第18章【蒼氷の大翼】

第722話「強制家宅捜索」

 “蒼海の決戦”から数日。波瀾万丈な出来事が立て続けに起こったが、俺たちはようやく落ち着きを取り戻すことができていた。

 カエデは武者修行をすると言って、今はパーティで対人戦のメッカである〈アマツマラ〉に向けて攻略を進めているらしい。彼とモミジがトーカたちの親だという事実も流れで発覚してしまったが、そちらはあまり触れないことにした。

 それよりも、目下の所問題となっているのは――。


こんにちはHallo、レッジさん』

「来たか。毎度毎度ご苦労様だな」


 玄関がノックされ、ドアを開くとワダツミが立っていた。

 先日の一件を受けて、ウチの農園が管理者直々に調査されているのだ。何やら難しいことも多いようで、すでに数日がかりの大掛かりな作業になっている。

 更に、今日やって来たのはワダツミだけではないようだった。


『海洋資源採集拠点シード01-ワダツミ中枢演算装置〈クサナギ〉、地上前衛拠点シード01-スサノオ中枢演算装置〈クサナギ〉及び第零期先行調査開拓団遺構施設〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉管理者の権限により、調査開拓員レッジ所有の施設を調査します』


 長々としたワダツミの口上。

 彼女の背後には黒髪の少女スサノオ、そして深緑の髪の少女コノハナサクヤが立っている。今まではワダツミ一人だけだったのだが、三人に増えていた。


『あぅ。お邪魔します』

『それでは早速、調査を開始しましょう』


 スサノオとコノハナサクヤは軽く会釈をすると、早速別荘の隣にある農園へと向かう。ワダツミはその場に残り、人数が増えた理由を話してくれた。


すみませんSorry。これまでの調査を踏まえて、ワタクシ一人では手に負えないと判断しました』

「はぁ。スサノオはまだ分かるが、コノハナサクヤはどうして遙々ここまで?」


 第一開拓領域〈オノコロ島〉に本体があるスサノオとは違い、コノハナサクヤは第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉を本拠地としている。わざわざ海を渡ってやって来た、というわけではないだろうが、ホームではないことはあきらかだ。


それはBecause、彼女が第零期先行調査開拓団員だからです』


 そう言って、ワダツミは続ける。


『レッジさんの栽培した植物から復活した原始原生生物“侵蝕する鮮花の魔樹”について、ワタクシたち第一期調査開拓団はさほど多くの情報を有していません。対する第零期先行調査開拓団は、惑星開拓の一環で“生命の種”と呼ばれるものを散布しました。環境の安定化を促進する一環としての活動ですが、それにより今日では原生生物と呼ばれる様々な動植物が星に満ちました』

「なるほど? つまり、その辺を歩いてるエネミーも、元を正せば第零期先行調査開拓団が持ってきた外来種なのか」

はいYes。噛み砕いて言えば、そうなります』


 なんとも壮大なタイムスケールだ。

 ワダツミ曰く、原始原生生物というものは開拓初期のまだ生命の揺り籠に適していない惑星イザナミに強引に産み落とされた生物だ。過酷な環境に耐えうるよう、そして世代交代の過程で環境を整えるよう、高度な遺伝子加工技術が施されている。

 結局、彼らは過酷な環境でしか生きることができず、安定化した今日では全て絶滅していたはずだった。

 とはいえ、その遺伝子自体は脈々と受け継がれ、変化しながらも原生生物という形で存在している。


とりわけespecially、コノハナサクヤは元々調査開拓用有機外装の扱いに精通しています。今回のような植物型原始原生生物の対応には適任と判断しました』

「ああ、でっかい蔦の猿だったもんなぁ」


 コノハナサクヤと出会った時のことを思い出す。彼女は第一期調査開拓団のような機械人形の体は持っておらず、“神核実体”と呼ばれるコアを“調査開拓用有機外装”という装備に包んでいた。彼女のそれは破損し暴走していたものの、無数の蔦によって編み上げられた巨大な猿――通称“花猿”と呼ばれるものだった。

