第109話「白樹とレイライン」

 日中の森の中はじんわりと纏わり付くような熱気に包まれていた。

 湿度が高く風通しの悪い空間では、少し歩くだけで汗がにじみ出てくる。


「こうも暑いと歩くのも嫌になりますね」

「いつ何が飛び出てくるかも分からないからずっと気を張ってるし」


 レティとラクトはぱたぱたと手で仰ぎながらぐったりとした表情で言う。

 ラクトの装いは幾分涼しげだが、薄いレース生地がぺったりと肌に張り付くのを煩わしそうにしている。


「ひまわり、あとどれくらい掛かるか分かるか?」

「もう少しで着くと思います。今のところ、全体の八割くらいですかね」


 迷うことなく足を進めていたひまわりは、はっきりとした口調で断言した。


「そうか。じゃあ着いたらとりあえずキャンプ張るから、そこで休もう」

「やった! もう少しで休めるんですね」


 俺がそういうと、レティはピンと長い耳を立てて背筋を伸ばす。

 終わりが近いことが分かると、やる気も少し湧いてきたらしい。


「それじゃあレティ、とりあえずアイツを倒しましょうか」


 エイミーが盾を構えながら言う。

 彼女の視線の先には、新たなワニがいた。



「ふわあああ、やっと到着ですよ!」


 唐突に開けた空間が現れ、そこに飛び込みながらレティが歓喜に声を上げる。

 ランタンの威嚇効果もなく歩く森の中は物騒で、あのあとも幾度となくワニとの戦闘を余儀なくされた。

 そのおかげもあってレティたちのスキルは順調にレベルも上がっていたようだが、その代償に気力も消費していた。


「昼に見るとまた印象が変わるな」


 広場はおおよそ円形をしていて、浅く青い草が地面を覆っている。

 一見すればフィールドボスが待ち構えていそうな雰囲気もあるが、そのような存在の気配はない。

 しかし俺は広場の中央に見慣れないものを見付け、首を傾げた。


「あれ、あんな所に木なんかあったか?」


 そう言って指さしたのは広場のほぼ真ん中に位置する場所だ。

 そこに大人数人が手を伸ばさなければ囲めないほどの大樹が背を伸ばしている。


「白い樹? あんなの無かったような」

「ていうかあそこって昨日レッジが岩を壊したところじゃないの?」


 遠巻きに見慣れない真っ白な幹の大樹を観察し、俺たちは揃って眉を寄せる。


「ひまわりは見覚えあるか?」

「いえ、ありません。昨夜見た時点では、あそこには巨岩とその下に押しつぶされていた白い芽だけでした」


 ひまわりも困惑した様子で言う。

 彼女の案内なのだから、場所を間違えていることはない。

 となれば、あの樹は……。


「昨日の芽が一晩で大きくなったんですかね?」

「ファンタジーすぎるな」

「でも砂漠なんかだとちょっと雨が降ると一斉に花を咲かせる植物とかもあるよね」

「そういうもんなのか……?」

「とりあえず近づいてみない?」


 エイミーの提案にのり、慎重に大樹へと近づく。

 樹下へやってくるとよりその大きさを実感する。

 キノコの傘のように伸びた枝葉は青々として、燦然と降り注ぐ陽光を反射して輝いている。

 木陰は涼しく心地良い。


「っと、白月どうした?」


 足下にぴったりと付いていた白月が突然走り出し、白樹の周囲をぐるぐると回る。

 彼は何かを確認した後、その根元でころりと横になった。


「何か知ってそうだが、いまいち分からんな」


 とりあえず危険性はなさそうだと判断し、白月の傍まで近づく。

 オアフ島のモンキーポッドにも似た樹だが、その幹は驚くほどに真っ白だ。


『第二重要資源地候補への到達が確認されました』

『通信監視衛星群ツクヨミによる詳細探査が行われます』

『付近の調査員は回避行動を取って下さい』


「は? は!?」


 白い幹に触れた瞬間、けたたましいアラートが鳴り響く。

 白月が驚いて立ち上がり、俺の傍へとやってくる。


「レッジ、何これ!?」

「分からん。ただなんか回避しろとは言われたが」

「とりあえず皆、樹から離れて!」


 エイミーが叫び、俺たちは身を翻して駆け出す。

 その直後空の向こうから白い光の筋が現れて、白樹を照らし上げる。


「何あれ!?」

「たぶんツクヨミの詳細探査って奴でしょ」


 光線は更に五本が降りてきて、白樹を取り囲む。

 格子のように白樹を囲んだ光はゆっくりと速度を上げながら回転し、小刻みに明滅を繰り返し始めた。


