第66話「フォルテ」

 白く輝く月を背に、巨鳥は美しい翼を広げていた。

 眉を寄せこちらを睥睨する相貌は美しく、麗色の名を冠することを強く納得させられる。


「あれがフォルテだな」

「そうみたいですね」


 レティはハンマーを構え臨戦態勢に入る。

 その隣ではトーカが静かに立ちながらもそっと鞘に手を添えた。

 各々が意識を切り替えていく中、フォルテもまた不届きな闖入者に制裁を加えるべく、巣の中央へと降り立つ。

 土埃と共に細い木片が巻き上がり、しかしそれは自由落下することなく宙で静止する。


「なに?」

「っ! 皆さん屈んで下さい」


 レティの大喝。

 反射的に膝を折り、地面に密着する。

 瞬間、鋭く尖った木片が勢いも凄まじく飛来する。


「くっ。『再生の円域リジェネレイトサークル』!」


 咄嗟にアーツを発動させ、俺は自分の周囲に青緑色のサークルを出現させる。

 三人もそのフィールドに囲まれ、木片で負った傷を少しずつ治していく。


「助かります」

「なんの。とりあえずで持っておいたチップが役に立って良かったくらいだ」


 このアーツのエレメントである『再生リジェネレイト』のチップは、それなりに難易度の高い任務の報酬で得たものだ。

 かなり苦労して入手したものだがいまいち使い処がなく、今までずっと死蔵していた。

 こうして咄嗟に使えた自分を褒めてやりたいくらいだった。


「風が止みましたね」

「よぅし、反撃の時間です!」


 レティがやる気を漲らせ、前を睨む。

 羽を畳んだフォルテは悠然と佇んでいる。

 月夜の朧な明かりの下でも、その艶やかな羽はまるで一つ一つが光を放っているかのように輝いている。

 先端に向かうほど彩度を増す美しいグラデーションで、まるで宝石を纏っているかのような高貴な気品を漂わせている。


「『野獣の牙』『野獣の脚』『攻めの姿勢』『修羅の構え』『獣の咆哮』!」


 彼女は足下の枝を踏み砕き、ハンマーヘッドを引きずりながら疾駆する。

 数秒でフォルテの足下まで接近し、その勢いのままハンマーを振るう。


「『爆砕破』!」


 しかし彼女の一撃はフォルテの柔らかな羽根の中へと吸い込まれる。

 骨や筋肉を捉えることができなかったのか、与えられたダメージはごく僅かでしかない。


「――彩花流・『菖蒲斬り』」


 そこへ間髪を入れずトーカが刀を振るう。

 斬撃属性の攻撃は羽根を切り、吹雪のように風に散らす。

 自慢の羽根を撫で切りにした敵を見下ろし、フォルテは憤り甲高い怒声を上げる。


「ぐぅっ」

「く、これは……ッ!」


 ブルブルと大気を揺らす激音にレティとトーカは堪らず膝を折る。

 圧となってのし掛かる圧倒的な音の激流に、彼女たちは押しつぶされていた。


「――『遠投』!」


 月光に小さな閃きが走る。

 瞬間、フォルテが大きく頭を揺らし、轟音が止む。


「ミカゲ、助かったわ!」


 トーカがバネのように飛び上がり体勢を整える。

 横に視線を向ければ、ミカゲが両手に苦無を構えて立っていた。


「苦無も使えるのか」

「遠距離の投擲は、こっち」


 そういう彼の覆面の隙間から見える目はどこか自慢げだった。


「っと、俺も仕事しないとな」


 槍を持ったまま、前衛の彼女たちに向けて詠唱コードを投げる。


「『湧き出る力パワーブーストの円域サークル』『従う障壁フォローバリア』」


 レティたちの足下に赤いサークルが現れ、半透明の青白い盾が周囲をぐるぐると回る。

 これで彼女たちの攻撃力が一時的に上昇し、さらにダメージを一定の数値カットされる。


「レッジさんも多彩になってきましたね」

「まあ色々探し回ってたからな。フォローは任せろ」

「はいっ!」


 幾重ものバフを受け、攻撃力を大きく増大させたレティは今度こそと狙いを定める。


「トーカさんも」

「分かっていますよ。――彩花流・『絞り桔梗』」


 タンッ、と軽快な音と共にトーカの姿が掻き消える。

 フォルテの周囲をぐるりと回る青紫の閃光が走り、一拍の間を置いて斬撃がなぞる。

 巨鳥は劈く悲鳴を上げ仰け反り、大きく体勢を崩す。

 その大きな隙を逃さず、レティは巨体を駆け上る。


「『決死の一撃』――『旋回撃』!」


 赤黒い炎が彼女を包む。

 その身を燃やし、LPが一息に五割削れる。

