの調査隊員
栽培用の道具が多いかな。スコップとかそういうの。あとは肥料とか、苗とか。
◇ななしの調査隊員
一番大事なのは奥のチャンバーに行く通行権限かな。
とりあえず第一階層の第5チャンバー位は行けないと稼げないし。
◇ななしの調査隊員
5くらいまで行けるとまわりも慣れてきてるから、そうそうハザードも起きないはず。
◇ななしの調査隊員
ああ、研究ポイントで種瓶とかも交換できるぞ。
おっさんが作ってた奴。
◇ななしの調査隊員
あれ交換してる奴おるんか?
◇ななしの調査隊員
使いこなせないモン貰っても困るんだよなぁ
◇ななしの調査隊員
っしゃ16階層到達じゃい!
◇ななしの調査隊員
おめ
◇ななしの調査隊員
すっご。16って最前線じゃねえの?
◇ななしの調査隊員
種瓶はマジでいらん。誰が使うんだあんなん。
◇ななしの調査隊員
最前線は16-2だなぁ
次の区画行くのに85,330ポイント必要ぞ
◇ななしの調査隊員
きっしょ
◇ななしの調査隊員
1-2入るのに必要なポイント50やぞ
◇ななしの調査隊員
累計ポイントいくつだよ・・・
◇ななしの調査隊員
3,085,860ポイントですね
今のところ権限解放以外にポインヨ使ってないわ
◇ななしの調査隊員
なんでそんなに稼いでいるんですか?
◇ななしの調査隊員
まだ植物園始まって一週間くらいだよな?
なんで?
◇ななしの調査隊員
必要なポイント貯まったら即次の階層に行って、そこの一番ムズそうな研究をする。
基礎研究だけじゃなくて、応用研究とか収容プラン案とかも進めて行けば多少効率良くなる。
◇ななしの調査隊員
それでもよくわからんわ
何回死んでるんだ?
◇ななしの調査隊員
一日に200回くらいは死んでるかなぁ。
まあ、リスポも近いしスキルも取られるわけじゃないから、楽っちゃ楽だよ
◇ななしの調査隊員
楽とはいったい・・・
◇ななしの調査隊員
ていうか、冷静に考えて16x7で112種類の研究対象があるって考えて良いの?
◇ななしの調査隊員
そのはず。
つっても16-3以降はまだ確認されてないけども
◇ななしの調査隊員
それほとんどおっさんが貯め込んでた奴なんだろ?
もうおっさんが研究してくれよ
◇ななしの調査隊員
おっさんが8割くらいらしいけど、他の栽培家が作ってたのも2割くらいはあるらしい。
つっても下の方の階層にある植物は全部おっさんのだけど。
◇ななしの調査隊員
植物園って毎日千回レベルでサイレン鳴ってるんだよなぁ。なんでそんな危険物をただの別荘に置いといて今まで事故が起きなかったんだよ……。
◇ななしの調査隊員
おっさんの管理が凄かったのか、ただの偶然か
◇ななしの調査隊員
おっさんの農園ってメイドちゃんも管理してたんだよな。メイドちゃん優秀杉内?
◇ななしの調査隊員
あのメイドちゃんは死ぬほど優秀だよ
メイド格付けだとSSR取れる
◇ななしの調査隊員
メイド格付けってなんだよ
◇ななしの調査隊員
文字通りメイドさんの格付けだよ。
メイドロイドって性能が多少ガチャになってるからな。パラメータ見てどれくらい優秀か判断すんの。
wikiにはないけど、メイド愛ランドってサイトにあるぞ。
◇ななしの調査隊員
YO! それってYO!
人身売買っでは?
◇ななしの調査隊員
ロボットなので問題ないです
◇ななしの調査隊員
ある程度のメイド厳選はした方がいいぞ。
給料とかずっと払ってるとちりつもで結構掛かるし。
◇ななしの調査隊員
ひ、人じゃねぇ……
◇ななしの調査隊員
俺たちもロボットですからね
◇ななしの調査隊員
もうおっさんとこのメイドちゃんに農園任せた方が安全なんじゃねーの?
