第45話「スパルタ教室」

 ラクトと共にやってきた〈始まりの草原〉には、今日も多くのプレイヤーの姿があった。

 続々とユーザー数は増え続けているようで、当分はこの賑わいが落ち着くことはないだろう。盾を構え剣を握る青年と、その後方で弓を構える少女。気心知れていそうな壮年の男性たち。兄弟のようにも見える若い二人組。目に入るパーティも多種多様で、どれも和気藹々とした雰囲気だ。


「さて、それじゃあ師匠、よろしく頼む」

「よかろう」


 俺は隣に立ったラクトへと向き直り、彼女のつむじを見下ろした。

 ぺこりと頭を下げると、彼女は胸を張る。

 とはいえ俺が使いたいのはLPを回復させるアーツなのだが、どうやってレベルを上げていくのだろうか。


「それじゃあまずはアーツの作り方から教えるね」

「作り方……。パーツチップを組み合わせるんだったか」

「そう。とりあえず『応急処置』のチップを出して」


 言われるがままインベントリを開き、小さなチップを取り出す。

 手のひらに載せてラクトに見せると、次の指示が出された。


「チップの真ん中を押して、カスタムウィンドウを出して」

「こうか」


 カチッと浅くチップが押し込まれ、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がる。


「その画面でアーツをカスタムしていくんだよ」

「ふむふむ。このメニューに表示されてるのが、俺が持ってるパーツチップだな」

「そういうこと!」


 なるほど。ここまではついて行けている。


「とはいっても、『応急処置』はそのチップ1つでアーツになるから最初はカスタムしなくていいよ」

「そうなのか?」

「うん。逆に変なカスタムしちゃうと消費LPとか大変なことになるから」


 確かにカスタムウィンドウのステータスを見てみれば、『応急処置』はそれだけで発動が可能らしかった。

 消費LPは5、効果は対象のLPを少量回復というものだ。回復量はスキル値に比例して増加していくらしい。

 試しに『応急処置』のアーツに『強化』のチップを繋げてみる。


「うわっ」


 途端に消費LPだけが15に変化し、効果は何も変わらない。


「だから言ったでしょ? 『強化』は他のチップを接続するための土台みたいな役割だから、それ単体だと意味がないんだよ」

「そうなのか……。しかし消費LPだけは増えるのが納得いかないな」

「消費LPはチップが増えれば問答無用で増えるからね」


 そう言ってラクトはカラカラと笑う。

 とりあえず『応急処置』のアーツの使用条件は〈支援アーツ〉スキルレベル1だったから、そのまま使ってみることになった。


詠唱コードはステータス欄に書いてあるからね」

「これだな。――『応急処置ライトヒール』」


 発生と同時にLPが5ポイント消費される。そして俺の左手が淡い緑色に輝いた。


「おお!? なんか光ったぞ」

「それがアーツの姿だよ。今回はオブジェクトパーツを接続してないからそんなのだけど、色々な形があるんだ」


 オブジェクトパーツというのは、アーツの外見や形状を決定するチップのことらしい。

 たとえばラクトのよく使うアーツの中では『矢』というチップがオブジェクトパーツにあたる。これによって彼女のアーツは矢の姿を持ち、敵の方へ射ることができるのだ。

 ちなみに『応急処置』はエレメントパーツと呼ばれ、アーツの能力や性質を決める要素だ。


「それで、無事にアーツが使えたのはいいが、これ回復アーツだよな?」

「そうだね」

「でも俺のLPは回復してないんだが」

「射程が短いからね。左手を胸、えっと"勾玉"の上にくっつけて使ってみて」


 言われたとおり、胸元に手を置く。ファングシリーズに隠れて見えないが、その下にはLPの根源である“八尺瓊勾玉”が埋め込まれている。それに届くように念じながら、再度詠唱を行う。

 淡い緑色の光を左手が発し、今度はじんわりとLPが回復していった。


「おお、本当だ。でもこれこんなに射程が短いのか」

「まあね。ただの『応急処置』だし」


 あっけらかんと言うラクトだが、これは少々困る。

 俺はパーティメンバーの回復役を目指しているが、これでは最悪ハラスメント行為でアカウント停止されてしまうのでは?


