第658話「ある人々の話」閑話
閑話「ある検証班の一幕」
FPO、正式名称はFrontierPlanetOnline。
大型サーバーセンターによるクラウド方式一括演算処理を採用することにより、市販されているヘッドギアの性能に依らない広大で緻密な世界、それこそ巨大な星一つを再現するに至った、前代未聞のビッグタイトル。サービス開始当初から数十万人が未開の惑星イザナミに飛び込み、現在もその数は破竹の勢いで増加している。
FPOにおいて、プレイヤーは調査開拓員という機械人形になる。彼らは高度な技術力を持った惑星イザナギから派遣されたロボットとして、惑星イザナミを開拓していくのだ。
調査開拓員にはいくつかの分類ができる。ガチ勢とエンジョイ勢、生産職と戦闘職、変人と常識人。ゲーム全体のストーリーを進行させることに情熱を注ぐ攻略班、世界に散らばった数多の謎を解き明かすことを使命とする考察班。
そして、彼女たちはゲームをゲームとして調べ上げることを何よりも追求する、検証班と呼ばれていた。
「よし、とりあえず凍らせるぞ」
「ばっちこい!」
地下資源採集拠点シード01-アマツマラ、その直下に存在するFPO唯一の
リングに立つのは二人。軽装のタイプ-ゴーレムの女性と、魔法使いのようなローブを纏ったタイプ-フェアリーの女性だ。
「『
フェアリーの女性――カリントウが
プリン人形の2メートル近い巨体が瞬く間に凍り付き、巨大な氷柱の中に封じられた。
「よし、良い感じだ。あとは斜め36.7度で殴れ」
「斜め36.7度ってのが難しいんだけどなぁ」
リングの外から別のタイプ-ゴーレムの女性――むちむち教授が声を掛ける。カリントウは困り顔になりながらも、太い杖を使ってプリン人形の入った氷柱をコツコツと叩き始めた。
「叩く力はどうだっていいんだよな?」
「イエス。とりあえず数打ちゃ当たる理論で叩きまくれ」
しばらく、カリントウが小刻みに氷柱を叩き続けるだけの光景が続く。氷柱の中のプリン人形は身じろぎどころか瞬きすらできないまま、窮屈に耐えている。
なんとも奇妙なPVPが展開されているが、リングの外に並ぶプレイヤーたちは真剣な眼差しで見つめていた。
それからたっぷり十分間。氷を叩く音だけが続く。
「よし、検証終わり。クソ、完璧に修正されてるな」
「当然でしょ……」
嬉しいのか悔しいのか分からない表情で唇を噛むむちむち教授に、カリントウは肩を竦める。
彼女たちは〈ゴーレム婦人会〉というバンドに所属するプレイヤー集団だ。カリントウはタイプ-ゴーレムではないが、タイプ-ゴーレムに対する情熱は〈ゴーレム教団〉にも認められているほどであるため、問題はない。
特筆すべきなのは、彼女たちがグリッチハント――つまりはバグ探しをし、嬉々として運営に報告する検証班であるということだった。
「報告したら次の週にはしっかり直してくるからな。まったく、仕事が早い」
「いいことなんじゃないの?」
FPOにおいて、タイプ-ゴーレム、特に女性型の機体はバグの宝庫というのが一部界隈の認識だった。その大きな体やよく揺れる胸部など、単体でも物理エンジンに対する負荷が大きい上、装備類も小柄なタイプ-フェアリーと比べてデータ量が多く、総合して計算量が何倍も増加しているのが理由である。
ゲームのサービス開始初期などは、タイプ-ゴーレムがタイプ-フェアリーの防具をトレードオーバーフローによって不正に入手し、それを装備することであらゆる壁を透過できるという不具合もあった。なお、地面も透過してしまうため、それを行ったプレイヤーは無限の落下と死に戻りを続けていたが。
「よし、じゃあ他のバグ探すぞ」
「おっす!」
気を取り直したむちむち教授の一声で、他の婦人会員たちが拳を握りしめる。
ここ、〈アマツマラ地下闘技場〉ミニアリーナ46は、彼女たちの溜まり場、もとい検証作業場だった。
「とはいえ、今回の件でエンジン暴走系のバグは全部取られちゃった感じがするわねぇ」
「インベントリとか、三種の神器に手を出してみる?」
カリントウとプリン人形の検証――という名のバグ修正確認――が終わり、リングの内側に他のプレイヤーも入ってくる。
