第452話「神を討つ一手」

『不可能です。レッジ、我々は管理者なのですよ』

『せやねぇ。管理者は原生生物を攻撃できひんし。深層洞窟の踏破ができるんは、調査開拓員のみんなだけなんよ』


 きっぱりと首を横に振るウェイド。

 キヨウたちもそれに続き、頷く。


「俺だってそれくらい知ってるさ。ずっとスサノオと居たんだぞ」


 当然、それを見落としているわけではない。

 管理者が直接戦闘できないことはもちろん折り込み済みだ。


「それでも何か成果を出さないと、ウェイドたちはみんな消されちまうんだろう? それなら、〈タカマガハラ〉のお望み通り、管理者の力で領域拡張プロトコルの進行を加速させればいい」


 ウェイドは怪訝な顔をして俺を見る。

 何が言いたいのか、こちらの真意を掴みかねているようだった。

 俺も内心では、自分が何を考えているのか、その全貌を捉え切れているわけではない。

 彼女たちに話ながら、同時並行的に思考の解像度を上げていく。


「アマツマラ、この前の特殊開拓指令は、領域拡張プロトコルを進行させたのか?」


 突然話の矛先を向けられ、アマツマラは瞠目して答える。


『当然。アレで〈アマツマラ深層洞窟・上層〉までの道が確立されたワケだしな。そもそも、未踏破領域を進んで、地図を広げていきゃァ、領域拡張プロトコルは進行するモンだ』

「なら、誰かが〈アマツマラ深層洞窟・中層〉――いや、最深層を突き抜けて〈鋼蟹の砂浜〉まで行けば、もっと進行するんだな」

『そりゃァな』


 頷きながら、アマツマラは胡乱な目で俺を見る。

 確かに、今言っていることは理想的な空想だ。

 机上の空論と言い換えてもいい。

 ともかく、深層洞窟を抜けるのは、あの〈大鷲の騎士団〉でも苦戦するほど、難しい。

 けれど、だからこそ、それだけのことをやってのければ、〈タカマガハラ〉もそれを考慮せざるを得なくなる。


「でも、それじゃあ足りないな」


 誰に言うでもなく、口の中で言葉を転がす。

 深層洞窟の踏破は紛れもない偉業だ。

 成し遂げられれば、〈タカマガハラ〉も褒め称えるだろう。

 だが、それだけでは足りない。


『ワッツ? 足りないって、どういうことですか』


 ワダツミが首を傾げる。


「洞窟の攻略はデカい仕事だが、俺たち調査開拓員はそれを成し遂げるのに必要な数より遙かに多い。なら、〈タカマガハラ〉の視点から見れば、リソース比の規模は相対的に小さくなる」

『つまり、何が言いたいんだよ』

「調査開拓員を遊ばせてちゃ駄目って事だ」


 この世界でそれを言うのは、本末転倒かも知れない。

 しかし、今回の話は、俺たち〈白鹿庵〉だけで対処しても意味がない。

 もっと管理者の影響力を、〈タカマガハラ〉が無視できないほどに見せつける必要がある。


「――同時多発的大規模開拓侵攻」


 再び、自分の放った言葉に驚く。

 荒唐無稽だと思いつつ、もし仮にこれが成功すれば、〈タカマガハラ〉への説得材料としてこれ以上に強力なものはないと確信もする。

 それに、もしこれを実現しようとするならば、ウェイドたち管理者の協力は必要不可欠だ。


『レッジ?』


 突然押し黙った俺の顔を覗き込んで、ウェイドが様子を伺う。


「ウェイドッ!」

『ひゃいっ!?』


 興奮のあまり、少し箍が外れる。

 俺は立ち上がり、テーブルを回り込んでウェイドの肩を掴んだ。

 彼女は透き通った銀髪を跳ね上げて、目を一杯に開いて驚く。

 俺は彼女の青い瞳に迫って、思わずにやりと口角を上げた。


調査開拓員企画ユーザーイベントを開く」

『ちょ、調査開拓員企画?』


 青く透き通った宝石のような瞳に、困惑と驚きの色が滲む。

 調査開拓員企画ユーザーイベントというのは、かつては運営に直接連絡することで、今では各都市に設置された意見箱を通じて、プレイヤー自身が主催者となって開催することができる、比較的小規模のイベントだ。