 たしかに、彼女は植物系の原始原生生物に対する知識も深そうだ。


『うわああああっ!?』


 その時、突然悲鳴があがる。

 場所は農園の方、声の主はコノハナサクヤのようだった。


『ホワッ!?』

「なんかマズい植物あったかな……」


 驚くワダツミと共に急いで向かう。そこで見たのは、高圧力気密室の扉から飛び出した大量の蔦に絡め取られ、空中で藻掻くコノハナサクヤの姿だった。


「うおおおっ!? な、何やってるんだ。その部屋は鎮静剤を充満させてから防護服を着て入らないと――」

『どうしてただの農園がそんな危険に満ちてるのよ!? とりあえず助けて下さい!』


 手首足首胴体をがっちりと掴まれ拘束されたコノハナサクヤ。俺は慌てて農園に置いてあったストレージボックスから鎮静剤を取り、蔦に針を突き刺して注入する。

 その効果はすぐに発揮され、蔦は急激に力を失って倒れる。


『へぱっ』


 支えを失ったコノハナサクヤは地面に叩き付けられ、鼻を赤くしながらよろよろと立ち上がった。


『あぅ。大丈夫?』

『へ、平気です。この機体はとても頑丈ですね。戦闘能力はないようですが……』


 かなり危ない状況ではあったが、管理者の機体は防御力に特化されたものだったために目立った傷はない。とはいえ、彼女は恨みがましい目をこちらに向けてご立腹の様子だった。


『どうしてあんな危険な植物が保管されているんですか?』

「いや、実験の一環でな……」


 何故と聞かれても困ってしまう。色々と実験栽培を繰り返しているうちに、ああいったものができてしまったのだ。


『……まあ、このように高気圧気密室はワタクシの手に余ると判断しましたので、二人の手も借りたわけです』

『あうぅ』


 開幕から波乱の生まれた調査に、ワダツミが額を抑える。スサノオは彼女を励ますように、ぎゅっと拳を握りしめた。


「とりあえず、こっちの部屋に入るなら防護服を着てくれ。中の植物を大人しくするために、少し鎮静剤も散布するから」


 スサノオとコノハナサクヤに白い防護服を渡し、施設管理用ウィンドウから高気圧気密室内に鎮静剤を散布する。のぞき窓から中を確認し、植物たちが大人しくしているのを見てようやく中に入ることにした。


『そもそも、どうしてこの農園は至る所が二重扉になっているの?』

「植物が逃げ出さないようにだよ。あと、こまめに隔壁を作っておくことで、被害を最小限にするためだ」

『どんな実験をしているのよ……』


 コノハナサクヤの険しい視線が背中に突き刺さるなか、俺は高気圧気密室の中に足を踏み入れる。途端に防護服がぎゅっと縮むが、ある程度の所で耐えた。少し動きにくくはなるが、フレームが歪むよりはよほどいい。


『スゥも知らないお花が沢山』


 湿度や温度も高く暑苦しい室内を見渡してスサノオが首を傾げる。彼女もたまに花の様子を見に来ているが、この部屋に入るのは初めてだった。

 いや、そういう話ではないか。彼女が知らないということは、第一期調査開拓団のデータベース上にない植物ということだ。


『コノハナサクヤ。この中に要注意の植物はありますか?』


 慎重に周囲を見渡しながら、ワダツミがコノハナサクヤに尋ねる。

 室内は無数の植物であふれかえっており、濃緑色のジャングルのようだ。特別危険なものは強化ガラス製のケースに隔離していたり、多層装甲製の防御壁内に入れたりしているが、そうでないものは鉢に植わった状態でずらりと並んでいる。

