第65話「刀を持つ理由」
トーカたち狩猟班の尽力は素晴らしく、俺が釣りに出かける暇も無く幻影蝶が運び込まれてくる。
その頃には俺もなんとなく昆虫の捌き方を手に覚え、一匹一匹の処理する時間もかなり短縮することができた。
「なんだか惚れ惚れする手際の良さですね」
「最初の頃を思い返すと驚くほど最適化されてますね」
「……あの」
俺は半ば手癖で蝶を解体していきながら、テーブルに手をついて顎を乗せる二人の少女を見下ろした。
「あ、どうぞお構いなく」
「私たちは静かに見ていますので」
「いや、集中できねぇよ」
そそ、と作業を促す二人だがそんなに見られては集中力も途切れてしまう。
どうして狩りに出かけている筈の二人に作業を見守られているのか。
それは単純に、幻影蝶の至極鱗粉が目標数に到達したからだった。
「あとは残りの蝶を消化するだけですし、そこまで集中しなくてもいいのでは?」
律儀ですねぇとレティが呟く。
「勿体ないだろ。せっかく三人が集めたんだ」
「なんだか照れますね……。実際はただの蝶なんですが」
どこに照れる要素があるというのか。
俺は肩を竦めながらも次の蝶に手を伸ばし、空を掴んでようやく気付く。
どうやらこれが最後の蝶だったらしい。
「終わったな。ふぅ、疲れた……」
「お疲れ様です。ありがとうございました」
両手を上げて肩を解すと、鱗粉を集めていたトーカが深々と頭を下げてくる。
適当に手を振って顔を上げて貰い、俺は至極鱗粉15個を彼女にトレードする。
「これで必要数は集まったな」
「はい。とても助かりました」
「一応まだ三つ残ってるが、どうする?」
「それはレッジさんが持っていて下さい。依頼料のようなものということで」
くすりと口元を指で隠して笑みを浮かべてトーカが言う。
俺はありがたく受け取ることにして、それらを他の素材と共に簡易保管庫の中に収める。
その時、トーカの方へ着信があったらしく、彼女は耳を押さえて虚空に視線を向けた。
「はい。……ええ、分かったわ。こちらも今ちょうどレッジさんの作業が終わったところだから、すぐに向かうわね」
通話を切り、トーカがこちらへ振り向く。
ナイフを仕舞いながら彼女に話しかける。
「ミカゲか。見つかったって?」
「はいっ」
彼女はうきうきと浮つく気持ちを隠そうともせずに笑みを浮かべて頷いた。
ミカゲは一足先に密林の中を飛び回り、その機動力を活かして麗色のフォルテの巣を探す斥候役を買って出てくれていた。
彼から連絡があったと言うことは、タイミング良く巣を見つけることができたのだろう。
「それじゃあ早速出発するか。キャンプは機能停止するが、LPは大丈夫か?」
「はい。レッジさん見てる間に全回復しています」
「レティさんに同じく、です」
気合い十分といった様子の二人だ。
俺も槍を取り出し、触媒のナノマシンの数を確認する。
「ハラミとサーロインも待機させてていいですか? たぶんカルビだけで積載量は十分だと思うので」
「ああ。一応キャンプの周りに罠も仕掛けておくし、篝火も点けておくから。多分大丈夫だろ」
レティは三頭の機械牛たちに指示を出し、一頭だけが彼女の足下へやってくる。
他の二頭はテントの入り口そばで膝を折って待機状態になる。
「それじゃあ、行きましょうか!」
レティの元気な声に合わせ、俺たちはミカゲの現在地を目指して密林へと繰り出した。
「うーん、やっぱり結構暗いんだな」
ランタン片手に木々を掻き分けて進み、俺は目の前の蔦を払いながら愚痴を零す。
「まあ夜ですし、密林ですし」
「でもレッジさんのランタン、凄く便利でいいですね」
〈野営〉スキルを持っていないトーカは、俺の提げるランタンの光を見て羨ましそうな目を向けてくる。
これのお陰で大抵の原生生物が近寄ってこないため、俺たちは比較的平和に夜の密林を進むことができていた。
「一応レティも使えるんだがな」
「レティはもうランタンごとストレージにほっぽってますよ」
「ほんと何のためにサバイバーパック選んだんだ……」
ズレてきたリュックを背負い直し、俺は呆れ顔になる。
サバイバーパック難民同士苦難を共にした筈なのに、今や彼女のビルドの中にその面影は殆ど残っていない。
「だから、リュック目当てだったんですって」
そんなレティは今も背負っている濃緑の迷彩色をしたリュックを見せびらかす。
ぶっちゃけそれも、カルビたちがいるなら要らないのでは? と思わないこともない。
リュック系の装備は移動速度にバッドステータスが加算される傾向にあるのだ。
「お二人は本当に仲良しですね」
そんなことを言い合っていると、先頭を歩いていたトーカが振り返って微笑む。
「まあ、このゲーム始めて初日からの付き合いだからな」
「なかなか奇遇な出会いでしたねぇ」
別に遙か昔のことと言うわけでもないはずだが、これまでの体験が濃密すぎてもはや懐かしさすら感じてしまう。
俺とレティの出会いをトーカに説明すると、彼女はうっとりとした表情を浮かべて何度も頷いた。
「いいですね。まさに運命的な出会いじゃないですか」
「まあな。未だにポッドが同じ場所に落ちてきた話は聞いたことがない」
ランダムとはいえ、このゲームのフィールドはかなり広い。
今思い返してみてもレティとの出会いは衝撃的だった。
「トーカとミカゲは、なんていうパックを選んだんだ?」
「セイバーパックです。剣と防具と、回復用最下級アンプルが同梱されてました」
「なるほど。王道だな」
まあ、彼女のビルドを考えれば当然の選択だろう。
セイバーパックは最も
「あれ、ミカゲさんもセイバーパックなんですか?」
レティが気がついて首を傾げる。
確かに彼は忍び刀を持っているものの、メインウェポンは手裏剣のはずだ。
「あの手裏剣、短剣という分類なんですよ。基本は〈剣術〉スキルなんですが、〈投擲〉スキルも影響する武器種です」
「へぇ。それは面白いな」
俺は他の武器スキルの事情をあまり知らないから、こういう話は興味深い。
「ちなみに私の刀は両手剣系統のカタナという武器種です」
「刀は刀で独立してるんだな」
「はい。おそらくは、流派による都合かと」
彼女の言葉には少なくない確証が込められていた。
他ならぬ、流派という概念を発見した彼女だからこその確信があるのだろう。
「いいですよね、流派。レティもなにか流派を見つけたいです」
「爆裂兎流とかか」
「なんかからかってませんか!?」
もっとかっこいいの! とレティが頬を膨らせる。
しかし、今もネヴァと意見を交わしながら改良を続けている新武器のこともあって、そんな流派がしっくりくる。
「ふふふ。流派は強い信念を持っていればいずれ見つけることができると思いますよ」
憤るレティに微笑みかけ、トーカが助言を与える。
「私の場合は、ずっとウッドソードという木刀で素振りしていたら発現したんです」
「強い信念ですか……」
「はい。私はプレイ開始からずっとカタナ系以外の武器を握ったことがありませんから」
さらりと言うが、なかなかに恐ろしいことだ。
セイバーパックに同梱されている刀剣データにカタナ系統のものはないため、彼女の言うことを実行しようと思えば、町のショップを探し回る必要がある。
「流石に堂に入ってるな」
「うふふ。リアルでも剣術を嗜んでいるので、こちらでも手に合う武器を使いたいと思いまして」
可愛らしく笑むトーカ。
その言葉に俺たちは一様に驚いた。
「リアルでも剣をやってるのか」
「すごいですね! リアルサムライ娘なんですね!」
「さ、サムライ……。ただ小さな道場の娘というだけですよ」
キラキラと目を光らせて迫るレティに頬を赤らめつつ、トーカは苦笑して言う。
「ということは、ミカゲさんはリアルニンジャボーイなんでしょうか!」
「……違う」
「うぴゃっ!?」
紅潮して勢いのままに喋るレティ。
突然その後ろから、ぬっと現れたミカゲはふるふると首を振ってそれを否定した。
突然の出現にレティは飛び上がり、それを見て俺は思わず吹き出す。
「ふっ、くくっ……。ふぎゃっ!?」
「人のこと笑うなんてシツレーですよ!」
「だからって足踏むことないだろ……」
ヒンジが曲がっていないかと足首をぐるぐる回す。
幸いなんともないらしく、俺はほっと胸をなで下ろし、改めてミカゲの方を向いた。
「やあ、斥候役ありがとうな」
「こういうのは、得意」
彼は少し俯きながら頷く。
そんな彼の肩をぽんと叩くと、ピクリと跳ねて驚かれた。
「す、すまん。ちょっと気安かったか」
「いや、びっくりしただけ。……大丈夫」
そういって彼は頷く。
隣でレティが何か言いたげだったが、目を向けるとぷいっとそっぽを向かれてしまった。
「それよりミカゲ、ボスの巣はこのあたり?」
トーカが弟に尋ね、彼は頷く。
「うん。この近く」
そう言って彼は姉にかわって先頭に立ち、森の中を進む。
程なくして、俺たちは木々のない空けた空間を見つけることになる。
「……ここか」
それを見下ろして言う。
ミカゲが頷き、トーカたちは恐る恐る縁までやってくる。
「巣っていうレベルじゃないですね……」
「闘技場、コロッセオってこんな感じじゃないですか?」
二人が互いの手を握って感想を漏らす。
それは、巨大なクレーターのようにも見えた。
しかしよくよく目を凝らせば全てが木の枝で巧妙に組み上げられていることが分かる。
その中に少なくない数の骨が混じっているのは、巣の主の強さの証明なのだろう。
「ここが、麗色のフォルテの巣か……」
そう呟くのとほぼ同時に、上空から暴風が吹きすさぶ。
腕で顔を覆って見上げると、月夜の空に巨大な影が浮かんでいた。
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Tips
◇鉄刀・沸き花
高純度の鋼を用い、幾度となく強化を重ねた刀。銀の刀身には花のような波紋が浮かび、そよぐ風のような切れ味を持つ。
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