第44話「お師匠様」

 窓の外の往来を眺めつつ、コーヒーで喉を湿らせる。

 丁度カップをコースターの上に置いたとき、新着の書き込みを知らせる音がして俺はディスプレイを覗き込んだ。


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◇ななしの調査隊員

やっぱり支援アーツを取るのが手っ取り早いだろ


◇ななしの調査隊員

アンプルは高いからなぁ


◇ななしの調査隊員

アンプルって他人に使えるの?


◇ななしの調査隊員

投擲スキルで投げるんだよ


◇ななしの調査隊員

そんなダーツみたいな・・・


◇ななしの調査隊員

息子狙うウィリアムテルだな


_/_/_/_/_/


「やっぱりアーツが便利なのかねぇ」


 コーヒーをもう一口飲んで、俺は指先で机をコンコンと叩いた。

 今見ているのは公式掲示板BBSの『総合質問板』というスレッドだった。

 そこで俺はおすすめの回復手段について質問してみたのだが、一番閲覧者が多いスレッドということもあってすぐに回答が返ってきた。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

ありがとう。参考にさせて貰うよ。


◇ななしの調査隊員

がんばれ

アーツは詠唱が人を選ぶとはいえ、便利だからな


◇ななしの調査隊員

俺はもう慣れたよ。使っていくうちに感覚が麻痺していく。


◇ななしの調査隊員

攻性アーツはともかく、支援とか防御はそこまでひどい詠唱じゃなかったはず


◇ななしの調査隊員

回復してやるパーティメンバーいるだけ幸せだぞ


◇ななしの調査隊員

友達はどこのショップで買えますか・・・?


◇ななしの調査隊員

〈機械操作〉というスキルがあってだな


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 感謝のコメントを打ち込むと小さな細波のような言葉が返ってきて、すぐに話題は変わっていく。

 俺は流れていくコメント欄を眺めながら、紹介されたものについて考えを巡らせる。


「アーツか……」


 様々な理由によって人を選ぶスキル分野だ。

 発動に必要な詠唱が恥ずかしいというのも勿論あるのだが、それ以外にも扱いにくい訳は挙げられる。


「俺に使いこなせるのか?」


 アーツはチップと呼ばれる部品を集め、組み合わせることで作られる。チップは膨大な数があり、中にはとても強力だが希少なものも存在する。その自由度は高く、臨機応変にスタイルを変えるトリッキーなスタイルも可能だ。

 反面、その柔軟さは扱いづらさとも同義であり、決して頭が良いとは言えない俺にそれを使いこなせるだけの技量があるのかは不安要素だった。


「――まあ、悩んでいても仕方ないか」


 俺は温くなったコーヒーを飲み干し、新しいものを注文する。

 そのままフレンド欄を開いて、タイミング良くログインしていた彼女にコンタクトを取った。


「それでわたしが呼ばれたんだね」


 テーブルを挟んで向かいに座り、優雅に紅茶を傾けながらラクトが言う。

 二つ返事で新天地へ来てくれた彼女は、「アーツについて教えて欲しい」という俺の要請を聞いて軽く頷いた。


「アーツ使いで頼れる人がラクトくらいしかいないからな。是非ご指導ご鞭撻のほどを」

「そう畏まられると背中が痒くなるね」


 丁重なお辞儀と共に頼み込むと、彼女はぶるぶると肩を震わせる。

 そうしてまず彼女は不思議そうな表情で口を開いた。


「なんでまた急にアーツを使いたくなったの? レッジってアーツ使いたくなさそうだったよね」

「そりゃあ、年齢考えるとな。とは思ってたんだが遊んでる時くらい良いかとも思い直してきたって言うのが一つ」


 リアルの世界で朗々と詠唱しようものなら奇異と蔑みの視線を送られることなど容易に予想できる。

 しかしここはゲームの世界だ。周りにもアーツを使うプレイヤーはごまんといるし、それで違和感を覚えられることもない。

 ならば俺も人の子男の子。


「ラクトが使ってるのみてると格好よかったしな」

「っ! そうでしょうそうでしょう。アーツはやってみると楽しいからね」


 思わず零れた言葉に、ラクトがぱっと身体を乗り出す。


「いやぁ、ようやく分かってくれたんだね」

「ああ。それとは別にメインの理由があるんだが」


 ほう、と彼女は視線を向ける。


「今のパーティ、回復役ヒーラーがいないだろう?」


 彼女はそれを聞いてきょとんとする。


「レッジがヒーラーじゃないの? キャンプあるし」

「まあそうとも言えなくはないが。でもキャンプの回復効果はじわじわと進むもんだ。俺が欲しいのは即時的な回復手段。戦闘中の危機を脱するような即効性のあるものなんだよ」