 彼女はそのままフォルテの細い首を伝い頭に到達し、大きく跳躍。

 白い月面に影を咲かせ、重力に従い落下する。

 大きく槌を振るい、ぐるりと回転する。

 二転三転と落下と共に速度を増し、フォルテの首筋を撫でるように抉っていく。


「『フルスイング』ッ!」


 着地と同時にヘッドを大きく旋回させ、彼女は最後の一撃を放つ。

 フォルテの身体が大きくへこみ、衝撃に波打つ。

 絶叫が密林中に響き、バサバサと鳥たちが一斉に飛び立つ。


「レティ、トーカ、離れろっ」


 後方でそれを見ていた俺は、フォルテが大きく翼を広げたことにいち早く気付く。

 二人が退避した瞬間、数秒前まで彼女たちが立っていた場所目掛けてフォルテが翼を羽ばたかせる。


「きゃあっ!?」

「く、ぅ!」


 鋭い風圧は刃物のような鋭さとなって彼女たちを撫でる。

 LPがガリガリと削られ、レティは危険域に達した。


「『選択する治癒の円域セレクトヒールサークル』!」


 口早に詠唱を行い、彼女のLPを回復する。

 減少量と回復量が拮抗し、やがて回復量が上回る。

 彼女のLPが5割以上の安全域に戻ったのを確認して、俺はトーカの回復に移った。


「『分身』『影縫い』」


 その間にミカゲは三人に分身し、左右に展開する。

 ぐるりとフォルテを囲んだ彼の分身たちは同時に棒手裏剣をその足下目掛けて投げる。

 すると棒手裏剣がフォルテの影に刺さった瞬間、フォルテ自身が苦悶の声を上げて地に落ちた。


「ミカゲも凄いことができるんだな」

「〈忍術〉は、いろいろ便利」


 驚く俺に彼は目を細める。

 やはり中々愛嬌のある青年じゃないか。


「しかしまた飛ばれたら面倒だな」

「大丈夫です。レティがやります」

「私も、ミカゲが動きを止めてくれたのであれができます」


 小さく零した言葉に、通話越しに聞いていた彼女たちが答える。

 二人の頼もしい声に俺は思わず笑みを浮かべてしまった。


「『野獣の牙』『攻めの姿勢』『修羅の構え』――」

「彩花流・一式抜刀ノ型――」


 影に囚われ動きを封じられたフォルテの前に立ち、二人はそれぞれに技を向ける。

 レティが大きくハンマーを振りかぶり力を溜めると同時に、トーカは刀を鞘に収めて足を引き腰を低く落とす。


「――『岩砕き』!!」

「――『花椿』」


 巣全体を揺らす崩落の音が響き渡る。

 巨大なエネルギーがフォルテの身体の中心を狙い穿ち、全身の骨を砕き筋を断つ。

 鮮血にも似た赤い剣閃は一瞬のうちにその首を両断し、椿の花のような飛沫を上げる。

 断末魔は夜の空を津波のように浸食し、星々の光さえ揺らして轟く。

 そうした後に巨鳥はゆっくりと弛緩し、その巨体を木屑の巣の上に横たえた。


「――……ぃやったあああ! 倒しましたよ、レッジさん!」

「ふぅ、久しぶりに思い切り剣を振ると楽しいですね」


 緊張の糸が一気に断裂し、弾かれたようにレティが飛び跳ねる。

 その隣でトーカがさっぱりとした表情で額の汗を拭い、晴れ晴れとした目でフォルテを見上げた。


「ミカゲもお疲れさん」

「レッジさんも、お疲れ様」


 男達も互いに労い、ボスの討伐を祝福する。

 その直後、猛然と走り寄ってきたレティの突撃を下腹部に受けて潰れたカエルのような声を出したが、それは余談だ。


『〈彩鳥の密林〉のボス、麗色のフォルテが討伐されました』

『調査可能領域が拡張されました』

『〈彩鳥の密林〉に高速装甲軌道列車ヤタガラスの発着ポータルが解放されました』


 堰を切ったように流れる怒濤のアナウンス。

 それと共に木々を掻き分け現れる、黒鉄の列車。

 皆が感慨に耽る中、俺はナイフを取り出し最後の大仕事に取りかかるのだった。


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Tips

◇麗色のフォルテ

 〈彩鳥の密林〉の頂点に立つ巨鳥。鮮やかで美麗な翼を持ち、鈴のように清らかな声で鳴く。本来温厚な性格ではあるが、テリトリーである巨大な巣に立ち入った者には容赦無く襲いかかる。強靱な翼が舞い上げる風は鋭く、絹を裂くような声は空を震わせる。


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