第307話「流星は風を斬る」

 悲鳴を上げるラクトを乗せて、バギーは躊躇うことなく荒野を走る。

 石を蹴り上げ岩に乗り上げ車体を激しく弾ませながら。


「いやぁだぁああああっ! 頭おかしいよ! サカオまでレッジみたいに常識捨てちゃ駄目でしょ!」

「色々言いたいことはあるがとりあえず諦めろ。そろそろ見えてくるぞ」


 エンジンが過熱し白い煙を上げる。

 トップスピードで進む車体の前方に、黒ずんだ影が現れた。

 バギーは瞬く間に接近し、影が暴風に渦巻く砂嵐であることが俺の目でも視認できるほどになる。


「あれが断崖のレアエネミー、“塵嵐のアルドベスト”の巣だな」

「ああ……、もうこうなったら自棄だよ!」


 フィールド全域に渡って徘徊していることが多いレアエネミーとしては珍しく、今回の対象はある決まった地点に居を構えている。

 そのため今回のコース選択で組み込まれてしまったわけだが、普段はよほどのことが無い限り避けて通る方が正しい。

 アルドベストの巣は絶えず吹き荒れる砂嵐であり、彼は巣に迷い込んだ獲物をじっと待ち構えているのだ。


「砂嵐に突っ込むぞ。ちゃんと車に掴まって目ぇ閉じとけよ!」

「うわあああん!」


 バギーが大きな岩の上から飛び出し、そのまま勢いを乗せて砂嵐の中に突入する。

 途端に弾丸のような砂粒が頬を突き刺し砂塵が視界を妨害する。

 ダメージは無いが全身を針で突かれたような鋭い痛みはそれだけで集中力を大いに削いでくる。


「いたぞ、アルドベストだ!」

「か、確認したよ!」


 薄く目を開けて砂嵐の中心に立つ影を捉える。

 それは茶褐色の鱗で全身を覆い、長い尻尾で自身を囲んでいた。

 8つの瞳が砂塵の中で煌々と光り輝き、巣に立ち入った獲物を見付けて長い舌を垂らす。

 背中から生えた六枚の翼が大きく広がり一際強大な風が吹き乱れた。


「どう考えてもドラゴンだよねぇ!」

「系譜的には蜥蜴らしい。〈岩蜥蜴の荒野〉のディードと種族的に近いらしいぞ」


 バギーの出力では風に逆らって進むこともままならない。

 絶え間なく吹きすさぶ嵐に背を預け、俺はぐるぐるとアルドベストの周囲を回る。


「ラクト、気をつけろ。攻撃が来るぞ」

「えっ? わびゃっ!?」


 砂嵐の中心から頭ほどもある岩が放たれる。

 慌てて屈んで避けたラクトは、涙目で悲鳴を上げた。


「なんなのあれ!?」

「アルドベストの攻撃手段の1つだな。中遠距離にいると口から岩の弾丸を飛ばしてくる。避けないと痛いぞ」

「絶対痛いどころの騒ぎじゃないよ!」


 防御力をある程度積んでいるレティたち前衛組と比べ、直接攻撃を受ける機会が少ないラクトは装備もアーツ補正値に重点を置いている。

 確かに彼女がもろに攻撃を受ければ、その時点で脱落してしまう可能性もあった。


「攻撃は操車で極力避ける。ラクトは攻撃に専念してくれ」

「うぐぐ、分かったよ」


 短い間隔で飛んでくる岩は、バギーを動かすことで回避する。

 俺が場を持たせている間にラクトに倒して貰うという算段だ。


「『鷹の目ホークアイ』『澄んだ視界クリアーサイト』」


 ラクトは〈弓術〉スキルのテクニックで自身の視界を強化して、鮮やかな赤の金属矢を弓に番える。


「――『皮縫い』」


 弦が震え、矢が放たれる。

 鋭い鏃は風を切り裂き、横風に流れ大きく湾曲しながらもアルドベストの翼を射貫く。


「『三連射』」


 間髪入れずラクトは新たな矢を放つ。

 それらも吸い込まれるように、彼女が思った場所へと飛び込んだ。


「動き止めたよ」

「助かる!」


 四本の矢はアルドベストの薄い皮膜を突き破り荒野に突き刺さる。

 杭によって大地に固定された竜は悔しげに咆哮を上げ、狙いの甘い岩の弾丸を四方八方に撃ち出す。

 俺はアクセルとブレーキ、ハンドルを全て駆使し必死の思いでそれを避ける。

 1つでも車体に激突すれば、その瞬間死に限りなく近付いてしまうのだ。


「『目抜き』」


 ラクトが新たな矢を放つ。

 回転しながら飛び出した矢はアルドベストの黄色い目に深々と突き刺さる。


