第284話「別荘を求めて」

 概ね成功に終わった“水鏡”の初陣を記したブログ記事を更新してから数日後、ワダツミ港湾地区の埠頭から見える近海の様子には少し変化が現れていた。


「あれが簡易版“水鏡”ですか」

「ああ。正式名称“無動力中空軽量浮揚筐体”通称“木偶のボート”――クロウリ指揮の下で開発されて、つい先日市場にも出回るようになった正式採用版だ」


 レティの視線の先にあるのは白鉄鉱製の船だ。

 船といっても動力はなく“水鏡”と同じく攻性機術師の『水流操作』によって動く、ただの水に浮かぶ筐体なのだが。

 本来の“水鏡”であれば最低でも〈野営〉〈攻性アーツ〉〈防御アーツ〉を持つ三人の人員が必要なところ、“浮かんだものを動かす”というところだけに注目して〈攻性アーツ〉を持った一人がいれば運用可能なまでに簡素化した代物である。


「生産バンドの船舶開発でネックになっていたのが動力源だったからな。そこに動力を機術師で補うっていう“水鏡”の発想を取り込んだのがアレだ。

 テントがないから機術師にはかなり負担が掛かってラクトみたいに攻撃できなくなるが、そこは他の人員でカバーするんだとさ」

「若干闇を感じるシステムですよねぇ。攻撃リソースとして重要な機術師を一人、ただのエンジンにするんですから」

「まあコスパを考えたら、本物の船より圧倒的に安いからなぁ」


 船管からのレンタルでもかなりの費用が掛かる本物の船舶と比べ、こちらは金属筐体と機術師一人用意するだけで良い。

 金属筐体はあくまでもアイテムであるため、インベントリやストレージに入れてしまえば保管場所を考える必要もない。

 しかも高レベルの機術師ならば源石によってLP回復速度をかなり強化しているため、それが純粋な航続能力に反映される。

 なんならアンプルや料理といった回復手段も豊富で、消費するのはLPと触媒のナノマシンだけなので、ランニングコストも低い。

 あくまでこれら全ては、動力源に徹することになる機術師の心情を考慮しないなら、という前提の下の話なのだが。


「アストラなんかは専用の人員を用意して、“水鏡”よりも大規模な大型艦船を運用する計画も考えてるらしいぞ」

「相変わらず騎士団はスケール感が桁違いですね……」


 ともあれ、クロウリたちの“木偶のボート”の流通と、アストラによる動員によって現在『水流操作』のアーツチップはかなり需要過多になっているらしい。

 なんでもチップ入手任務の遂行には高レベルの水属性アーツか〈水泳〉スキルが必要になるとかで、河童界隈も賑わっているという話だ。


「それでレッジさん、今日はどうするんですか?」


 なるほど、と口の中で呟いた後、レティが埠頭の先から振り返って首を傾げる。


「今はラクトもエイミーも、ミカゲとトーカもいないからなあ。そもそも海に出られないな……」


 周囲を見渡し、いつもの面々がいないことを確認する。

 今日は四人ともリアルが忙しいようで、ログインしているのは俺とレティの二人だけだった。


「ふふふ……。それならレッジさん、たまにはレティとデ、町歩きでも――」

「そこで考えたんだが、前々からやりたいことがあってだな」


 レティが何か言い掛けると同時に俺も口を開く。


「レティも何かしたいことがあったのか?」

「……いえ、レッジさんがしたいことでいいですよ」


 どこか苦渋の顔で促すレティ。

 彼女の言葉の内容も気になったが、今回はそれに甘えて今日したいと考えていたことを話す。


「つい最近、ワダツミに別荘地ができたらしいんだ」

「別荘地ですか? 海辺のコテージ的な」

「ああ。現状、高地の上との行き来は土蜘蛛ロープウェイかクロウリたちの航空機しかないだろう? それでなかなか高地のガレージに帰らないバンドが多いってことで、ワダツミの外れにガレージの代わりになる別荘地が作られたらしい」


