第462話「暴力の嵐」
海竜、“青将のダシャク”が吠える。
波を穿つような声量は、特に聴覚の鋭いレティにとっては効果的だった。
「ぐあわわっ」
「レティは後方へ。私とエイミーで抑えます」
長い耳をぺたんと閉じて蹲るレティの前に、トーカが立ちはだかる。
彼女は青い鞘に“夜刀・月”を収め、次撃に備えて前傾の姿勢を取った。
「五月蠅いわよ、黙りなさい!」
口を開けて吠えるダシャクの元へ、エイミーが駆け寄る。
彼女は盾拳を握りしめ、低く腰を落として力を解き放った。
「『打昇拳』ッ!」
綺麗なアッパーがダシャクの顎に収まる。
ゴキ、と背筋の凍るような音と共に、その大きな頭が打ち上がる。
「ラクト、足場の維持は問題なさそう?」
「『
「バカ言うな。これ以上近づいたらレティたちに波が掛かって、足場どころじゃなくなるだろ」
海上で、レティたちを支えているのは、ラクトが展開している『
〈アーツ技能〉のテクニックによって有効射程を広げたうえで、輝月の上からそれを維持している。
それは、ダシャクをドーナツ状に取り囲み、それを逃がさないように押し止める檻としても機能しているようだった。
「ラクトは足場の維持に全力を注いで。美味しいところは私たちが持ってってあげるから」
「良いご身分だなぁ!」
自棄気味にラクトが言う。
不敵な笑みを浮かべたエイミーは、早速動き出した。
「『大威圧』、『愚者の挑発』。さ、他の子に目移りしてる暇はないわよ!」
エイミーが海竜の注目を集める。
彼女は今、弱者のヴェールを纏い、自身をか弱い存在に装っている。
ダシャクは強者の余裕を持って、彼女に喰らい付こうと顎を開く。
「――『崩拳』ッ!」
大型トラックのような海竜の頭が迫り来る。
それにエイミーは真正面から相対し、巨大な盾拳を纏った右腕を勢いよく突き出す。
油断しきったその鼻っ柱をへし折るような、完璧な力の勝負。
「まあまあ硬いわ――ねッ!」
一瞬の力の均衡。
数秒の後、エイミーが拳を振り抜く。
ダシャクの鼻下に直撃した鉄拳が、巨大な海竜の頭を吹き飛ばした。
「トーカ!」
「分かっています。今度は最大出力ですよ!」
エイミーの呼びかけに応じ、トーカが走り出す。
彼女はエイミーの肩に手を掛け、足で蹴って、一息に空へと飛び出した。
「『刀装・赤』『両断の衝動』『猛攻の姿勢』『心眼』」
飛びながら、彼女は新たにバフを纏い直す。
〈戦闘技能〉のテクニックは、効果時間が数秒から数十秒程度と短い反面、〈支援アーツ〉のそれよりも遙かに力を強く底上げさせる。
「トーカ、ブレスが来るわよ!」
「ミカゲッ」
エイミーがダシャクの行動に攻撃の予兆を見つける。
頭を吹き飛ばされ、大きく後方に反らせた太い首が、ぼこりと膨れ上がる。
その内側に、高圧で圧縮された水を詰め込んでいるのだ。
「――『絡め糸』」
姉の声に応じて、黒い影が飛ぶ。
彼が放った強靱な糸が、ダシャクの太い首を締めた。
糸の先端はラクトが維持している氷上に伸びており、テントのペグのように札の貼られた杭で固定されている。
「『呪縄束縛』」
更に、荒縄が巻き付く。
「――『金縛り』」
仕上げに、ミカゲが呪術を発動させる。
ダシャクの体が緊張し、石のように硬直する。
トーカにとって最も狙いたい――竜の首が露わになった。
「――『修羅の構え』、『決死の一撃』」
長い前準備が完了する。
トーカの黒い瞳が妖しく輝き、糸と縄によって束縛された、ご神木のように屹立する竜の首を睨む。
「見せましょう、三振り一刀の大太刀。――『刀装合体』、“極刀・雪月花”」
トーカは左右の腰に佩いた太刀と背中に負った大太刀、“冷刀・雪”“夜刀・月”“彩刀・花”の三本を引き抜く。
それらの内蔵された機構が展開し、彼女の身長すら越える巨大で肉厚な、特大の大太刀へと姿を変えた。
「『爆裂抜刀』」
