第184話「有刺鉄線」

「なんだあの数!? 群れなんてレベルじゃないぞ!」

「分かりませんが、レティはああいうの苦手ですよ!」


 シャッターを切りながらファインダー越しに見える光景に驚きを隠せない。

 複雑に組み上げられた水路の影という影から白い皮膜を広げた大きな蝙蝠が牙を向いて声を上げている。

 もはや音の洪水となって俺たちを包むそれは、女の泣き叫ぶ声に似ていて恐ろしい。


「――来るわよ!」


 エイミーが深く腰を沈ませる。

 それと同時に、水路の縁に立っていた蝙蝠たちが一斉に羽ばたき殺到した。


「『取り囲む氷の壁エンクローズ・アイスウォール』!」


 ラクトのアーツによって俺の周囲に氷の壁が立ち上がる。

 彼女はちらりと俺を見て口角を上げた。


「レッジはそこで休んでて。わたしたちがなんとかするから」

「ああ――任せたぞ」


 その言葉に彼女は頷き、短弓を構える。


「ああっ! ラクトがなんか良い感じになってませんか!? レティだって頑張りますからね!」


 何故かラクトに対抗心を燃やすレティも鎚を構える。

 アイがレイピアを引き抜き、クリスティーナが槍を構える。

 数秒後、蝙蝠たちの第一波がエイミーの拳と激突した。


「『破衝拳』ッ!」


 真正面から蝙蝠の顔面を殴りつけたエイミーの赤い双盾。

 獣のような顔を凹ませてなお勢いはとどまらず、衝撃は波となって広がる。

 後続の蝙蝠たちもひとまとめにして扇状範囲を一掃する。


「おおおおっ! 『フルスイング』!」


 衝撃波を逃れた蝙蝠を的確に狙った鋭い振りが放たれる。

 高く仰角に打ち返された蝙蝠は空中で体力を全損させて弾ける。


「一匹一匹の体力はそこまで多くないわね。むしろ少なすぎて手応えがないくらい」

「でもこの小ささと飛行能力は苦手です。レティ、範囲テクあんまりもってないんですよ」


 グニグニと拳を握り直しながら敵を吟味するエイミーに、レティは眉を八の字に曲げて率直な感想を漏らす。

 レティは一対一の純粋なボス戦で生きる構成であるからか、今回はあまり気が乗っていないようだ。


「弱くて数が多いんだね。それなら――『氷刃の驟雨アイスエッジ・スコール』」


 ラクトが生成した雨雲から、鋭く尖った氷の雨が降り注ぐ。

 それは脇目も振らず接近する一群を容赦なく襲い地に落とす。


「うん。わたしは割と好きだよ、こういう敵」

「ラクトは楽ですもんね。特に狙いを付けなくてもいいですし」

「ふふん。何事も適材適所ってやつだよー」


 羨ましげな視線を向けるレティを氷の壁アイスウォールの上から見下ろすラクト。

 〈攻性アーツ〉というスキルはコストが重い代わりに、様々な状況に対応できる適応力が売りだから当然ではあるのだが。


「っと、そうだ。ラクト、この壁もう少し広げて貰えないか?」

「うえ? どういうこと?」


 俺の言葉に振り返り、ラクトが首を傾げる。


「ずっと氷の壁を出してるのも消耗するだろ。それなら俺が小屋を立てるから、その時間だけ稼いでくれ」

「なるほど。分かったよ」


 彼女は頷き、アーツを準備する。

 俺もインベントリからテントセットと建材を取り出して準備を進める。


「アイ、クリスティーナ。とりあえず小屋ができるまで持ち堪えてくれ」

「分かりました」

「お任せ下さい」


 レティたちとは反対の方角で蝙蝠を打ち落としていた二人も頷く。

 氷の壁が崩れ、一回り広い土地を確保して新たに立てられる。

 その中で俺は小屋を準備していく。

 一代目の要塞と比べれば短時間で展開できるとはいえ、そもそもキャンプは戦闘中に組み立てることを想定していない。

 平時であればすぐだが、戦闘中の数分というのはかなり負担がキツいはずだ。