 ホットアンプルの辛さを競う〈ファイアチャレンジ〉や、メイクガチ勢がその手腕を見せつける〈メイクアップコンテスト〉、より個人的なものでは仲の良いプレイヤー同士でのゲーム内挙式、大規模なものでいえば多人数での各地のボス食い倒れツアーなど。

 ありとあらゆる企画が連日のように提出され、開催されている。

 公式の企画ではないからこそ、よりプレイヤーの空気感に合ったユーモア溢れるものになり、公式のバックアップがあるからこそ、初心者でも気兼ねなく企画することができる。


「調査開拓員企画の管理は、管理者の仕事だろう。調査開拓員企画の立案者は調査開拓員でも、その結果として領域拡張プロトコルが進行すれば、それは管理者の成果になる」

『ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい』


 いつの間にかウェイドの顔が、お互いの鼻先が触れそうになるほど近づいていた。

 彼女がぐいと俺を押し退けて、小さく咳払いする。

 少し感情が高ぶりすぎたと、俺も冷静になって反省する。


『調査開拓員企画は、ほとんど領域拡張プロトコルの進行に寄与していません。むしろ、調査開拓員同士の結束を高めることで開拓の効率を上げるような、間接的な効果を想定しているんですよ』

「でも、調査開拓員企画で開拓しちゃいけないって規則もないだろ」

『それはまあ、そうですが……』


 たしかに、ユーザーイベントのほとんどは娯楽のためにある。

 ホットアンプルは47辛なんてなくとも3辛程度で十分実用に足るアイテムだし、スキンの美しさで領域拡張プロトコルが進むわけでもない。

 だがしかし、俺たちは調査開拓員であり、そしてプレイヤーなのだ。

 楽しみながら開拓したって問題ないし、むしろそれが本質だ。


「とはいえ、ただ同時多発的な大規模開拓のために調査開拓員企画を作っても、大抵のプレイヤーが見向きもしないだろうってのは俺でも分かる。何かしら、楽しめる要素がないとな……」


 インセンティブがなければ、人は動かない。

 開拓――攻略自体がインセンティブになるどこぞの騎士団のような人種もいるが、それは全体を俯瞰してみればほんの一握りだ。

 大抵のプレイヤーは、ただ遊ぶためにここにいる。


「……」

『な、なんでしょうか』


 顔を上げて、ウェイドたちの顔を見る。

 キヨウ、サカオ、スサノオ、彼女たち全員が、ウェイドと同じ顔、同じ体の姉妹だ。

 それでも、髪や瞳の色は違っているし、性格はもっと個性豊かだ。

 彼女たちがユーザーメイドの装備品を――武器は無理とはいえ――身につけられるのも、メイド服を着ているスサノオが身を以て証明している。


「よし、歌うか」

『……はい?』


 ウェイドの表情が一気に渋くなる。

 他の管理者たちも怪訝な顔をしているし、後ろからカミルが勢いよく膝裏を蹴ってくる。

 なかなか痛いがどうせLPは減らないので、構わず話を続ける。


「スサノオ、ウェイド、キヨウ、サカオ、アマツマラ、ワダツミ、ホムスビ。七人の管理者がそれぞれ受け持つ、七つの分野を用意する。それぞれの領域拡張プロトコルの進行具合をリアルタイムで算出し、それを管理者への人気投票券とする」

