第72話「ドローン作戦」
無数の蟹が蠢く深紅の大地を鳥瞰する光景がディスプレイの上に表示されている。
それを囲むレティ、ラクト、エイミー、アストラ、そして名前を知らない副団長の少女。
彼女たちが揃って驚きの表情を浮かべているのを見て、俺は少し胸のすくような気持ちがした。
手元にあるコントローラーを操作すると、ディスプレイの表示も変わる。
そこに映し出されているのは、俺が放った
「これはすごいですね」
「こんなに便利なものがあるなんて……」
大鷲の騎士団の二人が興味深くディスプレイを覗き込んでしみじみと言う。
俺は少し意外に思って、素直な感想を返した。
「大鷲の騎士団みたいな攻略組なら、ドローンくらい持っててもよさそうだが」
俺が考えつく程度のものだ。
俺よりもずっとこの世界に入れ込んでいる彼らならば、すぐにこれくらいの発想はあるはずだろうと思っていた。
しかしアストラは首を横に振ってそれを否定する。
「ラジコンのような、無人で簡単な攻撃をするドローンはありますよ。けれど、このような鮮明な映像を届けるものは……」
「レッジさん、で良かったですよね。このドローンの操作に必要なスキルを教えてくれませんか?」
アストラと揃いの銀鎧を着て腰に細いレイピアを佩いた少女が上目遣いに言った。
タイプ-フェアリーの少女は全体的に幼い外見をしているからか、こうして頼まれると断りにくい……。
「〈機械操作〉と〈撮影〉スキルだ。どっちもレベル20もあれば十分だな」
「〈撮影〉ですか……」
特に隠すようなことでもないので教えると、少女は顎に指を添えて考え込む。
細い眉をぎゅっと寄せて皺を作っている様子はなんだか微笑ましい。
「やっぱりそこがネックですよねぇ」
そこで口を開いたのは、意外なことにレティだった。
彼女はなぜか騎士団側のような顔をして、訳知り顔に頷いている。
「なんでレティがそっち側に立つんだよ?」
「いやいや、レッジさんくらいですからね? 〈撮影〉スキルなんてニッチなの上げてる人」
「ぐぅ、またその話か……」
いつもの展開が予想できて俺は顔を渋くする。
「恐らく今の時点で、〈撮影〉スキルにポイントを割いている団員はいません」
はっきりとしたアストラの断言。
それは世間的に〈撮影〉というスキルが攻略には不要だと認識されていることの証左だった。
「スクリーンショット撮ったりとかしないのか?」
「標準の機能でできますから、それで十分なんですよ」
「〈鑑定〉スキルと合わせたら『写真鑑定』なんてテクニックも覚えられるぞ?」
「それも初耳ですね……」
テクニックについて説明すると彼は更に驚いた顔になる。
まあ、〈撮影〉スキルは一定のレベルになるまではただのカメラを扱うためだけのスキルだからな。
そうそうに見切りを付けてしまった場合はその真価に気付かないのかもしれない。
「さっきの自動レーザー銃も〈撮影〉スキルを使って自動照準調整ができるんだ。個人的には〈機械操作〉と同じで他のスキルとのシナジーが大きいタイプのスキルだと思う」
「そう、みたいですね……。攻略に傾倒するあまり、すこし視野狭窄に陥っていたようです」
彼はそう言ってさわやかな笑みを浮かべる。
ショックを受けているはずの姿も絵になるのだから、素晴らしい。
一度彼にスキンを監修してもらうべきだろうか?
「あ、レッジ。何か見えたよ」
ディスプレイを監視していたラクトが声を上げる。
それを聞いて全員が視線を下ろしたとき、画面の端に何か大きな影が映った。
「いたわね。かなり大きかったわ」
エイミーが言う。
コントローラーを操作してドローンを動かし、周囲を見渡すと、それはすぐに姿を現した。
「うわ、でっかい!」
「これは……タカアシガニみたいだね」
「サイズは全然違うけどな」
レティがピンと耳を立て、ラクトがその風貌を評する。
ドローンのカメラに捉えられたのは、蟹の軍勢の真ん中に忽然と現れた巨大なタカアシガニのような姿だった。
足下の蟹とは比べものにならないほどの長さの脚を持ち、まるでタワーのように背高く屹立し、二本の腕をだらりと下げている。
黒い目がきょろきょろと動きしきりに周囲を見渡していた。
「あいつが司令塔か?」
「かもしれません。確証は持てませんが……」
眼光を鋭くしたアストラは、すでに映像から得られる情報を漏らすまいと集中しながら言った。
隣では副団長の少女がディスプレイを開いて何かの文章を打ち込んでいる。
「ぐっ!?」
その時だった。
突然画像がブレたかと思うと一瞬砂嵐が流れ、すぐに信号が途切れ真っ黒な画面になる。
「な、何が!?」
「ちょっと待てよ……」
ざわめく周囲を抑えつつ、俺はテクニックを使用する。
「『写真鑑定』」
新たなディスプレイが現れて、先ほどの映像の詳細なステータスが羅列される。
タイムログを開き、ドローンの情報も合わせて参照する。
「なにか強い衝撃でドローン自体が破損したらしい。……まてよ?」
映像が途切れる直前まで巻き戻し、再生する。
画面の縁を黒い影が過っていた。
「これはなんだ?」