「なるほどねぇ。それなら確かにキャンプじゃ無理かな」


 納得してくれたようでラクトが頷く。

 キャンプは確かに効果的な回復手段ではあるが、範囲内に入らなければならないという制約がある。その上すぐにLPを満たせるかといえばそういうものでもない。


「それならやっぱり、アーツだね」

「そうなるか」

「なるね」


 親指を立ててラクトは唇を曲げる。

 となれば、彼女はやはり適任だろう。


「じゃあ早速、お店で必要なものを買おうか」

「ああ。その辺も含めて教えてくれると助かる」

「ラクトさんに任せなさい!」


 勢いよく立ち上がったラクトに連れられ、新天地を出る。

 そうやって彼女が向かったのは、大通りにあるアーツ関連のアイテムを扱った店だった。


「ここは普通のショップ、だよな?」

「入門ならここのアイテムで十分だよ。というか専門店のは値段も要求スキル値も高いから」

「ああ、確かに……」


 昨日、レティと訪れた〈アルドニーワイルド〉を思いだして頷く。


「レッジが欲しいのは支援アーツ系のチップだよね」

「ああ。攻性はラクトがいるから、いいかなって思ってる」

「防御アーツはどう?」

「実はあんまり知らないな。そもそもアーツについて調べ始めたのも今朝なんだ」


 俺の告白に、彼女はふむふむと顎に手を当てる。


「じゃあ概要だけ言うね」

「ありがたい」


 ラクトはピンと人差し指を立てて、各アーツについて説明を施してくれた。

 曰く、支援アーツが"損耗したLPを回復させる分野”であるのに対し、防御アーツは"そもそもLPを損耗させない分野"と分けられる。そして支援アーツは"自他の能力値を補強させる効果"があり、防御アーツは"敵からのあらゆる影響を排除する効果"を持つ。

 簡単に、と前置きがあった割には難しく、それだけアーツの奥深さと扱いの難解さを感じる。


「……とりあえず、当面は支援アーツ一本でいいかな」

「まあ手当たり次第にやって散らかっちゃうのも困るからね」


 神妙な顔になった俺に、ラクトは苦笑する。


「じゃあチップは支援系だけでいいね。あとは触媒――はとりあえずランクⅠでいいか」


 店内の陳列棚の隙間を歩きながら、彼女はずらりと並んだメモリーカードのような黒いチップを眺める。

 これらが全部、アーツの構成に必要なパーツなのだろう。


「さしあたり『応急処置』と『治癒』、あとは『装甲』と『強化』くらいを買ったらいいと思うよ」

「分かった。これとこれと、これとこれだな」


 彼女に勧められるままチップを購入。

 ただでさえ貧しい財布が更に軽くなるが、これも先行投資だと思っておく。


「あと、あそこの自販機でナノマシンを買ってね。ランクⅠを100個くらい」

「触媒だったか。――これは安いな」


 店の奥に並ぶ円筒形の自動販売機に案内され、そこでナノマシンを購入する。

 これはアーツを使用する際に触媒として消費するアイテムだ。使用するアーツの複雑さや強力さが上がると必要となるナノマシンも高性能なものを求められ、最下級のランクⅠから最上級のランクⅩまでに分類されている。

 ランクⅠのナノマシンは1つ1ビットとなかなかお求めやすい価格になっていた。


「わたしが普段使ってるランクⅡは1つ5ビットだから、数打つとまあまあ嵩んでくるけどね」

「ランク上がってくと資金繰りが厳しそうだな」

「そこもアーツが敬遠される理由の1つだね」


 メンテナンスを継続すればかなり長持ちする武器と違って、アーツは一発ごとに金が掛かる。

 そのため資金稼ぎになれていない間は貧困に喘ぐこととなるのだ。


「とりあえずこれで必要なものは揃ったし、フィールドに行こっか」

「分かった。ありがとうな、付き合ってくれて」

「ふふ。わたしも新しいアーツ使いの誕生は嬉しいからね! それも初めての弟子だもん」

「それもそうか。よろしく頼むよ、お師匠様」

「任せなさい!」


 威勢よく言ってラクトはぽんと胸を叩く。

 そうして俺と小さな師匠は修行のためフィールドへと足を向けたのだった。


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Tips

◇総合質問板

 公式BBSに初期から存在するスレッドの1つ。ジャンルに関わらないあらゆる質問に答える駆け込み寺。非常に多くのプレイヤーが閲覧しているため回答も迅速で、専門としているスレッドへの誘導もなされる。反面、話題の推移も早く数分後には全く違う論題で議論が交わされていることも。プレイヤーは固定ハンドルネームを設定して発言することも可能だが、基本的にはデフォルトネームである『ななしの調査隊員』が広く用いられている。


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