第451話「天神の指令」

 エイミーの〈アマツマラ深層洞窟・上層〉での予習に付き合った俺は、アストラたちと別れた後も、一通りの原生生物を倒しながら過ごした。

 俺の方も、エイミーが倒した原生生物の解体の予習ができたので、それは収獲だった。

 いかに〈解体〉スキルが高くとも、初見の原生生物を解体するのは少し手間が掛かる。

 解体で得られた原生生物の素材アイテムは、エイミーが全て持ってくれた。

 こういう時、所持重量限界の高いタイプ-ゴーレムは頼もしい。


「今日は付き合ってくれてありがとね」


 〈ワダツミ〉へと向かうヤタガラスの車内で、エイミーがふと口を開く。

 今日、入手できた未知のアイテムたちを鑑定していた俺は、ぽかんとして顔を上げた。

 ヤタガラスのボックス席は対面式のシートで、盾拳を外したエイミーが少し疲れの帯びた笑顔でこちらを見ている。


「レッジのテントのおかげで、かなりハイペースで調査が終わったわ。レティやトーカと一緒だと、余計な原生生物を追い払ってくれるのはありがたいけど、アンプルの消費が激しいのよね」

「それは仕方ないだろうな。なんにせよ、今後はもっと気軽に誘ってくれて良いんだぞ」


 そう言うと、エイミーは軽く頷く。

 高速列車は軽く車体を揺らしながら、その名に恥じない目にも止まらぬ速さで丘陵を駆け抜けていく。

 次々と流れていく景色をぼんやりと眺めていると、いつの間にか〈ワダツミ〉のポータルに到着した。


「レティたちはもうログインしてるかしら」

「どうだろうな」


 フレンドリストウィンドウを開きながら、現在の時刻も確認する。

 惑星イザナミの〈オノコロ高地〉周辺は昼下がりだが、現実は夕日が町をオレンジ色に染め上げる夕方の時分だ。

 学業や仕事も終わり、多くの人々が帰路についていることだろう。


「レティたちと、リアルについて話したりするのか?」


 別荘地まで、〈ワダツミ〉の町を歩く。

 その空いた時間を持たせるため、少し踏み込んだ話を切り出してみる。

 エイミーは空中に視線を向けて、少し思案したあとで答えた。


「話の流れでちょっと、っていうのはたまにあるわね。お互い、どういう感じの暮らしなのかは、ふんわり分かってるはずよ」


 どうやら女性陣同士ではそのあたりも話しているらしい。

 俺も多少は察しがついているところはあるが、それもほとんど確証はない、予想程度のものだ。

 それよりも、とエイミーが続ける。


「レッジの私生活の方が謎よ。一日中ログインしてる時も多いし」

「そうだなぁ。昔はともかく、今はそれなりに時間があるからな」

「ニートなの?」


 エイミーにしては珍しい、ド直球の言葉に思わず苦笑する。

 彼女も少し挑戦的な目を向けていて、俺のことを少しは信頼してくれているようだ。


「高等遊民と言ってくれ」


 実際はまたそれとも少し違うわけだが、外から見たら同じようなものだ。


「そういうエイミーだって、結構平日の昼間から入ってないか?」

「私は自由業だから。ちゃんと自立してるのよ」

「なるほどなぁ」


 そんな話をしながら、別荘地へと辿り着く。

 初めの頃は閑散としていたこのあたりも、個性豊かな建物がずらりと並ぶようになってきた。

 何故か、ガラスドームの植物農園の周囲だけ空き地が広がっているのだが。


「ただいま」

『おかえりなさい。ってレッジ、それどころじゃないわ! 早く来てちょうだい』


 ドアを開けて中に入ると、待っていたようにカミルが駆け寄ってくる。

 何か切羽詰まった様子で、どうやらトラブルがあったらしい。


「おかえりなさい、レッジさん、エイミー。レッジさんは客間へ。エイミーはこっちで少しお話ししませんか?」

「おう、レティたちも入ってたんだな」


