第14話 ささやかな幸せ

「凄い! 凄いわ、ヒカル!!」


 子供のように目をキラキラさせ、はしゃぎまくるシナトス。

 それを見ただけで、俺は「ああ、ここに来てよかったな」と思えた。


 4時間目で学校が早帰りになったあと、俺たちは新たなオンネンを倒すため、ショッピングモールへやってきた。

 しかし、オンネンが現れるのは日が沈んでから。

 そのため、それまでの間ショッピングモールを周ることになったのだ。


「なんか……、メチャクチャ楽しそうだね。シナトス」


「ん? ああ、お嬢は俗に言う『箱入り娘』というやつでね。こういうところに来るのは初めてなんだ」


 初めてのショッピングモール。

 そういえば、俺も初めて来たときはあんなふうにはしゃいだ気がする。


「ヒカル! ゲームセンター!! ゲームセンターに行きたいわ!!!」


「へ?」


「だから、ゲームセンターよ! 本で読んだの!! 私、釣りのゲームがやってみたくて!!!」


 よっぽど楽しみだったのか、終始興奮気味のシナトス。

 いったい何の本を読んだのかは気になるが、そこは聞かないでおこう。



 さて、というわけでご要望通りゲーセンに来たわけなのだが……。


「うおー! 姉ちゃんすげー!!」


 いつの間にか、シナトスの周りには見知らぬ小学生が群がっていた。


「私の竿にかかって逃げられると思って? さあ、死神の釣りの始まりよ!!」


 シナトスもシナトスで、超ノリノリである。

 それもそのはず、何でか知らんが彼女は一番弱そうな釣り竿で、「大物」だったり「超大物」を釣りまくっているのだ。

 ジャラジャラと豪華に出てくるメダル。

 もちろん小学生たちが、それを見逃すはずもない。


「姉ちゃんすげぇよ! その魚、こないだ俺が最高レアの竿でも捕まえられなかったのに!」


「当たり前のことね、坊やたちとは年季が違うのよ」


 今日が初めてだろうが。

 まあ、めちゃくちゃ楽しそうなので全然いいんですが……。


「それにしてもなぁ……」


 一方、俺とリームの竿にはまったくかからない。

 否、かかるが普通に逃げられるのだ。

 いや、こういうゲームってこれが正しいものですからね?


「ははは、つれないな。城内 光」


「逆に何で、あんな釣れんのかな。シナトス」


 結局、最後まで一匹も釣れなかったのは言うまでもない。


 さて、20分ぐらいたっただろうか。

 シナトスは別のゲームをしようと言いだしてきた。


「すごく楽しいけれど、今日一日あれで全部はもったいないわ」


 そう、シナトスは何もあれだけに興味があったわけじゃない。

 多分、ここの全部に興味があるんだろう。


「あれ? シナトス、メダルどうした?」


 あれ程乱獲していたはずのメダルは、シナトスの手元には一枚もなかった。


「ああ、あの子たちにあげたわ。今の私には必要のないものだし」


 髪をかき上げながら、なんかかっこよさげに言うシナトス。

 のちに小学生たちの間に『メダルの聖母 釣りねーちゃん』の伝説が広まるのは、また別のお話。



 次にシナトスが目に付けたのはクレーンゲームだった。


「あ! あの人形カワイイ!!」


 シナトスが指したのは、ネコ(っぽいなにか)の人形がたくさん入った台。

 そして、その指の先にあった人形は……


「え? あれ?」


 長い首の先に不気味な顔。

 そして、下の方には6本ぐらい生えた手。

 はっきり言って、かなりキモい部類だと思うのだが。


 しかし、あの人形をシナトスが欲しがっているのには変わりはない。

 なら、ここは俺が一肌脱ぐとしよう。


「任せろ、俺が取ってやるよ」


「え? いいの?」


「もちろんだとも」


 そう言いながら、機械に100円玉を投入。

 愉快なメローディーと共に、アームは俺のボタン捌きに従って動いていく。


「ふ、お前の場所はもう見切った!!」


 さっきのシナトスのごとく、決め台詞と共に下降するアーム。

 そして、しっかりと人形をつかみ……。

 人形は滑り落ちる。


「……」


「……城内 光」


「いや、誰も一回で取るとは言ってない! 次だ次!! リーム、ちょっと1000円崩してきてくれ!」


「いいのか? その先は地獄だぞ?」


「かまうもんか!!」


 あんなセリフ言っといて、『やっぱ、無理』なんて言えるわけがない。

 なら、この財布の金が尽きるまで俺は何度だってやってやる!!


 そして、23回目。

 ついに人形はシナトスの手元にやってきた。


「ありがとう! ヒカル!!」


 犠牲になったのは2300円。

 俺のりんごカードを買うはずだった金はパーになった。

 ああ、桜の子は諦めるか……。


「城内 光。顔が死んでるぞ……」


「いいんだ、2300円であの笑顔を手に入れたのなら安いもんさ」


「ひと昔前には、スマイル0円なんてものもあったんだがな……」



 その後も、ずっとこんな感じだ。

 服屋に行ってシナトスのファッションショー。

 ここで偶然、茉子とヒナにあったのはびっくりした。

 そして次にフードコート。シナトスがコーヒーゼリーに目覚め、20個近く食べたのは何かの間違いだろうか。

 しかし、終始シナトスは幸せそうだった。



「はあ……。楽しいけど、疲れるな……」


「まったくだな、お嬢があんなにはしゃぐとは思わなかった」


 現在、シナトスがお手洗いなので休憩中。

 夜にはオンネンとの戦いも迫っているというのに、結構疲れてしまった。


「お嬢にとっては何かもが初めてのことだからな、楽しくてしょうがないんだろう」


 初めてのこと。

 そういえば、俺も初めての時はいろいろ楽しかった気がする。

 剣道、学校、買い物なんでもだ。

 それなのにいつからだろう。

 それに慣れて幸せを感じなくなったのは。


「ささやかでも幸せか……」


「ん? なにか言ったかい?」


「いや、別に」


 と、ここで元気よくシナトスが戻ってくる。


「ヒカル、リーム! 今度はお菓子のある所よ!! 私、メントスコーラがしてみたいの!!」


「ここではしないからね!?」


 彼女はきっと幸せだ。

 でも、俺はそれを忘れてしまった。

 なら、俺はせめて彼女の幸せを守りたい。

 それが人間として当たり前のことのはずだから。



 現在、夕方5時。

 もうすぐオンネンがやってくる。

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