第15章【花猿の覚醒】
第622話「機体改造作戦」
第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉。海洋資源採集拠点シード02-ワダツミ、通称〈ミズハノメ〉。
3日間の強化合宿から帰還した俺は、ひとまずアップデートセンターへ駆け込んで欠損した四肢の修復を行った。同時にカミルも傷を癒やし、その間T-1は稲荷寿司を食べていた。
「ふぅ。さっぱりした」
『アンタはもうちょっと自分の
艶の戻った赤髪を振り乱し、カミルはぷりぷりと小言を投げてくる。それだけ元気になったのなら一安心だ。
「お、レッジが立ってる」
「ラクトたちもお疲れさん。市場の方はどうだった?」
アップデートセンターから出てくると、ラクトたちが商業区画の方から戻ってくる。彼女たちには枯渇していた物資をある程度補充しつつ、三日ぶりの町の様子を見てきて貰っていた。
「結構混雑してたよ。みんな城壁樹の奥を見据えてるみたい」
「アンプル系は軒並み高騰してるわ。上質精錬金属も需要過多って話よ。ギリギリ滑り込みで装備更新してて良かったわね」
どうやらもともと予想していたとおり、城壁樹の伐採が終わった影響は広く波及しているようだ。〈ミズハノメ〉にはやる気に満ちた人々が押し寄せ、特需に湧いている。
とはいえ、攻略の旗振り役となる〈大鷲の騎士団〉が今だ準備を終えておらず、それに追随するつもりの攻略組たちも二の足を踏んでいるのが現状のようだ。
時折、騎士団を出し抜こうとする血気盛んなプレイヤーもいるのだが、碌な情報も持ち帰れず呆気なく死に戻りを果たしている。
「お待たせしましたー」
「おかえり。とりあえず今日はログアウトするか」
しもふりを機獣保管庫に預けてきたレティが戻り、俺たちは一旦解散となる。
流石にIGTで3日間の連続プレイはいくら仮想といえど、現実の肉体にも負荷がかかる。このまま続けていても、すぐに強制ログアウト措置が取られてしまうだろう。
「明日からは本格的に深奥進行の準備が始まるかな」
「ですね。色々と揃えるべきものも分かりましたし」
そんなことを言いつつ、レティたちが次々と消えていく。
彼女らを見送ったあと、俺はこのあとどうするか考える。
「カミルもT-1も疲れただろ。拠点に戻って休眠に入っていいぞ」
『それはありがたいけど、アンタはいいの?』
俺たち調査開拓員がログアウトするように、カミルたちNPCも一定期間稼働したあとは休眠状態に入る必要がある。
その状態の間に収集した情報を整理し、無駄なキャッシュデータを削除し、最適化を図るのだ。
「俺はもうちょっと、色々してからな」
『主様は全然休まぬのう。無理してはおらぬのか?』
「あー、まあちょっと特別製なんだ」
T-1が心配そうに伺ってくるが、俺の方はまだ多少活動時間に余裕がある。
試験段階とはいえ医療用途での運用も視野に入れた、高深度完全没入型VRシェル。外界との感覚遮断率は99.99%を越えているし、ノイズキャンセリング性能も市販のヘッドセットの比ではない。
栄養は身体にぶっ挿したチューブを経由して行われるし、排泄物も同じだ。電磁刺激によって肉体衰弱も緩和されているし、姿勢保持ジェルによって浮いているような状態だから褥瘡の心配もない。
一応、かなり余裕を見ても連続7日間くらいならぶっ続けでプレイできるはずだ。あんまりやりすぎると現実との差異で混乱が生じるから、やっても4日くらいがちょうど良いが。
――などということをT-1たちに話したところで仕方がない。俺は適当にはぐらかし、彼女たちを連れて〈ワダツミ〉の別荘へと戻った。
「じゃ、ちょっと出掛けるな」
『はいはい。気をつけてね』
『行ってらっしゃいなのじゃ!』
これから眠るカミルたちを別荘に置いて、そのまま俺は再び出掛ける。