「うぬぬぬ、レティも空中範囲技が欲しいです!」

「咬砕流にそういうのないの?」

「まだ二の技までしか覚えてないんですよぅ」


 レティとエイミーは二人一組となってお互いの隙間を埋めている。

 しかし一応は範囲技を持っていてある程度纏めて打ち落とせるエイミーとは異なって、レティは中々苦労しているらしい。


「あははっ! みんな凍って落ちちゃえば良いんだよ! あはっ、あはははっ!」


 そんな彼女とは対照的なのが壁の上に陣取るラクトである。

 彼女は雑にアーツを放つだけでもごっそりと倒せる蝙蝠に快感を覚えているのか、多少テンションがおかしくなっている。

 LP管理も雑になっているようだし、早く小屋を完成させなければ。


「『駆け巡る衝動トップラン・インパルス』、『貫く刃ピアース・ブレード』――『三連刺しトリプルスタブ』!」

「『標的固定ロックターゲット』『乱牙』」


 鋭利な針のようなレイピアが、肉厚な刃を持った槍が、迫り来る白い蝙蝠たちを切り伏せる。

 流石は攻略組の副団長と精鋭というだけあって、華麗な連携は感動すら覚えるほどに美しい。

 アイはレイピアと〈支援アーツ〉を織り交ぜた、〈機術剣士アーツフェンサー〉系の構成をしていた。

 自身とクリスティーナにきめ細やかなバフを掛けつつ、迅速な一点突破を重ねることで擬似的に面の攻撃をこなしている。

 対するクリスティーナは〈鑑定〉スキルの『生物鑑定』系の派生テクニックである『標的固定』を巧みに活用しながらの戦闘を展開していた。

 レティから聞いた話だと、『標的固定』を使えば特定の敵を目標に設定し、それを攻撃した際にダメージボーナスが入るらしい。

 クリスティーナはそれをこまめに掛け直し、槍を乱れ突く連打系のテクニックを範囲攻撃テクニックに転化させていた。


「二人とも、凄まじいな……」


 アイの〈剣術〉もクリスティーナの〈槍術〉も、範囲攻撃系のテクニックが乏しいにも関わらず己の技量によって夥しい数の蝙蝠を打ち落としている。

 その鮮やかな手腕に思わず見とれていると、真横に小屋が完成した。


「っ! ラクト、小屋ができたぞ」

「了解、助かったよ!」


 嵐を巻き起こしていたラクトは氷壁を解除すると、小屋の屋根に飛び移る。


「レティたちも厳しくなったら避難してきてくれ。たぶん保つ筈だ」

「分かりました! もう少ししたらお世話になります!」

「レッジさん、私たちも中に入れて貰っても?」


 ちらりと俺を見ながらアイが言う。

 彼女はアーツを使うだけあってLP管理がシビアになっているらしい。


「当然だ」

「ありがとうございます」


 彼女はクリスティーナにその場を任せ、小屋の中に退却する。

 ドアの隙間目掛けて殺到する蝙蝠は全てクリスティーナによって打ち落とされた。


「ふぅ。……ありがとうございます。便利ですね、小屋」


 ソファに身を沈め、アイがぐったりとして言う。

 少し休めばまた外に出るのだろう。

 彼女は窓ガラスを勢いよく叩く蝙蝠の群れを疲れた目で見やる。


「キリがないですね、この量は」

「ほんとにな。こいつらを全部倒せばいいのか、一定数倒すだけでいいのかも分からん」


 早速火を入れた暖炉の傍に陣取る白月に呆れながら言う。

 白月は今回も戦闘には参加しなかった。


「恐らく無限湧き系ですね。何かしら道を探す必要がありそうです」


 居住まいを正したアイが確信を持ったような口調で断言する。

 その根拠を問うと、彼女はゆっくりと口を開いた。


「まず、蝙蝠があまりにも弱すぎます。体力も少ないですが、攻撃力も。群れに襲われると多少は厳しくもなりますが、十分な回復系テクニックやアーツがあれば半永久的に耐えることができるでしょう」