大半がタイプ-ゴーレムの女性だが、中には他の機体も存在する。ただし、全員が女性であることは共通している。
「インベントリったって、何するんだよ」
「内部で増殖するやつあったでしょ。あれでオーバーフローできないかなって」
「流石に対策されてると思うけどねぇ」
「その先入観が狙い目なのよ」
提案したプレイヤーが、インベントリからアイテムを取り出す。“衝撃吸収エアクッション”という手のひらサイズのクッションだ。平時はコンパクトだが、強い衝撃を受けると爆発的に巨大化し、使用者を守ってくれる。本来なら、高所から落下したり、物理属性の攻撃を受ける予定があったりするプレイヤーが懐に忍ばせるものだ。
本来はインベントリの一枠だけを占有するアイテムで、一度展開されると再度収納することはできないのだが――。
「さあ、殴って!」
「はいよっ!」
カリントウが、エアクッションを構えたゴーレムを杖で殴る。その衝撃でクッションが解放される瞬間を狙って、インベントリに収納する。
数十分の一秒という非常にシビアなタイミングだが、それに成功すると“解放済みの衝撃吸収エアクッション”がインベントリに入る。その大きさは平時の数十倍で、インベントリ内でもかなりの枠を占有するのだが――。
「くっ。普通に収納できないわね」
「そりゃそうでしょ」
ぼふん、と音を立ててクッションが展開する。検証をした女性は柔らかい布の上に沈み込み、悔しそうにじたばたと足を動かした。
「早く退かしてくれ。次の検証するぞ」
むちむち教授の指示で、婦人会のメンバーがクッションをリングの外に運び出す。場所を空けて、すぐさま次の検証を始める。
基本的に検証班の普段のプレイは非常に地味だ。数十、数百の検証を行い、そのなかで1つでもバグが見つかれば万々歳なのだ。
検証と言っても、数時間以上部屋の角に向かってぶつかり続けたり、インベントリ内のアイテムを何度も入れ替えたり、特定のテクニック同士を様々な角度でぶつけてみたりと、見栄えのしないものがほとんどだ。
特に彼女たち〈ゴーレム婦人会〉はタイプ-ゴーレム女性に関する不具合を探すことが目的であるため、傍から見れば体格の良い女性たちが何時間も組んずほぐれつしているようにしか見えない。
以前はフィールド上で色々とやっていたのだが、時折面倒な男性プレイヤーに絡まれることもあったため、現在は色々と都合の良いミニアリーナに移っていた。
「へへ。うぇへへへ……」
「ちょっと、カリントウ。ちゃんとやってくれない?」
「ほら、腕こっちに押しつけてよ」
「はーい」
彼女たちの次なる検証は、カリントウが提案した“ゴーレム女性二人の間にフェアリーが挟まれた場合の挙動について”だった。
婦人会のプレイヤー二人が密着し、その間にカリントウが挟まれてだらしない顔になっている。これも検証なので、仕方ないのだ、とカリントウは強弁していた。
「まったく、うらやま……こほん。こんな検証に意味があるのかね」
「二人でダメなら、三人でやってみよう!」
険しい目を向けるむちむち教授に、カリントウは妙に溌剌とした声で答える。
こういった密集密着を前提とした検証は、見た目の残念さやハラスメント行為に抵触する恐れから、なかなか進んでいない分野ではあった。そのためむちむち教授も強く反対することはできなかったが、目の前のフェアリーの少女の顔を見るに、やはりやめた方がよかったのではないかと後悔が脳裏を過る。
「カリントウめ。楽しんでるな」
「検証なんて楽しんでなんぼでしょ」
仲間たちからの視線も気にせず、カリントウは三人のゴーレム女性に挟まれて顔をだらしなく崩している。いつの間にか早速一人増やしていて、むちむち教授は思わず額に手を当てた。
その時、突然爆音がミニアリーナに響き渡る。
「なんだっ!?」
「カリントウが直上に射出されました!」
闘技場全体が僅かに揺れ、鋼鉄の天井が大きく凹んでいた。降り注ぐ粉塵が晴れると、そこには頭が天井に突き刺さったまま、だらりと体を弛緩させたフェアリーの少女がぶら下がっていた。
「か、カリントウ!?」
「大丈夫!? 生きてる?」
「ひ、ひひてまゅー」
慌てる婦人会の面々の呼びかけに対し、カリントウは頭を天井に突き刺したままくぐもった声で答える。
