第306話「切り開く活路」

 砂煙を巻き上げて、タイヤは荒野に深い轍を刻みつける。

 時折大きな岩に乗り上げて宙を飛ぶ。

 アクセルは既に全力で踏み込んでおり、エンジンはけたたましい咆哮を上げている。

 これまでの無理な走行で車体はどこも傷だらけで、分厚い鉄板の装甲も激しい凹凸が付いていた。

 まさに満身創痍と言った様相のバギーは、それでも残る力の全てを振り絞り懸命に車輪を動かしている。


「トーカ!」

「はいっ!」


 サスペンションの尽力も儚く上下左右に揺れ動き、今にも空中分解しそうなバギーのボンネット。

 トーカは黒い袴を翻し、静かに立っていた。

 車の進路上は幾つもの巨岩が転がる悪路で、更に無数の牙を打ち鳴らす砂蚯蚓の群れが待ち構えている。


「本当に良いんだな? このまま突っ込むぞ!?」

「はい、任せて下さい」


 飛んで火に入る夏の虫。

 燃え盛る業火の如き蚯蚓の巣へ、俺は覚悟を決めて突撃する。

 一際大きな岩に乗り上げ車体が空中へ浮かぶ。

 時間が遅滞する不可思議な感覚の中で、トーカは腰を落とし前傾姿勢を取った。


「彩花流捌之型、三式抜刀ノ型」


 鯉口に手を添えて、桜色の唇が言葉を紡ぐ。

 桃花の袖が揺れ動き白い腕が振るわれる。


「――『百合舞わし』」


 竹を割ったような爽やかな剣戟が荒野に鳴り響く。

 白く美しい花弁が舞い広がり。

 それは獲物を喰らわんと殺到した砂蚯蚓を一網打尽に切り刻み、鮮やかな赤に染め上げる。


「続き、肆之型一式抜刀ノ型、『花椿』」


 岩場の奥で悠然と佇む一際大きな砂蚯蚓。

 群れのリーダー格である大砂蚯蚓へとバギーが接近する。

 大砂蚯蚓が動き出すよりも僅かに早く、トーカの刀がそれを射程に収めた。

 刹那に渡る迅速の一薙ぎが蚯蚓の喉を掻き切る。


「まだ落ちてないぞ」

「はいっ!」


 しかし砂漠の過酷な環境に適応した大砂蚯蚓の分厚く硬い表皮はその一撃を僅かに逸らす。

 急激に体力を削りながらも文字通り首の皮一枚繋がった蚯蚓に向けて、トーカは油断なく二の太刀を放つ。


「続き、神髄――『紅椿鬼』」


 三度鞘に収められた花刀・桃源郷。

 間髪入れず放たれたのは彼女が至高の領域へと研ぎ澄ませた刃。

 その一撃は易々と蚯蚓の首を切り飛ばし、オーバーキルの赤黒いエフェクトが吹き上がる。


「ぐぅぅ、あの素材も解体したいな……」

「我慢して下さい。さあ、もうすぐでゴールですよ」


 背中から倒れ込むように後部座席へ収まるトーカに諭され、俺は後ろ髪を引かれながらスピードを上げる。

「もうLPが空です。気絶したらすみません」

「大丈夫。あと3分もないさ」


 立て続けに大技を放ったトーカのLPはすでに危険域にまで減少している。

 流石にこのバギーに乗せられるテントは用意できなかったため、車上戦闘では彼女たちもLP消費に悩まされるのだ。

 俺は戦闘の可能性が無い場所を選びながら荒野を横切り、レティたちが待つ倉庫へと再び戻った。


「おかえりです。中級者コースでもあんまりタイムは変わりませんね」


 バギーを停車させると早速レティたちが駆け寄ってくる。

 ずっとハンドルを握っていたせいで身体の力が入らない俺は零れるように運転席から出て、隅に置いてあった椅子に腰を置く。


「運転に慣れたからかな。後は接敵してもトーカが一瞬で倒してたから、あんまり減速しなくて良かった」


 〈撮影〉スキルを使った車載カメラの映像を見せながら、中級者コースでの走りを話す。

 斬撃を飛ばせると力強く主張していたトーカが今回の護衛役だったのだが、メインの攻撃手段はやはり抜刀系統になっていた。

 発動が早く、クリティカル倍率が高い抜刀系テクニックなら、バギーで肉薄した瞬間に鎧袖一触で敵を退けることが出来る。

 更に彼女は高い〈歩行〉スキルを持っているため、激しく揺れ動くバギーのボンネットに立って敵を待ち構えることができるのも有利な点だった。


「ふふふ。すみませんね、レティ。やはり護衛役は私が適任のようです」


 ぐったりと椅子に背を預けLP回復に専念していたトーカが不敵な笑みをレティに向ける。

 確かに〈歩行〉スキルが彼女ほど高くないレティには出来ない芸当であり、そう言った点で見ればトーカの方に軍配が上がるだろう。


「ぐぬぬ。レティだって頑張れば……」