「そんなにか?」

「はい。実際、皆さん被弾よりもテクニックによる消費LPの方が大変だと思います」


 それもテントのおかげで緩和されましたが、と彼女は天井を見上げて言う。

 テントの回復効果の範囲内ならば、外のレティたちは気力の続く限り戦えるらしい。


「二つ目は、あの蝙蝠たちを見て気付きませんでしたか?」


 何故かこちらに問いかけてくる少女。

 氷の壁の内側に居たこともあってそこまで気は回らなかったと答えると、彼女は頷く。


「二つ目は、あの蝙蝠たちを倒しても死体が残らないことです」

「死体が?」


 思わず窓の外を見る。

 レティたちが絶叫と共に打ち落としている白い蝙蝠たち。

 確かに、通常であれば死体が残るはずだというのにそれらは瞬時に光の結晶となって弾けて消えている。

 確かに普通の原生生物も解体を終えてドロップアイテムを全て取ったり、時間が長く経過すればあのように消えるが、あまりにも早すぎる。


「実体はあるようですし、幻やまやかしって訳ではないのでしょうが……。おそらく、本体は別にいるのでしょう」

「そのことは、レティたちとも共有した方がいいな」

『もうパーティチャットで聞いてますよ!』

「うわっ!?」


 突然耳元で声がして飛び上がる。

 思わず窓の外を見ると、レティが目を赤く光らせてこちらを見ていた。


「と、とりあえず一旦全員集まって話し合おう」

「それは……できれば良いですが、流石に無防備な状態だとこの小屋も突破されるのでは?」

「大丈夫だ。――そのための準備はできてるからな」


 こんなこともあろうかと。

 俺はアイを置いて外に出る。

 インベントリから取り出した部品をその場で組み立て、小屋の外周に張り巡らせる。


「レティ、クリスティーナ、あとの二人も一旦小屋の中に入ってくれ。その間のことは俺がなんとかするから」

『はい!? 何言ってんですかレッジさん!』

『……流石にそれは、厳しいのでは?』


 俺の言葉にレティとクリスティーナから難色が示される。


「いいから。小屋を見て貰えれば分かる!」


 小屋の壁面に沿うように張り巡らせた、鋼鉄のワイヤー。

 鋭い棘が巻き付けられ、高圧の電流が流れる有刺鉄線だ。


「なんですかこれ!?」

「罠だよ。蠅叩きならぬ蝙蝠叩きだな」


 持ち場を離れて近寄ってきたレティに説明する。

 彼女に見せつけるようにスイッチを押して起動させると、ワイヤーに絡まっていた蝙蝠たちがもがき苦しみ弾けて消える。


「うわ、えっぐいねぇ」

「レッジの罠、久しぶりに見たけど変な進化してるわね」


 ラクトとエイミーも戻ってきて、寄ってくる蝙蝠をたたき落としながら言う。


「なるほど、レッジさん……。噂通りのようですね」

「噂とは……?」


 最後にやってきたクリスティーナもどこか呆れたような顔である。

 彼女が聞いている噂というのも気になるが、とりあえず三人も小屋へと押し込む。


「バッテリー残量的には、1時間くらいなら余裕で持つから。ゆっくりと今後について議論できるぞ」


 発電機でもあればもっと長時間使えるのだが、今回は生憎持ち合わせていない。


「十分ですね。では、この祠の攻略法について――」


 アイが陣頭に立ち、議を発する。

 窓の外で白い蝙蝠たちが次々に焼け焦げ弾けるのを見ながら、俺たちは互いの意見を交わし始めた。


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Tips

◇『破衝拳』

 〈格闘〉スキルレベル40のテクニック。攻撃箇所を起点とする前方扇状範囲に衝撃波を放ち纏めて攻撃を加える。

 鋭く研ぎ澄まされた拳は空気すら貫き、穿たれた穴は波を呼び起こす。極められた点は面となり、それは遙か高き天を羽ばたく鳥すら落とす。


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