むちむち教授やプリン人形が素早く肩車を組み、天井にぶら下がるカリントウの足を掴む。
「一気に引っこ抜くぞ。それっ!」
「ちょ、ま。いぎぎぎぎぎぎっ!」
重量のあるタイプ-ゴーレムの女性が数人、カリントウの足にぶら下がる。重りの役目を果たした彼女たちの活躍で、カリントウは何とか救出される。そのフェイススキンはボロボロになっていたが、仕方のない犠牲だった。
「ひ、酷い目にあった……」
リングに座り込み、呆然とするカリントウ。
彼女の頭上に黒い影が落ちた。
「さあ、カリントウ。検証を続けるぞ」
「え、は? もう検証……」
「発生条件、発生状況を確認する。というより、再現性があるかどうかだな」
「え、また私が実験台?」
「キミが発案者だろ。それにフェアリーはキミしかいない」
ニコニコと笑うむちむち教授に対し、カリントウは頬を痙攣させる。
彼女の両腕をゴーレムのお姉さんたちががっちりと掴み、確保する。体格に勝る彼女たちに拘束されれば、か弱いフェアリーにはどう抗っても逃げることはできない。
「ほら、キミの好きな押しくら饅頭だ。とりあえず三人でやるぞ」
「ひえっ」
そうして始まる地獄の押しくら饅頭。
騒音を聞いて駆け付けた対人勢のプレイヤーたちが見たのは、タイプ-ゴーレムの女性三人に揉みしだかれた末に、時速82kmで直上に射出されるタイプ-フェアリーの少女だった。
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閑話「あるレストランの一幕」
FPOの世界には、無数のNPCが存在する。大まかに上級と下級に分類されるうち、後者は簡単な受け答えしかできないが、前者は非常に高性能なAIを搭載している。そのため、まるで一人の人間かのように自然な会話をすることができ、自身の判断で経済的な活動を行い、この世界で生きているとすら認識されている。
数多存在する上級NPCたちの中でも、更に一線を画す存在がある。それは、とあるプレイヤーの脅迫によって生まれたという噂がまことしやかに囁かれる少女たちだ。
惑星イザナミに点在するいくつかの都市、それらを管理する最高責任者、通常は“管理者”と称される存在だ。
彼女たちは一様に可憐な少女、タイプ-フェアリーの機体を有し、様々な場面で
プレイヤーたちからも非常に人気が高く、今ではFPOを代表する存在と言っても過言ではない。
そして、更に。
彼女たちよりも輪を掛けて特別な存在もいる。
開拓司令船アマテラスの中枢演算装置〈タカマガハラ〉を構成する、三人の少女たち。“指揮官”と呼ばれる彼女たちは、調査開拓員の前にも滅多に現れない、非常に珍しい存在だ。
「今日、T-1ちゃん来るってよ」
「まじか!」
そんな管理者や指揮官と気軽に会える唯一の場所が、各都市に置かれたレストラン〈シスターズ〉だ。
そこで働くのは通常のNPCではなく、管理者、そして指揮官たち本人なのだ。彼女たちの勤務シフトが監視され、それぞれのファンが押しかけるのも日常の光景となっている。
「ほら、行くぞ。ちんたらしてると席が埋まる!」
「もう埋まってるだろ……」
その日、バルドは久々のチャンス到来に歓喜した。神に祈り、パーティメンバーでありリア友でもあるガンを引き摺り、溜まり場にしているレンタルルームから飛び出した。
バルドは指揮官、特にT-1ちゃんを推していた。
ガンが推しているサカオちゃんと比べて、指揮官であるT-1ちゃんが〈シスターズ〉のシフトに入る機会は少ない。他の指揮官と比べれば町で遭遇するチャンスがあるとはいえ、難しいことには変わりないのだ。
そんなT-1ちゃんが、自分がログインしている時間に〈シスターズ〉のシフトに入った。ならば行かねばならぬ。
「ほら、ちゃんと身だしなみ整えろって」
「うるせぇなぁ。そんなに急がなくたっていいだろ」
「こうしてる間にもT-1ちゃんのシフト時間は刻一刻と迫ってるんだよ! あと、サカオちゃんもいるらしいぞ」
「何をちんたらしてんだよ。急げ!」
そうして男二人は明け方の町を駆け抜ける。
レンタルルームがあるのも、〈シスターズ〉があるのも、同じ商業区画だ。というより、いつでも〈シスターズ〉に行けるよう、最寄りのレンタルルームに常駐しているのだ。