「まあ当然このままだと使いづらいよね。だから、はいこれ」


 最悪の事態を危惧していると、ラクトがにゅっと手を差し出してきた。その上には二枚のチップが乗っている。


「これは?」

「『選択』と『円域』のチップだよ。これを『応急処置』にくっつけてみて」


 それらを受け取り、指示通り3つのチップを組み立てる。そうすると当然、アーツの詠唱コードは長く、そして消費するLPも増える。


「よしよし。それじゃあわたしに向かってアーツを使って」

「分かった。『選択するセレクト応急処置の円域ライトヒールサークル』」


 詠唱を終えると、俺の足下を中心に緑の光の輪が広がる。

 それがラクトの足下まで届き、彼女の身体も包み込んだ。


「うん。成功だね!」

「成功なのか?」


 満足げに頷くラクトを見て俺は訝る。

 いまいち成功した実感が湧かないが、彼女に促されてログを見る。


「ほら、ちゃんとLP回復表示されてるでしょ」

「おお本当だ」


 ログウィンドウには”レッジがラクトのLPを6回復した”という文字が並んでいる。

 たしかに回復させることができているらしい。なんだか魔法使いになれたような気分で、年甲斐も無く少しわくわくしてしまう。


「『選択』はアーツの対象を選ぶパーツ。『円域』は自分を中心とした一定範囲を指定するパーツなんだ。2つを組み合わせると、自分を中心とした円形の範囲内にいる対象のうち一人を選択して効果を発揮する、っていうエレメントが付くの」

「なるほど。だんだん分かってきたぞ」


 なんだかパズルみたいだ。

 自分で好きな要素を組み合わせてアーツを作るのだから、確かにこれは自由度が高い。同時にこのシステムに馴染むのには随分時間が掛かりそうだとも思う。


「最初は『選択するセレクト応急処置の円域ライトヒールサークル』をメインに据えて使ってレベルを上げていけばいいよ」

「それで、レベルが上がったら『応急処置』を『治癒』に変えればいいんだな」

「うんうん。分かってきたみたいだね」


 優秀な弟子は好きだよ、とラクトが白い歯を見せる。


「優しい師匠のおかげさ」

「そうでしょうとも! それじゃあお弟子君」

「なんです?」

「――適当にダメージ受けてきて」


 聞き間違いだろうか?

 俺は一呼吸置いて、彼女の若草色の瞳を覗き込む。


「……どうして?」

「LPが少ない状態で回復させた方がスキルの上がりがいいんだよ」


 ほらほらと手を叩いて急かす小さな師匠。

 純真な笑みだと思っていたものが、今は悪戯を覚えた子供のような悪い笑みになっている。


「適当にコックビークにちょっかい掛けてきなよ」

「もうちょっと他に、何か方法はないのか?」

「無いよ」


 無慈悲な即答だった。

 ぐいぐいと背中を押され、俺は観念して近くのコックビークの前へと躍り出る。

 途端に凶暴な鶏は驚き猛り、その鋭い嘴を振りかざす。


「いてっ!」

「ほら、回復回復!」

「ぐぅ……『選択するセレクト応急処置の円域ライトヒールサークル』!」


 減ったLPがじわじわと回復していく。

 しかしその間にも攻撃は続けられ、減りは僅かとは言え鈍い痛みが打ち付けられる。


「休んでると死んじゃうよー」

「こんなところで死んでたまるかっ!」


 一応、まだ死んだことないのだ。

 こんな情けない死因は嫌だ。

 俺は念仏のようにアーツを唱え続け、LPを回復させていく。


「『氷の矢アイスアロー』」


 そうして触媒のナノマシンがなくなる直前、ラクトがさっくりとコックビークを倒して攻撃が止む。


「ぜぇぜぇ……」

「お疲れ様。これで結構上がったでしょ?」

「おかげさまでな」


 ステータスを見れば、〈支援アーツ〉がレベル12まで上がっていた。

 試しにアーツを『応急処置』から『治癒』に変えて使って見ると、LPの回復量は倍くらいまで増えていた。


「へぇ、結構増えるんだな」

「その分ナノマシンの消費も大きいでしょ」

「ああ。……これは金が掛かりそうだ」


 チップはともかく、触媒にも金が掛かるというのが悩ましい。


「ま、お金稼ぎに狩りに出るときはわたしも付き合うからさ」

「よろしく頼むよ」


 任せなさい、と彼女は俺の肩を叩く。


「――お二人はこのようなところで何をなさっているのでしょうか?」


 その時、突然背後から氷のように冷たい声が掛かる。

 急いで振り向くと、そこには微笑みを浮かべたレティが立っている。


「うお、レティ。ログインしてたのか」

「さっき入ったばかりです。それで、これはいったい?」


 ずい、と歩み寄る彼女は妙な迫力を持っていた。

 俺がどう説明しようかと考えていると、先にラクトが口を開いた。


「ちょっと、秘密の特訓をね」


 瞬間、周囲の温度が少し下がったような気がした。


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Tips

◇『応急処置ライトヒール

 1つのアーツチップを使用した初級支援アーツ。機械人形の自己修復ナノマシンジェルを刺激し、簡単な傷を修復する。


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