「8つも目があると潰すのも一苦労だね」

「けどそこ以外に狙える場所もないんじゃないか?」

「お腹とかはまだ鱗も薄そうだけど、どうだろね」


 会話の最中、車体が縦横に激しく動き回る上でなお、ラクトは瞬時に狙いを定め的確に矢を放つ。

 連射系のテクニックはLPを節約するためか使っておらず、素早い矢継ぎは彼女が元々持つ素養らしい。


「ラクト、弓でも普通に戦えるんだな」

「ほんとに言ってる!? めちゃくちゃギリギリなんだけど!」


 素人目には見事な弓射に見えるのだが、本人は納得いっていないらしい。

 確かに数度に一度はアルドベストの硬い鱗や風に阻まれ突き刺さらないが、それでも本体に当てることには成功しているのだ。


「短弓だと威力があんまりでないからね。かなり射ってるけど思った以上に削れてないよ」

「アーツを使ったら倒せるか?」

「テントがあれば倒せるけど、今はLPが全然足りないよ」


 ラクトは悔しげに唇を噛む。

 しかしボスにも匹敵するレアエネミーに対してこれだけ戦えているという事実が既に常軌を逸している。


「ラクト、今回は別にアルドベストを倒す必要はない」

「そうなの!? 聞いてないんだけど!」

「あくまで巣がチェックポイントになってるだけだ。そんでもって今のままじゃ砂嵐が強すぎて外に脱出できない」

「それはもう殆ど倒す必要あるのと同義では?」

「弱らせるだけでいいってことだ。あくまでこれは速度を競うレースであって、戦果を競うバトルじゃない」


 ハンドルを大きく切り、砲弾のような岩を避ける。

 大きく傾いた車体から飛び出し掛けたラクトの手を掴み引き戻す。


「この砂嵐の根源は奴の六枚羽だ。あれの動きを全部止めれば風は弱まる」

「……なるほど。分かった、やってみるよ」


 ラクトは真剣な眼差しで頷く。

 そうして彼女はインベントリから、輝く結晶の矢を取り出した。


「とっておきの5級虹結晶製だよ。今からコレで、アイツの翼を止める」

「分かった。位置はどうする」

「真正面。翼が三枚ずつ重なる位置が良いけど……」


 ちらりとアルドベストを見る。

 彼の大きな翼は高い位置にあり、それを狙って貫通させるには地上からでは角度が付きすぎる。


「――分かった。しっかり掴まってろよ」


 しかし俺はしっかりと頷き、きつくハンドルを握りしめる。

 スピードを上げ、すり鉢状に抉れた地面をトップスピードで駆け上る。

 螺旋を描き、絶え間なく撃ち出される岩石を避け、一点を目指して車輪を回す。


「く、ぐっ」


 岩が降り注ぎ砂が波打つ。

 車輪が空転しもろとも横倒しになるのを寸前で押し止めながら坂を斜めに駆け上る。


「うぉぉぉおっ! らぁぁあっ!」


 ガッガッと岩を蹴り、バギーが空中へ飛翔する。


「ラクト、後ろだ!」

「うんっ!」


 砂嵐の壁を滑り上がる。

 宙返る車内から、ラクトは虹色に輝く結晶の矢を引き絞る。


「――『流星』『貫く凍結の二叉矢』」


 彼女の指が離される。

 弦が風を震わせる。

 放たれた矢は軌道を2つに分け、大きく掲げられた三対の翼の根元を貫く。

 その傷口から白い氷が広がり、強靱な翼を一瞬阻害する。


「レッジ!」

「任せろ!」


 車体の安定を取りながら着地する。

 すり鉢状の地面を駆け下り、怯むアルドベストの股の間をくぐり抜けて対岸へ渡る。


「登るぞ!」


 砂を掻きバギーが坂を登攀する。

 嵐は僅かながら弱まった。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。


「っらぁあああ!」


 太いタイヤが巣の縁を捉える。

 鋼鉄の車体を大きく揺らし、バギーは空中に躍り出る。


「逃げるぞ! ラストスパートだ!」

「ひゃっほう!」


 バギーの後部が抜け出した瞬間、砂嵐が唸り勢いを取り戻す。

 間一髪の所で脱出できた俺たちはその勢いのままサカオで待つレティたちのもとへと帰還した。





「ぐぅ、つ、疲れた……」

「もう腕が動かないよ」


 サカオ防御壁内の倉庫。