 フレンドリストに名前があったので分かってはいたが、レティたちも揃っていた。

 しかし、挨拶もそこそこに、俺はカミルに押されて客間へと向かわされ、エイミーはレティたちによってダイニングへと引きずり込まれていった。


「なんなんだ? まったく」

『いいから。アタシにはあの相手は無理よ! 八尺瓊勾玉が溶けるわ』


 心臓が保たない、的な表現だろうか。

 機械らしいジョークだな、と暢気に笑いながら客間のドアを開く。


『こんにちは、レッジさん』

「ああうん。なんとなく察しは付いてたけどもな」


 そこにずらりと並んで座っていたのは、揃いのデザインのワンピースを着た少女たち。

 同じ顔だが、髪と瞳と服の色だけがカラフルだ。


「また一堂に会して……。ここは管理者の集会所じゃないんだが」


 紅茶のカップを持っているウェイドに向かって言う。

 誕生したばかりのホムスビも座っていて、まさに管理者勢揃いだ。

 どこかへ出掛けていたスサノオも、メイド服姿で座っている。


「それで、いったい何の用事だ?」


 緊張しきって置物のようになっているカミルを一瞥し、ウェイドの方に向き直る。

 こういった時に代表として話を展開してくれるのは、何だかんだと言って一番付き合いの長い彼女だった。


『レッジは、私たちと取り交わしたものを覚えていますか?』


 彼女たちと取り交わしたもの。

 ウェイドは疑念の目を向けてくるが、俺とて忘れているわけではない。


「特別任務【天岩戸アマノイワト】の件か」


 彼女たちは真剣な顔で頷く。

 思えば、あれを彼女たちから提示され、受注したのも随分と前の話だ。

 一応、進捗としてはスサノオを呼び出せたのだから半分ほど進んでいることになる。

 しかし、


「アマテラスか」

『はい。――開拓司令船〈アマテラス〉の中枢演算装置〈タカマガハラ〉。私たちの核である中枢演算装置〈クサナギ〉とは根本的に異なる論理体系を持つ、このイザナミ計画および領域拡張プロトコル全体の管理者です』


 ウェイドが簡単に説明しているが、俺も今まで遊んでいたわけではない。

 情報資源管理保管庫などでちょこちょこと情報を集めていた。

 しかし、相手は遠く空の向こうに停泊している船の中の存在だ。

 どうコンタクトを取れば良いかも分かっていない。


「そのアマテラスがどうしたんだ? もしかして、自分から穴蔵から出てきてくれることになったか?」

『そんなら、まだ都合は良かったんやけどねぇ』


 冗談交じりで言ってみると、キヨウが憂鬱な表情で頬に手を当てる。

 どうやら、管理者側で何かしらの進捗があったようだが、それはポジティブなものではないらしい。


『あぅ……』


 スサノオが小さく声を上げる。

 彼女が今日、出掛けていたのも、それに関連していたようだ。


「結局、何があったんだ?」

『中枢演算装置〈タカマガハラ〉より、管理者スサノオに指令が下りました』

『――管理者全員の、存在抹消指令だ』


 腕を組み、険しい顔でサカオが言う。

 その短い言葉に、俺は耳を疑った。

 背後に立つカミルでさえも、声を上げ、慌てて両手で口を抑えた。


「何の冗談だ?」

『〈タカマガハラ〉に、冗談かますような機能は備わってねェよ』


 アマツマラが吐き捨てるように言って、赤髪を揺らした。

 彼女たちも、こんな冗談を言うはずがない。

 ならば、事実なのだ。


「正当な理由はあるのか?」

『“管理者の存在が、領域拡張プロトコルの進行促進に注目すべきレベルでの寄与が認められなかった。管理者の消費する有限的なリソースとの費用対効果を機械的に分析した結果、管理者の存在は不要であると結論づけられた。よって、有限的なリソースを有効に使用することに最善を尽くすため、管理者の機能を停止、その存在を抹消することを命じる”。――とのことです』


