第99話「カナリア」

 カナヘビ隊の少女が繰り出した蜘蛛型のロボットが消えた洞窟。

 内部に何かが存在していることは確定的だった。


「さあレッジ殿、お先へ」

「お前さっき仲間のロボットが消えたの知ってるよな!? 知ってて言ってるよな?」

「……はて?」

「はて? じゃねぇ!」


 頑として動かない俺に、ムビトは嘆息して肩を竦める。


「では、しかたありませぬ」


 残念そうに身を引き、彼はくるりと翻る。

 そうして先ほど蜘蛛ロボットを放った隊員に声を掛けた。


「次の蜘蛛を」

「承知いたしました」


 彼女がインベントリからそれを取り出し、野に放つ。

 後ろで見ていたラクトが小さく悲鳴を上げた。


「まだ出せるのか。ていうか今度のは小さいな」


 地面に下ろされた手からわらわらと現れる子蜘蛛は、体長が1センチにも満たないサイズだった。

 その代わりに量を揃えられた子蜘蛛は群れを成し、暗い洞窟の奥へと消えていく。


「隠密偵察用の子蜘蛛です。先ほどのは多少の戦闘能力もありましたが、こちらは皆無。ただ映像を届けるだけの目ですな」

「なるほどな。俺のドローンみたいなもんか」


 先のイベントで偵察に用いたドローンを思い出す。

 蜘蛛使いの少女は、そういったドローン操作に特化したビルドをしているのだろう。

 そうしていると、ムビトが少し驚いたように目を向けてきた。


「みたいも何も、レッジ殿のドローンから着想を得たものですよ」

「ええっ、そうだったのか」

「あれはなかなか便利ですね。我々の調査効率も大幅に向上しました」


 そう言われると、なんだか自分が褒められた様な気持ちになって背中がかゆくなる。


「まあ、カナヘビではそれを更に改良し、あのように同時に多数を並列して操作することが出来るようになりましたが」

「子蜘蛛の動きは殆ど自動ルーティン化させてるんだな。何体かを纏めて一つの群単位で管理して、彼女の背中の親機で中継操作してるのか」

「……よくお分かりで」

「いやまあ、俺だってドローン使ってたし、それに彼女ちょっと背中膨らんでるじゃないか」


 調子よく話していたムビトは、僅かに言葉を硬くした。

 まあ、蛇の道は蛇というべきか。

 多少ドローンを扱っていれば分かることだろう。


「……ふーん、よく見てますねぇ」

「なんでレティが怒ってるんだ?」

「べっつにぃー? ね、ラクト」

「そうだねぇ。別にレッジが女性の身体を舐めるように見てたとしても、怒る理由は無いもんねぇ」

「人聞きの悪いことを言うな! あんたも、別に舐めるようには見てないから!」


 身体を抱えて後ずさる忍者少女。

 何故か味方に背中を撃たれた気分だ。


「ふっふっふ。なかなか、仲のよろしいパーティだ」

「そうだと思うんだがなぁ」


 ムビトは黒い覆面の下で笑う。

 俺がレティたちの方を見ると、ぷいっと視線を逸らされた。

 ……仲いいのかな?


「ムビトさん」

「何か見えたか」


 そうしているうちに蜘蛛使いの子が声を上げる。

 ムビトが傍に寄り、状況の報告を受けた。


「土とは違う物体が地面に転がっていますね。流線型、いや軟体なんでしょうか」

「ナメクジか」

「そうですね。ただ……動きは速いです」


 言葉の途中、子蜘蛛がやられたのか少女が眉を寄せる。

 しかし数の多さを活かし瞬時に映像が切り替えられていくのか、調査は継続された。


「流石のカナヘビ隊なのですね」


 隣までやってきたひまわりが惚れ惚れとした声で言う。


「手際が良いのか?」

「今のところ人的被害は出していませんから。それにほら、後方では既に情報の解析が行われているのですよ」


 そう言ってひまわりが後ろに控えるカナヘビ隊の忍者たちを指さす。

 彼らはぐるりと円陣を組み、小声で激しく言葉を交わしていた。


「カナヘビ隊はカナリア隊というあだ名があるのです。まあ、命を賭して危険地帯の調査を行う先遣隊であるからなのですが、だからこそ彼らはとても優秀で“死なないこと”を第一に考えているのですね」