 対抗心を燃やすレティは堅く拳を握りしめ、ぷるぷると震えていた。

 そんな二人の間に割って入ったのは呆れ顔で肩を竦めるラクトだった。


「二人とも見苦しいよ。たしかにレティと比べてトーカは撃破効率がとても良い。今回のタイムはわたしも驚いた。

 けどねぇ。トーカの抜刀技はテントの恩恵が無いとLP消費が激しすぎる。ちょっと気を抜けばすぐに気絶する可能性が出てくるのはいただけないなぁ」

「……何が言いたいんですか?」


 むっと眉を寄せ頬を膨らせるトーカ。

 ラクトはそんな彼女に向けて、意気揚々と自身の短弓を掲げた。


「やっぱり何だかんだ言ってわたしが一番護衛役に向いてるってこと! 普段はアーツぶっぱ戦法しかしてないけど、一応〈弓術〉スキルも結構あるんだからね」


 滑らかに語るラクトにレティとトーカは互いに顔を見合わせる。


「まあ見てて頂戴。これから上級者コースで格の違いってやつを見せてあげるからね」


 ふふん、と鼻を鳴らし宣言する。

 そうして彼女はくるりと身を翻し、俺の方へ駆け寄ってきた。


「さあレッジ、出発しよう」

「も、もうちょっと休憩させて……」

「早くしないと日が暮れちゃうよ。あ、でもわたしたちならスムーズに帰ってこれるから時間の余裕はあるかなぁ」


 ちらちらとレティたちの方へ視線を送りながら挑発的な事を言うラクト。

 いつか刺されそうで心配だ。


「まあ、実際問題一番適性があるのはラクトじゃないか? 遠距離攻撃で絶対に先制が取れるし、いざとなったらアーツで押しつぶせるし」

「レッジさんまで言いますか!」

「まあ、事実ですしね」


 トーカはすでに言い返す気力も無いようで、ひらひらと手を振る。

 丁度タイミング良くボロボロだったバギーが新品同様に修理されて戻り、サカオもルートを決めた。


『じゃあレッジ、次はこのルートで頼む』

「はいはい。えっと……ええ、本当にここ通るのか?」


 サカオの提示した地図を見て、思わず確認を取る。

 彼女が選定したルートは、今までとは対照的に自ら悪路や原生生物の溜まり場を狙う厄介な順路だ。


『上級者コースだからな。安心しろ、仮に死んでも特例でペナルティ無しで回収するから』

「大丈夫。レッジはわたしが守るからね!」


 ぽんと胸を叩きラクトが断言する。

 俺は一抹の不安を抱きながら、上級者コースに挑むこととなった。


「準備完了だよ」


 一足先にラクトがバギーの後部座席に乗り込み、弓に矢を番える。

 彼女が普段狩りに使っている矢はアーツの威力増幅効果のある結晶製だが、今回は物理攻撃主体ということで金属矢に切り替えていた。


「さっきサカオの市場マーケットで買ってきたんだよ。金属矢なんて普段使わないからねぇ」


 ラクトは遠足前の子供のように楽しげな表情で腰のベルトに矢を差していく。


「じゃあ、行くぞ」

「おーけー!」


 準備が整ったのを確認して、エンジンを起動する。

 車体が揺れ力が溜まる。


『シャッター開けるぞ』

「ああ。いつでも」


 サカオの合図でシャッターが開き始める。

 最奥の1枚が上がりきった瞬間、俺たちを乗せたバギーは飛ぶように走り出す。


「おおおっ! 結構揺れるね!」

「ちゃんと掴まっとけよ。振り落とされたら結構痛そうだ」


 体重の軽いラクトは後部座席で軽く跳ねる。

 バギーは順調に荒野を進み、最初の難関へ到達する。


「まずは岩場だ。しっかり耐えろ」

「はーいっ」


 彼女が車体を掴んだのを見て、アクセルを踏む。

 バギーは大きな岩が転がる岩場に飛び込み激しく車体を揺らす。

 俺は運転に専念するためシートベルトで身体を固定しているが、護衛役はそれも出来ない。

 見ればラクトは両手でドアにしがみついている。


「大丈夫か?」

「い、いけるいける。楽勝だよ!」


 予想以上の揺れだったのか、若干声の気迫が無くなるが岩場は無事に抜ける。


「ふぅ。余裕だったにゃぷっ!?」

「舌噛んでも知らないぞ」


 額の汗を拭うラクトは揺れる車内で弾む。

 岩場を抜ければすぐに、今度は傾斜を駆け下りるのだ。


「ちゃんと進路を見て、衝撃に備えてくれ」

「わ、分かったよぅ」


 駆け下りた後はすぐに駆け上る。

 時に岩を飛び下り、泥濘みを強引に走り抜け、様々な難所を突破していく。

 その過程でラクトの表情が引き締まり、徐々に眼差しも真剣なものに切り替わっていった。


