第36話「実戦の始まり」

「それじゃあエイミー、そろそろ鋼牙の双盾も使えるだろ」

「ええ。さっき〈盾〉スキルもレベル10になったわ」


 エイミーは額ににじむ汗を拭い、待ちきれないと身を捩る。

 ネヴァと別れた俺たちは、途中カートリッジショップに寄りつつ〈始まりの草原〉までやってきた。そこでベーシックウッドシールドを装備したエイミーは〈盾〉スキルを鍛え、ようやく鋼牙の双盾が扱えるレベルになったのだ。


「やっぱり装備するとかっこいいですね」

「珍しい見た目だから目立つけどね」


 早速インベントリから取り出して装備したエイミーを見て、付き添ってくれているレティたちが口々に感想を述べる。


「たしかに結構見られるわね」


 エイミーは周囲をちらちらと見ながらそっと囁く。

 まだまだ人口密度の高い草原では、彼女の変わった装備は良く目立つ。遠巻きに見ながら何やら話している姿もあった。


「場所を変えるか?」


 やんわりと位置を変えて彼女に注がれる視線を切りつつ伺うと、彼女はにっこりと笑みを浮かべて首を振る。


「ううん。むしろ見せつけてやりたいわ」

「そ、そうか……。まあそれならいいが」


 高々と両腕を掲げる彼女に俺は頷くことしかできない。

 彼女の準備も整い、俺たちはようやく次の段階へ移ることができた。


「じゃあ、その辺のエネミーに喧嘩売って試してみよう」

「分かったわ。『威圧』!」


 エイミーは〈盾〉と同時に上げ始めている〈戦闘技能〉のテクニックを使う。彼女の声に引き寄せられたのは茶色い羽毛をした大型の鶏、クックピックだ。


「コァッ!」


 クックピックは鋭いクチバシを振りかざし、不敵な笑みを浮かべるエイミーに向かって大きく跳躍する。

 空こそ飛べないものの、その強靱な筋肉からくる跳躍力は、ゴーレムである彼女の背丈すら超えていた。


「『ガード』!」


 黒い鉤爪を捉え、エイミーは左腕を前へ出す。盾を構えた状態でテクニックを使う。鈍色の表面が輝き、そこへクックピックの鉤爪が蹴り込まれる。


「よし、ダメージも来ないわ」


 盾を大きく突き出してクックピックを投げ飛ばしながらエイミーが歓声を上げる。

 新しい盾のダメージカット能力によって、クックピックの一撃は彼女に傷一つ与えることはなかった。


「レベル10のテクニックも使ってみるか?」

「そうね。――よしっ」


 ガンッ! と拳を突き合わせ、彼女はクックピックの方を睨む。哀れにも投げ飛ばされた鶏は、黄色い目に苛立ちの色を浮かべてけたたましい声で鳴く。


「『プッシュガード』!」

「コケッ!?」


 鋭く突き出されたクチバシに焦点を当てて、エイミーが新たなテクニックを使う。

 クチバシの動く流れに真っ向から反抗し、盾は勢いよく押し出される。甲高い音と何かの砕ける音、そして野生の悲鳴。


「おお? やった!」


 吹き飛んだクックピックがのろのろと立ち上がる。

 その自慢のクチバシは無残にも先端が欠けてしまっていた。


「なかなか惨い技だよね」

「本来は敵を押しのけるテクニックですけどね。まあ今回は当たり所が悪かったということで」


 後ろで見守るレティ達が実況するなか、戦闘は進む。

 二度の攻撃を凌ぎダメージを受けていないエイミーは、すっかり自信をつけた様子だった。彼女は腰を落として拳を握り、クックピックが再度突撃するのを待つ。


「コァァア!!」


 その行動を挑発と取ったのか、鶏は激昂して突進を始める。

 エイミーはにやりと笑みを深め、大きく息を吐く。


「破ッ!」


 突き出されたクチバシを盾の中央で捉える。更に彼女は半身を下げることで勢いを流し、鶏の体勢を崩す。そうして無防備になった体側目掛けて、彼女は鋭い突きを打ち込んだ。


「ゴッ!?」


 一瞬宙に浮き、草むらに転がるクックピック。なおも起き上がろうとする鶏を、今度は見逃さない。


「『殴打』『殴打』『殴打』!」


 土を蹴り上げ駆け寄ったエイミーの、間髪を入れない三連撃。それをもろに受けたクックピックは一瞬でHPを全損し、物言わぬ骸へと変わり果てた。


「ふぅ」