二人が〈ワダツミ〉の〈シスターズ〉に辿り着いた時、店先には長蛇の列ができていた。
「くっ。こいつらハイエナかよ!」
「お前がそれを言うんじゃねぇよ」
二人は大人しく列に並び、〈シスターズ〉の営業時間が訪れるのを待つ。その間にも列は更に伸びていき、長い大通りに蜷局を巻いていく。
やがて、太陽の光が〈ワダツミ〉の町並みに差し込んだ時、〈シスターズ〉の扉が開き、一人の少女が現れた。
『ぱんぱかぱーん! ただいまより〈シスターズ〉オープンです! 皆さん、いらっしゃいませー!』
青髪の少女、ミズハノメちゃんだ。
彼女を推しているプレイヤーたちが、突然のサプライズに雄叫びを上げる。胸を抑えて倒れ込む者、あまりの事態に強制ログアウト措置を喰らってしまう者まで現れた。
『押さないでくださいねー、慌てないでくださいねー。みんな入れますので、落ち着いて入店してくださーい!』
「ハーちゃーん! 愛してるーー!」
『ありがとうございますー!』
開店直後の〈シスターズ〉ではありふれた光景だ。
はじめは初々しかったミズハノメちゃんも、すでに慣れた様子で限界を迎えつつあるプレイヤーの声に答えている。
〈シスターズ〉は店内が情報的に分割されている。それにより、入店人数に限りはなく、どれほどの人数が並んでいても、全員待ち時間なく入ることができる。
『いらっしゃいませ、〈シスターズ〉へようこそ!』
「うっす」
「どうも」
バルドとガンの二人もすぐに店内へと通され、瀟洒な調度品の並ぶなかで柔らかいソファに腰を降ろす。
『らっしゃい! 注文が決まったら呼んでくれよな』
「おぎゃっ!? お、べ、あ、サカオちゃん!」
『おう、あたしに何か用か?』
着席した直後、赤髪の管理者サカオちゃんが現れた。途端にガンが奇声を上げ、悶え始める。名前を呼ばれたサカオちゃんが首を傾げるが、ガンはそれ以上の言葉が繰り出せないでいた。
「すまんね。こいつ、サカオちゃんの事が好きみたいで。いっつもサカオちゃんの所で任務受けてるんだ。褒めてやってくれないか」
バルドが見かねて事情を説明すると、サカオは太陽のような笑みを浮かべた。
『そうだったのか! ありがとな、ガン!』
「ひんっ」
屈託のない笑顔を向けられ、ガンはまるで日光を浴びた吸血鬼のように燃え尽きる。我が友人ながら大げさだな、とバルドは肩を竦めた。
彼はサカオから受け取ったメニューを開き、料理を探す。とはいえ、すでに注文するものは決まっている。T-1ちゃんの大好物であるおいなりさんを――。
「おお? ああ、そういえば新メニューが入るんだったな」
特別に区切られたメニューの一角、おいなりさんのエリアに見慣れないものが並んでいる。“カレー稲荷”“パエリア稲荷”“豆腐ハンバーグ稲荷”“おにぎり稲荷”“炒飯稲荷”“ハンバーガー稲荷”というのは、ゲーム内でも有名なとあるバンドで考案されたレシピだったはずだ。
「これが稲荷寿司ねぇ。稲荷寿司の定義が壊れてねぇか?」
「おいなりさんだ。次間違えるとテメェをぶっ壊すぞ」
復活し、メニューを覗き込んできたガンにバルドは低くドスの利いた声を出す。この店に稲荷寿司など存在しない、あるのはおいなりさんだけだ。
「でも良いよな。俺もオリジナルメニューをサカオちゃんに食べて貰いたい」
「サカオちゃんはカレーが好きじゃなかったか。作ってみたら良いんじゃないか?」
「リアルでスパイスは手当たり次第揃えたぞ。今は調合を試行錯誤してるところだ」
目の据わった顔で言うガンに、バルドは思わず戦慄する。我が友ながら、やることが推しに極振りしている。
「とりあえず、おいなりさん全部かな」
「この辺も頼むのか?」
「T-1ちゃんが食べたのと同じの食べられるんだぞ。頼まない理由がない」
「お前……」
ガンがぶるりと肩を震わせる。彼も彼で、我が友ながら……と思っているようだった。
「ガンはカレーだろ?」
「ハートカレーだ。次間違えたらお前を煮込むぞ」
類は友を呼ぶのだ。
「とりあえず、注文は決まったな。よ、呼ぶぞ」
「お、おう。なんだお前、日和ってんのか?」
「そんなわけねぇよ!」