刀身に応じて巨大化した鞘が、青白い炎を前方へ噴射する。
その力を極限まで溜めながら、彼女は放物線を描いて“青将のダシャク”の首元へと肉薄する。
「――彩花流、抜刀奥義。『百花繚乱』」
鮮血の花開く。
彩るのは無限の斬撃。
振るわれた太刀の煌めきが、海竜の太い首をすらりと断つ。
一度ならず、二度三度と、彼女の斬撃は止まらない。
その全てが、クリティカルヒット。
一撃ごとに海竜のHPは大きく削られていく。
「むぅ、タフですね!」
しかし、その巨大な図体に相応しく、ダシャクはタフだった。
無数の斬撃を受けてなお、まだ死にはほど遠い。
ミカゲによる拘束も解け、冷たい海の底へと逃れようと動き始める。
仕留めきれなかったのを見て、悔しそうに唇を尖らせながら、トーカは海にどぼんと落ちた。
「さ、逃がさないわよっ」
海竜の首根っこを、エイミーがむんずと掴む。
巨大な拳を持つ彼女だからこそできる芸当だ。
ダシャクまでもが驚きに目を開き、エイミーの方を見ている。
「『巴投げ』ッ!」
切り傷でズタズタになっている海竜の首を掴んだまま、エイミーが氷上に倒れ込む。
輝月で観戦していたケット・Cたちも唖然とするほど、大胆かつ華麗な動きで、弱ったとはいえ巨大で重量もある海竜を水上に引きずり出したのだ。
「ナイス、エイミー! そこならわたしも攻撃できるよ!」
海竜が飛んできたのは、輝月側だ。
それを見てラクトが歓声を上げる。
彼女は口早に〈アーツ技能〉の自己バフを施して、溜まりきったフラストレーションと共に攻撃の術式を解き放つ。
「『
流れるように紡がれる言葉の数々。
それと共に、ラクトの短弓に銀の矢が番えられる。
放たれた矢は、空中で分裂する。
万華鏡のように、対称的な形状で、六つの巨大な氷柱が竜を取り囲む。
それは先端に向けて細く鋭く、ねじ曲がりながら成長し、竜の厚い皮を貫いた。
「レティ、3秒だけなら待ってあげるよ!」
「十分ですっ!」
ラクトが楽しげに声を踊らせる。
それに答えたレティが、氷上で立ち上がる。
彼女は星球鎚を大きく掲げ、黒い機械脚で高く跳躍した。
六つの氷柱によって貫かれ、固定されたダシャクの頭部よりも更に高く。
雲を掴めるほど、高く、高く。
最高点まで登り切り、ゆっくりと落ち始める。
「『
大気圏に突入した隕石のように、彼女の体が燃え上がる。
盛る炎に包まれながら、彼女は口元に獰猛な笑みを浮かべていた。
「タイミングが良い――。咬砕流、六の技ッ!」
彼女は何かを閃いたらしい。
星球鎚を固く握りしめ、大きく口を開けて叫ぶ。
「『星砕ク鋼拳』ッ!」
圧倒的な力が衝突する。
衝撃波が周囲に広がり、波を絡めて吹きすさぶ。
海面は一時的に、深い椀状に凹み、大きく抉れる。
その中心にいる“青将のダシャク”は、いっそ哀れになるほどの強烈なダメージ数値を記録して、その命を消し飛ばした。
「なーはっはっはっ! チョロいもんですね、ネームドエネミー!」
氷に貫かれ、頭を凹ませ、見るも無惨な姿で残る、海竜の骨格を見上げて、レティが快活に笑う。
その近くで、髪を濡らしたトーカがミカゲに釣り上げられている。
飛沫が雨のように降り注ぎ、彼女たちの頭上に鮮やかな七色の虹を作っていた。
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Tips
◇『星砕ク鋼拳』
咬砕流、六の技。高高度からの落下エネルギーを全て集中させた、破壊力の高い一撃を振り落とす。
発動時、直下の地面から離れているほどダメージ倍率が高くなる。
破壊の権化の、僅かな片鱗。母なる大地にすら叛逆する暴虐の衝動。岩を砕き、地殻を割る。硬く握られた拳はやがて、星の核すら打ち砕くだろう。
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