第193話「暴かれたヴェール」
「八切り、十捨て、七渡しからのハートの2だ」
「はあああっ!? 卑怯でしょ、これは卑怯でしょ!」
「ちゃんとローカルルールとかも確認してただろ。合法だよ」
「いーや、これは非人道的だね! ていうかなんか仕込んでたでしょ!」
「自動シャッフル機能付きトランプだろうが。ていうか騎士団の備品だぞ」
「ぐぬぅぅぅ、納得いかないぃぃぃ!!」
頭を抱えて背後に敷いたクッションへ倒れ込むニルマ。
データの解読を終え、目当ての情報から必要な機能を逆算し仕様書に纏め、製造班に投げた後、俺とニルマは騎士団の休憩室を貸し切って休息を摂っていた。
頭を動かしすぎたせいなのか三周ほど回って逆に目が冴え落ち着かなくて、休憩室に置いてあったトランプでゲームに興じていたのだ。
ちなみにニルマは恐ろしく弱い。
むしろそういう才能なのではと思った。
俺は黄色いコーヒーの缶を傾けながら、ぐったりと倒れる少年を見下ろす。
「……そのコーヒー、10割砂糖とか言われてるやつじゃないの? よく飲めるよね」
「飲んだ感じだと12割砂糖だな。まあカフェイン入ってたらなんだって飲むさ」
妖怪でも見るような目線を送ってくるニルマだが、彼の側にはエナドリの目に優しくない色彩をした缶が山のように転がっている。
「お互い、生活習慣病には気をつけようね」
「ニルマが言うとなんか奇妙な感じがするな」
「こんな
「道理で気が合うと思ったさ」
コンソールウィンドウを操作して、床に積み重なったトランプを消去する。
こういう手間が無くて良いのは仮想現実の特権だ。
「さて次は何やるか――」
自動で宙に浮き高速で切られるトランプを眺めつつ次のゲームを考えていると、おもむろに休憩室のドアがノックされた。
「入って良いよ」
ニルマが立ち上がり、周囲に散乱したエナドリの空き缶を消去する。
その後すぐにドアがゆっくりと開き、奥から四つの頭がひょっこりと現れた。
「君たちは、組合の技師だっけ?」
「はい。頼まれてたブツができたんで、持ってきました」
四人組のうち、一際大きいゴーレムの男性が来訪の理由を伝える。
彼が敷居を跨いで入室すると、その影に隠れるようにして残りの三人も後に続いた。
「おつかれさん。結構無茶なことも書いたと思うんだが、よくやってくれたな」
「いやぁ、俺たちはそれのためにここに来てるんで。むしろやり甲斐があって今までで一番楽しかったっすよ」
「それならいいが。そうだ、デラックスコーヒー飲むか?」
「うっ、それめちゃくちゃ甘い奴じゃ……。遠慮しときます」
買い溜めてあったコーヒーを薦めるも拒否される。
割と美味しいんだが……。
「それよりも製品でしょ。今見せて貰っても?」
「ええ、それはもちろん」
ニルマが急かし、ゴーレム君がテーブルにそれを置く。
「ご要望の、フィルタリングブロックフィルターと実数値観測機です」
依頼していたものは二つ。
一つは、薄く青色の乗ったレンズの嵌まった片眼鏡のようなもの。
もう一つは、肩に担ぐような大きさの重量感溢れるカメラだ。
「これがレッジのオーダーしたアイテム?」
仕様書の内容も見ていなかったらしいニルマが二つを見比べながら言う。
「ああ。祠を見付けるためのアプローチは二つあるからな。その二つの機能を持ったアイテムをそれぞれ作って貰ったんだ」
「フィルタリングブロックフィルターは機械眼に接続して、その機能を一部制限する眼鏡よ。画像処理系統の機能を使えなくしてしまうの」
「実数値観測機は機械眼に頼らない、えっと白月だったか、ミストホーンの目の構造を模倣したアイテムだ。機械眼の改変を回避できるデータ形式に映像を加工するんだ」
二つのアイテムのそれぞれの製造を率いたのだろうか、犬型ライカンスロープの女性とヒューマノイドの男性が説明を引き継ぐ。
