第86話「岩穿つ麻痺の紅槍」

「レティ、右だ!」

「あいさっ!」


 岩陰から飛びかかってきたトカゲの白い腹を、レティのハンマーが殴る。

 空中から打ち上げられたトカゲは情けない呻き声と共にHPを削りきり、砂にまみれながら地面を転がった。


「良い調子だな」


 レティの元に駆け寄って声を掛ける。

 彼女はぶんぶんとハンマーを振って力を出し切り、清々とした顔で口の端を緩めた。


「被弾を気にしなくて良いというのは楽ですね。動きの選択肢が増えるので戦略も立てやすいです」

「戦略とか考えてたのか……」


 レティの口から飛び出した言葉に意外な印象を受けて、思わず目を丸くする。

 すると彼女はむっと頬を膨らせて俺を睨んだ。


「一応、ていうか結構考えてるんですよ。LPも有限ですし、ディレイもありますし」

「それもそうか……。すぐに使える技は十個までだしな」


 十あるスロットに登録したテクニックでなければ、瞬時に判断して使用することはできない。

 彼女の使うテクニック類は総じてLP消費が大きい。

 また敵に密着する近接ということもあり、彼女は俺が思っている以上に様々なことを考えながら流れを組み立てていたらしい。


「でも物理防御力の高いイシトカゲでもこれだけ戦えるなら十分以上ですね」


 そういって彼女は手で庇を作り荒涼とした平原を望む。

 硬い巨岩がごろごろと転がるこのフィールドの名前は〈岩蜥蜴の荒野〉と言った。

 装備を新たにした俺たちがその試運転にこの土地を選んだのは、ここに生息するイシトカゲという原生生物が物理攻撃力、物理防御力に秀でた特徴を持っていることを考慮した結果だった。

