第111話「おもしろい話」

「まずは謝罪がしたい。ただの無名な一プレイヤーである俺がこの場を仕切るような尊大な真似をしていることを、本当に申し訳なく思っている」


 最初に口をついて出たのは謝罪の言葉。

 それと共に頭を下げる。

 キャンプの周囲に集まっていたプレイヤーたちがざわめくのを感じる。


「その上で、俺はあなた方に一つ頼みたい。まずは話を聞いて、その上で各自判断してもらえればいい」


 そう言って一度言葉を区切る。

 全員の視線が集まるのを、俺の言葉に耳を傾けられるのを肌で感じた。

 生来、こんなことは得意じゃないのだ。

 だがしかし、俺は数度呼吸を繰り返して覚悟を決める。


「三時間後、ここにはスサノオの種が降ってくる。目標になっているのはあそこにある白い樹だ。おそらく、種が降ってきたらこのあたり一帯に大きな衝撃が起きる。きっとあの樹も無事ではないだろう」


 一度呼吸を挟み、思考を整える。

 拍動がけたたましく打ち鳴らされ、血が急速に巡る。


「だが……。だが、俺はそうしたくない。あの樹が押しつぶされるのを見たくない」


 視線を落として、足下に寄り添う白月を見る。

 彼の頭を撫でながら顔を上げる。


「こいつは俺がこのフィールドで出会った。名前は白月という。

 白月にとってあの樹は何か特別な存在らしい。

 昨日、俺が一人でキャンプを張っていたら白月がやって来て、俺をここまで案内した。

 その時はまだあの樹はなくて、あの場所には大きな岩とそれに押しつぶされた小さな白い芽があった。

 芽は一晩であそこまで成長したんだ。

 それだけでも、あれが何か特別であることが分かって貰えると思う。

 だからせめて、あの樹だけでも残してやりたい」


 口を閉じるとまたも細波のようにざわめきが広がる。

 そうして、突然人垣の中から太い手が挙がった。


「一つ良いか?」

「ああ。……ッ、レングスか」


 人混みを掻き分けて現れたのは、厳つい顔の巨漢。

 ひまわりの相棒でもあるwiki編集者のレングスだった。

 彼は真っ黒なサングラス越しに俺を見て言う。


「何かプランはあんのか? 無策で声を上げてるだけじゃないのか」


 鋭い指摘だった。

 だが俺は首を横に振る。


「一つだけある。俺にできるのはこれだけだから、俺にはこれしか思いつかなかったが……」


 言ってみろ、とレングスが目で促した。

 俺は足下を見て言った。


「こいつで樹を守る」

「……こいつって、その要塞か」

「キャンプだが、まあ要塞でいいか。まだあの樹を覆えるサイズじゃないが、この後全財産投げ打って拡張する。それであの樹を保護する」


 レングスの眉間に深い皺ができる。

 無言のまま時間が過ぎ、彼は大きく息を吐いた。


「無謀だな。その程度で防げるほど、柔なもんじゃねぇと思うが?」


 その言葉にいくつかの顔が頷く。

 誰がどう考えても、隕石のように降ってくる鉄塊をそれだけで受け止められるとは思わない。


「ちょーっとまったぁ! 策はそれだけじゃぁありませんよ!」


 突然、沈黙を切り裂いて声があがる。

 彼女は勢いよくジャンプしてひとっ飛びにキャンプの屋上までやってくると、ずんと構えてレングスを睥睨する。


「レティ!?」

「レッジさんはちょっと黙っててください。今からレティの巧みな話術でレングスさんを説き伏せます!」


 むふんと鼻息荒く言い切って、彼女はじろりと彼を睨む。


「確かに勢いよく降ってくるシード02をレッジさんの要塞だけで受け止めるのは現実的じゃありません。それなら受け止めるだけじゃなく、迎撃すればいいのです」

「……迎撃だぁ?」


 胡乱な顔で片眉を上げるレングス。

 彼をきっと見返してレティは頷く。


「そうです。飛んでくる隕石にむかって逆方向の衝撃を与えれば、勢いは減衰するはず。そうすれば被害だって抑えきれますよ!」

「わかんねぇな。お嬢ちゃん一人でそれができるか?」

「レティだけじゃないよ!」


 背後から新たな声が響き渡る。


「ラクト、エイミー……」


 二人は俺の左右から前に出て、自信を帯びた笑みを浮かべる。


「レティは近接だけど、わたしは遠距離から攻撃できる。火や風のアーツと違って質量的な攻撃ができるから、より効果的だと思うよ」

「私はリーチこそ短いけど、そのぶん盾には自信あるからね」