 無事にゴールを果たした俺たちは、バギーから転がり出ると椅子にぐったりと背中を預けた。


「お疲れ様です。激闘だったみたいですね」

「ほんとだよ。まさかレアエネミーの巣に突っ込むなんて……」


 労うレティにラクトは水を飲みながら頷く。

 アルドベストの巣は一度入ると抜け出すのが難しい。

 彼女の正確な射撃と強力な凍結アーツが無ければ、今頃二人揃って回収されていたことだろう。


『いやぁ、まさか上級者コースもクリアできるなんてな』


 カラカラと笑いながら言うのは、コースを選定した張本人のサカオである。


「死に戻り前提だったのか」

『当然。上級者コースなんてそうそうクリアされても困るだろう』


 何故か自慢げに言い張る彼女に俺は怒ることもできず呆れる。

 今回俺たちがクリアできたのは、単にラクトのスキルが噛み合っていたからだ。


『けどまあ、これくらいの難易度なら十分だろ。こっから多少微調整はするが、それはあたしの仕事だ。今日はありがとうな』


 コース試走の結果を分析し、満足した顔でサカオが言う。

 もう何周かする必要があるかとも考えていたが、流石は高性能演算装置というべきか、殆ど確定だったコースを今回の確認で確定したようだ。


「ということはこれでお仕事終わりですか」

『ああ。レティたちも凄く助かったぞ』

「そうですか。ではサカオで何か食べてからワダツミに戻りましょうかね」

「いいねぇ。サカオでカレーが美味しいお店が――」


 空気が弛緩し、レティたちが帰宅モードに入る。

 大きく背中を伸ばし談笑しつつ町側の出入り口に向かう三人に、突然声が掛けられた。


「ちょっと待って、三人とも」

「どうしたんですか?」

「エイミー?」


 声を掛けたのは、今回の検証を見守ってくれていたエイミーだった。

 彼女は妙にニコニコとした顔のまま俺の背後に立ち、肩を掴む。


「え、エイミー?」

「ねえサカオ、もう一周くらいできないかしら」

『うん? まあ、別に良いし、あたしとしても助かるが――』


 サカオが言い終わらないうちにエイミーは俺を自身の前へ引き寄せる。


「それじゃあ私もやってみたいわ。レッジ、運転手お願いしても良いかしら?」

「エイミー、もしかして……」

「三人の見てたら私も走りたくなっちゃった」


 僅かに舌を出して片目をつぶるエイミー。

 珍しく茶目っ気を出す彼女に、白鹿庵の全員が唖然として視線を送る。


「さあ行きましょ、レッジ」

「あ、ああ……」

「ちょ、レッジさん!? エイミー!?」


 レティたちが駆け寄ってくるが、それよりも早くあれよあれよという間に俺は運転席に乗せられる。

 彼女はゴーレムだから力強いとはいえ軽々と持ち上げられると少し驚いてしまう。


「さあ、行きましょ。ちょっと試してみたいことがあるのよねぇ」

「分かった。じゃあ、サカオ」

『はいよ。楽しんで行ってこい』


 ここまでされれば俺も断れない。

 サカオもノリノリでシャッターを上げ始める。


「レッジさん!?」

「エイミー、ちょっとズルくない!?」

「この中で一番射程が短いのに無謀では!」

『はいはいお三方、危ないから下がってねー』


 手を伸ばすレティたちをサカオが押し止める。


「じゃあいくぞ」

「ええ、張り切って参りましょう」


 アクセルを踏む。

 気筒が揺れ、エンジンが唸る。

 そうして俺は四度目の出撃を果たすのだった。


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Tips

◇塵嵐のアルドベスト

 〈鳴竜の断崖〉で巣を構える六枚の翼と八つの眼を持つ巨大な蜥蜴型の原生生物。強靱な筋肉を纏う六枚の翼で風を巻き起こし、周囲の砂や岩石を巻き込んで砂嵐を形成する。

 普段は砂嵐の中でじっと動かず、獲物が迷い込むのを待っている。

 肺活量も強大で、口に入れた巨岩を圧縮した空気によって砲弾のように飛ばし攻撃することもできる。


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