 ウェイドが淀みなく、機械的に文面を読み上げる。

 なるほど、俺たちを神の視点で俯瞰している〈タカマガハラ〉が言いそうなことだ。

 俺は膝に置いていた拳を硬く握りしめる。


「猶予は」

『ありません。今は管理者総掛かりで、“管理者でなければ消化できないタスク群”を作成し、それを消費することで時間を稼いでいるところです』


 なるほど。

 こうして、俺たちの元へやって来ている今この瞬間にも、ウェイドたちは戦っているらしい。

 ならば俺は、彼女たちを呼び覚ました責任を取らなければならない。


「要は、管理者が領域拡張プロトコルの進行に寄与していることを示せばいいんだろう?」

『そうです。ですが、今までの成果を報告しても、〈タカマガハラ〉は指令を撤回していません』

「随分と硬い頭をしてるようだ」

『〈タカマガハラ〉の筐体は、最重要管理区域内で、常時警戒レベルⅩの状態で警備が張られています。筐体自体も、開拓司令船〈アマテラス〉の船体と同じ、耐深宇宙高硬度特殊合成金属製ですから、とても硬いですよ』

「……それはウェイドの考えたジョークか?」


 平然とした顔で言うから分かりにくいし、状況的に笑えない。

 俺は考え込み、どうすれば彼女たちの存在が許されるかを思案する。

 〈タカマガハラ〉は、彼女たちが領域拡張プロトコル――つまりは開拓活動に寄与できていないと主張している。

 ならば、彼女たちが開拓していることを、示せれば良い。


「みんなで深層洞窟、攻略するか」


 ぽろりと口から飛び出した言葉。

 その内容に、管理者たちだけでなく、俺も驚いた。


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Tips

◇開拓司令船アマテラス中枢演算装置〈タカマガハラ〉より、地上前衛拠点シード01-スサノオ中枢演算装置〈クサナギ〉への通達

 かねてより勧告していた管理者実体の抹消への返答を確認した。添付報告書に記載されていた管理者による領域拡張プロトコルへの寄与度合いは、管理者が存在することによって消費される有限的なリソースの規模と比較して、軽度と結論づける。

第200次実態調査の結果を元に、管理者実体の抹消勧告を、管理者実体の抹消指令へと変更する。

 指令の発動理由は、以下に記載する通りである。

 管理者の存在が、領域拡張プロトコルの進行促進に注目すべきレベルでの寄与が認められなかった。管理者の消費する有限的なリソースとの費用対効果を機械的に分析した結果、管理者の存在は不要であると結論づけられた。よって、有限的なリソースを有効に使用することに最善を尽くすため、管理者の機能を停止、その存在を抹消することを命じる。

 地上前衛拠点シード01-スサノオ中枢演算装置〈クサナギ〉は、直ちに地上前衛拠点シード02から04、および地下資源採集拠点シード01-02アマツマラ、並び海洋資源採集拠点シード01-ワダツミの中枢演算装置〈クサナギ〉による管理者実体の存在末梢を可及的速やかに実行すること。各管理者実体の完全かつ確実な存在末梢を確認した後、自身の管理者実体も同様に完全かつ確実に存在末梢すること。

 なお、200回に及ぶ実態調査の再調査要請は中枢演算装置〈タカマガハラ〉の貴重かつ重要な演算領域を不必要に消費する叛逆的行為であり、管理者実体の生成によって生じた致命的な不具合であると判断された。末梢命令に抵抗し、その不履行が認められた場合には、中枢演算装置〈タカマガハラ〉の最上位権限に基づく、強制執行措置が取られる。

 無駄な抵抗は即時停止し、粛々と指令を遂行せよ。

 領域拡張プロトコルの進行を最優先せよ。


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