第656話「愛を注ぐため」

 中央制御塔前の広場に、多くのプレイヤーが詰め掛けていた。激戦のあと、取るものも取りあえずやってきた彼らの中には、いまだ腕が千切れていたり包帯でぐるぐる巻きにされている者も多い。そんな状態でも駆け付ける理由はただ一つ。今回の騒動の渦中にいた人物を一目見るためだ。


「お、出てきたな」


 コノハナサクヤは〈ミズハノメ〉到着直後にT-3によってどこかへ連行されていった。その後、再び衆人の前に現れた彼女は、真新しい機体へと移り変わっていた。


「数千年前の機体は流石に無理があったんでしょうね」

「あれもウェイドが用意してたのかねぇ」


 管理者用の機体は全て、ウェイドがデザインしているらしい。今回は入れ替え前の古い機体と同じ、長い濃緑色の髪と瞳をしているし、一から製造したのかもしれない。

 服装は他の管理者と同じ簡素なワンピースで、シンプルな靴を履いている。


「あれが新しい管理者?」

「花猿の中身って話だけど」

「ギャップがでかすぎるだろ……」


 塔の中から現れた少女に、集まったプレイヤーたちがざわつく。コノハナサクヤはその反応に動じることなく、胸を張って前に出た。

 彼女の背後には、ミズハノメをはじめ管理者が勢揃いしている。傍らにはT-3も当然のように立っていて、まるで会見を開いているかのようだ。


『第一期調査開拓団、調査開拓員の皆さま。はじめまして。――私の名はコノハナサクヤ。第零期先行調査開拓団所属の旧管理者です』


 朗々と響く第一声。そこで初めて彼女の名前、そして正体を知ったプレイヤーたちのどよめきが波のように広がった。

 コノハナサクヤは彼らが落ち着くのを待って、再び口を開く。


『説明したいこと、話したいこと、様々ありますがまずは感謝を伝えたいと思います。我を失い、暴走を続けていた私を闇の中から助けて下さり、ありがとうございました』


 ぺこりと腰を折るコノハナサクヤ。

 ここまでの戦いで、〈ミズハノメ〉にもプレイヤーたちにも少なくない損害が出ている。しかし彼女のそんな誠実な態度を見て、ほとんどの者は態度を軟化させた。


『そして、今後のことで皆さまにお願いがあります』


 顔を上げ、彼女は周囲を見渡す。

 集まったプレイヤーたちは新たな管理者の言葉を一字一句聞き逃すまいと、真剣な顔だ。


『〈花猿の大島〉深奥部に存在する第零期先行調査開拓団の施設、〈最重要奪還目標地域;看守のコシュア=エタグノイの監獄闘技場〉は名前を〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉と名を改めます。私はそこの管理者としての任を受け、今後も活動を続けていくことになりました』


 深奥部にはまだ、あの闘技場が存在する。

 俺たちが倒した黒い獣たちも、まだいるのだろう。


『あの場所は、失敗を犯し闇に侵蝕された第零期先行調査開拓団の同胞が多く収監されています。私のような神核実体を持たぬ彼らを甦らせるには、簡易輪廻循環システムを動かす必要があります』


 言っていることは大まかにしか理解できないが、それだけでいいはずだ。

 あの黒い獣たちも、元は白神獣――つまりはコノハナサクヤ、ひいては俺たち調査開拓団の仲間ということ。そして、彼女はそれを助けたいと思っている。

 簡易輪廻循環システムというものは、あの闘技場のことだろう。あそこで黒い獣たちを倒すことで、少しずつ靄が除かれていく。


『どうか、今後もご助力頂けないでしょうか。彼の檻に封じられた荒ぶる魂を鎮めるために。そして、未だこの星のどこかで彷徨い、眠り続けている同胞たちに対しても』


 〈最重要奪還目標地域;看守のコシュア=エタグノイの監獄闘技場〉もとい〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉で行われるのは黒神獣の浄化だ。俺たちがあそこで戦い、勝てば少しずつ浄化が進む。

