第31話「ポッピンガールズトーク」
「ふぅ、良い天気ですねぇ」
ぴょこんと耳先を揺らし、レティは暖かな陽気に目を細めた。
テントから柔らかな敷物を引っ張りだして、その上にごろりと横になっている様子は、気ままな猫のような脱力具合である。
「こうして何もしないっていうのも案外いいものだね」
「ラクトもそう思いますか? やっぱりレッジさんの言ってたことは正しかったみたいですね」
レティの隣で同じように背中を伸ばし、ラクトは大きくあくびを漏らす。
彼女たちは共にプレイヤー全体から見ても優れた技量を持つ。しかして攻略組や検証班などと呼ばれるような、一種の熱意ややもすれば狂気に片足を踏み込むような志を持っているわけではない。
言ってしまえばどこまでも自己を重んじ、自らの行きたい方向へ行くための足を持つ。そんな二人だからこそ、こうして“何もしない”ということを全力で楽しむことができていた。
「このへんは他と比べても天候が安定しているようですし、たまに遊びに来てもいいかもしれませんね」
「だねぇ。チップパーツ集めばっかりしてても肩が凝るしね」
のんびりと間延びした声で会話を弾ませる二人は、キャンプ地の周囲で草を食む牛たちと同じような緩やかな時間を享受していた。
「いやぁ、レッジさんも楽しんでるんでしょうねぇ」
「カメラが趣味っていうのは知らなかったなぁ」
彼女たちが寝転んでいるキャンプ地の持ち主で現在は足取りも軽くカメラ片手に散策中の男へと、話題は自然と移ろっていく。
「もう始めてるのかは知らないですけど、ブログをやってみたいとか言ってましたからねぇ」
「そうなの? でも、スクリーンショットで十分な気もするけどね」
「レティもそう思ったんですが、妙なところで凝り性というか、回り道が好きというか」
「あぁ。たしかにそんなところあるよね」
時折天幕の隙間から暖かな風がそよいで二人の頬を順に撫でていく。土の匂いが鼻先をくすぐり、じんわりと心が落ち着いていく。
「しかし変わり者だよね。そのお陰でこんな立派なキャンプ地が使えるんだけど」
「〈野営〉スキルも多少は見直されたとはいえ、ここまでレベルを上げる人はあんまり居ませんからね」
サービス開始前の前評判では芳しくなかった〈野営〉スキルも、ランタンや焚き火の効果と夜のフィールドの危険性が周知されると共に評価された。
とはいえスキルレベルが10もあれば十分に実用的なレベルに到達するため、それ以上のスキル値は割けないという判断が主流でもある。
「このキャンプ地もいろいろデメリットあるみたいですからね。物好きですよ」
「これってどこまでカスタムできるんだろうね? ここまで拡張するだけでも結構手間が掛かってたみたいだけど」
「うーん、分からないです。でもレッジさんならまた驚かせてくれるとは思います」
レティはゆっくりとした口調で、しかしどこか確信を持ったような声色で言った。そしてそれにはラクトも頷き、同意する。
「けどあれですよね、ちょっと酷いですよね」
しかし突然、レティは今までの雰囲気を変えて拗ねたような口調になる。
どうしたことかとラクトが顔を向けると、彼女は青空に向かって唇を尖らせていた。
「こんなに可愛い女の子がいるのに、それを放っておいて一人で出て行くなんて」
「それってわたしのことかな?」
「どっちもですよ! あ、いやどっちかというとレティです」
しまったと口を覆い、目を泳がせながら言葉を追加するレティ。
それを見てラクトはクツクツと笑い、彼女の赤い柔らかな髪を撫でた。
「ほんとにねぇ。こんなに可愛い女の子二人もいるのにねぇ」
「そうですそうです。ていうかほんとは二人パーティだったのに、いつの間にか馴染んじゃってますね、ラクトさん」
「昨日出会ったばっかりなんだけどね。なんというか二人とも居心地が良いというか」
不思議だねぇ、とラクトは笑む。
事実、彼女はもともとソロ志向の強いプレイヤーだった。オンラインゲームは好きで、むしろオフラインゲームは味気なく感じてしまうが、それでもこれまでプレイしてきたタイトルの中でも他のプレイヤーとパーティを組むということはあまり記憶にない。
どちらかといえば、同じ世界を共有できる他人、という存在がいることが彼女は好きなはずだった。
「なんでだろうね。レティもレッジも、喋っててストレスを感じないというか」
「レティもですよ。……実はリアルだと結構人見知りなんですよ」
レティが少し頬を赤らめて言うと、ラクトは驚いたようで少し眉を上げる。
いつも活発で朗らかな彼女の口から、そのような言葉が飛び出すとは思わなかった。
「あはは。ほら、ゲームの中だと自分じゃない自分になれるというか。いろんなしがらみを無視できるので」
「ああ、それは分かるなぁ。わたしも職場の同僚とかとはこんなに話さないし」