 見た目も硬さも石のような皮膚を持つイシトカゲの攻撃を何度かわざと受けても、新調した装備のおかげで殆どダメージを受けなかった。

 レティなどは調子に乗って五匹以上のイシトカゲの群れに突っ込んでいったがほぼ無傷と言って良い結果となり、先ほど軽く殲滅してテストを終わらせたところだった。


「次はレッジさんの槍ですね」

「そうだな。……よし」


 少し離れた岩陰に潜むイシトカゲに狙いを定め、足音を殺して忍び寄る。

 途中で金色の眼が俺を捉え気付かれるが、もともとあちらも好戦的な性格だ。

 逃げ隠れすることなく果敢に飛びかかってくるイシトカゲ目掛け、俺は槍の切っ先を突き出した。


「ふっ!」


 テクニックもない、純粋な攻撃。

 上手くいけば麻痺状態になってくれるはずだが……。


「あっ」

「あっ」


 深紅の刃は硬いはずの皮膚をするりと切り抜け、内臓をかき乱す。

 大きな刃を腹から背へ貫通させたイシトカゲは、そのまま一瞬で事切れてしまった。


「うぅむ、一撃か……」

「これじゃ検証できませんね」


 流石はグレン某、圧巻の攻撃力だ。

 などと素直に感心もできない。

 一撃で倒してしまっては、この槍の真価を確かめることができないのだ。


「どうしましょう」


 苦笑気味にレティが窺う。


「奥に行って、もう少し強い奴を探そうか」


 解決策としてはそれしかないだろう。

 そんなわけで俺とレティは空気のカサついた蒼天の下を歩き、なだらかな傾斜となった岩山の麓まで移動する。


「そういえば、あの岩山から蟹がやってきたんだったか」

「アイテムのフレーバーテキストにそんなことも書いてありましたね」


 遙か遠くに霞む峻険な山を見上げて零す。

 中程から徐々に白く染まる山嶺は厳しい環境だが、そこに適応した生物もたしかに存在する。

 イワガザミをはじめ、イベントの際に散々解体しまくった蟹の素材の説明にそのような記述があったはずだ。


「あの山はまだ立ち入れないんですよね」

「フィールド開放の時は、あそこに登れるのかねぇ」


 立ち入れたとして、あの巨蟹の軍勢が待ち構えていたら俺たち数人程度ではどうにもならない。

 まあそんな理不尽なことはないだろうが、あまり気の進まないフィールドだ。


「む、もうすぐお昼ですね」


 時折飛びかかってくるイシトカゲを蹴散らしながら、レティが言う。

 時刻を確認するが、すでに13時も半分過ぎようとしていた。


「リアルタイムですよ。レティ、お昼ごはんは抜きたくないのですが」

「ああ、そういうことか。……じゃあちゃちゃっとボスでも倒してヤタガラスで帰るか」

「いいですね。そうしましょう」


 フィールドボスクラスなら、一撃ってことはない。

 俺の槍も唸ってくれるはずだ。

 方針を決めた俺たちは更に足を進め、フィールドボスのいる場所へとやってきた。

 ごろごろとした大岩に囲まれた円形の場所で、足下には砂利にまじって鉱石の欠片が散らばっている。

 そんな“巣”の中央に、長い尻尾を丸めて眠る大蜥蜴が一匹。


「寝てる分には可愛いんですけどねぇ」

「……可愛いか?」


 岩陰から窺いながら、レティが憮然とした顔で言う。

 ゴツゴツとした皮膚も、無骨な爪や牙も、可愛いという言葉からはほど遠い風貌を組み上げていると思うが……。


「とりあえず、サクッと倒しましょうか」

「本気出すなよ。俺の槍を試すんだから」

「分かってます、よ!」


 言いながらレティが巣の縁へ躍り出る。

 縄張り意識の強烈な巨大蜥蜴は、その微かな物音を敏感に拾って目を覚ます。


「やっぱ可愛くないよなぁ」


 大蜥蜴が眼を開く。

 顔から背中を通じて尻尾まで、幾つも連なる金色の眼が、二本のラインとなって浮かび上がる。

 禍々しさこそ感じるものの、レティの感性はいつまで経っても理解できる気がしない風貌だ。

 不寝のディード、それがこの蜥蜴の名である。


「とりあえずタゲは貰いますよ、『威圧』!」


 レティの声が力を帯び、ディードの視線を一手に引きつける。

 その隙を突いて俺は飛び出し、ディードの足下へと滑り込む。


「『二連突き』!」


 素早く二度繰り返される突きは、ディードのイシトカゲよりも遙かに硬い甲殻をも貫き通す。

 刃に浸透した毒が傷口から広がるはずだが、流石にこれだけでは大した影響もないようだ。


「レッジさん、上!」


 レティの声に顔を上げると、大きく身体を上げたディードの太い足が俺を踏み潰さんと迫っていた。

 咄嗟に前へ転がってそれを避け、土埃に顔を覆いながら距離を取る。


「お前の相手はレティです、よぅ!」


 ディードの下顎を殴り上げ、レティが再び注目を取り戻す。

 俺も体勢を立て直し、再度攻撃を試みる。


「『貫通突き』、『鱗通し』ッ!」

「おおっ!?」


 立て続けの二連突き。

 槍を引き抜いた瞬間、レティが声を上げる。

 ディードを見れば細かく痙攣しながらも身体を動かせないでいる。

 さらに分かりやすいことに、体表を黄色い稲妻のようなエフェクトが伝っていた。


「ボスでも三回、いや四回攻撃で麻痺するんだな」

「これはかなり強力ですよ」


 レティが駆け寄ってきて嬉しそうに飛び跳ねる。

 敵の行動を止められるというのは、俺が逃げることにも役立つが、レティ達が一方的に殴れるという点でも大きな利点になる。


「とりあえず、どれくらい持続するかな」


 俺とレティは距離を取り、ディードの痙攣がいつまで続くか見守る。

 結果としては30秒ほど麻痺状態は持続した。

 逃げるのにも、攻撃するのにも、かなり余裕が生まれる時間だ。


「もう一回麻痺にできるかな」


 更に俺は攻撃を繰り返し、再度ディードを麻痺状態にする。

 二度目は十回以上の攻撃で麻痺状態になり、時間は15秒ほど。

 三度目は三十回以上攻撃し、10秒に満たない拘束時間という結果になった。


「やっぱり回数を経るごとに効果は弱まりますね」

「まあ、じゃないと簡単にハメられるしな」


 四度目の麻痺を迎える前にディードのHPを削り切りそうになったので、プランを変える。


「『発動トリガー』!」


 テクニックを使いつつ、柄に付いたボタンを押し込む。

 ディードに向けた刃の根元に埋め込まれた金の玉が光を放つ。


「おお、これは凄い!」


 再び歓声を上げるレティの目の前には、文字通り石のように硬直したディードの姿があった。


「痙攣すらしないんだな。しかも一発。ネヴァのお墨付きがあるだけのことはある」


 ディードの眼の前で腕を振り、反応がないことを確かめる。

 LPがごっそり半分ほど消費されたが、それに見合うだけの素晴らしい効果だ。


「流石に連発は無理ですか?」

「LP消費が重いし、何よりディレイがキツい」


 光を失った玉を眺め、レティが残念そうに耳を曲げる。

 まあ、それは仕方ないだろう。


「とりあえず倒すか」

「あいあいさー!」


 ちょうど動き始めたディードは、目を覚ました瞬間にレティの強烈な一撃を脳天に受け、そのまま沈黙する。

 そのアナウンスが鳴り響いたのは、ディードの解体をしようと俺がナイフを握ったその時のことだった。


『通信監視衛星群ツクヨミの第二次広域標準探査が終了しました』

『新たな未開拓領域が発見されました』

『重要資源地候補が四点、タカマガハラによって設定されました』

『これにより〈い号特別任務;竜鳴の断崖〉〈ろ号特別任務;鎧魚の瀑布〉〈は号特別任務;角馬の丘陵〉〈に号特別任務;雪熊の霊峰〉が発令されました』

『調査員諸君の迅速な行動を期待します』


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Tips

◇不寝のディード

 背中に無数の眼を持つ巨大な蜥蜴。皮膚は岩のように硬く、ごつごつとしている。縄張り意識が強く、一日の殆どを“巣”の中で眠って過ごす。一つの眼が眠っても他の眼は起きており、他の眼が瞬きしていても他の眼が開いているため、常に周囲を監視している。侵入者には容赦なく襲いかかり、無数の視界による予測できない変則的な攻撃によって翻弄する。特殊な能力は何も持たないが、巨大な身体と強靱な筋肉による物理攻撃と絶望的なタフネスによって須くを拒絶する。


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