第108話「霧と幻想の水辺」
「よし、じゃあいきますよー」
「おっけー!」
レティが走りながら声を上げると、滝の傍に立つラクトが大きく手を振る。
レティとエイミーは併走しており、彼女たちの背後にはスケイルフィッシュが喰らい付いていた。
「――さん、に、いち!」
「ほぉぉぉう!!」
レティのカウントに合わせ、俺たちは一斉に滝の上から飛び降りる。
エイミーが
「ひぎゃぁあああああ!」
「ラクト、大丈夫か!」
「あぶ、あぶ……」
高いところが苦手になってしまったラクトは俺の腰にすがりつき、フェアリーとは思えないほどの怪力を込めている。
「ほほぉう! 楽しいですね!」
「慣れると絶景だし、クセになりそうね!」
レティとエイミーは余裕綽々の表情で、落下中も眼下に広がる森の景色を楽しむ余裕すらあるようだ。
やがて高度が下がるにつれ、スケイルフィッシュがぐったりと白目を向いて落ちてくる。
おのおのがヒレや身体を握って、滝壺に着水すれば、怪魚がクッションとなって無事に下層へと辿り着いた。
「うーん、しかし色々物理法則的におかしいような」
「そこは考えない方が良いと思うわよ」
濡れた前髪をかき上げてレティが怪訝な顔でスケイルフィッシュを見る。
エイミーは白い腹を見せて浮かぶスケイルフィッシュを水辺まで引き上げながら、そんな彼女に苦笑した。
「ラクトは大丈夫か」
「しにそう……」
青い顔をしたラクトを慰め、近くの木陰で休ませる。
彼女が回復するまでの間に俺は手早くお世話になったスケイルフィッシュを捌いていく。
その時、水面に高い飛沫があがり、もう一匹新たなスケイルフィッシュが浮かび上がる。
「ひまわりも無事か」
「ここで失敗したら、少し恥ずかしいのですよ」
すいすいと慣れた様子の平泳ぎで水辺までやってきたひまわりが、ぷるぷると頭を振って水気を飛ばす。
「白月はどうやって合流するんでしょうか」
「さてなぁ。まあ待ってりゃ来るだろ」
ひまわりの乗ってきたスケイルフィッシュにも手を掛けつつ、のんびりと白月がやってくるのを待つ。
すると、上空から濃い霧が一筋降り注いできた。
「あれは?」
「さあ? ……なんとなく予想はつきますが」
乳白色の霧はゆっくりと、しかし風も受けず流れを乱さず俺たちの方へと降りてくる。
そして俺のすぐ傍に溜まったかと思うと、霧は形を取り白月へと変化した。
「お前……いろいろ理論が破綻してないか?」
「このゲームにもファンタジーな存在っているんですねぇ」
どうだと自慢げに鼻先を上げる白月。
彼には身体を霧に変える能力があるらしい。
「世界観とかめちゃくちゃ無視してると思うんだけど、いいのかな」
「いいんじゃないの? イザナミの原生生物は魔法が使える設定とかあってもおもしろいと思うわよ」
「また調査したいものが増えたのですよ」
微妙な顔でラクトが言い、エイミーはあまり気にしていない様子。
ひまわりはさっそく手帳を取り出して、何かページに書き込んでいた。
「三色瞳珠の首飾りにアーツ耐性があったのはそういうことなのかね」
俺は首元に吊り下がったネックレスを見下ろして言う。
もしそうだとしたら、今後待ち受ける敵はさらに厄介になってくるだろう。
「レッジ、この後はどうするの?」
スケイルフィッシュを捌いていると、エイミーがやってきて尋ねる。
「とりあえず、昨日の白い芽があったところに行こうと思ってる」
「おっけ。道中のエネミーは全部倒す方向でいいかしら」
「ああ、それで頼む」
そう言うとエイミーはやる気を漲らせ、拳を握る。
普段はパーティの中でも落ち着いていて、レティたちを制御する側が多い彼女だが、格闘家ビルドを組んでいるだけあって戦うことは好きらしい。
「よし、じゃあ出発するか」
スケイルフィッシュも片付き立ち上がる。
白月の頭を軽く撫で、俺たちは森の中へと踏み入った。
「む、前方から物音がします。たぶん昨日と同じワニですね!」
「俺はまだ見たことないな。強いのか?」
「昨日ひまわりが助けてくれなかったら多分やられてたねぇ」
森に入ってすぐ、先行するレティが耳をピンと立ち上げて言う。
ラクトは矢を弓に番えながら、口端を緩める。
