第28話 リームとアニメ浪漫記

「では、行ってくるよ」


「いってらっしゃーい」


 洗濯物をたたむお嬢を背に、吾輩は家を後にした。

 向かう先は家電量販店だ。

 しかし吾輩は家電製品を買いに行くわけではない。

 吾輩が求めるもの、それは


 Blu-rayだ!


 つい先日、つまり城内 光と出会う前までは特にアニメというものに興味はなかった。

 しかし、諸々の事情から下界で生活することになり、成り行きで購入したテレビ。

 これが全ての始まりだった。

 深夜、何の気なしにつけたテレビでやっていた一つのアニメ、タイトルを『カナタノヒカリ』

 それを見た瞬間、吾輩に感動が走った。


 もちろん、途中からの視聴だったのでストーリーが全て入ってくるわけではない。

 しかしそれでもだ。

 一人の青年が恩人を救うために戦うバトルアニメ。

 立ち塞がる一騎当千の戦士たち。

 そして、示される意外な事実。

 これだけで吾輩をのめり込ませるには十分だった。


 感動に打ちひしがれた吾輩は、さっそくネットにて原作を勉強。

 ここでも新たな感動と、興奮を味わうことができた。

 さらにゲーム版の購入・プレイと、そんなこんなで吾輩はずっぷりと沼にハマっていた。


 そして今日、購入しようとしているのはBlu-rayのBOXだ。

 もちろん通常版はつい先日購入したのだが、おとといファンの間に衝撃を与えたニュースが流れた。


『限定作画集及び作成裏事情の載ったミニブック付き特装版販売!!』


 これを見たお嬢は言う。


「でも、肝心のBlu-rayの中身はなんにも変わってないんでしょ? じゃあ、買う意味なくない?」


 確かに通常版を販売して、その数日にさらに豪華な特装版を販売するなど、一見卑怯な販売手法に見える。

 いや、見えるというか卑怯だ。

 しかし! しかしなのだ!!

 このアニメに感動を覚えたファンとして、買わずにいられるものか! いや、いられない!!

 と、いうことでまんまと卑怯な手段に引っかかった吾輩なわけであった。


 というわけで、家電量販店についた。

 時刻は12時2分。

 店頭に並び始めるのは12時からだから、流石に今ならあるだろう。

 そう吾輩は思っていたのだが……。


「な、何だと!?」


 店頭に並びわずか5分、既に売り切れていた。

 我が同士たちの愛を吾輩は舐めていたのだ。

 真のファンを名乗るなら、朝の開店の時間から待っているべきだった……!(迷惑です、止めましょう)

 しかし、ここで諦める吾輩ではない。

 城内 光が左腕を砕かれても立ち上がったように、吾輩もこんなところで負けてはいられない!!




