第183話「咽び泣く声」
ウェイドに到着した俺たちは、早速道中の風景を撮影しつつ十八番――昨日〈猟遊会〉のリンクスたちが攻略した“朽ちた祠”へと足を向けた。
「これが朽ちた祠ですか。確かにボロボロですね」
半分ほどが崩れ果てた祠を見てアイが言う。
彼女たちは〈雪熊の霊峰〉を中心に攻略を進めていたらしく、“朽ちた祠”の実際の姿を見るのは今回が初めてのようだった。
「全方位からできるだけ細かく写真を撮っておいてくれ。情報は多ければ多い程いいからな」
一重に〈撮影〉スキル持ちとはいえ、それぞれが扱う撮影機器はそれぞれに違う。
安く機能もシンプルな入門機から俺でも扱いきれないほどのプロ仕様な高級機、レンズの種類も異なるし、なんならビデオカメラを持っている人も居る。
様々な条件で撮影をして、できる限り情報量を増やす。
そうしてコマ送りの映像が作れそうな程の写真を撮った後は、俺たちが昨日攻略した十三番の“朽ちた祠”へと移動して同じ事をする。
「たしかに、今のところ普通の祠との違いは風化具合以外に見つかりませんね」
「ああ。だが隠されていたと言うことは、そうするだけの理由があるってことだ。普通の祠とは何か違う場所があるはずだ」
ファインダーを覗きながら首を捻るメンバーの一人の言葉に頷く。
通常の“祠”と“朽ちた祠”の違いは今に至るまで判然としていない。
後者にも守護者の存在する空間へ入るための宝玉は嵌め込まれているし、その守護者についても規則性などは特に見つからない。
「よし、白月。次の祠に案内してくれ」
傍らで暇そうにしていた白月に声を掛け、次の祠への案内を頼む。
今のところ未発見の“朽ちた祠”への道を知っているのは彼だけ、はやくなんとかして自力で見付けられる手法を確立して負担を減らしたいところだ。
「レッジさん、新しい“朽ちた祠”を見付けたらやっぱり攻略するんですか?」
白月を追いながら森の中を進んでいると、不意にハンマーを担いだレティに声を掛けられた。
「アイたちに攻略して貰う予定で、その時は俺だけ付いていって撮影係をする手筈だった」
パーティは最大でもプレイヤー6人が一つの単位。
アイを筆頭に五人の戦闘職に俺が加わり、戦闘中の守護者の様子も記録に残す。
その間、撮影部門のメンバーは残りの護衛と共に祠の前で待機して貰う予定だった。
しかしそのことを伝えると、レティはそれならと手を挙げる。
「それなら、〈白鹿庵〉で挑戦しませんか? アイさんたちには外での護衛に専念して貰って」
どうでしょう、と熱烈な視線を送ってくるレティ。
俺がちらりとアイの方を向くと、彼女は複雑な表情を浮かべて思考を巡らせた。
「……レティさんたちはあくまで
「ぐぅ……そうですか……」
当然と言えば当然である。
守護者を討伐し、祠を攻略した暁には宝玉が入手できる。
アイも騎士団の副団長としてそれをみすみす逃すようなことは看過できないだろう。
「それでは、私とミカゲは外に残りましょう。護衛として、しっかりと皆さんをお守りしますよ」
「……姉さんの方に付いてく」
そこへトーカとミカゲが手を挙げて言う。
彼女たちが譲歩したおかげで、レティとラクトとエイミーの三人が〈白鹿庵〉側から出ることができた。
「騎士団からは私とそうですね……、クリスティーナが同行します」
「よろしくお願いします」
アイは後方を警戒していた騎士団員の一人を呼ぶ。
薄く黄色がかった茶髪を長いポニーテールにしたヒューマノイドの女性で、騎士団共通の軽鎧を着用して背丈よりも長い槍を携えている。
「おお、槍使いだ」
親近感を覚えて思わず声に出す。
やはり王道の〈剣術〉や破壊力に秀でた〈杖術〉に比べて地味な印象の否めない〈槍術〉は使用者が少なく、槍を持っているだけでも好感を持ってしまう。
「ふふ。クリスティーナは第一戦闘班随一の槍使いなんですよ」
「それはつまり、騎士団一ってことじゃないのか?」
「そうですね。〈銀翼の団〉にも槍使いはいらっしゃいませんし、実質的にはそうなるでしょうか」
「……あまり買い被らないで下さい」
我が事のように自慢げに胸を張るアイに、クリスティーナは長い睫を伏せて言う。