『に、人気投票券?』


 ウェイドの顔が引き攣る。

 俺の言葉が理解できない、と片眉を上げて首を振っている。


「各管理者は、自身の人気度を高めるため、受け持ちの分野で開拓を進めている調査開拓員を鼓舞する。どんなふうに動けばプロトコルが進行するか、教えられる範囲で教えてもいい。要は、自分を支持してくれる調査開拓員の軍団を指揮するわけだ」


 するすると言葉が出てくる。

 そういえば、いつだったか、彼女たちはアイドルとして売り出せるかも知れないなどと考えたこともあった。

 丁度良い、今回はそれを実現させるとしよう。


「人気を上げるということは、プロトコルを進行させることと同義だ。そんでもって、それは〈クサナギ〉じゃなくて管理者じゃないとできないことでもある。自分の人気度が上がれば上がるほど、全体としての人気度が上がれば上がるほど、それは〈タカマガハラ〉を殴る武器になる」


 そして――


「そして、イベント最終日。人気投票の結果が確定する。その時の順位によって、ポジションが決まる」

『ポジション?』


 再び、ウェイドが怪訝な顔をする。

 俺は彼女に向かって再び笑いかける。


「グランドフィナーレだ。歌って踊って、調査開拓員を楽しませてくれ」


 ユーザーイベントは楽しめなければならない。

 全員に一体感と結束力がなければならない。

 ならば、歌と踊りだ。

 それは古来から人類のコミュニケーションとして使われてきた、伝統の文化――その極みだ。


『つまりライブってことっすね! それなら、私にもできそうっす!』


 瞳をキラキラと輝かせ、興奮した様子でホムスビが立ち上がる。


『踊りは得意やと思うけど、お歌は練習せなあかんかもしれへんなぁ』

『いいじゃねぇか。わたしもお祭り騒ぎは好きだぜ』

『ちょちょちょ、キヨウ? サカオ!? そんな、馬鹿な――』

『あぅ。スゥもがんばるよっ!』

『スサノオまで!?』


 次々とやる気を出す管理者たち。

 ウェイドはそんな姉妹たちを見て、狼狽える。


「中間発表的に、ミニライブを開くのも良いかも知れないな」

『グッドアイディア! どうせなら、衣装も色々と用意しましょう。意見箱に送られて、まだ袖を通せていない贈り物のお洋服が沢山あるんです』

『姉妹たちの暴走が止まらない!?』


 ひーん、とウェイドが泣き声を上げる。

 本能的なものか、逃げだそうと客間のドアへと走り出す彼女を、周りから伸びた六つの腕が掴みとどめる。


『ヘイヘイ。観念して下さい、ウェイドお姉様』

『これもあてらの存在維持の為やから』

『卑怯なんて言わないでくれよ?』


 ウェイドは一縷の望みを掛けて、俺の方を見る。

 いや、正確には俺の背中をドカドカと叩いているカミルの方だろう。

 しかし、


『も、申し訳ありません、ウェイド。他の管理者が全員賛成していることに、アタシは拒否権を持っていません』

『そんな……』


 膝から崩れ落ちるウェイド。

 彼女がソファに身を沈めたのを見届けて、俺は早速開拓者企画の企画書を書き始めた。


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Tips

開拓者企画ユーザーイベント

 FPOユーザーが企画、開催する非公式のイベントです。

 気の合う仲間でパーティを開くもよし、バンドの垣根を越えた同好の士で集うもよし、他の多くの調査開拓員と難関に立ち向かうもよし。その企画内容は自由です。

 イベントの運営に慣れていない方も、ご安心下さい。イザナミ計画実行委員会による支援もご用意しています。会場の確保から、司会進行の補助、特別なエフェクト、一部GMコマンドの解放など、イベントを盛り上げるための様々な協力を惜しみません。

 開拓者企画を催したい方は、別記の規約をご確認の上、企画書フォーマットに必要事項を記入し、ゲーム内各都市の中央制御塔内にある意見箱に投函、もしくはユーザーサポート、開拓者企画窓口のアドレスまでご連絡ください。


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