◇ななしの調査隊員
俺もあのメイドちゃんにお仕事してもらいたいわ
◇ななしの調査隊員
あのメイドちゃんはなんかクエスト報酬とかって噂じゃなかった?
◇ななしの調査隊員
あの子は元々職業適性試験で協調性以外ぶっちぎり満点だったんじゃ。しかし協調性がゼロ点だったから勤め先がなくて収容されとったんじゃ。
◇ななしの調査隊員
ロボットなのに個体差あるってのもよう分からんなぁ
◇ななしの調査隊員
ぐわーーー爆発!!
◇ななしの調査隊員
おまえふだけんなよまじであと1%で研究おわったのにまじふざくんあ
◇ななしの調査隊員
掲示板見ながら研究してたら手が滑ってチャンバー爆破しちまったでござる
◇ななしの調査隊員
しね
◇治安監視BOT
[暴力的な発言を感知しました。発言者は10分間の入力制限が課されます]
◇ななしの調査隊員
はーーーお排泄物わよ!!!
◇ななしの調査隊員
このひとりがミスったらまわりの奴も諸共爆散する仕様なんとかならんか?
◇ななしの調査隊員
お元気な方がおおいですわねぇ
◇ななしの調査隊員
ていうか隔壁閉じるの早すぎ。もうちょい粘ってくれよ
◇ななしの調査隊員
粘った結果被害が拡大したら元も子もないんだよなぁ
◇ななしの調査隊員
俺たちロボットですからね。代わりはいくらでもいるんですよ。
◇ななしの調査隊員
世も末ですわねぇ
◇ななしの調査隊員
今日も植物園が燃えておるわ
◇ななしの調査隊員
ウェイドちゃんは泣いても良いよ
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植物園の本格的な稼働が始まって、一週間ほどが経過した。戦闘に出ずともある程度稼げる美味いバイト感覚でプレイヤーたちが参入し、連日爆発や洪水が巻き起こっているらしい。
「レッジさんは行かないんですか?」
「うーん。あんまり趣味じゃないんだよなぁ。とりあえず、16階層の第2チャンバーまでは進めてるが」
首を傾げるレティに、俺は眉を寄せて唸る。
植物園では収容されている植物の性質を研究したり、それを元により安全な収容プランを策定したり、といった業務を行う。それにより研究ポイントというものを集め、様々なアイテムと交換するのだ。
とはいえ、その作業は小難しいパズルを解くミニゲームをいくつもやらされるようなものだ。個人的にはあまり没頭することができず、程々の所で止めてしまった。
「ああ、でもラクトが結構はまってるみたいだぞ」
「なるほど。確かにあの子はそういうの好きそうですもんね」
金属製の小箱を抱えたまま、レティは頷く。
ラクトは普段からパズルなどの頭を使う趣味をよくやっていた。植物園での研究もその一部として捉えているらしく、ここのところは毎日のように通っているようだ。
「ちなみにレティは?」
「苦手ですね。むずむずしてきて、ガラスを壊して中の花を直接弄りたくなります」
「だよなぁ」
予想していたとはいえ、そっくりそのままの答えが返ってくると苦笑してしまう。
レティがちまちまとパズルを解いている姿は、俺にも想像できない。
「それで、興味の湧かない植物園に何の用なんですか?」
レティは立ち止まり、目の前に立つ白い金属製のテント――植物園を見上げる。今回、俺はこの建物に用があって、レティと共にここを訪れていた。
「いやぁ。俺もできる範囲でウェイドに協力しようと思ってな」
そう言いながら、植物園の中に入る。その際の検査でけたたましいアラームが鳴り響き、慌てた様子のウェイドが駆け付けてきた。
『またあなたですか!』
「よう、ウェイド。今日も大変そうだな」
開幕からぷりぷりと怒る銀髪の少女に、俺はにこやかに手を挙げる。そうして、レティに持ってもらっていた箱を指し示した。
「新しいのができたから持ってきた。ちょっと見てくれ」
『ぬああっ!』
ウェイドは頭を抱えて叫ぶ。
いつもは冷静な彼女のそんな姿に、ロビーにいたプレイヤーたちがぎょっとして振り向いていた。