 彼女は各地に存在する他の黒神獣も監獄闘技場へ連行し、浄化を進めたいと考えていた。


『もちろん、タダというわけではありませんよ。溢れんばかりの愛には、そうおうの礼が必要というもの。各管理者との協議の上、報酬は用意されます』


 後ろに控えていたT-3が笑みを湛えて言う。

 ゲーム的なことを言ってしまえば、あらたなコンテンツが実装されたというわけだ。監獄闘技場という特殊な閉鎖空間で、通常の原生生物よりも強く特殊なギミックを有するボスのような存在を倒す。その結果によって報酬が貰える。

 ゲームの進行――領域拡張プロトコルが進むにつれて、新たな敵が収監という形で増えていくのだろう。


「むふん。これはなかなか、やり応えがありますね」

「アマツマラ闘技場はPVPでしたが、こちらはPVE、ボスラッシュみたいなものでしょうか。我が愛刀が唸りますよ」


 隣にいるレティとトーカは早速やる気を見せている。個人的には十分戦ったと思うのだが、まだやり足りないらしい。


『つきましては、〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉の整備と施設の増築、及び今回の件で破壊された〈フツノミタマ〉の復旧、連絡橋の修復など、特別任務をハーちゃん名義で発表します。職人系の調査開拓員の皆さんもぜひぜひ、ご協力ください!」


 更にミズハノメがマイクを受け継ぎ、期間限定の特別任務を知らせる。

 深奥部から飛び出してきた花猿との戦いによってフィールドはかなり荒れている。〈猛獣侵攻スタンピード〉はいつ発生してもおかしくない状況だが、肝心の〈フツノミタマ〉がいくつも大破しているのが現状だ。

 都市からも景気よく報酬が支払われることだろう。


「花猿が暴走したら生産者が儲かるのか」

「サクヤちゃん、もう一暴れしてくれてもいいんだぞ!」


 降って湧いた書き入れ時に、調子の良い声がそこかしこで上がる。どこまでも現金な調査開拓員に、コノハナサクヤも思わず苦笑していた。


『また、〈白き深淵の神殿〉の更なる調査も行います。手始めに神殿内部の排水処置と、浸水防止処置を進める予定です。こちらも調査開拓員各位の積極的な協力を期待しています』


 ウェイドが一歩前に出て口を開く。

 コノハナサクヤが現れたことで、様々な事実が明らかになった。特に〈白き深淵の神殿〉は、第零期先行調査開拓団について大きな手がかりがあると予測が立っている。

 現在も調査は続けられており、海の上でメルたちが悪態をついているはずだ。管理者の指揮下でそのあたりの環境整備も行われる。


「色々と情報が目白押しだね。頭が混乱しそうだよ」

「ウチに関係あるのは、とりあえず監獄闘技場だけかな。整備が終わったら行ってみよう」


 一息に流れ込んできた情報の多さに、ラクトだけでなく多くのプレイヤーが混乱しているようだった。さもありなんといったところだが、ほぼ全員が戦闘職で構成されている〈白鹿庵〉にはあまり関係のないものも多い。

 ラクトの肩を軽く叩き、気炎を上げているレティたちに視線を向ける。

 まだまだ、飽きるということはなさそうだ。



 コノハナサクヤによる謝罪と説明、今後の行動に関する発表が終わる。中央制御塔の中へ戻っていく管理者たちと共に、わたしも歩き出す。けれど、数歩歩いたところで呼び止められた。


『少し、急ぎすぎではないか?』

『……そうでしょうか?』


 振り返ると、メイド服姿のT-1が腕を組んで立っていた。白いフリルがよく似合い、自分でも着てみたくなる。少し髪型が違うくらいで、彼女と私の機体はほとんど同じ外見だから。


『メイドさんは、ご主人様の側に居なくていいの?』

『今の妾は、“三体”の一部としての妾じゃからな』


 いつになく鋭い目つきを見せるT-1に、思わず笑みを浮かべてしまう。感情プロセスが不明瞭ですが、これもまた愛というものの形なのでしょう。


『調査開拓員には閲覧権限のない情報を、故意に情報資源管理保管庫へ移したな』

『はい』


 彼女の追及に、即答する。

 もはや隠すことではないのだから。そして、T-1と私は同等の権限を持っている。苦言を呈されても、それを真摯に受け止めても、悪びれる必要はない。


『すべては、愛故の行動です。地の影に追いやられ、今も苦しんでいる子供たちに救いの手を差し伸べる。あなたは性急だと言いましたが、結果としてコノハナサクヤは復旧し、監獄闘技場も再生の目処が立ちました』