「にゅ、ラクトさん社会人だったんですか?」
話の流れで言ってしまってから、ラクトは別に良いかと考え直す。
この程度なら支障はないだろうし、なにより彼女がそれを何かに悪用するような性格ではないことを良く知っている。
「一応、リアルだとOLなんだよ? ってちょっと古いかな」
年齢ばれちゃう、とラクトは冗談交じりに言う。
その横顔をレティは尊敬と憧れの籠もった目で見る。
「ほわぁ。かっこいいですね。レティもいつか……」
「あれ、レティはまだ学生だったの?」
「えへへ、一応大学生ですよ」
「JDかぁ。一番楽しい時だね」
なんとなく納得できた。
それは彼女の行動に、にじみ出る幼さのようなものがあるからだろう。
とはいえそこから深く突っ込むのはマナー違反だろう。ラクトはやんわりと話題を遠ざける。
「レッジはどの辺まで行ってるんだろうね」
「山の方とかですかね」
天高く聳える北の山は、天幕越しでも頭頂がよく見える。
二人は首だけを動かして遠くに霞む山容を眺めた。
「あの山も登れるんだろうな」
「でしょうね。いつか行ってみましょう」
「でも上の方は寒そうだなぁ」
「ラクトさんがそれを言うんですか……」
レティは氷のアーツを好む彼女の透き通るような水色の髪を見て言う。
その呆れたような声に、それとこれとは別なの、とラクトは反論した。
「しかし、平和だね」
「ですねぇ」
そうして、また話題は流れ一周回った場所へと落ち着く。
「こうも平和だと、逆に何か起こりそうで怖くならない?」
「そうは言ってもここはまだまだ初期の方のフィールドですし、そうそうトラブルは舞い込まないですよ」
「例えばレッジが新しい子連れ込んできたり」
「ななな!? そ、そんなことあるわけないじゃないですか!」
むふん、と口を弧にして囁くラクト。
レティの反応は大きく、彼女は勢いよく背中を起こすと長い耳をピンと立てた。
「……あれ?」
「どうかした?」
その時だった。
レティは首を微かに傾げ、耳を左右に動かす。
ラクトもそんな彼女の様子に怪訝な顔をして立ち上がる。
「――ぉ……ぃ」
「何か聞こえました!」
「ええっ。ライカンスロープってほんとに耳がいいんだね」
目を細め聴覚に集中するレティを、ラクトは感心して見る。彼女のようなウサギ型は、他のライカンスロープと比べても耳の良いタイプだ。
「――おぉぉい!」
「聞こえました!?」
「うん。レッジの声だね」
そこへ再度の声。
今度はラクトの細長い耳もしっかりと捉えた。
「なんていうか、フラグ建てちゃったかもね」
ラクトは苦笑し、愛用の弓を取り出す。
レティも頷きながらハンマーを持ち、天幕を飛び出した。
「おぉぉぉおい! 助けてくれ!」
草原の奥からレッジの声が響く。
視線を向ければ、彼は何かに追われながらこちらへ走ってきているようだ。
「あれは、牛? ぷふっ、レッジさんあんなこと言っておいて自分も追われてるじゃないですか」
「……レティ、あの牛大きくない?」
「はえ?」
くすくすと口元に手を当てて肩を揺らすレティ。
レッジの方をじっと見ていたラクトの声に、彼女は動きを止めた。
「な、な、な――」
そうして彼女は目を凝らし、わなわなと唇を震わせる。
「なんですかあの女は!!!」
「は?」
しかし彼女の口から飛び出した言葉は、ラクトの予想とはいささか違っていた。
慌ててラクトも視線を戻し、目を凝らす。
「おぉぉい! おぉぉい!? 聞こえてるよな!?」
なおも懸命に叫び続けているレッジ。
よくよく見れば、彼の影と重なるようにもう一人の存在がいた。
それは鮮やかな紫色の髪を揺らし、レッジに手を引かれている。
だんだんと距離を縮め、次第に鮮明になっていくその姿。彼よりも一回り背の高い、タイプ-ゴーレムの女性。服装は簡素な白い布の服のみ。だからこそ、ゴーレム特有の豊かな胸が強調され、盛大に上下している。
彼女はしっかりとレッジの手を握り、空色の目に涙を溜めながら走っていた。
「なんなのあの人は!?」
そうしてラクトもまたレティと同じような言葉を口にしたのだった。
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Tips
◇通信監視衛星群ツクヨミ
惑星イザナミの準静止軌道上に配置されたアマテラスと地上の通信を仲介する衛星群。アマテラスの中枢演算システム〈タカマガハラ〉とスサノオの〈クサナギ〉をはじめとする地上拠点中枢演算システムおよび各調査員の八咫鏡との通信を仲介し、情報網を天界する。また同時に地上の地形データの収集も行い、それらはマップに反映される。
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