「なるほどな。怪しい奴らだが、腐ってもトッププレイヤー集団ということか」


 怪しい集団の中でも一際怪しいムビトが振り向き、ひまわりに視線を合わせる。


「噂に名高いひまわり殿にそう評して頂けるのは身に余る栄誉でございますな」


 芝居じみた大げさな動きと共に言うムビト。

 彼を、ひまわりは冷めた目で見ていた。

 そういう動きが、怪しさに繋がってると思うんだけどな。


「しかし一つだけ訂正を。我らは“死なぬこと”を信条としている訳ではありませぬ」


 語調を鋭く切り替えてムビトは言う。


「我らカナヘビの第一にして唯一の信念は“調べ尽くすこと”ただそれだけに他ならぬ。死というものは、勇敢ではありますが蛮勇。ただ非効率であるのです」

「……そうだったのですね。訂正いたします」


 飄々とした雰囲気を消し、真剣な眼差しで言い切るムビト。

 彼の言葉を聞いて、ひまわりも素直に頷く。


「敵構成は」

「第一仮想構成を構築しました」

「対応戦術は」

「立案中……。完了しました」

「では行こうか」


 仲間の黒装束と短い言葉をやりとりし、彼は頷く。

 彼が洞窟の入り口に立つと、その背後に三人の忍者が続いた。


「遠話に注意。指示を下すか三分経てば突入せよ」

「承知しました」


 傍らに控える忍者にそう言って、ムビトは腰に佩いた忍刀を引き抜く。


「ではレッジ殿、お先に失礼仕る」

「あ、ああ。俺たちも着いていった方が良いんじゃないか?」

「それは結構。組み上げた戦術が乱れます故。レッジ殿は中継でもご覧になっていて下さい」


 そう言ってムビトは顎で示す。

 そこでは蜘蛛使いの少女が、洞窟の壁に向かって投影機を設置していた。


「では、しばしごゆるりと待たれよ。――いざ」


 言葉を置き去りにして、ムビトたち四人の影が掻き消える。


「うわっ」

「凄いわね、一瞬で行っちゃったわ」


 ごうと風が舞い、反射的に目を覆う。

 エイミーが彼らが向かった洞窟の先を見つめ、感心して言った。


「四人で大丈夫なのかね?」

「ふふ、心配には及びませんよ」


 出発したムビトたちの身を案じていると、蜘蛛使いの子がやってきた。

 相変わらずの黒装束で顔はよく分からないが、覆面の隙間から鳶色の目が覗いている。


「カナヘビはムビトさんを含めた六人が主戦力です。あとは皆、後方支援に特化してるんです」

「そうなのか。ああ、さっき戦術の立案がどうとか」


 カナヘビ隊の隊員たちは、彼女の蜘蛛が送ってきた情報を元に議論して戦略を組み上げていた。

 ムビトたちが行ってしまった今、彼らは近くの岩に腰掛け休んでいる。


「君も後方支援なんだな」

「しまと言います。私は機械操作特化のビルドなので多少の戦闘力はありますが、それでもムビトさんたちには敵いませんね」


 ムビトが古くさい口調だったからカナヘビ隊はそれで揃っているのかとも思ったが、しまは普通の少女らしい言葉遣いだ。

 ていうか他の隊員たちは和やかに談笑しているし、さっきまでの厳格な雰囲気が消えている。


「んっ、ぷはっ」

「うわ、覆面脱いでもいいのか?」


 少し驚いて周りの様子を見ていると、しまは黒い覆面を取り去った。

 茶味がかった黒髪を適当に結った幼い顔立ちが露わになる。


「あら可愛い。しまちゃんって言うんですね」

「レティさんですよね。お噂はかねがね」


 一気に緩んだ空気に誘われてレティたちも集まってくる。

 彼女はしまと握手を交わす。


「レティも有名だったんだな」

「レティは普通の一般プレイヤーですよ」

「それは違うんじゃないかなぁ」


 ラクトが肩を竦める。

 俺以外の全員、イベントで結構暴れ回っていたし知名度は高いんだろうな。


「しま、そろそろ隊長が戦うぞ」

「おっ! レッジさん、一緒に観ましょう」


 忍者の一人が声を掛け、俺はしまに手を引かれて投影機の後ろに連れて行かれる。

 洞窟の壁に映し出されているのは、ムビトたち四人の人影。

 彼らは低く前傾姿勢を取り、なだらかな傾斜を素早く登っていた。


「隊長、すげえ怪しいけど強さはピカイチなんだぜ」

「めちゃくちゃ速いからちゃんと目ぇ開けとけよ!」


 わいのわいのとカナヘビ隊の面々も集まってきて、にわかに画面の前が騒がしくなる。


「ほら、始まりますよ!」


 しまがそう言って画面を指さす。

 ムビトたちのむこう側、光に照らされた洞窟の奥にぬったりと大きな楕円形の影が起き上がった。


「ぴうっ!?」

「ちょ、ラクト大丈夫?」


 敵の正体が露わになると同時にラクトが悲鳴を上げ、エイミーが咄嗟に抱きかかえる。

 画面に大きく映し出されたのは、ムビトと同じほどの体格をした生白いナメクジだった。


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Tips

◇無人探査機Spider

 未開領域の探査、偵察を目的に開発された蜘蛛型の無人機。八つのカメラと八つの脚を持ち、過酷な環境を探査する。二つのカメラは高出力レーザー砲になっており、二つの前肢は鋭利な刃が取り付けられているため、簡易的な威力偵察も行える。


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