「二つのうちどっちかを使えば祠を見付けられる算段になってるが、まあ念には念をってことだな。そういうわけでだ、ニルマ」
「ん? なに?」
「早速実地検証だ」
「……まあそうなるよね」
機材を担いでウキウキとしている製造班の四人を眺め、ニルマは脱力する。
今回のアイテムはどちらも前代未聞の代物、誰も作ったことも使ったこともない機能を搭載した特別なものだ。
それの開発者となれば、実際に動くところを見たいというものだろう。
「じゃあお試しに……〈角馬の丘陵〉でも行こうか」
†
黄金が風になびく草原を、銀に輝く四頭立ての戦馬車が縦に裂く。
大地を揺らすような蹄の力強い音は小気味良く続き、それに引かれる車体は滑るように片ほども揺れない。
「なんか、また馬車の乗り心地が良くなったか?」
「
御者台から振り向きながらニルマが言う。
俺と機材を抱える製造班の五人を乗せて、彼の戦馬車は風のように縦断していた。
「よし、この辺で止めてくれ」
「はいはーい」
手を上げると、それを合図に戦馬車がゆっくりと速度を落とす。
完全に止まったところで荷台から飛び下り、そこに三脚を立てた。
「よし、じゃあ設置するか」
「ああ、任せてくれ」
三脚の雲台に実数値観測機が乗せられ、ネジで固定される。
見れば見るほどテレビスタジオなんかで使われるようなゴツいビデオカメラのような風貌だ。
「バッテリー接続オーケー」
「保存用データカートリッジ挿入確認したわ」
「よぅし、電源入れるぜ」
製造班の四人は慣れた様子で機材を組み立て、電源を入れる。
インジゲーターが点灯し、無事に起動したことを知らせる。
「映像取り込み問題なし」
指揮を執るのはゴーレムの男性、オーム。
四人の中で一番〈機械作製〉スキルが高いらしい。
「画像防護処理始め」
ヒューマノイドの男性の名前はボルト。
電子回路の製作など、細かい作業を得意とする。
「今のところ順調ね」
犬型ライカンスロープの女性はコイル。
基礎設計や外装などを担当しているとか。
「だ、大丈夫でしょうか……。お二人は少し離れていて下さいね」
三人を少し引いたところから見ているのは、オームと同じゴーレムの女性、デシベル。
彼女は三人の後輩にあたり、今はまだ見習いだと言っていた。
しかし独創的な発想力の持ち主で、今回の二つのアイテムにもいくつか彼女のアイディアが使われているのだとか。
「レッジ、いつの間に四人と仲良くなったの」
「移動中軽く話してたからな」
「僕が御者やってる間に……」
準備を進める四人を眺めながら、そんな言葉を交わす。
「工業系の大学の同じサークルらしい。リア友ってやつだな」
「なるほどね。道理で仲が良いわけだ」
そうこうしているうちに作業が終わる。
実数値観測機のスロットに嵌まっていたカートリッジをオームが取り、戦馬車の荷台に置いたモニターに接続する。
「これで、映像が出るはずっす」
そんなオームの言葉通り、バチバチと多少の乱れを出しつつも、モニターに広大な草原が表示される。
「おお! ……おお? なんか、そんなに変わんない?」
「うっすらと靄が掛かってるか? これは視界明瞭化処理がされてないからだな」
「とりあえず祠は見つかんないっすね」
「ん-、いや、ちょっと待てよ……」
落胆するオームを静止して、食い入るように画面を見る。
草原を覆う草と地平線の間際、光が滲む僅かな影の中に、ぽつりと黒い物が……。
「ニルマ、こっちの方角になんか見えるか?」
「原生生物以外は何も。平穏な草原だね」
「よしよし、じゃあこいつは隠されてた祠みたいだな」
モニター上に指を置く。
その影は、俺たちの眼では見えない隠された存在――“朽ちた祠”だった。
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