「お疲れさん。どうだ、使いやすいか?」


 背中を伸ばすエイミーへと駆け寄り、使用感を聞く。

 彼女はにぱっと笑うと大きく頷いた。


「すごく手に馴染むわ! 攻撃の受け流しもしやすいし、打撃も打ち込みやすいの」

「そういえばさっきの受け流し、テクニック使ってませんでしたね」


 戦いを見ていたレティが言う。


「ていうことはプレイヤースキル? 流石は武道経験者だね」


 それを聞いてラクトが目を見開いた。

 確かにあの流れるような動きは、とても素人のようには見えなかった。


「うふふ。まあ昔取った杵柄ってやつよ。身体は案外覚えてるものねぇ」


 まだまだいけるわね、とエイミーはぐるぐると肩を動かして嬉しそうに言う。VRだと加齢からくる身体の衰えもある程度無視できるから、俺たちくらいの年齢になってくるとその動きやすさに感激してしまうのだ。


「ふふ、エイミーさん嬉しそうですねぇ」

「レティもあと十年くらいしたら分かるさ」

「ふぇ?」


 目を細めるレティの肩に手を置き、若さを噛み締めておくように言う。

 無限の体力は有限だし、関節の油はだんだん乾いていくんだぞ。


「あとはもう実戦経験を積むのみかな。レティちゃんとラクトちゃんが協力してくれたら、牛とも戦えると思うわよ」

「ん。そうか。じゃあ〈牧牛の山麓〉の方に行くか」


 エイミーの言を受けて、俺たちはフィールドを変える。

 数時間ぶりの山麓は、相も変わらず穏やかな時間が流れていた。


「とりあえず俺は拠点を建てておくから、三人で狩ってきたらどうだ?」

「分かりました。じゃあ少し行ってきますね」

「解体してほしいし、後で追いかけてきてねー」

「それじゃあ、私が責任を持って引率するわ」


 ぽん、と胸を叩くエイミーに連れられて、レティたちは早速狩りに出かける。

 その後ろ姿を見送って、俺はキャンプを建てた。


「このキャンプももっとカスタムしたいよなぁ」


 徐々に組み上がっていく天幕を見上げながら、俺は少しだけ思考を巡らせる。


「やっぱり、ネヴァに頼んで色々作ってもらうか」


 俺は生産系スキルを持っていないし、今のところ彼女だけが寄る辺だ。とはいえ俺の懐もそれほど温かいわけでもないし、何かしら素材は用意する必要があるだろう。

 どうしたものか、と考えているといつの間にかキャンプが完成していた。


「ま、とりあえずレティたちの様子を見てからだな」


 俺はそこで思考を放棄すると、彼女たちの向かった方向へと足を向けた。


「あ、レッジさん待ってましたよ!」

「順調順調。サクサクだよー」

「お前ら……。なんだこれは……」


 軽く足を急かしてやってきた、なだらかな丘の頂上。レティとラクトが振り向いて、俺に向かって手を振った。


「えっ。なんだこれはと言われましても」

「普通に狩りをしてただけだけど?」


 俺の反応に戸惑う二人。

 その後ろで、エイミーが沈んだ顔をしていた。


「あのな、趣旨を思い出せ。エイミーが鍛えられないとダメだろう」

「あっ」

「あっ」


 俺の指摘を受けて、二人はようやく声を上げる。

 彼女たちの周囲には無数の牛たちが積み重なっていた。エイミーがパーティの盾として動く前に、レティとラクトが仕留めてしまったのだろう。


「ごめんね。声は掛けたんだけど、聞こえてなかったみたいで……」

「完全に調子に乗ってました……」

「ごめんね……」


 ずーん、とテンションを下げる三人。

 俺はため息を一つつき、とりあえず死体が劣化する前にと解体ナイフを取り出した。


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Tips

◇クックピック

 茶色い羽毛と鋭い嘴を持った大型の鳥類。非常に発達した筋肉を持ち、強力な蹴りを放つ。その重さ故に飛ぶことはできないものの、人の背丈程度なら悠々と飛び越えるほどの跳躍力を持つ。性格は獰猛で、動く物を見るとすぐに襲いかかる。その卵は栄養満点で非常に美味。


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