「ちょ、白月、落ち着けって」


 白月が鋭く牙を剥き、今にも飛びかからんと頭を下げる。

 あの光線の中に入るとどうなるか俺にも分からないから、それを必死に引き留める。


「多分悪いようにはしないはずだから。落ち着け」


 ゆっくりと背を撫でながら諭す。

 低く唸っていた白月が渋々といった様子で落ち着きを取り戻した時、光の柱は次第に細く薄くなりながら消えていった。


『第二重要資源地候補の詳細探査が完了しました』

『高濃度エネルギーラインを確認』

『第二重要資源地候補をポイント〈レイライン〉に認定』

『タカマガハラの領域拡張プロトコルによりリソース供給可用性を検討』

『地上前衛拠点シード02ースサノオの投下及び展開計画を策定』

『惑星イザナミ標準時間における三時間後に実行します』


 立て続けに流れるアナウンスに理解が追いつかない。

 辛うじて分かったのは、あの樹が根付いている場所がポイント〈レイライン〉だと開拓司令船アマテラスの演算システムが認定したこと。

 今から三時間後に、ここへシード02というスサノオの素が投下されるということ。


「え、やばくないか?」

「普通に周囲一帯クレーターになる案件ですよ!」


 レティが狼狽して悲鳴を上げる。

 シード02はスサノオの種だ。

 現在俺たちの拠点になっているスサノオはシード01であり、イザナミに最初に投下されたスサノオだ。

 アナウンスの通りだとすれば、このあたり一帯が第二のスサノオに変わるということになる。

 町そのものが降ってくるわけではないにせよ、激甚な衝撃が予想される。


「ととと、とりあえず逃げた方がいいんじゃないの?」

「だが……」


 俺は聳え立つ白樹を見る。

 大岩に押しつぶされていた小さな芽は、驚くことに一晩でこれほどまでに成長した。

 そして今も枝葉の末端に至るまで瑞々しい生命力に溢れている。

 ――シード02が投下されたら、あれはどうなるのだろうか。


「白月」


 足下に控える牡鹿を見る。

 見ず知らずの俺のもとへとやって来て、ここへ案内した張本人は先のアナウンスを理解できているわけではないだろう。

 もしここへ巨大な鉄塊が降ってくると知れば、どんな反応を示すだろうか。


「レティ、ラクト、エイミー、ひまわり」


 俺は振り返り、そこに立つ四人の名前を呼ぶ。

 彼女たちの視線が集まるのを感じながら、次の言葉を口にした。


「あの樹を守りたい」


 無謀であることは分かっている。

 まだプランは何も定まっていない。

 しかし、そうしなければならないと何かが囁いていた。


「分かりました」

「……えっ」


 こくりとレティが頷く。

 あまりにも素っ気ない反応に、俺の方が驚く。

 すると彼女たちは何がおかしいのかクスクスと笑い、揃って頷いた。


「まあ、レッジさんならそう言う気はしてましたから」

「あの樹はあからさまに何かありそうだしね。倒しちゃうのは何か違うと思う」

「どこまでできるか分かんないけど、私も賛成よ」

「私もできる限り協力させてもらうのですよ」


 自分で言うのもなんだが突拍子もない話だ。

 あの樹に対して彼女たちは何か思い入れがあるわけではない。

 普通に考えれば、今すぐスサノオへ帰って三時間後に様子を見に戻ってくるのが普通の反応なのだ。

 だからこそ、俺に追随してくれる彼女たちを嬉しく思う。


「――ありがとう。本当に」

「水くさいですねぇ。レティとレッジさんの仲なんですから」

「そうそう。もっと頼って頂戴よ」

「とりあえず情報を集めないとね。時間は無いわ」


 思わず目元を拭い、頷く。

 そうして俺たちは刻一刻と迫る三時間後へ向けて、大急ぎで行動を開始した。


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Tips

◇領域拡張プロトコル

 タカマガハラが開拓領域の拡張に伴う種々の判断の基準とするもの。地上前衛拠点スサノオの設置場所の検討や高速装甲軌道列車ヤタガラスの線路敷設に関わる検証、調査員が使用する施設の管理など多岐に及ぶ調査活動の根底を支える。その内容は多層的かつ複雑であり、プロトコルに則って一定の結論を出すためには多数の外部データの投入を必要とする。


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