第85話「自衛の為の平和的兵器」

「レティのハンマー、いくらくらい掛かったんだ?」


 ネヴァが槍を製作しているのを待つ間、手持ち無沙汰になった俺は興味本位でレティに尋ねた。

 彼女は少し思案顔になったあと、微妙な笑みを口元に浮かべて言う。


「正確には覚えてないですね。正式採用版になるまでに試作品をいくつか作って貰っていますし」

「牛を倒すときに使った奴以外もあるのか」

「はい。あの後もいくつか、ネヴァさんと構造や使用法を相談しながらブラッシュアップしてました」


 特異な発想というか、他に例を見ないオリジナリティに溢れる武器だからか、あの機械鎚の誕生には一言では語れないものがあるようだ。

 爆発と改造を繰り返し、なんとかイベントに間に合わせただけでも、その苦労が窺い知れる。


「あれ以降、似たような武器は広まってるのか?」

「さあ、どうでしょう? レティは掲示板に書き込んだりしませんが、ネヴァさんが他の人に同じ武器を売ることを禁止できるわけでもないので」


 そうは言いつつも彼女は今のところそのような話を聞いていないようだ。


「ま、あれはあれで結構使うのにコツがいるんですよ。主に爆発に巻き込まれない身体の動かし方とか」

「たしかにそれは、普通なら不要な知識だよな……」


 スキルでは補正の利かない、言わば“スキル外の技能スキル”か。

 それに、あのハンマーが〈杖術〉スキルだけでなく〈機械操作〉の習得も必須となっているのも、広まらない理由の一因になっていることだろう。

 〈機械操作〉スキルは便利だが、所詮は生活系スキルの一つに過ぎないのだ。


「そういえば、大鷲の騎士団に機械操作のトッププレイヤーがいたよな」

「ニルマさんですね」

「そうそう」


 瞬時に返ってくる答えに感心しつつ頷く。

 イベントの時、機械軍馬の戦馬車チャリオットを操っていたフェアリーの少年だ。

 彼くらいの域に到達すれば、いかに生活系スキルといえど立派な戦力として凶悪な仕事ぶりを発揮してくれることだろう。


「まあ、あの人とレティは少し方向性が違いますけどね」

「そうなのか?」


 椅子に深く沈み込んでリラックスした様子のままレティは言う。


「ニルマさんは動物型機械の運用に特化してるんです。カルビたちみたいな機械牛とか、機械馬とか」

「なるほど。確かにそんな気はするな」


 先日のことを思い出し、俺は頷く。

 レティのハンマーや、俺のレーザー銃、ドローンのような自律行動しない機械類も〈機械操作〉の範疇に入ってくるが、ニルマがそれらを使っている姿はあまり記憶にない。

 戦馬車チャリオットがそういうものに当てはまるが、それも機械軍馬ありきの代物だ。


「〈機械操作〉スキルを取得している人は、ニルマさんみたいな“機械獣使い”と、レッジさんみたいな“道具使い”に大別されるんですよ」


 同じスキルを持っていたとしても、その使い道はプレイヤーによって変わることがある。

 代表的なものが〈鑑定〉スキルだ。

 俺は解体後に手に入れたアイテムの詳細を調べる“鑑定”タイプだが、レティのような戦士職は生きている敵の弱点を探るためにスキルを使う“観察”タイプになる。


「そんな中でレティは、“機械獣使い”とも“道具使い”とも違う第三の選択肢を見出したというわけですよ!」


 誇らしげに胸を張り、高らかにレティが声を上げる。

 言うだけで気が済んだのか、立ち上がった彼女はすぐにぼふんと椅子に身体を落とした。


「普通に“道具使い”じゃないのか?」

「“道具使い”はあくまで戦闘とは直接関係しないスタイルなので。そうですね……“武機使い”とでも言いましょうか。レティのスタイルは戦闘の最中にスキルのテクニックをLP配分を見ながら的確に使っていく感じなんですよ」