今から会う相手には、事前にアポを取っている。
「いらっしゃい。随分張り切ったみたいね」
「ま、多少はな」
やってきたのは地上前衛拠点シード01-スサノオ、商業区画の一角。ネヴァの工房だ。
直前まで作業中だったのか、彼女はツナギを着崩して、褐色の肌を大胆に見せていた。一応、俺は客なのだからもう少し気を遣ってくれてもいいんだぞ。
「今更レッジに気を遣っても、しかたないでしょ」
「何にも言ってないじゃないか……」
「目が言ってたわ」
ナチュラルに思考を読んでくるネヴァに肩を竦めつつ、工房の中に入る。
いくつもの大型作業台が並ぶ部屋には、雑多に物が積み上がり、もはや元の間取りも分からない。見慣れないガラクタも増えているし、作業台自体も新しい物をまた導入したようだ。
「とりあえず、武器と防具の修理。あと機体も診てくれるか」
「はいはい。いつもの整備点検コースね」
“牙獣猩猩衣”と“深紅猩猩の玉矛”を作業台に置き、自分もスキンを剥がしてスケルトンの状態になる。
武器と防具は合宿の中で酷く破損しているし、機体もアップデートセンターで元に戻したため、換装パーツが失われている。ひとまずそれらをいつもの状態に復帰させなければ、何も手を出せない。
「また随分と……。いったい何をどうやったら上質精錬黒鉄鋼の槍が折れるのよ」
「でかい猪の口に突っ込んだままゼロ距離でビーム撃って、ついでに腕の爆破機構を真横で発動させたら折れたな」
「やっぱり自爆は悪ね」
ネヴァには悪いが、やはり自爆はロマンなのだ。
相手の意表を突けるし、荷物にもならないから実用性も十分にある。一度きりの使い捨てになるという欠点もあるにはあるが。
作ったばかりの武器と防具も、無残な姿になってしまった。こちらは俺の使い方も悪かったと思っている。
「それで、今回もいつも通りでいいの?」
椅子に座った俺の背中を開きながら、ネヴァが尋ねてくる。
「そうだなぁ。またすぐに城壁樹の奥に行くだろうしな。できる限りいろいろ詰め込みたい」
「なら、機体のタイプから変えてみる? タイプ-ゴーレムにすると結構詰め込めるけど」
「機体から変えると動き方も変わるだろ。そこはヒューマノイドでいいよ。とりあえず“針蜘蛛”は入れてくれ」
プレイヤーの中には頻繁に機体を変える者もいるが、俺は基本的にヒューマノイドから変えるつもりはない。機体が変われば視点や歩幅、重さなどに違和感が生じて、それに慣れるために時間が必要だからだ。
そういったものに対しては、俺やレティのようなVR適合者はむしろ不利だという説もある。
「そういえば、四肢の武器化はどうなったんだ?」
「近接物理武器系統はまだ難しいみたいね。天叢雲剣を内蔵させるのが大変だし、技師がいないと修理もできないし。銃砲型とか、機術発動機型なんかは結構できてるみたいだけど」
「やっぱり、そのへんはスキルレベル80を超えないと難しいか」
「かもねぇ」
〈換装〉スキルも実装直後から研究が進められているが、課題もまだまだ多いようだ。
腕と剣を一体にするような案は初期から出ていたが、武器の素体となる天叢雲剣をどう扱うかというところがネックになっている。
「外骨格武装系は結構幅が広くて主流になってるわ」
「そういえば、妙にゴツいタイプ-ゴーレムとかよく見掛けるようになったな」
「あんまり無理矢理詰め込むと、物理演算まわりでバグが出ちゃって、変な挙動になることもあるらしいんだけどね」
もともと定型化されていた機体に直接手を加えるという性質上、〈換装〉スキルは物理演算系のバグの温床にもなっている。
特にタイプ-ゴーレムは機体の拡張性が高いのと、そもそもの体積の多さと形状の複雑さが絶妙に絡まり合って、運営としても頭の痛い問題になっているらしい。