落ち着いた色合いの透き通った青い瞳が恥ずかしそうに揺れる。
「お、着いたみたいだぞ」
その時、前を歩いていた白月が顔を上げてこちらへ振り向く。
新たな“朽ちた祠”を見付けた時の合図だった。
「これはまた……随分と荒れ放題ですな」
「壊さないように慎重に撮ってくれ」
カメラを構えた写真家たちによって、祠は入念に記録される。
台座が大きく崩れ、屋根も地面の上に落ちている。
その上降り積もった落ち葉が腐葉土と化して、その殆どを覆い隠していた。
それでもなお宝玉だけは傷一つなく透明な輝きを放っている。
「当然のように彫像はないね」
ラクトの言葉通り、祠の台座の上にはあるべき守護者の彫像が見つからない。
時と共に風化して崩れ去ってしまったのか、意思ある存在によって持ち去られたのか、こうなってしまっては分からない。
目下の所一番の影響は、事前に守護者に対する考察が立てられないという点である。
「では、準備ができ次第挑戦しましょう」
レイピアの鯉口に手を添えてアイが言う。
クリスティーナも長槍を持って、既に臨戦態勢を調えていた。
「レティたちもいつでも行けますよ」
三人の準備も既に終わっており、俺も覚悟を決める。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「お気を付けてー」
ゆらゆらと手を振る撮影部門の面々に見送られながら、パーティリーダーを務めるアイが宝玉に手を伸ばす。
彼女の細い指先がそれに触れた瞬間、俺たちは冷たい風に巻かれて閃光を浴びる。
「――ここは……」
アイの言葉で瞼を上げる。
そこは、以前俺たちがニワトリの守護者と戦った闘技場とは異なっていた。
「随分広いな」
そこは白い靄に囲まれた草原だった。
冷たい風が絶えず吹き抜け、足下の短い青草を揺らす。
「あれは、水路……でしょうか」
上を見上げてレティが言う。
草原には人工物があった。
それは太い柱で支えられた立派な水路橋だった。
長くまっすぐに伸びる水路が何本も縦横無尽に伸びている。
幾つもの柱が複雑に入り組み、草原と言いながらも言い得ない圧迫感を感じさせる。
「どれも遺跡って感じねぇ」
「とりあえず、現役ではなさそうかな」
エイミーとラクトが印象を零す。
水路は祠と同じ白っぽい石材で作られているようだが、風化しひび割れ表面が剥落している箇所も目立つ。
接地した柱の足下には蔦も這い、水路の中には無残にも折れているものすらあった。
「――来ます!」
クリスティーナが声を張り上げる。
レティたちが周囲に立って構えると同時に、空中に張り巡らされた水路のどこからか絹を裂くような声が響く。
「泣き声?」
「姿が見えないわね」
パーティの盾を務めるエイミーが油断なく視界を巡らせる。
女性の咽び泣くような声は断続的に続き、気がつけば様々な方向から重なり合うようにして増大していく。
「これ、数が多すぎるんじゃない!?」
「レッジさんは下がっていてください」
白い靄に覆われた空を揺るがすような大絶叫が耳を劈く。
そして、それは唐突に姿を現した。
「ッ!?」
水路の影から現れたのは、白い皮膜を広げた蝙蝠だった。
体長はおよそ1メートルほど。
その大きさだけでも十分に脅威ではあるが、問題なのはその数――
「一体これは……どれだけ……!」
「これはなかなか厳しそうですね……」
レティが絶句し、アイが奥歯を噛み締める。
入り組んだ水路の中から現れた白い蝙蝠――その数は優に1,000を越えていた。
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Tips
◇〈料理〉スキル
生産系スキルの一つ。食材を加工し、料理を作製する。料理は食べることによって様々な能力を上下させる特殊な効果を発揮する。包丁も持ったことのない初心者の料理では機体に不具合を来すこともあるだろうが、繊細な料理は鋼鉄の心でさえも暖めるだろう。
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