「ま、もう負けるつもりはないよ。――『
ラクトの放った矢は開戦の火蓋を切る。
茂みの暗がりからにゅっと現れた濃緑色のワニの顔の横を掠め、矢は浅く傷を付けて後方へ逸れていった。
「むぅ、外れた!」
「短弓じゃ仕方ない。私が引きつけるわ!」
突然の攻撃に激昂し、ワニが姿を露わにする。
長い年月を感じさせる皺の積み重なった巨体は、老樹のようにも見える。
ワニは太い尻尾を鞭のようにしならせて、ぐるりと身体を回して俺たちをなぎ払おうとする。
「『ガード』!」
その尻尾の前に立ちはだかり、エイミーがクロスさせた爪盾で受け止める。
真正面から受けたために少しLPが削れ、後方へと滑る。
俺はすぐに回復を飛ばし、彼女の傷を癒やす。
「硬い相手ならレティの出番です! ほあちゃぁ!」
エイミーが作り上げた隙をレティは逃さない。
大きく跳躍したかと思うと、全身の力をハンマーに集約させて分厚い鱗に打ち付ける。
洞窟のナメクジとは違い、硬いワニに対してハンマーの打撃は破壊的な効果をもたらす。
ワニは苦悶の咆哮を上げ、後方へ下がる。
「逃がさないよ!」
そこへラクトの矢が飛来し、ワニの太い足を貫通し地面に突き刺さる。
足が凍り付き、ワニは行動を阻害される。
「はぁぁあああ! 『突貫』!」
エイミーの鋭い拳が硬い鱗と分厚い皮膚を貫通し、内臓を掻き混ぜる。
あまつさえ、ワニの巨体は浮き上がり、一瞬の空白を作り出す。
「『攻めの姿勢』『野獣の牙』『決死の一撃』」
ワニの腹の下へと滑り込みながら、レティは立て続けにテクニックを使用する。
赤や黒、禍々しいエフェクトが彼女を包み、数秒間様々な代償と共に攻撃力を著しく上昇させた。
その全てを集約させた一撃を、彼女は緊張し浮き上がる腕の筋肉の先へと流し込む。
「――『震盪撃』!」
至近距離で大砲を打ち込んだかのような衝撃が周囲へ拡散する。
ワニの背中がぼこりと隆起し、鱗の下の皮膚が裂ける。
刹那の瞬間につぎ込まれた強撃はタフなワニのHPを大きく削り、消滅させる。
ワニは背後の木に背中を打ち付け、力なく地面へ倒れた。
「ふぅ、いっちょ完了です!」
「装備のステータス補正のおかげで、かなり楽に戦えるわね」
「アーツの威力もかなり上がったよ」
レティが額の汗を拭い、晴れ晴れとした顔で言う。
エイミーとラクトも下層の原生生物と戦ったことで、改めて新装備の強さを実感したようだ。
「私は出る幕がありませんでしたね」
俺の傍に立っていたひまわりは、怒濤の勢いで展開した戦闘に参加できず、少ししょんぼりと肩を落としていた。
「ひまわりは専門の戦闘ビルドじゃないんだろ?」
「それはまあ、そうですが」
「俺も〈槍術〉は持ってるが、ただの自衛手段だ。それよりも自分にできることをすればいいさ」
「……そうですね。周囲の地形はだいたい把握できているので、道案内は任せて下さい!」
ひまわりはぱっと花が咲くように笑みを浮かべて頷く。
そうして彼女は胸を張り、ぽんと叩いた。
「レッジさんレッジさん、早く解体して先へ進みましょう」
「ちょっと待ってろ」
急かすレティに背中を押され、ワニの解体を始める。
「っ! レッジさん気をつけて、もう新しい敵が来ました」
「まじか、連戦できるか?」
ぴくりと耳を上げたレティが視線を鋭くして構える。
彼女はちらりと俺の方に振り返ると、頼もしい笑みを浮かべて言う。
「任せて下さい。レッジさんはちゃちゃっと解体よろしくお願いしますよ」
森の奥からワニが現れる。
俺は彼女たちを信じて、ナイフを振るう。
背後では早速戦闘が始まっていた。
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Tips
◇クラッシャークロコダイル
強靱な顎を持つ巨体のワニに似た原生生物。全身を覆う濃緑の鱗は分厚く頑丈で、その下の皮膚もゴム質で丈夫。水辺の湿った土地を好み、一日の殆どを一カ所でじっと動かず過ごす。縄張り意識が非常に強く、テリトリーに侵入した存在は見境無く襲いかかる。
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