「ラクト、前方に敵だ」

「ん、確認したよ。石蜥蜴の群れだね」


 現れたのは〈岩蜥蜴の荒野〉にも生息している蜥蜴だ。

 堅い甲殻を持ち、勢いよく突進してくる微妙に厄介な敵である。

 ラクトは前方の群れを見定め後部座席の上に立つ。

 弦を引き絞り、矢の切っ先を向ける。


「『貫通射撃』」


 彼女が解き放った矢は一直線に風を切る。

 そうして、一体の石蜥蜴を容易く貫き後方の別の個体に突き刺さる。


「ぐぅ、2キルできなかったか」

「1匹倒せただけでも凄いと思うがな」


 悔しげに言葉を漏らしながら彼女はすぐさま第二射を放つ。

 その狙いは精密で、遙か遠くの小さな影を次々に吹き飛ばしていく。


「ラクト、随分目が良いんだな」

「ライカンスロープほどじゃないけどね。『鷹の目ホークアイ』っていう自己バフがあるんだよ」

「そういえばルナもそんなの使ってた気がするな」

「〈銃術〉スキルでも同じものを習得できるからね」


 鋭い風切り音が続き、バギーが群れに近付くまでに粗方の石蜥蜴が退けられる。


「『連続射撃』」


 俺の目でもしっかり視認できるほどになった石蜥蜴に向けて、ラクトは複数の矢を向ける。

 三本同時に放たれた矢はそれぞれに意志を持ったかのように別の個体を射貫く。


「やっぱ金属矢は威力が高くて気持ちいいね」

「LPもあんまり減ってないな。まだまだ余裕そうだ」

「その代わり矢自体が結構良いお値段するんだよ。コスパで言ったらアーツが圧倒的だよ」


 瞬く間に石蜥蜴の群れを蹴散らし、俺たちは話しながらコースを進む。

 ラクトが自慢げに語るだけあって、その後もかち合った幾つかの群れも難なく退けていく。

 やはり遠距離攻撃のアドバンテージは随分と大きなものだ。

 バギーが敵の間合いに入るよりも早く先制攻撃によって掃討できるため、車体の傷も驚くほど少ない。

 これで射程が短く威力も控えめな短弓だというのだから、長弓ではどれほどのものなのだろうか。

 そんなことを考えているうちにコースも折り返し、あともう少しでゴールとなる。


「いやあ上級者コースって聞いてたけど楽勝だったね。タイムもかなり早いんじゃない?」


 後部座席に座るラクトは周囲を見渡しながら言う。

 確かに道は荒く運転自体は忙しなかったが、戦闘面で言えば今までで一番穏やかだ。

 しかしそんな状況に反して俺の心中は穏やかではない。

 バックミラー越しにのほほんとドライブを楽しむラクトを見て、覚悟を決めて口を開く。


「あー、ラクト。落ち着いて聞いてくれ」

「どうしたの? 改まって」


 小首を傾げる彼女に向けて、俺は言う。


「この後、レアエネミーの巣に入る」

「……? ええと、レアエネミーの巣って」


 聞き間違えかと思ったのだろう、彼女が苦笑しつつ尋ねてくる。

 俺は深く頷き肯定した。


「〈竜鳴の断崖〉のレアエネミー、“塵嵐のアルドベスト”だ」

「普通にボスクラスじゃないの! なんで態々そんな危険域に――」

「上級者コースだからだよ!」

「サカオは馬鹿なの!?」


 しかし決められたルートは走らねばならない。

 サカオがルートを提示した際のラクトの反応が気になったが、やはりしっかりと確認してなかったのだろう。


「おかしいよ! こんなの絶対おかしいよ!」

「上級者コースだからな! 頭がおかしい奴向けのコースなんだよ!」

「わたし弓だよ!? 短弓だよ!? そんでもって実質ソロなんだよ!? それで討伐しろって言うのが無理じゃない!?」

「俺も頑張るから、一緒に死のう」

「死に戻り前提じゃないかぁぁあああ!」


 ラクトの絶叫が荒野に響き渡る。

 しかしアクセルは緩められない。

 小石を蹴り上げ、エンジンを唸らせながら、小さなバギーは死地に向かって走り続けた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇蒼月の晶弓

 蒼い月を象った神秘的な短弓。アーツの威力を増幅させる結晶を用いて作られており、持つだけで使用者の八尺瓊勾玉を奮わせる。一般的な弓に比べ、射程は短く威力も低いが、十分に実用可能。

 アーツジェムが3つ内蔵されている。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る