 二人がきっぱりと断言すると、少しずつ風向きが変わっていくようだった。


「彼女たちだけじゃない。大鷲の騎士団も全面的に協力するよ」

「黒長靴猫も同じくにゃぁ。だって、そっちの方が面白いでしょ?」

七人の賢者セブンスセージも。ワシらの全力を出せる機会というのは、そうそうないからな」


 更には待ち構えていたように大手攻略組の面々も前へ進み出て賛同の意を示してくれる。

 それをきっかけとして、群衆は俄に熱気を帯び始めていた。


「俺たちもその話に乗らせて貰おう! そんなちっせえ鉄板じゃ防げねえだろ」


 群衆の中から朗々と声が響く。

 がっしりとした筋骨隆々の青年が、鍛冶用のハンマーを掲げている。


「〈名工〉ムラサメだ!?」

「……えっと?」

「ネヴァと同じ個人勢の生産者よ。鍛冶師特化ビルドの第一人者」


 小声でエイミーに補足され、なるほどと頷く。

 よく分からんが有名人らしい。


「ダマスカス組合も支援させて頂こう。これを逃すのは、面白くない」

「ならばプロメテウス工業も。金属加工なら騙すカス組合よりも上じゃ」

「なにぃ? 貴様もっぺん言ってみやがれ!」

「何度でも言ってやろう。貴様らのような器用貧乏には到底我らには敵わぬよ」


 ダマスカス組合からは若いフェアリーの青年が、それに続く様にプロメテウス工業からはヒューマノイドの初老の男性が立ち上がる。

 彼らはそのまま言い争いに発展しているが、周囲を固めるそれぞれの構成員たちはいつものことのように諦観していた。


「あの二人は仲が悪いのか?」

「互いにライバル視してるみたいですね。プロ工のタンガン=スキーさんは組合のクロウリさんの師匠みたいなこともしていたそうで」

「そうだったのか」


 とりあえず、生産分野の二大巨頭からも賛同を得られたのは大きい。

 戦闘、生産双方の協力を得られたことで、他のプレイヤーたちも声を上げてくれていた。


「この場には来ていない方々も協力を名乗り出てくれていますね」


 アストラが俺の肩を叩き、ディスプレイをこちらに向ける。

 掲示板の中にあるスレッドの一つのようだが、そこには固定ハンドルネームを付けたプレイヤーによって次々に賛成の声が書き込まれていた。


「これは?」

「攻略組が集まる秘匿スレッドです。完全紹介制で、みんなプレイヤーネームで会話してる掲示板ですよ」

「うわぁ、すごい! 〈羅刹〉のウミネコさん、〈毒沼〉のサウザーさん、〈火だるま猫〉の左手さん……。ちょっと見るだけでも錚々たるメンバーですね」

「そうなのか、全然分からん」


 俺の肩越しに覗き込んできたレティが驚嘆の声を上げるが、いつもの如くよく分からない。

 しかし彼らが手を挙げたというのはかなりの影響があったらしく、通常の雑談掲示板でも次々に参加表明が書き込まれていた。


「いやぁ、レッジさんって人望あるんですね」


 レティが俺の脇腹をちょいちょいと突きながら言ってきた。

 だが俺は彼女に向かって首を振って、それを否定する。


「別に俺に人望があるわけじゃないさ。アストラ達が協力してくれたことも大きいだろうが、本質はそこじゃない」

「じゃあ、どういうことなんです?」


 不思議そうに首を傾げるレティ。


「そりゃあ、面白いからだよ」


 彼女はそれを聞いても曖昧な顔をしている。


「この世界はゲームなんだ。楽しいことをした方が楽しいに決まってるだろ」

「……ふふっ。それもそうですね」


 大事なことを忘れてました、とレティは破顔する。

 彼らが俺の突拍子もない行動に追随してくれたのは、人望や損得というものではない。

 彼らはただどちらに居た方が面白いかだけを判断基準にしているのだ。


「レッジ、時間もない。まずは具体的な指針を定める会議を開いた方が良いじゃろ」

「メル。……そうだな」


 赤髪の少女の進言に頷き、俺は次なる行動を始めた。


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Tips

◇秘匿スレッド

 公式BBSにある機能の一つ。不特定多数が接続・閲覧・書き込みできる公開スレッドとは異なり、限られたメンバーのみに利用が制限される。様々な権限や規則を設定することができ、公開スレッドでは難しい深い段階でのコミュニケーションが可能。


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