「なるほどなぁ。とりあえず結構大変そうっていうのは分かった」

「そうなんですよ。LP配分、ほんとに少しでも気を抜いたら瀕死になっちゃうんですから」


 レティはテーブルに顎を乗せて嘆く。

 今まで集めた源石全てをLPの最大量拡張に投入した彼女でさえそう言うのだから、かなりシビアな感覚を要求されるのだろう。

 なればこそ、余計に機械鎚系の武器が広まりにくいわけだ。


「だからレッジさん、ちゃんとレティのこと見てて下さいね」

「はいはい。……ドローン的な何かにアーツの使用を肩代わりしてもらうことはできないか?」

「それじゃ意味ないんですよ!」


 ふと物凄い名案を思いついてしまった気がしたが、頬を膨らせたレティに一蹴される。

 今のところアーツを使えるドローンなんてのは開発されていないし、絵に描いた餅ではあるのだが。


「レッジさんの槍はどういうコンセプトにしたんですか?」

「ネヴァと相談してたろ」

「聞いてませんでした!」


 はっきりと断言するレティにがっくりと肩を落とす。

 ウサギ型ライカンスロープは耳が良いのではなかったのか……。


「耳が良いからこそ、普段は雑音まみれだからスルーすることにしてるんですよ」

「読心は鋭いのになぁ……」


 何気なく言うレティに薄ら寒い恐怖を覚えつつ、彼女の質問に答える。


「とりあえず、俺は戦闘力を追い求めてないからな。自分が助かる確率を上げることが第一だ」

「自分が助かる確率、ですか」


 よく分からないと首を傾げるレティに補足する。


「直接的な攻撃力は求めてないのさ。まあ、素材が素材だからそれなりにはなるだろうが」


 俺がネヴァに預けた素材、グレンキョウトウショウグンガザミは強敵だった。

 トッププレイヤーたちが一丸となって挑み、なんとか辛勝した相手だ。

 それだけに素材の潜在的能力は破格の一言で、それを使った武器ともなればかなりの数値を持つことだろう。


「俺はグレン某以外に、麻痺蛙パラライズトードとラピスの素材も渡してるんだ」

「麻痺蛙と、ラピス……。もしかして、状態異常狙いですか?」


 はっと顔を上げるレティに向かって頷く。

 ご名答だ。


「麻痺蛙はそのまんま麻痺、ラピスは石化。どっちも敵の動きを止める効果のある状態異常だ」

「それはまあ確かにそうですが……。麻痺毒はともかく、ラピスの石化はレティたちに扱える能力なんですか?」

「なんとかなるんじゃないか、ネヴァだし」


 訝るレティに俺は気負わず答える。

 彼女の無茶ぶりにも対応した名工だ、俺の些細な願いくらいなんとかしてくれるはずだろう。


「なんとかしたわよ、レッジ!」


 そこへ見計らったかのように現れるネヴァ。

 飛び上がって振り返ると、彼女は一本の短槍を持って仁王立ちしていた。


「名付けて、蛇眼蛙手の紅槍よ!」

「じゃがんかいしゅのこーそー?」

「長いな……」


 石突きで床を打ち鳴らし、ネヴァが槍の名前を上げる。

 レティが首を傾げ、深紅の刃を持つ槍を見た。


「ネーミングセンスは運営に言いなさい。自動的に名付けられちゃうんだから」


 そう言い捨てながら、ネヴァはテーブルの上にそっと槍を横たえる。

 柄はおよそ1mと少しの、短いタイプの槍だ。

 先端には燃えるように鮮やかな赤をした鋭利な刃が一つ、黄色い革で巻き付けられて固定されている。

 刃の根元には金色の玉が埋め込まれていて、柄の手元にはよく分からない小さなボタンのようなものが付いていた。


「レッジの注文通り、状態異常の付与を重視した設計になってるわ。切りつけたり突き刺したりするだけでも確率で麻痺状態にできるし、ここのボタンを押すと石化もできるわ」

「おお。ほんとに石化の眼を扱えるんだな」


 すらすらと説明するネヴァの声を聞き、感激する。


「レティのハンマーと同じで機構を埋め込んでるから、〈機械操作〉スキルが必要よ。石化を使うときは『発動トリガー』を使ってちょうだい」

「なるほど……。ぐ、結構LP消費が重いな」

「まあ石化だし、しょうがないわよ」


 武器のパラメータに表示された数値を見て思わず顔を顰める。

 こんなにコストが重ければ、戦闘中に何度も多用できるものではないだろう。

 最後の最後、奥の手といった所だろうか。


「しかし、なかなかイジり甲斐のある素材だったわね。能力値も槍にしてはかなり高くなったし、流石はレア素材ねぇ」


 心なしか肌をつやつやとさせてネヴァはうっとりと槍を眺める。

 深紅の刃はあの巨蟹の素材だろう。

 攻撃力はファングスピアーと比較にならないほど高く、切れ味も鋭い。

 これならば、自衛用の槍としては十分すぎる性能だ。


「ありがとう、ネヴァ。助かるよ」

「いいのよ。こちらこそレア素材を預けてくれて嬉しかったわ。メンテナンスも、任せて頂戴」


 恭しく頭を下げて感謝を示すと、ネヴァは白い毛先を指に絡めてはにかんだ。


「あとこれ、それぞれ微調整したシャドウスケイル装備ね。確認してみて」


 更に微調整を終えたシャドウスケイルを受け取り、それに着替える。

 俺とレティそれぞれの身体に合わせた調整により、さっきよりも一層着心地の良い仕上がりになっていた。


「新装備、いいですね!」


 薄墨色の服とカーキのジャケットに身を包み、レティが赤い瞳を輝かせる。

 彼女はうずうずとした様子で俺の間近に駆け寄って言った。


「早速、試しに行きませんか!」


 予想通りなその言葉に、俺とネヴァは揃って吹き出す。

 きょとんとするレティの赤髪に手を置いて、俺は頷いた。


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Tips

蛇眼蛙手ジャガンカイシュ紅槍コウソウ

 巨大な紅蟹の爪を用いた恐ろしく鋭利な刃を持つ短槍。麻痺蛙の皮が巻き付けられ、刃先にまで毒が染み渡っている。また内部に複雑な機構を埋め込み、操作することで敵を石化させる不思議な力を発動させる。敵の行動を阻害することを第一に優先させた特殊な槍であり、扱いには様々な知識と技量を要する。


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