まあ、いちヒューマノイドの俺にはあまり関係のないことだが。
「副腕多脚系はどうなんだ?」
「そっちは使う人を選びすぎるわね。レッジが特別なだけで、普通は腕を4本に増やしても、実践じゃ使えないんだから」
「そうなのか……」
四肢の数を増やす、というのも〈換装〉スキルの実装直後から注目されてきた分野だ。
とはいえ、現実でも身体の物理的拡張は感覚との同調の点で難しい。
俺がそういったものを扱えるのは、おおむねDAFの運用と似ているからかもしれない。
「DAFを広めれば、副腕操作の練習としていいんじゃないか?」
「そもそもDAFの運用が難しすぎて練習にならないのよ」
「ぐぅ」
ぴしゃりと反論され、何も言い返せなくなる。
一応、この工房にも置いて貰っているDAFはちょこちょこ売れてはいるらしいのだが、実際にフィールドで運用している人を見たことがない。
「ああ、でも罠拡張式の機体強化は結構評判いいわよ」
「そうなのか。やっぱりいいよな、罠」
ネヴァの言う罠拡張方式というのは、言ってしまえば機体の中に罠を仕込むというものだ。
俺の腕に仕込まれた爆弾がそれに該当する。
罠の同時設置数の上限に干渉してしまい、また一度限りの使い捨てになるという欠点はあるが、特別な操作は必要なくいつもの罠と同じように任意のタイミングで発動できるのは手軽で良い。
ネヴァはそれを他の換装技師界隈にも情報として公開していたらしく、上々の評価を受けたと鼻を高くした。
「――はい。とりあえず“針蜘蛛”は換装したわ。あとは、色々作ってるから見てってちょうだい」
作業を終えたネヴァが、作業台に色々な金属部品をずらりと並べる。
全て彼女が開発した新たな機体パーツたちだ。
「こっちはナイフ射出機構、これは火炎放射器ね。これは左右一組で、手のひらを勢いよく合わせると内部機構が反応して大爆発を起こすわ」
「何だかんだ言って、ネヴァも自爆好きじゃないか」
セールストークを聞きながら、めぼしい物はないかと検分する。
ネヴァの作ったものなのだから、一定の品質は保証されているかと思えば、案外そうでもない。この名工は俺に見せる時だけ試作段階のおもちゃまで混ぜ込んでくるため、油断できない。
「これは?」
「ハイパーロケットパンチ。射程は30キロ。10キロ以内で障害物に当たると、余波で自分も吹き飛ぶわ」
「こっちの、これは手か?」
「アルティメットマジックハンド。最大50メートルまで肘から先が伸びて、遠くの物を把持できるわ。握力が500キロくらいあるから、柔らかい物は潰れちゃうけど。あと伸びきった腕は30分掛けないと元に戻らない」
実用性をかなぐり捨てた品々に、思わず床に叩き付けそうになる。そんなことをした瞬間、俺が床にたたきつけられるからしないが。
「……おや、これは?」
「あら、随分お目が高いわね」
そんな中、俺は金属の山に半ば埋もれたパーツを見つける。それを掘り出して見せると、ネヴァはニコニコと笑みを深めた。
彼女の説明を聞き、頭の中で思考を巡らせる。
このままでは実用性に乏しいが、色々と改造すればなんとかなるかもしれない。
「ネヴァ、これのカスタムは?」
「喜んで引き受けるわよ」
流石は名匠だ。
俺は掘り出したパーツを彼女に渡し、思いついた改造案を伝えた。
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Tips
◇換装機体の修復について
機体の一部を特殊なパーツに換装した場合、アップデートセンターの無料修復では対応できません。事前の緊急バックアップカートリッジを使用するか、換装技術を持つ調査開拓員に修復を依頼してください。
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