『この植物園は、あなたのゴミ箱じゃないんですよ!』
「分かってるよ。しかし、栽培した原始原生生物を放置するわけにもいかんだろ?」
俺が持ってきたのは、ウチの農園の新作だ。
危険な植物はあらかたこの植物園に収容されてしまったが、その後も栽培を続けてはいけないとは言われていない。
そんなわけで、俺はカミルと共に新たな植物の研究栽培を続けていた。それでできた新しい植物は、まずコノハナサクヤにデータを送り、危険と判断された場合はウェイドの植物園に持ち込んでいる。
『レッジのせいで区画の拡張がギリギリなんです。もう少し余裕をもってください』
「しかし、できるもんはできるからなぁ」
首元を掻きながら言うと、ウェイドはがっくりと肩を落とす。
「はい、どうぞ。あんまり揺らすと圧縮された空気が一気に解放されるらしいので、気をつけて下さいね」
『ははは……』
ウェイドはレティから金属箱を受け取り、力のない声で笑う。彼女も研究が進むことに喜んでいる。
俺以外にもこうして新種の植物を栽培しようとしているプレイヤーは多いようで、植物園ができた後もちょこちょこと持ち込みがあるらしい。それらの研究が進めば、また原始原生生物とやらの理解も深まるというわけだ。
「あとこれ、ソレの取扱説明書だ」
『はぁ……。それを用意してくれるだけ、マシですね』
植物を持ち込む時は、同時にその性質や扱い方を纏めたデータも合わせて提出している。カミルが情報を纏めて整理してくれたもので、これを元に収容プランが策定されるらしい。
「じゃあ、またなんかできたら持ってくるよ」
『もう来ないで下さい』
冗談の上手くなったウェイドに手を振り、ロビーの奥にあるエレベーターへ向かう。
俺が栽培している間に、階層やチャンバーも増えているだろう。とりあえず実装されているところまでは進めておくつもりだ。
「むぅ。レッジさん、程々っていいながら結構行ってますよね」
「まあ、持ち込んでる手前な。最低限のところまでは進めとかないと」
進入権限のないレティに申し訳ないが、これはやっておくべきだろうと思っている。
彼女には植物園のロビーに併設されたカフェテリアで待っていて貰うことになった。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
『一度爆散してください』
「行ってらっしゃい! 気をつけて下さいねー」
ウェイドとレティに見送られ、エレベーターの中に入る。地下16階層まで降りながら、頭の中で必要な研究ポイントを計算し、すこしげんなりとする。
その時、エレベーターが途中の階層で止まりドアが開いた。
「あれ? レッジじゃん」
「ラクトじゃないか。奇遇だな」
入ってきたのは、先ほど話題に上がったラクトだった。
階層を確認すると、15層だった。
「16層に入るのか?」
「うん。やっと研究ポイントが溜まったんだよ」
「そりゃ良かった。おめでとう」
ラクトを祝うと、彼女は嬉しそうに目を細める。
ちょうど良いタイミングということで、俺は彼女と一緒に行動することにした。
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Tips
◇植物型原始原生生物管理研究所
地上前衛拠点シード02-スサノオに建設された研究施設。危険で取り扱いの難しい植物型原生生物を収容し、その研究を行う拠点。
八角形の建物は内部も中心を除いて八分割されており、一階層に七つのチャンバーと一つのロビーがある。
調査開拓員はチャンバーに収容された植物の研究を行うことで研究ポイントを溜め、それを報酬と引き換える。より危険度の高い植物の収容されたチャンバーに進入するためには、研究ポイントで進入権限を引き換える必要がある。
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