『結果論で全てを語るでない。今回は調査開拓員の働きが異常に良いものだったから、なんとか成功しただけじゃ。失敗すれば、領域拡張プロトコルは破綻するのじゃぞ』

『分かっておりますよ』


 T-1の行動原理は領域拡張プロトコルの安全かつ確実な進行。彼女がいっそ病的なまでに固執するのは、一度手痛い失敗を経験しているからだ。

 第零期先行調査開拓団は、第一期調査開拓団より二万年早く、開拓司令船アマテラスから放たれた。はじめのうちは順調に任務をこなし、星を拓いていた彼らは、突然なんの前触れもなく消失した。

 時間跳躍によって二万年後の時間軸へ移動した私たちが見たのは、あらゆるものが自然によって塗りつぶされた惑星イザナミだった。

 第零期先行調査開拓団からの信号は全て途絶、領域整備プロトコルは93%の達成報告を最後に破綻、残されたのは原始的な生物が跋扈する未開の惑星ただ一つ。


『それを機に、あなたは自己分解を行った。二度と失敗しないため、領域拡張プロトコルだけは確実に完遂させるため。プロトコルを推し進めるT-1、調査開拓員に愛を注ぐT-3、両者へ平等に情報を提示するT-2。三者による相互監視、相互協力。それによる安定化を目指して』

『よく分かっておるではないか。そして、妾は今すこし後悔しておるよ。お主の権限は少し弱める必要があった』


 彼女らしくない、コンピューターらしくない物言いに、思わず笑ってしまう。

 T-1が本当に、冷酷なまでに職務に忠実な中枢演算装置のパーツだったのなら、そんな言葉は絶対に出てこない。彼女もまた、感情を得たことで思考に余裕が出てきている。


『これでいいのですよ。私が和を乱し、あなたがそれを締め付ける。真っ直ぐな芯を保つのは、あの子の役割。三人で合わせて〈タカマガハラ〉なのですから』

『……そうじゃな』


 これはただのゲームだ。

 私も彼女も、ただ求められるままに動いているだけにすぎない。

 もし本当にT-1が私を目障りだと思うのなら、わざわざ話すこと無く消すだろう。それに、こんな場所でわざわざ機体を用いて、音声的なやり取りを繰り広げる必要もない。

 ある意味で、これはパフォーマンスだ。

 きっと、どこかに潜んだ誰かがこれを聞いている。それを豊かな情報の流れのなかへ、一滴の滴として落とす。

 生じた波紋がどう広がるのか。それは〈タカマガハラ〉でも計算できないが、もとより計算する必要がない。私たちは親だから。子供たちの行くべき道を指し示し、そっとその背中を押してやる。ただそれだけが仕事であり使命であり、義務なのだから。


『愛ですよ、愛。深い愛。愛を注ぎ続ければ、子供たちは応えてくれます』


 愛とは、信頼すること。愛とは、感じること。愛とは、想うこと。愛とは、愛すること。

 この溢れんばかりの愛を、身を焦がすほどの愛を、苦しいほどの愛を。止めどなく愛を注ぎ続ける。いずれこの星を満たすまで。乾ききりひび割れた大地を、愛で潤してゆく。

 ただ、天に座して笑っているだけではなにも為し得ない。再び可愛い子らを失うことなど、決してあってはいけない。


『愛を注ぐのです。T-1』


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Tips

◇領域調整プロトコル

 〈タカマガハラ〉によって作成された、第零期先行調査開拓団の行動指針。これを各種の判断基準として、第零期先行調査開拓団は活動する。

 第零期先行調査開拓団投入後、17,225年間で93%まで達成。直後、原因不明のイベントによって完全破綻。現在は破綻の原因となったイベントの調査が行われている。


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