「れ、レッジさん! 地面見て下さい」
何かに気付いたレティが声を上げる。
彼女の指さす方を見ると、巨蟹たちの蠢く紅い地面に、細い影が伸びている。
「まさか、タカアシガニの攻撃か?」
「そんな……。素早すぎる」
アストラが愕然として声を漏らす。
悠然と立っているように見えたタカアシガニの身体から、その細い影は伸びていた。
あの細長い腕をふるって、ドローンを的確に壊したのだ。
――まるで、煩わしい羽虫を叩くように。
「これは中々手強いみたいだぞ」
「そう、ですね……。アイ、銀翼の皆を招集してくれ」
「ぎ、銀翼の皆さんですか!? 前線の根幹ですよ?」
アストラは傍らの少女――アイというらしい――に指示を下す。
アイは驚きを隠せず聞き直すが、彼はしっかりと頷いた。
「ぎ、銀翼ですか……」
「知ってるのか、レティ」
「銀翼の団は大鷲の騎士団の前身にあたる組織です。アストラさんを含む創設者のメンバーで構成されていて、それぞれが一騎当千と謂われ高い実力者ばかりですよ」
むしろなんで知らないんですかとレティの視線が語っている。
悪いな、世間知らずなんだ。
「銀翼一人につき一班を代替して戦線を維持しろ。ここのヒーラーは各所に配置を変換してもいい」
「わ、分かりました!」
アイは頷くと通話機能を使い、メンバーに伝達する。
その間にアストラは装備を調え、砦の足下に並ぶプレイヤーたちの状況を確認する。
「レッジさん、あのタカアシガニはどのくらいの位置に?」
「北西だが、1km以上離れてるぞ」
彼は口元に甘い笑みを浮かべて目を細める。
「それくらいなら大丈夫でしょう」
どうやら彼は、いや彼ら銀翼とやらはかなり自信があるらしい。
今も攻め続ける巨蟹の軍勢を突破して、タカアシガニに挑めるだけの実力を確信しているのだ。
だからこそ、俺も彼にできる限りの援助を送る。
「蟹たちは総じて物理攻撃に強くてアーツ攻撃や属性攻撃に弱いらしい。タカアシガニのHPはルボスくらいだから、かなり多いみたいだ」
「……それも写真鑑定で?」
「便利だろう?」
「そうですね。俺のビルドも少し考え直した方が良いかもしれません」
そう言って彼は爽やかに白い歯を見せる。
顔が良い……。
「よぅアストラ、緊急招集たぁ騒がしいじゃねぇか」
「そうだよ、僕もうびっくりしちゃった!」
アストラが出撃の準備をしつつアイに細やかな指示を下していると、四人の男女が砦の屋上に現れる。
彼のような銀ピカの鎧は着ていないが、揃って騎士団のブローチを着けている。
彼らが銀翼の面々なのだろう。
「素早い招集感謝するよ。あらましは聞いてるね?」
「新しいデカブツが出てきたんだろ? ぶっとしに行こうぜぃ」
暗い色合いの古びたコートに身を包み、肉厚なサーベルを二本持った男が尖った歯を向いて笑う。
「僕の
元気よく手を上げて言うのはタイプ-フェアリーの少年。
あどけない顔立ちに似合わない、長い鞭を持っている。
「わ、私はただ強い敵と戦いたかっただけだし? 別にアンタに集まれって言われなくても来てたんだからね」
もはや感動すら覚える台詞を恐らくは素で言っている様子の彼女は、格闘家風の装いをしている。
タイプ-ゴーレムの女性であることも含めて、エイミーが凄く親近感を抱いているようだった。
「ふふ。そんなこと言ってフィーネちゃん凄く走ってたじゃない」
おっとりとした声で言うのは白いローブを着込んだヒューマノイドの女性。
魔法使いのような杖を持っていて、実際アーツを主体に据えているらしい。
「わ、わ……銀翼の皆さんを生で見られるなんて……」
砦の屋上に勢揃いした面々を見て、レティががたがたと震えていた。
そんなに緊張するほどなのだろうか?
「なんでレッジさん知らないんですか……。〈灰燼〉のアッシュさん、〈獣帝〉のニルマさん、〈崩拳〉のフィーネさん、〈秘玉〉のリザさん……。全員がそれぞれの分野の頂点に立つ紛う事なきトッププレイヤー、最前線を押し上げ続けている最強の五人なんですよ!」
拳をぎゅっと握り熱弁を振るうレティ。
彼女の大きな声は銀翼の五人にも届いていたようで、それぞれに照れたりしかめっ面になったりと反応していた。
「うぅ、握手してほしい……」
「イベントが終わればいくらでも。でも今は少し待っていて下さい」
町中で偶然芸能人を見つけた女子大生みたいな反応をするレティに、アストラが苦笑気味に言う。
彼は集まった仲間に顔を向けると、胸を張って口を開く。
「それじゃあ、サクッと倒しに行こうか!」
彼の号令を受け、銀翼の面々は行動を開始した。
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Tips
◇ドローン
四つの小型回転翼を有した小型無人飛行機。攻撃的な機能は皆無だが、高性能カメラを搭載し、遠隔地の映像を使用者のもとへと送信する。行動可能距離は〈機械操作〉スキルに依存する。
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