第222話 壊して、そして新しく

「……暇だ」


 俺達の前に帝の前座を名乗る4人が現れてから3日。

 俺達の生活は――特に変わりなかった。

 いやホント、あんなにいい感じで決心したのに何にも起きないのである。

 もちろんそれが一番良いことなのだが……。


「何しようかな……」


 帝たちの情報は依然として不明。

 まだ見ぬ味方とかも特にいないし、今日は学校もなく部活もない。

 村正ちゃんが今日はいないから剣修行も出来ない。

 本当に何にもやることがないのである。


「……おかしい、昔はこういう日が結構あったのに」


 そういえばシナトスに出会ってから常に何かしらの出来事があって、暇な日なんてほとんどなかった。

 そのせいで、俺はいつの間にか暇な日の過ごし方を忘れてしまっていたのである。


「俺、何してたんだっけな……」


 ……全然思い出せない。

 何かしらの方法で暇をつぶしていたはずなのに、全く思い出せなかった。

 というか、今こう思い出してみると、それ以外のこともあまり――


 ピンポーン


「! あ、はい! 今行きます!!」


 と、脳内思考モードに入りかけたそのタイミングで誰かがウチにやって来た。

 勝手に家に入ってこないという事は、薫やシナトスたちではない。

 ホント、アイツらの不法侵入癖はどうにか直せないものなのだろうか。

 さて、そんなことを考えながら玄関に向かう。

 ウチにやって来たのは……


「おはよう、ヒカ君。今忙しかったりするかな?」


 何故か砂まみれの大ちゃんでした。

 ……また何か不運な目にあったのかな?


「あ、大ちゃん。ううん、寧ろメチャクチャ暇してたところ」


「そうなんだ、じゃあちょっと家に上がってもいいかな?」


「どうぞどうぞ。ところでその砂は?」


「あ、ここに来る途中にトラックに積んであった砂が倒れてきて……」


 ……なんか、前来た時もそんな感じじゃなかったっけ?



 ―居間―

 彼女は名は『大門司 大和』、俺の小さい頃の幼馴染だ。

 昔はウチの近くで道場をやっていたのだが、大門司家の呪いのような不幸の(それと俺が剣道全日本大会に不正参加した)せいで道場はなくなってしまった。

 少し前までは日本中を旅していたのだが、最近は家に居ることが多い。

 俺にとってこの人は幼馴染であり、婆ちゃんが詐欺に近いやり方で成立させた許嫁……のようなものである。


「……今日は誰も居ないんだね」


「うん、いつも誰かしら居るんだけど今日は珍しく」


「そっか」


 落ち着いた様子で俺が出したお茶を飲む大ちゃん。

 ……えっと、それで一体何用なのだろうか。

 別に大ちゃんが居ることが嫌な訳ではないのだが、何をしに来たのかも分からない許嫁的な女の子と二人きりというのは割と緊張するのである。

 ……大ちゃんは緊張しないんだろうか?


「ふう、お茶ありがとう。今日はね、ヒカ君にお願いがあって来たの」


「お願い?」


「うん、お願い」


 お願い……何だろうか。

 大ちゃんのお願いはバラエティーに富み過ぎていて、まったく予想が出来ない。

 なにせ『絶対幸運-EXだろ』と言いたくなるレベルの不運少女。

 俺の全く予想できないようなぶっ飛んだお願いを今まで何度されてきたことか。

 今までで一番びっくりしたのは『ウチに隕石が落ちてきたから直すのを手伝って欲しい』だ。

 ホント、どうなってるんだろうかこの娘。


「えっと、お願いって何?」


「うん、実はね……ヒカ君との許嫁みたいなあれ……」


「ああ、あれ」


「なかったことにして欲しいなって」


 ……なるほど、そういうことか。

 まあ、当然だろう。

 普通に考えて俺みたいな変人と結婚なんてしたくないと思うのは当たり前のことだ。


「全然大丈夫だよ。俺も大ちゃんにはもっと他に良い人が居ると思ってたし」


「……違う、そういうことではないの」


「え?」


 そういうことではない、とはどういうことか。

 何か他に意図があるという事なのか?


「私がね、このお願いをするのはヒカ君が嫌だからじゃないんだ」


「……そうなの?」


「うん。ていうか寧ろ私ヒカ君の事好きなくらいだし」


「――! ……えっと、じゃあ何で?」


「私は確かに君が好きだけど、私は君が好きな人が他に居ることも知っている。私はね、出来ればそういう人からも祝福されて君と結ばれたいんだ」


「……」


「だから、私は昔の約束とかには頼りたくない。もちろん君と過ごした時間は他の人たちとは違うから完全に平等にはならないけど……出来るだけ他の人たちと同じラインに立ちたい。それで、そこから君と結ばれたい」


「……」


「だから我が儘で自分勝手なのは分かるけど、昔のこの約束はなかったことにして欲しい。代わりに今から新しく、君とまた関係を築いていきたいんだけど……ダメかな?」


 ……。

 大ちゃんの告白に驚き過ぎて声が出ない。

 大ちゃんが俺に好意を持ってくれているのは知ってはいたけど……。

 ここまでドストレートに言われると、クロスの時みたいになんて言えばいいのか分からなかった。

 それでも、聞かれたことには答えないとと思い、なんとか返事を絞り出す。


「いや……俺は……全然大丈夫……だけど」


「本当!? ありがとう!」


「で、でも! 本当に……俺で良いの? 世の中にはもっとたくさんいろんな人が居るのに、俺みたいなのでいいの!?」


「うん、私は君がいいんだ。昔からずっと助けてくれて、支えになってくれて、笑わせてくれた君がいい」


「……」


「それじゃあ、これから改めてよろしくね! ヒカ君……じゃなくて光くん!」


 満面の笑みを浮かべる大ちゃん。

 その顔は実に楽しそうで、嬉しそうだった。


 これで3回目。

 また、俺の知らない俺の価値を、他の人が教えてくれた。

 それでもやはり『理解』は出来ない。

 なぜ、人間にもなれなかった俺に、そんなに何かを見出してくれたのか。

 俺が彼女らに何が出来るのか。

 俺が彼女らの何になれるのか。


 今の俺にはそれがどうしても分からなかった。



【後書き雑談コーナー】

 信長「これは光のモテ期か!?」

リーム「割と初期からこうでしたよ」

 信長「それもそうじゃな」



 次回 223話「和やかな音と穏やかな味」

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