〈シスターズ〉において、呼び鈴を鳴らすのは他のレストランとは全く異なる意味を持つ。この小さなハンドベル――こんな所まで拘るのが管理者として更に魅力的だ、とバルドとガンの見解が一致している――を振ると、彼女たちのうち誰かがやってくるのだ。なんの準備もせず不用意に鳴らして、下手に推しが来てしまえば、その瞬間強制ログアウトだ。
「よ、よし……」
震える手でベルを掴み、揺らす。
カランカランと美しい音色が響き、店の奥から少女が現れる。
『呼んだかのー?』
「んぎぴっ!?」
果たして、やってきたのは〈シスターズ〉の可憐なメイド服に身を包んだ黒髪の少女だった。白磁のような白い肌に、瑠璃色の瞳。神が作りたもうた完璧な顔立ち。我らが最高司令官、T-1ちゃんである。
その後光すら幻視する風貌と圧倒的な存在感に、バルドは一瞬にして吹き飛ばされる。
「あ、ハートカレー一つ。あと、おいなりさん全部下さい」
『うむ。分かったのじゃ! しばし待っておれ』
「あ、あ……」
なぜこんな、尊みの暴風圏でガンは平然と注文などできるのか。信じられない。理解できない。
バルドは涼しい顔で注文を告げ、T-1ちゃんに話しかけるという偉業を達成したガンに感動すら覚えていた。
そして、自分もそのあとに続こうと声を掛ける。
しかしT-1ちゃんの顔が光り輝きすぎて見えない。なぜそんなにも強い存在感を放っているのか。理解の範疇になど、到底収まらない。口から漏れるのは、情けない絞りかすのような音ばかり。T-1ちゃんはバルドに気付かず、スタスタと去ってゆく。
「あ、すいません。こいつ、T-1さんのことが好きみたいで。一言話して貰えませんか?」
「がっ!?」
そこへ差し伸べられた、神の手。
この時ばかりは、ガンの背後に後光がさしてみえた。こいつと逢えたことに、今生まれて一番強く感謝している。
――良いって事よ、親友。
――ありがとう、親友。
二人は視線だけで理解しあう。
呼び止められたT-1はくるりと振り返り、無邪気な笑みをバルドに向けた。
それだけで自分という存在が消し飛びそうになるが、友が作ってくれた千載一遇のチャンスなのだ。それを無碍にするわけにはいかない。
バルドはほぼ気合いだけで立ち直り、インベントリからアイテムを取り出す。
「あひ、その、こ、これ……」
『うむ? ぬわっ!? これは、おいなりさんではないか!』
T-1が目を丸くして驚く。
周囲の席に座る
バルドは頷く。
「お、オリジナルのおいなりさんです。ぜひご賞味ください。レシピも付けております」
『おお! それはありがたいのう。ふむふむ、これは美味そうじゃ』
その言葉だけで、胸の奥底から感動がこみ上げてくる。バルドは今にも滂沱の涙が溢れ出しそうなのを必死に堪え、おいなりさんを彼女に託す。
『すまぬのう。しっかり、食べさせて貰うからの』
「はい……」
T-1は屈託のない笑みをバルドに向け、軽やかな足取りで去って行く。
残されたのは、二人の男だけだ。
「お前、おいなりさんなんて持ってきてたのかよ」
「当然だろ。ああ、渡せただけでもう死んでも良い……」
ソファに深く身を沈め、バルドはうっとりとした表情を浮かべる。
彼が渡したのは、試行錯誤の末に完成させた至高のおいなりさんだ。大豆から、米から、酢から、全ての食材にこだわり、極限のおいなりさんを作り上げた。
一つ50kビットとかなりの高額になってしまったが、悔いなど一片もあろうはずがない。
「大げさだなぁ」
「おめぇに言われたかねぇよ……」
くすりと笑うガンに、バルドも苦笑して返す。
二人は向かう先こそ違えど、志を同じくする者。彼らもまた、他の客たちと同じ同志なのだった。
『おお、バルド。さっきのおいなりさん、早速食べたが、美味しかったぞ!』
「み゜っ!?!!?」
その日、バルドは強制ログアウトを喰らった。
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Tips
◇最高級五目おいなりさん
油揚げの原料である大豆をはじめ、米、酢、筍、椎茸、人参、蓮根、牛蒡の全てを重視し、最高級の素材を集めた珠玉のおいなりさん。
最高級の名に相応しく、極上の味を誇る。
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