「へっくし!!」


「何? 光、風邪ひいたの?」


「いや、なんか『そんなこと一緒にするんじゃねぇよ!!』っていう噂をされた気がする……」


「はあ?」




 そしてやってきたのは隣町。

 そこの路地裏にある、DVDショップ。

 一見、潰れる寸前のように見えるが……。


「答えろ、ア〇ロの出身地は?」


「鳥取」


「よし、入れ」


 この店は真のアニメ好きしか入れない特殊な店、その名も「秘宝館」

 入るときに、「ええ!? そうだったの!?」って言いたくなるようなアニメクイズを出される。

 それに答えられなかった者は、入店すらできないのだ。

 おまけにクイズは毎回変わり、ジャンルもアニメならなんでも。

 しかも、前に当てたことがあっても再び入店する時には再度クイズを出される。

 果たして、こんなスタンスでこの店は何時まで続くのだろうか。


 まあ、店の心配はいいとしてここならそう簡単に売り切れることはない。

 まず、客がごく一部の人間に限られるうえに、入荷数も半端じゃないのだ。

 ホント、経営大丈夫なんだろうか……。


「お!」


 予想通り、まだ残っていた。

 しかしこの店でも最後の1個とは、改めてこのアニメと同志たちの愛に敬意を示す。


「……!」


 しかし、手を伸ばした時同時にもう一人手を伸ばしたものがいた。

 こういった時この店では「バトル」が繰り広げられるとこになる。

 互いのプライドをかけた真剣勝負。

 周りの客たちも、野次馬として集まり始めた。


「表か、裏か」


 野次馬の一人が頼んでもいないのに、審判を始める。

 まあ、この店では当たり前のことだ。


「表」


「裏」


 その声と同時にコイントス。

 裏を選んだ、吾輩が先攻だ。

 なお、バトルと言っても殴り合うわけではない。

 そんなことしたら吾輩の圧勝だ。

 ならどうするのか、それは入店時のクイズに近い。

 一つ違うことがあるなら、それはジャンル。

 今懸けて戦ってるアニメの知識のみで戦うのだ。


「主人公・ミライの表向きの肩書きは?」


「アイウォルツ家の執事」


「正解だ」


「今度はこちらから。64話で判明した桜の本名は?」


「サクラ・アイウォルツ・ペンドラゴン」


「くっ……正解だ」


「では、ミライが任命された理由は?」


「特殊能力の持ち主だったから」


 と、こんな感じで激闘を繰り広げていく。

 先に間違える、答えられなかった方の負け。

 なんと分かりやすい勝負だろうか。

 そして戦いは1時間に及んだ。


「最終回で放った技の正式名称は!?」


「新剣・一段突き!!」


「不正解!! 正解は『新撰・一段突き』だ!!」


「ちくしょう!! そっちか!!」


 長期戦を制したのは吾輩の方だった。


「同士よ持っていけ、俺の屍を越えてな」


「ああ。だが、吾輩はお前との戦いを忘れることはないだろう。いつかまた、戦いたい」


「俺は星谷 スバル!! お前は!?」


「リーム・グラン!!」


 熱い戦いの終幕に思わず拍手をする野次馬たち。

 ただ一人、なぜかここのバイトに来てしまったレジ打ちの店員だけが微妙な顔をしていた。




 帰り道、鼻歌スキップでテンションが上がっていることを隠しきれていない。


「やだー!!!」


 子供の駄々をこねる声すらも今日は気にならない。


「しょうがないでしょう? 特装版は売り切れてたんだから!」


 気にならない。


「特装版BOX欲しい!!!」


 気に、気にならない……。


「諦めなさい! もう10個もお店まわってないんだから!!」


 ……。


「あのー、すみません」




「本当にいいんですか?」


「いいんですよ、ちょうど売りに行くところだったので」


「ほら、ちゃんとお礼言いなさい!」


「ありがとう! 兄ちゃん!!」


 いいんだ、あの子も小さいとはいえ我が同士。

 なら大人の吾輩が我慢するのは当然のことだ。

 それに、店を巡り巡って手に入らない悲しみは吾輩にもよくわかるからな。

 スバルもこれなら許してくれるはずだ。




「で? 結局、子供に譲ってなんにも手に入らなかったわけ?」


「ああ……」


「アンタ、何しに隣町まで行ったの?」


「いいんだ……。これでいいんだよ……」


 もういい、今日は飯食って早く寝よう。

 と、ここでチャイムが一つ。


「はーい……」


「やはりここだったか」


「なッ!? スバル、それにさっきの子供まで!?」


「いや、あれから帰ったら息子が世話になったと聞いてな。礼を言いに来たのだ」


「どうしてここが!?」


「我々の情報網を舐めるなよ?」


 普通にそれは怖いんだが……。


「これはさっきの礼だ。受け取ってくれ」


「な!? これはDVD第1巻超初回限定、原作者ハルマのサイン付きDVDだと!?」


「それぐらいでないと対等ではないだろう?」


「スバル!!」


 ここにまた一つの友情が芽生える。

 ただ、お嬢は男泣きする吾輩を見て微妙な表情をしていたが。



 次回 29話「茉子の恐怖の映画ツアー」

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