リン!」

リンさん!」


 光が弾け、二人は目の前に立ちふさがる人物を見て声を上げる。


「間に合ってよかった」


 凛はぎこちない笑みを二人に見せる。


(え?なんで凛さんが?確か、ケンさんとミン様が止めにいったんじゃ?


クウソウも無事だ。東の呪術師と宮の女性呪術師も死んではいない」


 キョウの腕の中で唖然とするランに南の呪術師はそう答える。


「裏切りものが、何のために来たんだ?」

「裏切りもの?最初からお前たちみたいな輩と組んだつもりはない」


 ホウに向かって凛はそう言い放つ。


「ふうん。あんたも傷を負ってるんだろ?あたいを甘くみると痛い目見るよ」


 切り落とされた腕を抱える呆の前に立ち、ケイが睨みを利かせる。


(そうだ、凛さんも背中に傷が……)


「残念ながら、傷はほぼ完治している。覚悟するのだな」


 南の呪術師は刀を抜くと、構える。


「警備隊長。その娘の怪我の手当てを急いだ方がいい。ここは私に任せろ」

「……すまん」

「強様?凛さん?!」


 嫌だと抵抗する藍を抱え、強がくるりと凛に背を向ける。


「強様!離して下さい!」


 しかし警備隊長は愛しい女性の願いを無視して、走り出す。



「あらら、美しい友情だねぇ」


 藍達から興味が薄れたのか、桂は二人を追おうともせず、凛に対峙する。南の呪術師の傷が完全に癒えていないことはわかっていた。しかも、その傷だらけの様子から、誰かと戦闘をした上でこちらに来たようだった。

 桂は今日こそは自分に勝機が回ってきたと満悦な笑みを浮かべる。


「さあ。始めようか。南の呪術師様」


 闇の呪術師は舐めまかしい唇をちろりと赤い舌でなめると、懐から小刀を出し、構えた。




「強様、離してください!」


 藍は強の腕の中でもがく。

 しかし強の腕の力が弱まることはなかった。


(凛さんも怪我してるし、そんな……)


「お願いです!」

「駄目だ。君に死んでほしくない。頼む。おとなしくしてくれ。動くと出血する」


 ぎゅっと抱きしめられ、かすれるような声で懇願され、藍は押し黙る。


「大丈夫。凛はやられはしない。典も術を成功させるだろう」


 それは祈りのような言葉に聞こえた。


「だから藍殿。君は君のことだけを考えてくれ。頼む」


 傷がじくじく痛み、正直眩暈がしていた。こんな状態あの場にいても役に立たないことはわかっていた。しかし、戦場から逃げるようなことはしたくなかった。

 自分を抱いて走る強の顔は強張っていた。自分を本当に心配しているのがわかる。


「……わかりました」


 藍は唇を噛みしめるとそう答える。


「ありがとう」 


 強は、にこりを微笑む。


(ありがとう……って、それは私の台詞なのに……なんで、強様が……)


「俺は君に生きていてほしい。だから……これは俺のわがままだ」

 

そう言った彼の顔がすこし赤らんでいるように見えた。

 藍はその胸に顔をうずめる。彼の想いが伝わり、どう答えていいかわからなかった。


 沈黙が流れ、二人は医部にたどりついた。


「医所!」


 そう叫び強は藍を連れ、一階の医室に駆けこんだ。 



*



 刀が振り下ろされた。

 しかし、それは典に届く前に止まる。

 空気が張り詰めていた。

 音が聞こえなかった。

 宮の呪術師は前帝の弟の姿のまま、ゆっくりと立ち上がる。


「紺殿。力を貸してくれたんですね」


 テンは同じように立ち上がった背の高い影にそう声をかける。


「気まぐれだ」


 コンはニコリともせず、そう答えた。


 そこで動いているものは二人だけだった。 

 すべてのものが時を止めていた。


 飛んでいた鳥はそのまま宙で動きをとめ、帝達がこちらに視線をむけたまま身じろぎもしない。



「こんなことが可能だとはな」

「あなたの力のおかげです。私一人では力不足でした。さあ、早く身代わりを作りましょう。この状態も半刻しか持ちません」


 コンは頷くと懐から紙を取り出す。紙に文字をしたためるとふっと息を吹きかける。するとそれはもう一人の紺になった。


「さすがですね。じゃ、次は私の番ですね」


 典はクウの容姿のまま、ふわりと笑うと同様に紙を取りだし、力を込める。

 すると紙はクウの姿に変わった。


「さあ、ここからが私の腕の見せ所です」


 空の顔で自信たっぷり微笑む様子に紺が口をゆがめる。

 典はそれに構わず、宙に両手を掲げて、空気を掴むように動作をした。すると紙から二人の姿に化けたものは動き出した。


「空様のそんな姿など見たくはないのだがな」

「仕方ありませんよ。こうしないと空様は一生、宮に追われます」


 身代わりの二つの体は刀が振り下ろされるはずの場所に膝をつけ、頭を垂れる。


「さ、こんなものでしょうか。後は私達ですね」

「何に化けるつもりだ?」

ホウケイはどうですか?どうやら結界の外で騒いでいるみたいですし」

「それはいい考えだな」


 コンは腕を組んでうなづくとパチンと指を鳴らす。


「え、あ。私がケイですか?」


 クウの姿からケイの姿に変化したのに気付き、宮の呪術師はその真っ赤な唇をゆがめる。


「そうだ。俺は女などになる気はない」


 紺は皮肉な笑みを浮かべる。


「はあ。しょうがないですね。それじゃ、あなたがホウに」


 典は目を閉じると、手の平を紺に向ける。すると、紺の姿が毛むくじゃらな猿男の姿に変化した。


「さあ、術を解きましょう」


 呆の姿になり、ぎこちない動きを見せる紺に笑いかけると、桂の姿の典は両手を合わせる。

 その動きは本人と異なり上品なもので、毒香のない色香が漂う。


(中身が違うとこうも印象が違うのだな)


「紺(コン)殿?」


 自分の動きに呼応しようとしない紺に典が呼びかける。


「ああ、術を解こう」


 そんな馬鹿げたことを考えた自分を冷笑し、紺は目を閉じる。

 パシンっと音がして、光が弾けた。

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