 スサノオやウェイドのある〈オノコロ高地〉とワダツミを繋ぐ交通手段は二つ。

 一つは第三回イベントで整備した土蜘蛛を使ったロープウェイで、こちらは無料で素早く移動できるが定員がある。

 もう一つは生産バンドによって運営されている大型輸送航空機に乗って送って貰う方法だが、こちらは多少の利用料金が掛かり、定期運行のため時間を選ぶ。

 どちらも高地上の移動手段であるヤタガラスの利便性には及ばないのが現状だった。


「なるほど、ワダツミはなかなかの景勝地ですし、高地に本拠地を構えていてもこの町で過ごしたい人は多そうですしね」


 加えて、レティの言うようにワダツミは風光明媚な土地である。

 ユニークショップも多く、本拠地は高地の上にあるのに久しく戻っていないというプレイヤーはかなり多い。


「現に俺たちも最近は全然ウェイドに帰ってないからな」


 思い返してみれば、ワダツミのシード投下以来今まで一度もウェイドの白鹿庵に戻っていない。

 となれば一人の少女の存在が気がかりだった。


「実はな、別荘を手に入れればそこにメイドロイドも連れて行けるらしいんだ」


 その言葉にレティがピクリと耳を上げる。


「ウェイドの建物はカミルに任せきりでしたもんね。彼女にもこの海を見てもらいたいです」

「そういうことだ。協力してくれるか?」

「もちろんです!」


 別荘というのは、離れた町にガレージを持つバンドがわざわざ移動しなくてもガレージ機能を使えるサブ拠点としてとても便利な代物だ。

 しかしそれとは別に、俺たちの間には別の目的もあった。

 あの素直ではないが働き者の少女にこの綺麗な景色を見せた時、どのような反応をするのか楽しみだ。


「それで、別荘というのはどうやって入手するんですか? やはりお金ですか」

「基本的に贅沢品だからな。金も大量に必要だが、いくつかの任務をこなす必要があるらしい」


 別荘の獲得には、まず土地の権利書を入手し、都市機能使用許可を得て、土地に建物を立てる、という三つの段階を経る必要があるらしい。

 別荘システム実装からさほど時間も経っていないというのに、分かりやすくチャートの書かれたサイトがあったのでそれを参考にすることになる。


「まずは土地権利書の獲得任務からですね。早速中央制御塔に向かいましょう」


 サイトを確認したレティが元気よく手を挙げ、足を進める。

 俺もそれに続き、共にワダツミ中央制御区域へと向かった。





『ワオ。奇遇ですね、レッジ』

「……どうして貴女がこんなところにいるんですか。ワダツミさん」


 任務は通常、制御塔一階ロビーに並んだ端末から受注する。

 そのため俺たちはいつものように端末に向かい、ターミナル画面を開いたのだが――


『暇ができたので少ししていただけです。まさかレッジと出会うとは予想外でした』


 見慣れた端末の画面内に、青髪を揺らすワダツミの姿があった。

 彼女はいつもの澄ました顔で俺たちを見て、そんなことを言う。


「端末内を散歩するってどういうことですか。ていうか暇もなにも貴女のそれは処理領域を割いてるだけでしょうに」

『ジョーク。ちょっとお茶目な冗談です』

「またコンピュータらしくないことを……」


 何故か端末を開いた俺をそっちのけに、レティとワダツミは仲睦まじげに話し込む。

 とりあえずちょっと画面端に寄ってくれないと任務が受注できないのだが……。


『クエスチョン。今日はどんなご用件でしょうか』

「別荘が欲しくてな。まずは土地権利書の任務を受けようと思って来たところだ」

『なるほど。では区画管理領域に接続――』

「なにをしようとしてるんですか!」


 真剣な顔になるワダツミと突然謎の電子的な羅列が流れる画面に、慌ててレティが制止する。

 彼女の声にワダツミはきょとんとした表情で小首を傾げた。


『ワッツ? 何って、区画管理領域を操作してレッジ名義の土地を確保しようとしただけですが』

「バリバリ不正操作じゃないですか! それこそ完全完璧に権利の私的利用ですよ!」

『チッ』

「なんで舌打ちしたんですか!?」

『……AIジョークです。本当にやるとそれこそウェイドたちに怒られるので』


 半分本気みたいな雰囲気だったが、小粋なAIジョークだったらしい。

 流石にそれは俺としても勘弁していただきたい。

 何の苦労もなく手に入れた別荘に、胸を張ってカミルを案内できる自信はない。


『バット。ですが、暇なのは事実なのでワタクシもレッジさんたちに同行してもよろしいでしょうか?』

「あ、貴女は何を! せっかくのデ、二人行動なのに、ダメに決まって――」

「別に良いぞ。賑やかな方がレティもいいだろ」

「ぐにぎぎぎぎぎぎ……」


 特に断る理由もないので了承すると、レティが何故か物凄く歯を食いしばって俺を見る。


「もしかしてウェイドたちも一緒が良かったのか?」

『ソーリー。恐らくウェイドたちは忙しい筈だと推測される可能性がありますので、ワタクシは純然たる善意から呼びかけないことにします。レッジとワタクシとレティで行動しましょう』

「ぐににに……。もういいですよ、三人の方が楽しいですもんね!」


 結局彼女が何を言いたいのかはよく分からなかったが、ワダツミも加わることと相成った。

 土地権利書の入手に必要な任務【地下トンネル美化計画】を受注して待っていると、実物のワダツミがエレベーターから降りてやってきた。


「その機体、制御塔に置いてるのか」

『イエス。管理者権限で色々と強化を施した特別製になりましたので。武力行使などはできませんが、耐久性は貴方たちよりも遙かに上ですよ。

 ワタクシも日々進化している、ということです』


 むふん、とフリルで飾られたワンピースの胸を張りながらワダツミが言う。

 外見上は前に見たときとそう変わらないが、構成している材質がかなり上等なものになっているらしい。

 一応、管理者という立場上末端の機体であろうとみすみす破壊されるわけにもいかないのだろう。


「はぁ……。では早速任務を始めましょうか。えっと、場所は――」

『フム。ワダツミワタクシの地下、トンネル内部の清掃任務のようですね』

「なるほど。トンネルに続く扉がいくつか開くようになってるらしい。戦闘もあるようだし、しっかり準備して出発しよう」


 【地下トンネル美化計画】という任務は、普段〈解錠〉スキルなどを用いなければ立ち入ることができない町の地下施設で何かをするという内容だった。

 備考欄には推奨戦闘スキルレベルの表記もあったため、俺たちは端末でアイテム整理をして準備を整える。


「では、行きましょう」

『オー!』


 なんだかんだ息の合ったレティとワダツミを先頭に、俺たちは早速トンネルを目指して制御塔の外に出た。


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Tips

◇無動力中空軽量浮揚筐体

 内部に空間のある簡素な金属筐体。船のような形をしているが動力はなく、水に浮かぶだけの代物。軽量な白鉄鉱を使っており、一定の耐久性も確保されている。


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