 コノハナサクヤは周囲に視線を巡らせ、ため息をついた。


『この中に、というか、この中のものはどれもこれも要注意です。完全に原始原生生物とは言えませんが、現在の原生生物よりはかなり原始原生生物に近いものばかりですから』

『な、なんと!』


 その言葉にワダツミが目を丸くして驚く。

 俺としては、ある意味予想できた答えだ。

 なにせ、ここにあるのは全て“侵蝕する鮮花の魔樹”と同じ環境下でしか安定した生育ができない植物ばかりなのだから。


『“剛雷轟く霹靂王花”、“海果てる蟒蛇の漿果”、“岩溶ける蝕毒の泡花”……。どれもこれも、惑星環境改変級テラフォームクラスの近似個体です』

『Oh……』


 その辺に並んでいる鉢に植わる黄色く帯電した花や瑞々しい果実をつける植物、ブクブクと花弁の中で液体が泡立つ植物を見ながら、コノハナサクヤが低い声で言う。

 ワダツミはあんぐりと口を開け、言葉も出ない様子だった。


『正直、今すぐ焼却処分することを推奨するわ』

「ええっ!?」


 コノハナサクヤの冷酷な進言に、思わず声を出す。

 ここにある植物は全て、俺が心をこめて世話を焼いてきた大切な子供たちなのだ。それを火で焼き払うなんて、そんな残酷なことはしたくない。


『あぅ。処分は早急すぎる。今後、レッジ以外のところから原始原生生物が出てくることも考えられる。そのための研究材料として、活用するべき』


 鉢を抱えて守る俺に味方してくれたのはスサノオだった。彼女の毅然とした返答に、コノハナサクヤは眉を寄せる。


『ここにあるものが暴走すれば、それこそ災害よ。下手をすれば、再び惑星イザナミが居住不可能な環境になるかも』

『あぅ。ここにある植物は、高気圧環境下じゃないと生きていけない。現に“侵蝕する鮮花の魔樹”は短時間で弱体化した』

『それはそうだけど……』


 おお、スサノオが優勢だ。

 やはり管理者姉妹の長女として、やるべき時はやってくれる。スサノオはできる子だ。


しかしBut、こちらに置いておく訳にもいきません。こちらの要注意植物はシード01-ワダツミに管理を移譲していただきます』

「えっ!?」


 ワダツミの宣告に再び声を上げる。

 これまでの調査ではどんな植物を育てているか、という点だけを調べられた。基本的には俺の所有物ということで没収されることはなかったのだ。


『流石に原始原生植物を一調査開拓員の手に委ねるわけにはいきませんから。――とはいえ、安心してください』


 悲しいかな、ワダツミの言葉には筋が通っている。

 非戦闘区域であるはずの都市内で暴走する植物があると判明した以上、それを彼女たちが管理しないわけにはいかない。する気はないが、俺が管理を間違えて領域拡張プロトコルに影響が出てはいけないのだ。

 しかし、最後にワダツミは笑みを浮かべて付け加える。


『すでに植物型原始原生生物の研究拠点は確保済みです。そのために、スサノオの力もお借りしました』

『あう! 頑張った!』


 彼女の言葉に、スサノオがぴんと手を伸ばす。

 どうやら、元から危険性の高い植物の接収は既定路線だったらしい。


「それはいったい、どこにあるんだ?」


 首を傾げて尋ねると、ワダツミはにっと笑う。

 その時、突然気密室の頑丈な扉が激しく叩かれた。


『ワダツミ、スサノオ! そこにいるのでしょう! どうして――どうして私の町に変な施設ができているんですか!』


 怒髪天を衝く勢いで声を上げる少女が一人。

 小さなのぞき窓から見えるその少女は、シード02-スサノオの管理者、ウェイドその人だった。


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Tips

◇“剛雷轟く霹靂王花”

 現在は滅びた原初原生生物。第零期先行調査開拓団によって蒔かれた“生命の種”から生まれた初期の原生生物。

 非常に強力な発電器官、および膨大な電力を保持する帯電能力を備えている。強い衝撃を受けた際にはそのエネルギーを全方位に放出し、周辺一帯の生物を破壊する。

 更に開花した際に現れる雄蘂には雷の誘引能力があり、群生地では常に落雷が発生する。これにより土壌の栄養素を改変し、自身の生長に有利に働くようにしている。

 また、種は風に乗って非常に広範囲に散布される。種にも帯電、放電能力が備わっており、地面に落ちた際には周囲に定着している他の植物を焼き払い、生存を図る。

 一時期は地上のほぼ全てを覆い尽くし、最大の繁栄種として栄華を誇っていた。しかし、気候変動や他種族の台頭によって絶滅する。


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