五
庭に大きな楠がそびえている。
楠は正午の強い日差しから、
二人は楠の木の下に敷物をひき、その上で食事を取っていた。
凛を連れ帰ってきたことで、空が食事を取るようになり、
宮で生まれ、育った空。
帝の子でありながら、卑下され、屈辱的な環境であったことが予想できた。
紺が空の母――
従姉妹であり、初恋の女性だった。
黒族の父が下女に産ませた自分を普通に扱ってくれた。
そんな女性を殺した宮を許せなかった。
空と共に宮を破壊したかった。
しかし、今となっては、それは叶わぬ夢だった。
太陽の日差しを受け、庭の草、花々が輝く。
主を見ると、凛に向かって穏やかな笑みを浮かべている。
空が凛を愛しているのを知っていた。
だから裏切ったとわかったときは殺してやると思った。
しかし縁側から二人を見ると、凛のほうも空を大切に思っていることがわかる。
宮などどうでもよい。
ただ空様の幸せを守れれば、もうそれでよい。
紺は二人の姿を見ながらそう思っていた。
「戻らないよ。俺は」
「知ってるだろう?典さん。
「君のせいではない」
宮の美しき呪術司は気落ちしている従姉妹の息子の肩に手を乗せる。
「あれは彼女の責任の取り方だ。君のせいではない。帝もそう思っている」
「でも…俺が宮になんか行かなければ……あの人も死ぬことなどなかっただろう?」
「確かに。それは事実の一つだ。でもあくまで彼女が選んだ事実だ。君は麗の子供で、帝の御子だ。宮に入るのは当然だ」
「……俺は宮には戻らない。あそこは嫌だ。俺のためにまた揉め事が起きるのはたくさんだ」
黒族ではない草を宮に入れることを渋っている
「だけど、帝はどうする?君がそのまま消えて、帝をどう感じたかわかるかい?」
「……悪かったと思ってる。でも俺はあの場所にいたくなかった。辛いんだ。帝様が俺のことを大切にしていることはわかってる。でも俺はもうあそこに戻るのは嫌だ」
「……わかった。君も藍も本当に宮が嫌いだね」
典は溜息をつく。
「君の気持ちはわかった。でもそれを帝に伝えるべきだ。わかるね?」
少年は自分と同じ色の瞳で見つめられ、俯く。あの場所に戻るのが怖かった。しかし、帝にはきちんと話すべきであることはわかっていた。
「大丈夫。宮には私もいるし、藍も強もいる。君を傷つけるものなど私が呪ってやるから安心するといい」
叔父である呪術司がにこっと笑い、草はその笑顔に母の面影を見る。泣きだしそう顔をした少年の頭を典が優しく撫で、その胸に抱いた。
「さあ、戻ろう。帝が待っている。藍も首を長くして待っているはずだ」
「うん……」
*
「わたくしは自分が許せません……」
部屋を訪ねてきた正妻の
「私はあの少年を許せませんでした。罪は
蓮は声を震わして、そう言葉を続けた。筍の自害のことを知れば蓮がそう申しことは予想できたことだった。だからこそ、蓮には知られたくなかった。麗を愛していたとはいえ、蓮は正妻である。その慎ましやかな姿に愛情がないわけではなかった。
「蓮……」
帝は体を震わす正妻の体を抱きしめる。
「お前には罪はない。罪は私にある。すまない」
すでに人払いがされており、部屋の中には二人だけであった。静まりかえった中、蓮の押し殺した泣き声だけが聞こえる。帝のその胸に正妻を抱きながらも、消えた息子のことを考えずにはいられなかった。
*
「典さん!あれを!」
宮に向かって飛び半刻ほど経ち、眼下の森で不審な動きをする兵士を見た。
「宮の兵士だ」
呪術司は草に止まるように伝え、宙に浮いたまま兵士の動きを目で追う。男達の目的地と思われる場所には屋敷が建っていた。森の一部を拓き、そこに家を建てていた。小さな庭園があり、大きな楠の木が見えた。
「あれは」
草が指を差した場所には見覚えのある男の姿が見えた。
「草、君は先に宮に戻ってろ」
「嫌だ。凜様がいるんだろう?俺も一緒に行く」
「……わかった。しかし自分の身は自分で守るんだ。わかったね?」
「はい」
少年が頷いたのを確認すると、典は屋敷に向かって飛んだ。兵士よりも先にあの男に会うつもりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます