第64話「夕餉は歓談とともに」
「――せっかくだから密林のボスも倒すか」
揺らぐ炎のオレンジを見ながら塩焼きにした魚を飲み込んで言う。
串を両手に持ったレティが小首を傾げ、脂の付いた唇を拭いながらトーカが頷いた。
俺がつり上げた魚は〈解体〉スキルによって鱗を落とされ、串に刺して火に掛けるというワイルドな調理法によって、立派な焼き魚になっていた。
グラトニーフィッシュという名前の通りでっぷりと太った白身はむっちりとしていて、噛めばじゅんわりと脂がにじむ。
しっかりと振りかけた塩の味が余計に旨味を相乗し、予想以上に美味しく仕上がった。
特にレティとトーカの女性陣はこの魚をいたく気に入ったようで、今焚き火の周りに並んでいるのは新たに釣り上げた追加分だ。
「いいですね。四人いれば、恐らくすぐに倒せると思います」
何本目かも分からない魚のぱりぱりとした皮目に歯を立て、レティは至福の表情を浮かべる。
喉を鳴らし、ぺろりと唇を舐めて、彼女はようやく言葉を返してくれた。
「俺を戦闘員に数えない方がいいと思うが……。まあ〈支援アーツ〉もそろそろレベル上げていきたいしな」
折角足を延ばしてきたのだから、どうせならここのボスの源石も入手しておきたい。
一週間後に迫った第1回イベントの為にも、少しでも源石を集めておく意義は大きい。
ラピスも倒せたレティもいるのだから戦力的には十分以上だろう。
それに俺も今回は
ずっとキャンプで留守番というのは、思った以上に退屈なのだ。
たまには刺激的な活動もしておきたい。
「レッジさん、ここのボスのことは知っているんですか?」
「いや全然」
「ええ……」
素直に首を振って否定すると、彼女はカクリと肩を落とし呆れ顔でため息をつく。
「なんでボス倒すなんて言ったんですか」
「レティなら調べてそうだなぁって思って」
「そ、そうですか……」
マメな彼女のことだ。
休憩中にこのフィールドについて粗方調べているだろう。
そんな俺の予想は当たっていたらしく、彼女は頬を赤らめ俯いて前髪を指に絡ませる。
「そういう訳で、ご教示頂けるとありがたい」
「いいでしょう。……とはいってもレティが知ってるのはWikiに書いてあることだけですよ?」
そんな前置きをしつつ、彼女は〈彩鳥の密林〉の支配者について語り出す。
「ボスエネミーの名前は、麗色のフォルテ。四ボスのうちの一頭なので、既にそれなりの数が討伐されていて、データもかなり集まっていますね」
彼女は更に続ける。
何かを参照している様子は無く、驚くことに完全に記憶しているらしい。
「外見はとても大きくした日向鳥のようなものらしいです。綺麗な極彩色の羽根をしていて、ゴージャスみたいですよ」
「へぇ。それは撮り甲斐がありそうだ」
当然今回もカメラは持ってきているので、シャッターチャンスがあればなるべく逃さず写真に収めていきたい。
レティの物言いからして、かなりフォトジェニック、えーっとうんたら映え? するボスなんだろう。
「ていうか、そろそろブログ……」
「レッジさんそれずっと言ってますね」
その割にはなかなか始めないですけど、とレティがからかうように言う。
事情を知らないトーカとミカゲはきょとんとしていたが、レティにあらましを伝えられ反応に困ったような笑みを浮かべた。
「ブログ、開設したら是非教えて下さい」
「あ、ああ……。まあそのうちな……」
いつになるんですかねぇ、とレティが視線を向けて言外に追及してくる。
俺は努めてそれを避け、脱線しかけた話題を元に戻そうとする。
「そ、それでフォルテはどこにいるんだ? 鳥だし、やっぱり木の上とかか」
「出現する場所は密林の奥にある巣だとか。あんまり大きいので樹上ではなく地面にあるみたいですが」
「巣、ですか……」
神妙な表情を浮かべ、トーカが頷く。
「足下が不安定な可能性は高そうですね」
「はい。木の枝を主な材料に組み上げた、良くある鳥の巣みたいですね。かなりでこぼこしている上にお椀状になっていて、移動するのにも多少慣れが必要だとか」
今まで俺とレティが戦ってきたボス――カイザー、ルボス、ラピスの三体は、どれも足下がしっかりとしていて立ち回りやすい地形での戦闘だった。
だからこそ彼女たちも全力を出し切って、満足に戦うことができたのだが……
「フォルテの場合は少し立ち回りも考えないといけないかもですね」
レティの意見に三人同時に首肯する。
地形が特殊である以上、今までのボスより苦戦する可能性は高い。
しかし同時に、その時よりもスキルは成長しているため、案外簡単に御すことができるかもしれない。
「とりあえず戦ってみないと詳しいことは分からんか」
「そうですね。レティも実戦あるのみだと思います」
焼き魚を三口で食べきり、レティは満足げに下腹を撫でる。
腹も満たされ、戦意は十分高まっているようだ。
「じゃあ作戦は、高度な柔軟性を維持しつつ実地にて戦況を適切に判断し臨機応変な行動を機動的に遂行するということで」
「つまりは行き当たりばったりってことですね!」
トーカにバッサリと切られしょげながら頷く。
せっかく格好付けたのに。
「だがまあ、その前にやることやっておかないとだが」
「やることですか?」
気炎を上げていたレティが不思議そうに首を傾げる。
俺は肩を竦め、トーカの方を見る。
「ああ。まずは幻影蝶の素材を集めてからな」
時刻は夜に差し掛かり、夕暮れの空は薄墨を垂らしたようにだんだんと黒くにじんでくる。
それはつまり、もうすぐ幻影蝶たちが羽ばたき始める時間だということだ。
はっと気がついたレティは頬を赤らめ、そうでしたと耳を折る。
「腹ごしらえも済みましたし、ボス戦前にもう一仕事しましょう」
「俺のスキルも上がってるから、張り切って持ってこい」
トーカが立ち上がり、側に置いていた刀を腰に差す。
「ごちそうさま。――行ってきます」
ミカゲは覆面を着けると早速夜闇の中へと消えていく。
「じゃあ行ってきます!」
「おう。気をつけてな」
そしてレティはファングハンマーを手に取ると、カルビを連れてトーカと共に森の奥へと発っていった。
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Tips
◇グラトニーフィッシュの塩焼き
グラトニーフィッシュの鱗を落とし、シンプルに塩を振って焼いた料理。お手軽だが素材の味を一番楽しめる調理法。化粧塩で仕立てたヒレはパリッとしていて美しい。
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